年の暮れにテレビを見ていて、次の空海 (774-835) の言葉に反応する。
「生まれ 生まれ 生まれ 生まれて 生の始めに暗く
死に 死に 死に 死んで 死の終はりに瞑し」 (秘蔵宝鑰 [ひぞうほうやく])
この言葉を聞いた時に、すぐに 「ロリータ」 の著者として有名なウラジーミル・ナボコフ (1899-1977) の自伝の最初の文章を思い出した。
"...our existence is but a brief crack of light between two eternities of darkness. Although the two are identical twins, man, as a rule, views the prenatal abyss with more calm than the one he is heading for."
(われわれの存在は二つの永遠の暗闇の間にあるほんの一瞬の光にしか過ぎない。その暗闇は双子のように違いはないのだが、一般的に人はこれから向かう暗闇よりは生まれる前のそれを心安らかに見ることができる。)
Vladimir Nabokov "Speak, Memory: An Autobiography Revisited"
すでに全ページが黄色に変色した1987年版を開いてみると、次の書き込みがあり楽しくなる。
「1999年10月30日土曜、衛星放送。早坂暁氏によれば、『生まれる前も暗く、死んだ後も暗い』 というようなことを空海も言っている。」
先日からつまみ読みしているショーペンハウアー (1788-1860) の 「知性について」 のなかにも次のような表現がある。
「それで、ただわれわれの一生が短いだけではなく、われわれの認識も誕生以前にさかのぼったり、死後のかなたを見晴らしたりすることができずに、全くこの短い一生の間に視野を限られている。してみれば、われわれの意識は、一瞬の間だけを夜陰を明るくする稲妻のようなものである。」
正月に八十を越えた母親から、私が赤ん坊の頃の話を聞く。冬になるとその赤ん坊は裸にされて同じく裸になった祖母の背中に抱かれていたという。これが一番あったかいのだというのが祖母の口癖。見たこともない自分の姿が蘇るのはいつも不思議な経験である。暗闇から出たばかりのその赤ん坊に会ってみたい気がする。
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(version française)
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