習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

吉村萬壱『独居45』

2009-12-10 19:50:58 | その他
 こんなにも不愉快な気分にさせられる小説はない。最初はなんとなく読んでいたのだが、だんだん気分が悪くなってきた。

 いくつもの男女のスケッチからスタートして、ようやく主人公のタイトルロール、『独居45』歳の小説家、坂下宙ぅ吉(なんて名前だ!)の奇行にフォーカスされたところから、ドラマは一気に動き出す。それが徐々にエスカレートしていき、とんでもない状況がご近所、周辺を覆うこととなる。屋根に全裸の血塗られたマネキンが飾られ、それをカラスがつつく。マネキンの局所には臓物が入れられて、彼の暮らす平屋、借家一戸建ては、町内の悪のシンボルとなる。

 彼だけでなく彼の周囲の異常な人たちを巻き込んで集団ヒステリー状況が露呈する。こんなふうに書くと、なんだか騒々しい小説のようだが、実際はそうでもない。どちらかというと淡々としたおとなしい純文学なのだ。町内の講演会に彼が狩り出されてそこでのおぞましい状況を見せるところを起点にしてこの小説は大きく展開する。だが、そこから徐々に、坂下宙ぅ吉の影が薄くなる。

 自らの身体を傷つけ、人間の罪を体現するこの狂気の男と、彼の信奉者で、この小説の後半からは彼と行動を共にする男(彼が宙ぅ吉の部屋に忍び込む部分が凄い)が、家の中に籠もり、徐々に、坂下宙ぅ吉の行動が見えなくなっていく終盤の展開は上手い。狂気は彼を置き去りにして、周囲の住民たちによって起こされていく。異常なのは宙ぅ吉よりも彼らではないかと思えてくる。

 とはいえ、やはりこの男は異常だ。こういう凶暴な人間が近所に住んでいたなら周辺住民は不安に曝されるだろう。彼らがパニックになっていく過程にはリアリティーがある。

 この小説の不愉快感は、この異常が皮膚感覚を刺激するからだ。頭の中で作られたお話ではなく、ここには、まるで事実のようなリアルがある。ただの小説だ、とは言い切れない不快さ。それがこの小説の底知れない魅力でもある。でも、僕は嫌いだけど。




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