フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ

J'OBSERVE DONC JE SUIS

1月の記事

2006-01-31 23:59:26 | Weblog
2006-01-31 昼食にポークソテー、あるいはブリア・サヴァラン PORC SAUTE AU DEJEUNER
2006-01-30 Sでブルースを聞く ECOUTANT LES BLUES D"A-SHOW"
2006-01-29 びっくり箱としての新聞 - ドナルド・キーン DONALD KEENE
2006-01-28 音楽を読む LIRE LA MUSIQUE
2006-01-27 パブロ・ネルーダとAMATEUR D'ART 氏 PABLO NERUDA
2006-01-26 老齢の女性科学者 FEMME SCIENTIFIQUE DE 80 ANS
2006-01-25 メディアとは QU'EST CE QUE LES MEDIA ?
2006-01-24 現実と想像のバランス ENTRE LE REEL ET L'IMAGINATION
2006-01-23 お昼の散策で柴田宵曲 SHOKYOKU SHIBATA
2006-01-22 日仏音楽友の会コンサート UN CONCERT DE MUSIQUE FRANCAISE
2006-01-21 雪を愛で、「植田正治: 写真の作法」 を見て LA NEIGE ET SHOJI UEDA
2006-01-20 ヴァレリーの本届く DES LIVRES DE VALERY M'ONT ETE ENVOYES
2006-01-18 お昼の散策で林芙美子 FUMIKO HAYASHI, FEMME ECRIVAIN
2006-01-17 禅語から DES MOTS DU ZEN
2006-01-16 新居祝いに出かける ALLER A UNE PENDAISON DE CREMAILLERE
2006-01-15 「書の至宝」 展 L'EXPOSITION DU TRESOR DE L'ECRITURE
2006-01-14 指揮者ロバート・ライカー ROBERT RYKER, UN MUSICIEN AMERICAIN
2006-01-13 ミッテラン没後10年 10 ANS APRES LA MORT DE MITTERRAND
2006-01-12 写真の著作権 LES DROITS D'AUTEUR DES PHOTOS
2006-01-11 モーツアルト生誕250年 MOZART 250
2006-01-10 ASHITA の Paule さん PAULE D'ASHITA
2006-01-09 高倉健 KEN TAKAKURA
2006-01-08 鈴木大拙 DAISETSU SUZUKI, GRAND PHILOSOPHE BOUDDHISTE
2006-01-06 ショーペンハウアーとフランス語 SCHOPENHAUER ET LE FRANCAIS
2006-01-05 ショーペンハウアーと読書 SCHOPENHAUER ET LA LECTURE
2006-01-04 新年、動き始める LE COMMENCEMENT D'UNE NOUVELLE ANNEE
2006-01-03 一瞬の生 LA VIE D'UNE FRACTION DE SECONDE
2006-01-01 MES MEILLEURS VOEUX A TOUS !
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昼食にポークソテー、あるいはブリア・サヴァラン PORC SAUTE AU DEJEUNER

2006-01-31 00:26:12 | 

食べ過ぎ、体重オーバーにご注意という域に入っている。確かに体重を減らすと血中コレステロールなどが一気に下がる。努めて野菜や魚を食べるようになる。今日のお昼の散歩時、いつもの蕎麦屋が工事中のため、別のレストランに入る。そこで何を思ったのか、ポークソテーを注文していた。お昼から、である。

出てきたのは立派なポーク。その硬い肉に力をこめてナイフを入れている時、それを頬張りながら噛み切ろうとしている時、不思議なことに体の中からエネルギーが沸いてくるのを感じた。さあー、何かやらなければ、という高揚感とともに。食べ物の驚くべき効果だろう。無理に食事を制限すると、心までも萎縮してしまうような気がしてきた。食事に注意しなければならない方も、たまには肉料理に挑戦されると少しだけ明るい気分になるかもしれない。


そんな無責任なことを考えながら散策している時、ブリア・サヴァラン (ジャン・アンテルム) Brillat-Savarin, Jean-Anthelme (1755-1826) の 「美味礼賛」 "Physiologie du goût" (1826) の中にある、かの有名な一言を、原典の最初の方にあった警句 Aphorismes の中に見つけた時の小さな歓びを思い出した。お前さん、こんなところにひっそりといたのか、という感じである。

"Dis-moi ce que tu manges, je te dirai ce que tu es."
(君が何を食べているのか言って見たまえ。君が何者かを言い当てよう。)

その解説にあったサヴァランの人生もダイナミックで、興味を覚えた記憶がある。フランス革命の影響でスイス、さらには2年に及ぶニューヨークでの亡命生活を余儀なくされる。しかしフランス語を教えたり、オーケストラの第一バイオリンを弾いたりと楽天的な性格が伺え、好感を持った。生涯独身だった彼は、結局はフランス社会の中枢を歩み、四半世紀もの間、その余暇に食を楽しみ、現世を楽しみ、このような本をものしたようだ。匿名で出版された本書が成功を収めたその年に、急病のため亡くなる。この本も 「いずれ」 のリストに入れておきたい。

蛇足だが、この本の最初の題名は長かった。内容を正確に伝えようとしたのか、それがアラモードだったのかわからないが、忙しい現代人には最初の三つで充分ということか。

"Physiologie du goût ou méditations de gastronomie transcendante: Ouvrage théorique, historique et à l'ordre du jour, dédié aux gastronomes parisiens"
(味覚の生理学、あるいは超越的美食学の瞑想:パリの美食家に捧げられた理論的、歴史的、および日常的な問題についての書)

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Sでブルースを聞く ECOUTANT LES BLUES D"A-SHOW"

2006-01-30 00:22:22 | MUSIQUE、JAZZ

先日の休み、Sの前を通りかかると、しばらく顔を出していなかったオーナーが現れたので中に入る。その日は大阪出身のA-Showさんのステージ。全く予定外の訪問だったが、すでに渋みが出てきている野太い声とそのギターから搾り出されるブルースに時間を忘れた。曲の間に入るちょっとした日常を捉えたトークも大阪の匂いを放ち、面白い。自作の歌も味があったが、横文字の歌も日本語で舞い始めると土着の唄ではないかと思うほど、全く違うものに生まれ変わっていた。

素晴らしい演奏を聞きながら、どうしてSに来るだろうかと自問していた。そして、おそらくこういう予想もしない出会いにより、自分の中にある今まで気付かなかった部分を響かせるためではないのか、という思いに至った。

人間の持つ多面性、重層性。これは想像だが、われわれの体にある感覚器の無数の受容体が外の刺激を受け取り、その情報が処理されて、体に何らかの変化が起こる。その変化が時間の経過とともにそれぞれが絡み合いながら蓄積された結果、複雑な人間が出来上がるのではないのだろうか。しかし個人レベルではそのほとんどの受容体が手付かずの状態で死に向うと思われる。逆に言うと、それこそが個性の源泉なのかもしれない。皆がすべての受容体を同じように使っていたのでは、この世は無味乾燥としたものになるだろう。

その上で、できるだけ多くの刺激を受けてみたいという思いは消えない。むしろ、先日紹介したパブロ・ネルーダが叫んでいるような意味で、できるだけ生きたいたいという思いが強まる一方だ。一人の人間が一生かかって経験できる刺激を圧倒的に超えるだけの受容体が準備されているはずだから、使わない手はないだろう。

古代ギリシャ人の言う 「劇場」 の大切さ、すなわち、日常性から脱却し、移動し、観察することこそが哲学することにつながるという彼らの発見に深く同意している自分を改めて確かめていた。

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びっくり箱としての新聞 - ドナルド・キーン DONALD KEENE

2006-01-29 00:16:11 | 出会い

新聞を購読しなくなって久しい。今朝、電車に乗る前に The Daily Yomiuri を買う。こういうスタイルになってから、新聞がびっくり箱の役目を果たしてくれることに気づく。毎回何かが飛び出す。今回はドナルド・キーンさんの自伝的なエッセイ "Chronicles of My Life in the 20th Century" (私と20世紀のクロニクル )。すでに3回目だった。

第3回のタイトルは、「巴里への旅」。その中で、外国や外国語との出会いを語っている。詳細はわからないが、まずアイルランドに向ったようだ。そこで広告を見て、同じ英語なのだがアメリカとの文化の違いを感じる。それからフランスに入り、シェルブール Cherbourg から巴里に向かう汽車の中ではフランス語に囲まれることで興奮し、何より長年の夢であった外国にいるというそのことだけで興奮を新たにしていた (私も同様の経験がある)。また窓の下にあった金属に記された窓を開ける時の注意書き “Vivement mais sans brutalité” (「勢いよく、しかし力をかけ過ぎないように」) には人生にも当てはまると感心している。

アイルランドでは言葉に何の不自由もしなかったが、フランスに行って初めて人はなぜ外国語を学ばなければならないのかを感じ取ったという。車の中で同年代のフランセーズと一緒になったが、それぞれ相手の言葉を知らない。気まずい雰囲気の中、彼は知っていた唯一のフランスの歌 “Frère Jacques” (Yomiuri のアクサンの間違いにも気付くようになっている) を歌う。その経験以来、外国語に興味を持ったようだ。

1931年に 巴里を訪れた時に国際的な博覧会が開かれていて、その中にいると世界中を旅しているような錯覚に陥ったようだ。インドシナのパビリオンではお頭付の魚料理が出たが全く手がつけられない。店の人が頭を取ってくれても駄目。外国には惹かれるものの、その心には偏見が巣くっていることを思い知らされる。今ではほとんど何でも食べられるようになったが、それでも犬の肉やアラブの得意料理、羊の目玉や中国のサルの脳(危なそうである)、日本のすっぽんの生血など、それぞれの文化の中でうまいとされているものだが、未だに受け付けないという。

体に染み付いた文化的なものは、いくつになってもなかなか拭い取れないもののようだ。巴里の思い出よりは料理の方が強烈な印象を残しているという。私も子供の頃食べた懐かしい家庭料理があるが、なかなか再現してもらえない。

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音楽を読む LIRE LA MUSIQUE

2006-01-28 00:19:01 | MUSIQUE、JAZZ

今日はレイ・チャールズの遺作となった競演集 "Genius Loves Company" というCDを聴きながら歩いてみた。そして気付いた。その歌の意味やその人の心の中は?などと思いを巡らせていることに。パブロ・ネルーダの詩の見えざる影響だろうか。そこまで探ろうとしたことは、これまで一度もなかった。旋律やリズムや声の色など、言葉以外のものを楽しんでいたのだろう。ところで、このCDには私の心に染みる曲がいくつか入っている。小さな発見の散策となった。

1. Here We Go Again - with Norah Jones
2. Sweet Potato Pie - with James Taylor
3. You Don't Know Me - with Diana Krall
4. Sorry Seems To Be The Hardest Word - with Elton John
5. Fever - with Natalie Cole
6. Do I Ever Cross Your Mind - with Bonnie Raitt
7. It Was A Very Good Year - with Willie Nelson
8. Hey Girl - with Michael McDonald
9. Sinner's Prayer - with B.B. King
10. Heaven Help Us All - with Gladys Knight
11. Somewhere Over The Rainbow - with Johnny Mathis
12. Crazy Love - with Van Morrison

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パブロ・ネルーダとAMATEUR D'ART 氏 PABLO NERUDA

2006-01-27 00:28:37 | 俳句、詩

ここ一両日、Le Monde の美術ブログ、Amateur d'art (私の仏語ブログでブックマークしている) からのアクセスが異常に多いので、不思議に思い久しぶりに訪問してみた。ailleurs と分類されている記事を読んでみると去年の Blog de l'année に選ばれ、全体でも4番目、美術部門ではトップにランクされている。Amateur d'art 氏は言う。「作家でもジャーナリストでもない、美術の学生でもなかったし専門家でもない私のような者の書くブログがこれほどの支持を得たことを嬉しく思う。感謝したい。」 と。

そして、彼の元に届いた新年の挨拶の中に心に響くものがあったと言う。チリの詩人、パブロ・ネルーダ Pablo Neruda (1904-1973) の詩のスライドショーだ (このページの上から3番目の Présentation PowerPoint をクリックしてください)。素晴らしい雪景色を背景に表れるそのフランス語訳の詩は、私の心の中にも直接語りかけてくる。奮い立たせてくれる。久しぶりに朝から感動した。

彼の言いたいところをわかっていただくために日本語に直してみたが、朝の感動はもはや蘇らない。フランス語に堪能な方は、スライドショーで直に味わっていただきたい。

---------------------------
その男はゆっくりと死に向かう
 旅をしない人
 本を読まない人
 音楽を聴かない人
 その目で発見することを知らない人

その男はゆっくりと死に向かう
 自尊心を自ら破壊する人
 決して他人の手を煩わせない人

その男はゆっくりと死に向かう
 日常の奴隷になり
 毎日同じ道を歩く人
 決して道標を変えない人
 決して服の色を変えようとしない人
 そして決して見知らぬ人に声をかけない人

その男はゆっくりと死に向かう
 瞳に再び光を与え
 傷ついた心を癒す 
 愛情や感情の渦を避ける人
 
その男はゆっくりと死に向かう
 仕事でも愛情生活でも不幸にある時
 進む道を変えない人
 夢を実現するために
 危険を冒さない人
 人生で一度たりとも
 もっともらしい助言に逆らうことのなかった人

今を生きよ!

今日に賭けよ!

今すぐ動き出せ!

ゆっくりと死に向かうな!

自らの幸福(しあわせ)を奪うことなかれ!

------------------------
(以上、paul-ailleurs 訳)

ネルーダは初めての人だったのでネット・サーフしてみた。何とマチュピチュについても詠っているようだ。急に彼の中にも旅をしたくなってきた。


ところで、どうして Amateur d'art サイトからのアクセスが増えたのか、その訳は未だにわからない。

----------------------------
(version française)

(2006-02-20) ネルーダが出てくる映画 「イル・ポスティーノ」 を見る

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老齢の女性科学者 FEMME SCIENTIFIQUE DE 80 ANS

2006-01-26 00:39:53 | 年齢とヴィヴァシテ

科学雑誌に80歳で今なおアクティブなシカゴ大学の女性科学者JRが紹介されていた。15歳で大学に入り、その後医学部に進む。卒業時に同級生と結婚し、4人の子供に恵まれる。旦那のキャリアを支えるため、彼女は20年以上も週2-3日のパートで働いていたという。

オックスフォード大学で1年過ごし、その成果によりシカゴ大学からパートの仕事をもらう。アメリカでも家庭に入るか、仕事をするかのどちらかだった当時の女性科学者としては異例だったようだ。それから彼女の仕事が花を咲かせることになる。

81歳を前にして、「いつかは辞める時が来るだろうが、それは今ではない」 と語っている。また家庭と科学の両立を成功させ、「科学以外の世界で非常に豊かな生活を送ってきた」 という。何とも羨ましい人生である。


研究者の定年(II)

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メディアとは QU'EST CE QUE LES MEDIA ?

2006-01-25 19:53:56 | Weblog

株取引に絡んで大きな騒ぎになっている。外から見ているだけなので、詳しい実態はわからない。気になったのは、それ以前には扇動する方に回っていたのが、今やその正反対の態度を取っているメディアである。このように空気が一瞬にして180度変わってしまうことをしばしば経験する。そして終わってからそれ以前の態度を反省しなければならないとメディアは言う。いつもである。そして反省されることなく、同様のことがいつまでも繰り返される。その意味では、いざという時には学習機能が活かされない存在、それがメディアだと理解するしかない。そう思ってみていないと大変な目にあうことになるだろう。

今回の主人公についてはいろいろな評価があるだろう。私の場合、彼の中にある既成・既存のものには頼らないという考えには自分と同質のものも見たが、フランス語を始め、美しいものを探したり、自分なりにより深くものごとを見ようとし始めていた時期だっただけに、アメリカのある部分にありそうな先鋭化された考えの中に香りがほとんど感じられないことに気付いていた。違和感を持っていた。

週の初め、NEWS23に出ていた読売の渡辺恒雄氏の話を聞き、私と非常に近い意見を持っていることを知り驚く。日常生活だけを見ていると変わったところは見られないが、メディアで取り上げられているいろいろなものを見ていると確かに異常である。われわれのどこかに目の据わったところ、現実を検証しようとする心と力、科学的なものの見方などが欠けている。昨日も触れたが、現実を見る時に想像の世界を、過去や他の文化のレファランスを意識的に持ち込む必要があるようにも感じられてしようがない。あるいはいつの時代もそういうものなのだろうか。歴史に詳しい方のお話を聞いてみたくなる。

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現実と想像のバランス ENTRE LE REEL ET L'IMAGINATION

2006-01-24 23:06:03 | ブログの効用

ブログをつけ、過去のものを読み、いろいろ考えていて気付いたことがある。

過去のものを読み、美を愛で、想像の羽根を羽ばたかせることは、現実をより深く、別の次元から見ることにつながり、大きな収穫となっている。それ以前は、現在という非常に細い綱の上を歩いているような感じで、そこを如何に渡るのかという現実問題にのみ注意が集中している状態だったことがわかる。ものを読んでいる暇や、人間の遺産などに目をくれる暇など生れてこない。時間が惜しいという感じである。

最近では、想像や空想に身を委ねることができるようになったためだろうか、別のところから現在を見ている状態で、なぜか喜びがある。しかし同時に、そういう状況に身を置いていると現実に対応するのが疎かになっているようにも感じる。現実に向かう鋭さがなくなっている、とでも言うのだろうか。この両者のバランスをうまくとることが意外に難しく、それができれば素晴らしいのだが。どちらかに行き過ぎてはまた戻るということになってしまう。

最近のいろいろな出来事を見ていると、社会的にもバランスを失してきているように思えてしかたがない。比重が余りにも現在に、現実にかかり過ぎているようだ。前後左右を見ると現在も見え方が変わってくるはずで、そういう見方がもっと出てきてもよさそうだ。

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お昼の散策で柴田宵曲 SHOKYOKU SHIBATA

2006-01-23 19:54:10 | 日本の作家

今日は非常に寒かった。お昼の散策で柴田宵曲の文庫本を手に入れた。宵曲については以前に触れたように、面白い人生を送った人だと思っていたが、彼の文庫本を置いている本屋さんがなかなか見つからなかった。真面目に探していたわけでもないが、今日それにありついた。

随筆集 団扇の画
新編 俳諧博物誌
評伝 正岡子規

今は読める状況にないので、そのうちにということになりそうだ。

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日仏音楽友の会コンサート UN CONCERT DE MUSIQUE FRANCAISE

2006-01-22 20:21:20 | MUSIQUE、JAZZ

先週お世話になったD&Cご夫妻の紹介で、日仏音楽友の会 (Association Franco-Japonaise des Amis de la Musique: AFJAM) のコンサートに出かける。

オーケストラはリテ管弦楽団 (L'Orchestre Philharmonique Ritae) で、AFJAMの会長マルグリット・フランス (Marguerite France)さんがまとめているようだ。この方、日本には30年ほど滞在されている。今回は、メドゥサン・デュ・モンド・ジャポン (世界の医療団: Médicins du Monde Japon) のパキスタン地震救援チャリティーコンサートとして行われ、出し物はフランスものばかりであった。

ポール・デュカス (1865-1935): 交響詩 「魔法使いの弟子」
Paul Dukas: L'Apprenti Sorcier

エルネスト・ショーソン (1855-1899): 詩曲
Ernest Chausson: Poème

セザール・フランク (1822-1890): 交響曲ニ短調
Cezar Franck: Symphonie en ré mineur

団員はほとんど日本人で、学生さんらしき人もいて全体に若い。予想していたよりはよい演奏をしていた。フランクの曲は学生時代に実際演奏したことがあり、久しぶりの演奏会ということもあり、自分の中では盛り上がっていた。最後に、フランスさんの上手な日本語で有名な曲なのでとにかく聞いてくださいという挨拶があり、アンコールに次の曲が演奏された。

クロード・ドビュッシー (1862-1918): 「牧神の午後への前奏曲」
Claude Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune

会場にはフランス人が目に付き、少しだけフランスの香りに触れた日曜の午後となった。

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雪を愛で、「植田正治: 写真の作法」 を見て LA NEIGE ET SHOJI UEDA

2006-01-21 23:49:34 | 展覧会

今朝は雪。雪景色を愛でるために街に出る。雪が降り積もると木や家など周りにあるものが自分の近くに感じられる。世界が小さくなる。自分がこの世界の一部であることを意識できるようになる。

午後からは植田正治 (1913-2000) の回顧展 「植田正治: 写真の作法」 を見るために東京都写真美術館へ。

去年の9月に同じ場所でやっていた展覧会で植田を発見した。昭和の家並み、郊外の景色、子供の写真、親子、老人と子供、雪の中の海、山など。すべて私の原風景である。彼の写真を見ているとその中に写っているのが自分のような、幼馴染のような、兄弟のような、親のような錯覚を覚える。自分の中に埋もれている過去が起き上がってくるようだ。また、「波紋 Ripple」 という写真があったが、最近私も波の柔らかい揺らぎの中に美しさを見出している。

今回の回顧展のセクション・タイトルにもなっていた 「音のない記憶」 が植田の世界をうまく言い表しているように感じた。同じ鳥取出身の谷口ジローの世界のように。一時間ほどその世界に浸り、ノスタルジックな気持ちを引きずりながら会場を後にした。

出たところで、植田の写真をもとに哲学者の鷲田清一が文章を書いている 「まなざしの記憶 ― だれかの傍らで」 という本に目が行く。この本は植田の写真がふんだんに取り上げられているので、回顧展のカタログとしても使えそうだ。幸運な出会いに感謝しながら、さっそく館内のカフェ Chambre claire で読み始める。

まず、鷲田と植田との出会いが、私の場合と酷似していることに驚く。1993年の展覧会で植田の写真が時空を超えて迫ってきたというのだ。その理由を次のように考察している。

「家族がいる。ともに暮らす近所のひとびとがいる。家族と地域と言う。いちばん自然的な共同生活の中の一こまを撮っている。だが、その画面からはそういう自然的な生の匂いがまったくと言っていいほど漂ってこない。脈絡というものに粘着していない、こだわりのないまなざし。それが思わず、諧謔とユーモア、軽みと乾きを生む。」

鷲田という人の言葉を聞いたのは初めてであるが、他にも物の捉え方が私と似通っているところがあるように感じた。そのせいだろう、彼の言うことが抵抗なく入ってきて、久しぶりに書き込みもしながら2時間くらいで読み終えていた。

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(photos)

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ヴァレリーの本届く DES LIVRES DE VALERY M'ONT ETE ENVOYES

2006-01-20 23:54:17 | 海外の作家

またやってしまったという感じである。先日 Paul Valéry (1871-1945) の本が三冊も届いた。そこで注文していたことを思い出した。去年の DALF-C1 の試験以来、頭の片隅にあったのだろう。

Variété I et II
Variété III, IV et V
Tel que

折角なので、このところ通勤時間はヴァレリーさんとご一緒している。« Variété I et II » から始めているが、文章の密度が濃く、参考にしたい表現に溢れている。言葉がおもしろいように紡ぎ出されるという印象だ。内容も興味深いものが多く、目を見開かされる。気に入ったものがあれば、これからちょくちょく書いていきたい。

今日は、この本の最初のエッセイ "La crise de l'esprit" (精神の危機) 。過去に栄えた文明や帝国が、その学問も文法も辞書も、科学も文学も批評も、すべてが跡形もなく灰燼に帰すことがあった。文明は生命と同じように危ういものなのだ。この話を聞いて、アレキサンドリアのことを思い出した。先日の 「書の至宝」 展も、漢字文化がよくここまで残ったなという感慨を持って見ていた。

このエッセイでは、ヨーロッパ精神なるものの危機について考えようとしているようだ。そのためには "Mais qui donc est Européen ?" (ヨーロッパ人とはそもそも何者なのか?) という問に答を出さざるを得なくなる。その答えを読みながら、これはどこかで聞いたことがあるという思いでいた。

ヨーロッパの優越性を決めているのは人間の質である。積極的に事に向う気持ちや強いが偏らない好奇心、想像力と論理力とのバランスの良さ、懐疑的だが悲観的ではなく、神秘主義だがそれに身を委ねてしまうことはなく、、というようなことがヨーロッパ精神に特徴的に見られるという。

あくまでも一つの見方として、このようなことを言っている。ヨーロッパ人に共通するのは、歴史の過程で次の三つの影響を受けたことである。一つはローマの影響。第二に、キリスト教。第三には、ギリシャに負うところが大であるという。例えば、人が人としてあるための精神のあり方、考え方。それから、ある判断を批判的に詳細に解析すること、それにより、夢想やあやふやなもの、完全に想像の産物であるものから回避すること。ここからしか科学は生まれなかっただろう、ということになる。これこそヨーロッパ精神の最も確かで、最も個人的な栄光である。他の国にも芸術はあるが、真の科学はヨーロッパにしかなかった。ヨーロッパが科学の生みの親なのだ、と強調している。

どこで聞いたのかを思い出した。以前に紹介した 「美しきもの見し人は」 (堀田善衛著) の中で、ヴァレリーがヨーロッパ精神を特徴付けるものとして 「ギリシャ」、「キリスト教」、「科学精神」 の三つをあげていると書かれていたのを。その原典を今読んでいるという喜びがある。

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お昼の散策で林芙美子 FUMIKO HAYASHI, FEMME ECRIVAIN

2006-01-18 22:07:53 | 日本の作家

今日の散策では予想もしなかった作家、林芙美子 (1903 明治36年 - 1951 昭和26年) の本に手が伸びた。

林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里

彼女の文章など読むことになろうとは思ってもいなかったので、「何と」 という感じの選択である。これはフランスが取り持った縁だろう。また旅の記録でもあったことも関係がありそうだ。巴里関連のところから読み始めているが、文章がストレートで彼女の心根が透けて見えて好感が持てる。それに表現が意外と男っぽいというか、荒っぽいところがあり、男性的な感受性も持ち合わせていることを見つけ、楽しくなっている。

「こっちのパンは薪ざっぽうみたいに長くて、これを齧りながら歩けます。これは至極楽しい。巴里の街は、物を食べながら歩けるのです。」

「私の窓の真向いに美しい娘がいます。アルルの女だと云う事ですけれど、非常に胸が出張っていてとてもいい。」

「ところで女の化粧ですが、こっちのお婆さんを一人日本へ連れて行って銀座を歩かせたら、皆おばけだと云って笑うでしょう。頬紅が猿のようで、口紅は朱色、眼のぐるりをアイシャアドで引いて、何の事はない油絵の道中。」

(年の瀬のある日、モンパルナスの墓添いの道で声をかけられた女を家に泊めることになって) 「南仏生れで、妙に図々しいところがあったけれど、それでも日本風な優しいところがあって、夜中など子供の夢を見たといっては泣いていた。― この女はまた、沢山の日本人にも買われたことがあったと見えて、相当知名の士を知っており、あんな人がと思うような驚くべき名士の名前をあげたりもする。」

「日本へ帰って来ると、巴里にいる日本人をくそみそにいう人が多いけれど厭なことだ。何でも悪口をいい出したらきりがない。」

「巴里のキャフェは素的だ。それも、街裏の小キャフェになると、...全く呑気至極で腹さえ空かねば一杯のキャフェで朝から晩までも居坐っていることができる。」 (全く同感)

巴里の風呂屋の記述が出てくる。そんなものがあるとは知らなかった。入り口にお神さんが座っていて、そこで切符を買ってから下宿の廊下のようなところを歩いて個室に向う。「セ・コンビヤン?」 などとフランス語でやり取りしていたようだ。他にもフランス語の苦労話が随所に出てくる。 (あー、やってるな、という感じで共感)

「キャバレーといえば、ブルバアル・サンミシェルの燕横丁に、昔牢屋であった跡の地下室の穴蔵を酒場兼用につかっている店があった。...この酒場が盛んな頃には、ボオドレエルとか、アルチュール・ランボーなんかが出はいりしていたものと見えて、石の柱には此様な文人たちの落書が目を惹く。」 (今、ヴァレリーによるボードレール論 Situation de Baudelaire を読んでいるところなので少しだけ嬉しくなる)

また、啄木の詩が引用されていたりする。

 いくたびか死なむとしては死なざりし
   わが来しかたのをかしく悲し


昭和初年、活動的な女性が世界を旅していた様子が生き生きと伝わってくる。結構愉しめそうだ。

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禅語から DES MOTS DU ZEN

2006-01-17 20:01:48 | 俳句、詩

先日の 「書の至宝」 展の影響だろうか。禅語の本をぱらぱらとめくる。その中からいくつか。


遍界不曾蔵 (へんかいかつてかくさず): 真実は隠されているのではなく、目の前にある。それを知りたければ、よく見て、よく感じること。

行雲流水 (こううんりゅうすい): 大空に浮かぶ雲、流れゆく水。束縛がなく、どこまでも自由。そんな風に生きたいものである。

冷暖自知 (れいだんじち): 冷暖を知るには自らが触れないとわからないように、人生も実験を続けなければわからないのだろうか。

雲収山岳青 (くもおさまってさんがくあおし): 雲がなくなり山並みの青が見える。自分の姿についてもその境地になるのは、すべてが終わる時なのか。

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