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映画・演劇のレビュー

中島京子『うらはぐさ風土記』

2024-05-03 10:17:20 | その他

毎日山のような本を抱えて、それを読むことが本業か?、という勢いで読書三昧の日々を送っている。61歳で仕事をやめてもう3年になる。その間、母親を亡くし、実家の処分や相続関係で大変だったり、生まれて初めてハローワークに通って新しい仕事を探してみたりもした。(その結果僕に出来る仕事はないとわかった)

 
30年振りに日本に帰って来た女性が沙希が主人公。離婚してアメリカから東京に。うらはぐさの町に戻って来て、女子大で教鞭を執ることになった。高齢で施設に入った後空き家になっていた伯父の家を借りて生活を始める。これはそんな彼女の身辺雑記。
 
なんでもない日常のスケッチが綴られる。読みながらこんなにも何もないことを小説にして大丈夫か、と心配してしまうくらいの勢いである。だけど、本から手を離せない。どんどん読み進めてしまい、気がつくと最終章に来ている。突然の伯父の死から、相続の話になり、相続人になる従兄からこの古家を買い取る覚悟を決めるラストまで急転直下の展開。だけど、その展開に圧倒され、何故か涙が出てきた。
 
母の家を処分するまでの日々を思い出したからだ。空き家になった家を片付け、膨大なモノを捨てた。何ヶ月も毎日のように通い捨てまくった。悲しかった。彼女の生活を否定するみたいな気分だった。生活の痕跡が残るありとあらゆるものを処分していかないとならない。家は更地にして売却した。何もなくなった更地に佇んだ時、少し泣いた。
 
この小説のラストを読んだ時、あの日を思った。この主人公は伯父の残した古家を買い取って、ここで生きる決意をする。東京の西、田舎町。昔ながらの風情をまだ残した小さな町。
 
人はやがて歳をとり、老いて死ぬ。そんなことわかりきったことだ。伯父は施設に入って亡くなった。ひとり暮らしの家から去って不本意ながら、施設暮らしを強いられた。認知症になり、ひとり暮らしが不可能になったからだ。僕の母も認知症からこれ以上ひとりの生活は困難になっていた。僕は仕事をやめて、介護を生活の中心に据え暮らす覚悟をした。それなのに、ある日いきなり倒れて、入院したまま、亡くなった。コロナのせいで満足に見舞いにも行けなくて、最期もいきなりの病院からの電話だった。
 
新しい土地での第二の人生。武蔵野のかたすみのうらはぐさ。そこで暮らす日々を通して、これからの人生を考える。そんな小説を読んで、僕もまたこの先について想いを馳せる。もう基本は働かない。だけど、頼まれたことは引き受ける。収入ゼロでもこの先、少しだけど年金も入るし、暮らしていける。好きなことをして、生きることがいい。だけど、結局は今までと同じことをしている。ハローワークに通った半年間でわかった。僕に出来る仕事はない。だから本を読んで、映画や芝居を見て、たまに高校生に読書の楽しさを教えたり、バドミントンを教えたり。それでいい。(今、週に3日授業して、2カ所でバドの指導みたいなことをしている)
 
いい小説だった。中島京子は数年前の『やさしい猫』が素晴らしかったが、初期の『小さいおうち』や『妻が椎茸だったころ』からずっと好き。認知症を描いた『長いお別れ』に続いて今回もさりげなく認知症にも触れながら、僕とほぼ同世代(少し年下の50代だけど)の女性の今を描いた。作者である中島さんももうすぐ60代に突入する。お互いに頑張ろうね。

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