2018-08-05 15:41:05 President Online
◯ When u work too much in ur old age, a pension's provision is Terminated.
老後に働きすぎると年金は支給停止になる
"稼ぐべき金額"を3パターンで推計
マネー 2018.8.5
#年金 #貯蓄
高橋 晴美
フリーライター 高橋 晴美
PRESIDENT 2017年11月13日号
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①定年後も働くなら知っておきたい「年金の支給停止」という制度。いくら稼いだらいくら年金がストップするのか。2019年60歳を迎える3夫婦の貯金額の推移と貰える年金総額をシミュレーションした――。
年金と貯蓄では破綻するかも?
老後の生活を支える公的年金。現在、夫婦2人世帯の受給額は平均20万円程度となっている。これに対し、老後に必要と考えられている最低日常生活費は月額で平均22万円、ゆとりある老後生活費は約35万円という調査結果もある(生命保険文化センター調べ)。年金では不足する分を預貯金から出す場合、月15万円を補てんすれば1年で180万円。3000万円あっても17年ももたず、60歳でリタイアすれば70代後半で底をついてしまう計算だ。ファイナンシャルプランナーの横山光昭氏はこう話す。
アフロ=写真
「現在の高齢者でさえ年金だけでは生活費が不足しがちですが、公的年金の支給は先細りが予想され、さらには長生きが当たり前になっている。老後に必要な額が膨らみ、年金と預貯金だけでは老後破綻に陥る可能性が高いといえます。少なくとも90歳程度までは貯蓄を維持できるよう、なんらかの手立てをする必要があります」
貯蓄を増やしておくのが重要なのはいうまでもないが、それには限界がある。そこで考えたいのが、長く働いて収入を得ることである。
「現役のときより収入は減るのが一般的ですが、働いている期間は貯蓄の目減りを抑えることができる。長く働くほど、老後破綻のリスクを小さくできます」
年金制度の将来像も気になるところ。厚生年金の支給開始年齢は段階的に引き上げられており、昭和36年4月2日以降に生まれた男性(女性は昭和41年4月2日以降)が受給できるのは65歳から。さらに67歳まで引き上げられたり、支給額が見直されたりする可能性もある。そうなれば、ますます働いて収入を得ることが重要になる。
そこで知っておきたいのが、60歳以降の働き方によって年金の支給額が減る可能性があることだ。
働きながら受給する年金を「在職老齢年金」といい、年金額の一部または全部が支給停止になる。自営業者は老齢基礎年金(以下、国民年金)、会社員はそこに老齢厚生年金(以下、厚生年金)が上乗せされるが、支給停止の対象は厚生年金のみで、国民年金はカットされない。また、支給停止になるのは「厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受ける人」で、なおかつ「厚生年金の支給額と、働いて得た賃金との合計が一定額を超えた場合」である(自営業やアルバイトは支給停止にならない)。具体的には、厚生年金の額を12で割った「基本月額」と、毎月の賃金と賞与の合計を12で割った「総報酬月額相当額」(以下、賃金)との合計が、65歳未満では28万円、65歳以上では46万円を超える場合で、支給停止額の計算方法は65歳未満と65歳以上で異なる。
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②いくら稼いだら、年金は支給停止になるか?
稼ぐほど手取り額は多くなるので、働いたほうがいい
厚生年金に加入できるのは70歳までだが、厚生年金加入事業者で働く場合は、支給停止の対象になることも覚えておきたい。
「65歳以上ではかなり稼がないと支給停止にはならない、というわけです。支給停止にならない範囲で働く手もありますが、支給停止額が賃金を上回ることはありません。たとえ年金が減らされても、稼ぐほど手取り額は多くなるので、気にせず働いたほうがいい」
ほかにもいいことがある。60歳以後も厚生年金に加入すると、65歳まで働いた分が65歳以降の年金に70歳まで働いた分は70歳以降の支給額に反映される。(途中で退職した場合は、1カ月を経過した後に年金支給額に反映)。加入期間中は保険料を負担することになるが、働いた分だけ、将来の年金が増えるのである。
65歳、70歳、75歳、80歳まで働くと、貰える年金はどう変わり、預金はどう推移するか。具体的に見ていこう。
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90歳まで残高を維持
③▼case 1
65歳まで会社に再雇用、その後はアルバイト
多少の支給停止は受けるが、5年間働いた分年金は増額
(金田家)夫/平均年収600万円。65歳まで再雇用で手取り年収206万円。その後はアルバイトで70歳まで年収120万円、以後、年収70万円。妻/5年間会社員として働き、専業主婦に。夫より2歳年下。60歳時点の世帯貯蓄2500万円で変動率は年0.3%。支出は基本生活費300万円、住宅維持費30万円、特別費(レジャー費、介護費など)50万円で、変動率は年0.5%。
90歳まで残高を維持
定年後も働き続けた場合に年金や貯蓄がどうなるか。2019年定年を迎える3家計のケースで横山氏に算出してもらった。
まずは、大学卒業後電機メーカーで働き、60歳で定年退職する金田さん(仮名)。38年間の平均収入は600万円。妻は5年間会社員として勤めたあと専業主婦となり、子ども2人は独立した。定年退職時点の貯蓄は退職金を含め2500万円だ。住宅ローンは完済済み。毎月の生活費は25万円(住宅維持費年30万円を除く)で、レジャー費などの特別費として年50万円程度を使いたいという。
年金は夫分が63歳から厚生年金が157万円、65歳からは国民年金と加給年金(※1)を加えた274万円が支給される予定となっている。2歳下の妻は62歳から厚生年金が7万円、65歳からは国民年金と振替加算(※2)を加えた87万円が支給される。
金田さんの勤務先には再雇用の制度があるが、これを利用せずに60歳でリタイアした場合、定年後から年金支給開始までの年間収支は380万円近いマイナスに陥り、年金が支給されても、赤字が続く。貯蓄はハイペースで目減りして78歳のときには底を尽く。つまりは老後破綻、ということになる。横山氏は、家計相談に訪れる人に、「90歳、95歳くらいまで貯蓄残高を維持できるようなライフプランを立てるよう、助言している」という。90歳時点での年金の受取総額は夫6502万円、妻が2109万円だが、貯蓄は1400万円を超えるマイナスで、債務超過である。60歳以降も働かなければ家計は成り立たないことは明らかだ。
※1 厚生年金に加入した夫が、妻が65歳になるまでもらえる扶養手当年金
※2 妻が65歳になると打ち切られる加給年金のかわりに妻に支給される年金
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④年間206万円の収入を得るとどうなるか
50代以下の世代では安心とは言い切れない
では65歳まで再雇用で働き、年間206万円の収入を得るとどうなるか。その場合、年金は一部支給停止となり、年間36万円がカットされ、支給額は121万円に。とはいえ、厚生年金の加入期間が5年間長くなることでわずかながら65歳以降の年金額が増え、90歳時点での年金総額は110万円多い6612万円となる。それでも、87歳で破綻する計算だ。
そこで、65歳から70歳まではアルバイトで年120万円の収入を得ることを考えてみよう。アルバイトなら厚生年金非加入のため、支給停止にはならない。また加入期間も変わらないため、年金の受取総額は65歳まで働いた場合と同じとなる。それでも働いて収入を得るのが功を奏し、90歳時点で245万円の貯蓄が残る。さらに収入を下げても75歳まで働けば90歳で貯蓄残高615万円、80歳まで働ければ979万円だ。
「70歳まで働けば老後破綻は避けられて、75歳程度まで働けば余裕ができそうですが、現在、50代以下の世代では、残念ながら安心とは言い切れません」
と、横山氏。年金の制度改正により、支給額が減る可能性が高いからだ。仮に90歳までの支給総額が8割程度まで減った場合、70歳まで働いても82歳で破綻、75歳まで働いて84歳、80歳まで働いても86歳で破綻してしまう。
「あくまで仮定ですが8割程度に減ることは見込んでおきたいところです。子どもへの援助をしたいと考える人も多いですが、試算してみると夫婦の生活だけでも大変であり、1円たりとも余裕がないことがわかる。現役時代にしっかり貯めること、生涯現役をめざして働く準備をすること、支出をコントロールすることが重要です」
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⑤自宅を改装し蕎麦屋を開店
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▼case 2
定年後は自営業に転身
年金の支給停止はなしで、働けば働いた分家計は潤う
(村上家)夫/平均年収500万円。60歳で定年退職したあと、自宅で蕎麦屋を開業。手取り年収は168万円。妻/平均年収350万円。60歳で定年退職後、夫の蕎麦屋を手伝う。夫と同じ歳。60歳時点の世帯貯蓄は2000万円で、変動率は年0.3%。支出は基本生活費330万円、住宅維持費30万円、特別費(レジャー費、介護費など)65万円で、変動率は年0.5%。
自宅を改装し蕎麦屋を開店
定年後、自営業に転身した場合はどうだろう。村上さん(仮名)は同年齢の共働き夫婦。揃って浪費家で60歳時点の貯蓄は退職金2000万円のみ。基本生活費や住居費は金田さんと変わらないが、特別費は65万円と多めを見込んでいる。夫の平均年収は金田さんより100万円低い500万円で、年金は夫分が63歳から厚生年金が131万円、65歳からは国民年金を加えた209万円が支給される予定。妻は61歳から厚生年金が91万円、65歳からは170万円が支給される。
夫が90歳時点での年金受取総額は夫が5696万円。金田さんより平均年収が低い分、年金も少ないが、妻も厚生年金に加入しており、受取額は4784万円。夫婦の合計は1億480万円となる。
「これが共働きのメリットです。妻が専業主婦やパートなら、厚生年金に加入できるような働き方に切り替えたほうが老後の安心感につながります」
とはいえ、60歳で2人ともリタイアすると75歳で破綻。やはり働くことが重要となる。
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⑥定年退職後に自営業で働く
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そこで、村上夫妻は自宅の1階を利用して隠れ家的な蕎麦屋を経営すべく準備を進めており、年間の利益を168万円程度(月14万円)と想定している。自営業で厚生年金に加入しない場合は60歳以降の働きに応じて将来の年金額が増えることもないが、年金の支給停止とは無縁で、いくら稼いでも支給停止の心配はない。定年退職後に自営業で働く(厚生年金に加入しない)なら年金額への影響は一切なし、ということである。
蕎麦屋を65歳まで経営すれば収入は840万円増え、破綻年齢は83歳まで引き延ばせる。さらに70歳まで働けば90歳まで破綻は避けられ、75歳まで働ければ90歳時点で1000万円を超える貯蓄が残せる計算だ。
「自営業は引退時期を自身で決められるメリットがあります。ただしリタイア後に事業を営むなら、コストをかけず、リスクがない方法を考えるのが基本です」
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⑦年金額が100万円減る!
▼case 3
厚生年金ありの会社で働き続ける
支給停止の額は多いが、高い収入で十分補える
(佐伯家)夫/平均年収800万円。60歳で定年退職後、再雇用で働く。手取り年収は290万円。妻/専業主婦。夫より2歳年上。会社員として働いた経験はなし。60歳時点の世帯貯蓄は2000万円で、変動率は年0.3%。支出は基本生活費380万円、住宅維持費30万円、特別費(レジャー費、介護費など)60万円で、変動率は年0.5%。
年金額が100万円減る!
佐伯さん(仮名)は商社を60歳で定年退職。妻は専業主婦で働いた経験がない。夫は高年収で、定年退職時までの平均年収は800万円。そのためか支出も多く、60歳時点の貯蓄は2000万円と、年収が高いわりには心もとない。リタイア後の支出も、基本生活費が380万円(月額約32万円)ほか、レジャー費などの特別費60万円程度が見込まれる。
年収が高かった分、夫の年金は多く、63歳から厚生年金が209万円、65歳からは国民年金を加えた287万円が支給される予定。2歳上の妻は国民年金のみで、65歳からは78万円である。60歳でリタイアした場合、夫が90歳時点での年金の受取総額は夫7880万円、妻が2184万円となる。
年金額は多いが、支出が多いこともあって69歳で家計は破綻。90歳時点では3400万円を超える債務超過である。
とはいえ、佐伯さんは会社から引き留められており、佐伯さん自身もなるべく長く働きたいと考えている。要職に就き、手取り年収290万円程度が得られるという。
そこで60歳以降も働く場合を試算すると、年金に大きな影響が出ることがわかる。手取り年収290万円で働いた場合、年金の支給が始まる63歳から65歳まで、116万円もの支給停止となる計算だ。
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116万円もカットされるのは納得がいかない
⑧116万円もカットされるのは納得がいかない、という向きもあるだろう。たしかに心情的にはそうだが、手取りで考えると、年金だけなら209万円なのに対し、290万円の賃金を得れば290万円+支給停止額を引いた年金93万円で383万円となり、働いたほうが多くなる。
「支給停止には目をつぶり、“実”を取ったほうがいいといえます。実際、65歳まで働けば家計破綻に陥るのは77歳のとき。5年働くことによって8年分、家計が好転しますよ」
さらに働くとどうなるか。働く限り、年金の支給停止は続くが、65歳未満と65歳以上では計算方法が異なり、65歳を過ぎると支給停止額が小さくなる。
佐伯さんの場合、65歳からは支給停止額が116万円から13万円まで大幅に減る。そして65歳までの5年間、厚生年金の加入期間が長くなったことでもともとの支給額も9万円増え、年金の受給額は284万円となる。これで破綻年齢は87歳まで延ばせる。
さらに75歳まで働けば90歳時点で918万円、80歳まで働けば2332万円もの貯蓄が残せる。
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⑨受給開始は後ろ倒しできる
受給開始は後ろ倒しできる
ここで1つ裏技を。年金の受給額を増やすには、「繰下げ支給」を受ける方法もある。年金の受給開始時期を任意で延期するもので、1カ月繰下げるごとに年金の額が0.7%増額される。繰下げ月数は65歳から70歳までの最大60カ月で、増額率は最大42%。国民年金だけ繰下げたり、厚生年金だけ繰下げたりすることも可能だ。
佐伯さんが厚生年金、国民年金とも70歳まで繰下げた場合について試算したもの(70歳でリタイアするケース)。普通に受け取る場合、70歳時点の受給額は306万円なのに対し、70歳まで繰下げた場合は42%増の435万円にアップする。
しかし、繰下げた5年間は受取額がゼロになるため、単純に繰下げたほうが得とはいい切れない。得になるのは、「増額された年金を、ある程度長い期間受け取る場合」だ。佐伯さんのケースでは、75歳時点では普通に受け取った場合の受取総額が3739万円なのに対し、繰下げ支給では3025万円と700万円以上少ない。しかし81歳時点では普通の受給5575万円に対し、繰下げ支給が5632万円と逆転する。その後は繰下げ支給のほうが有利になり、85歳時点では約570万円、90歳時点では約1200万円プラスと、長生きするほど得になる。
「何歳まで生きるかは神のみぞ知るですが、亡くなればお金はかかりません。『長生きのリスク』に備えて繰下げ支給を選択するのは、合理的だといえます」
なお、内閣府では現在70歳までの繰下げ支給を70歳以降まで延長する提言をまとめており、今後、議論が進む見込みとなっている。年金に頼らず働く人を後押ししたい考えが見え隠れする。とはいえ、働く気はあっても、健康を害するなどして働けなくなる可能性もある。
「働ける状態ではないが長生きする、というのが一番怖い。そのリスクに備えるには、健康管理を怠らず、長く働くための手段を考えておくこと。貯蓄を増やす、住宅ローンを定年までに完済する、支出を見直すなど、現役時代の家計管理も重要です」
定年後のライフプランを立てつつ、現在の「財布の紐」も緩めない。老後の安心を得るのは、一筋縄ではいかないようだ。
横山光昭
マイエフピー代表
ファイナンシャルプランナー、家計再生コンサルタント。1971年生まれ。家計の借金・ローンを中心に、盲点を探りながら抜本的解決、確実な再生を目指す。独自の貯金プログラムで1万人以上の赤字家計を再生。著書に『はじめての人のための3000円投資生活』(アスコム)、『50歳からの「お金の不安」がなくなる生き方』(だいわ文庫)など。
◯ When u work too much in ur old age, a pension's provision is Terminated.
老後に働きすぎると年金は支給停止になる
"稼ぐべき金額"を3パターンで推計
マネー 2018.8.5
#年金 #貯蓄
高橋 晴美
フリーライター 高橋 晴美
PRESIDENT 2017年11月13日号
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①定年後も働くなら知っておきたい「年金の支給停止」という制度。いくら稼いだらいくら年金がストップするのか。2019年60歳を迎える3夫婦の貯金額の推移と貰える年金総額をシミュレーションした――。
年金と貯蓄では破綻するかも?
老後の生活を支える公的年金。現在、夫婦2人世帯の受給額は平均20万円程度となっている。これに対し、老後に必要と考えられている最低日常生活費は月額で平均22万円、ゆとりある老後生活費は約35万円という調査結果もある(生命保険文化センター調べ)。年金では不足する分を預貯金から出す場合、月15万円を補てんすれば1年で180万円。3000万円あっても17年ももたず、60歳でリタイアすれば70代後半で底をついてしまう計算だ。ファイナンシャルプランナーの横山光昭氏はこう話す。
アフロ=写真
「現在の高齢者でさえ年金だけでは生活費が不足しがちですが、公的年金の支給は先細りが予想され、さらには長生きが当たり前になっている。老後に必要な額が膨らみ、年金と預貯金だけでは老後破綻に陥る可能性が高いといえます。少なくとも90歳程度までは貯蓄を維持できるよう、なんらかの手立てをする必要があります」
貯蓄を増やしておくのが重要なのはいうまでもないが、それには限界がある。そこで考えたいのが、長く働いて収入を得ることである。
「現役のときより収入は減るのが一般的ですが、働いている期間は貯蓄の目減りを抑えることができる。長く働くほど、老後破綻のリスクを小さくできます」
年金制度の将来像も気になるところ。厚生年金の支給開始年齢は段階的に引き上げられており、昭和36年4月2日以降に生まれた男性(女性は昭和41年4月2日以降)が受給できるのは65歳から。さらに67歳まで引き上げられたり、支給額が見直されたりする可能性もある。そうなれば、ますます働いて収入を得ることが重要になる。
そこで知っておきたいのが、60歳以降の働き方によって年金の支給額が減る可能性があることだ。
働きながら受給する年金を「在職老齢年金」といい、年金額の一部または全部が支給停止になる。自営業者は老齢基礎年金(以下、国民年金)、会社員はそこに老齢厚生年金(以下、厚生年金)が上乗せされるが、支給停止の対象は厚生年金のみで、国民年金はカットされない。また、支給停止になるのは「厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受ける人」で、なおかつ「厚生年金の支給額と、働いて得た賃金との合計が一定額を超えた場合」である(自営業やアルバイトは支給停止にならない)。具体的には、厚生年金の額を12で割った「基本月額」と、毎月の賃金と賞与の合計を12で割った「総報酬月額相当額」(以下、賃金)との合計が、65歳未満では28万円、65歳以上では46万円を超える場合で、支給停止額の計算方法は65歳未満と65歳以上で異なる。
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②いくら稼いだら、年金は支給停止になるか?
稼ぐほど手取り額は多くなるので、働いたほうがいい
厚生年金に加入できるのは70歳までだが、厚生年金加入事業者で働く場合は、支給停止の対象になることも覚えておきたい。
「65歳以上ではかなり稼がないと支給停止にはならない、というわけです。支給停止にならない範囲で働く手もありますが、支給停止額が賃金を上回ることはありません。たとえ年金が減らされても、稼ぐほど手取り額は多くなるので、気にせず働いたほうがいい」
ほかにもいいことがある。60歳以後も厚生年金に加入すると、65歳まで働いた分が65歳以降の年金に70歳まで働いた分は70歳以降の支給額に反映される。(途中で退職した場合は、1カ月を経過した後に年金支給額に反映)。加入期間中は保険料を負担することになるが、働いた分だけ、将来の年金が増えるのである。
65歳、70歳、75歳、80歳まで働くと、貰える年金はどう変わり、預金はどう推移するか。具体的に見ていこう。
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90歳まで残高を維持
③▼case 1
65歳まで会社に再雇用、その後はアルバイト
多少の支給停止は受けるが、5年間働いた分年金は増額
(金田家)夫/平均年収600万円。65歳まで再雇用で手取り年収206万円。その後はアルバイトで70歳まで年収120万円、以後、年収70万円。妻/5年間会社員として働き、専業主婦に。夫より2歳年下。60歳時点の世帯貯蓄2500万円で変動率は年0.3%。支出は基本生活費300万円、住宅維持費30万円、特別費(レジャー費、介護費など)50万円で、変動率は年0.5%。
90歳まで残高を維持
定年後も働き続けた場合に年金や貯蓄がどうなるか。2019年定年を迎える3家計のケースで横山氏に算出してもらった。
まずは、大学卒業後電機メーカーで働き、60歳で定年退職する金田さん(仮名)。38年間の平均収入は600万円。妻は5年間会社員として勤めたあと専業主婦となり、子ども2人は独立した。定年退職時点の貯蓄は退職金を含め2500万円だ。住宅ローンは完済済み。毎月の生活費は25万円(住宅維持費年30万円を除く)で、レジャー費などの特別費として年50万円程度を使いたいという。
年金は夫分が63歳から厚生年金が157万円、65歳からは国民年金と加給年金(※1)を加えた274万円が支給される予定となっている。2歳下の妻は62歳から厚生年金が7万円、65歳からは国民年金と振替加算(※2)を加えた87万円が支給される。
金田さんの勤務先には再雇用の制度があるが、これを利用せずに60歳でリタイアした場合、定年後から年金支給開始までの年間収支は380万円近いマイナスに陥り、年金が支給されても、赤字が続く。貯蓄はハイペースで目減りして78歳のときには底を尽く。つまりは老後破綻、ということになる。横山氏は、家計相談に訪れる人に、「90歳、95歳くらいまで貯蓄残高を維持できるようなライフプランを立てるよう、助言している」という。90歳時点での年金の受取総額は夫6502万円、妻が2109万円だが、貯蓄は1400万円を超えるマイナスで、債務超過である。60歳以降も働かなければ家計は成り立たないことは明らかだ。
※1 厚生年金に加入した夫が、妻が65歳になるまでもらえる扶養手当年金
※2 妻が65歳になると打ち切られる加給年金のかわりに妻に支給される年金
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④年間206万円の収入を得るとどうなるか
50代以下の世代では安心とは言い切れない
では65歳まで再雇用で働き、年間206万円の収入を得るとどうなるか。その場合、年金は一部支給停止となり、年間36万円がカットされ、支給額は121万円に。とはいえ、厚生年金の加入期間が5年間長くなることでわずかながら65歳以降の年金額が増え、90歳時点での年金総額は110万円多い6612万円となる。それでも、87歳で破綻する計算だ。
そこで、65歳から70歳まではアルバイトで年120万円の収入を得ることを考えてみよう。アルバイトなら厚生年金非加入のため、支給停止にはならない。また加入期間も変わらないため、年金の受取総額は65歳まで働いた場合と同じとなる。それでも働いて収入を得るのが功を奏し、90歳時点で245万円の貯蓄が残る。さらに収入を下げても75歳まで働けば90歳で貯蓄残高615万円、80歳まで働ければ979万円だ。
「70歳まで働けば老後破綻は避けられて、75歳程度まで働けば余裕ができそうですが、現在、50代以下の世代では、残念ながら安心とは言い切れません」
と、横山氏。年金の制度改正により、支給額が減る可能性が高いからだ。仮に90歳までの支給総額が8割程度まで減った場合、70歳まで働いても82歳で破綻、75歳まで働いて84歳、80歳まで働いても86歳で破綻してしまう。
「あくまで仮定ですが8割程度に減ることは見込んでおきたいところです。子どもへの援助をしたいと考える人も多いですが、試算してみると夫婦の生活だけでも大変であり、1円たりとも余裕がないことがわかる。現役時代にしっかり貯めること、生涯現役をめざして働く準備をすること、支出をコントロールすることが重要です」
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⑤自宅を改装し蕎麦屋を開店
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▼case 2
定年後は自営業に転身
年金の支給停止はなしで、働けば働いた分家計は潤う
(村上家)夫/平均年収500万円。60歳で定年退職したあと、自宅で蕎麦屋を開業。手取り年収は168万円。妻/平均年収350万円。60歳で定年退職後、夫の蕎麦屋を手伝う。夫と同じ歳。60歳時点の世帯貯蓄は2000万円で、変動率は年0.3%。支出は基本生活費330万円、住宅維持費30万円、特別費(レジャー費、介護費など)65万円で、変動率は年0.5%。
自宅を改装し蕎麦屋を開店
定年後、自営業に転身した場合はどうだろう。村上さん(仮名)は同年齢の共働き夫婦。揃って浪費家で60歳時点の貯蓄は退職金2000万円のみ。基本生活費や住居費は金田さんと変わらないが、特別費は65万円と多めを見込んでいる。夫の平均年収は金田さんより100万円低い500万円で、年金は夫分が63歳から厚生年金が131万円、65歳からは国民年金を加えた209万円が支給される予定。妻は61歳から厚生年金が91万円、65歳からは170万円が支給される。
夫が90歳時点での年金受取総額は夫が5696万円。金田さんより平均年収が低い分、年金も少ないが、妻も厚生年金に加入しており、受取額は4784万円。夫婦の合計は1億480万円となる。
「これが共働きのメリットです。妻が専業主婦やパートなら、厚生年金に加入できるような働き方に切り替えたほうが老後の安心感につながります」
とはいえ、60歳で2人ともリタイアすると75歳で破綻。やはり働くことが重要となる。
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⑥定年退職後に自営業で働く
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そこで、村上夫妻は自宅の1階を利用して隠れ家的な蕎麦屋を経営すべく準備を進めており、年間の利益を168万円程度(月14万円)と想定している。自営業で厚生年金に加入しない場合は60歳以降の働きに応じて将来の年金額が増えることもないが、年金の支給停止とは無縁で、いくら稼いでも支給停止の心配はない。定年退職後に自営業で働く(厚生年金に加入しない)なら年金額への影響は一切なし、ということである。
蕎麦屋を65歳まで経営すれば収入は840万円増え、破綻年齢は83歳まで引き延ばせる。さらに70歳まで働けば90歳まで破綻は避けられ、75歳まで働ければ90歳時点で1000万円を超える貯蓄が残せる計算だ。
「自営業は引退時期を自身で決められるメリットがあります。ただしリタイア後に事業を営むなら、コストをかけず、リスクがない方法を考えるのが基本です」
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⑦年金額が100万円減る!
▼case 3
厚生年金ありの会社で働き続ける
支給停止の額は多いが、高い収入で十分補える
(佐伯家)夫/平均年収800万円。60歳で定年退職後、再雇用で働く。手取り年収は290万円。妻/専業主婦。夫より2歳年上。会社員として働いた経験はなし。60歳時点の世帯貯蓄は2000万円で、変動率は年0.3%。支出は基本生活費380万円、住宅維持費30万円、特別費(レジャー費、介護費など)60万円で、変動率は年0.5%。
年金額が100万円減る!
佐伯さん(仮名)は商社を60歳で定年退職。妻は専業主婦で働いた経験がない。夫は高年収で、定年退職時までの平均年収は800万円。そのためか支出も多く、60歳時点の貯蓄は2000万円と、年収が高いわりには心もとない。リタイア後の支出も、基本生活費が380万円(月額約32万円)ほか、レジャー費などの特別費60万円程度が見込まれる。
年収が高かった分、夫の年金は多く、63歳から厚生年金が209万円、65歳からは国民年金を加えた287万円が支給される予定。2歳上の妻は国民年金のみで、65歳からは78万円である。60歳でリタイアした場合、夫が90歳時点での年金の受取総額は夫7880万円、妻が2184万円となる。
年金額は多いが、支出が多いこともあって69歳で家計は破綻。90歳時点では3400万円を超える債務超過である。
とはいえ、佐伯さんは会社から引き留められており、佐伯さん自身もなるべく長く働きたいと考えている。要職に就き、手取り年収290万円程度が得られるという。
そこで60歳以降も働く場合を試算すると、年金に大きな影響が出ることがわかる。手取り年収290万円で働いた場合、年金の支給が始まる63歳から65歳まで、116万円もの支給停止となる計算だ。
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116万円もカットされるのは納得がいかない
⑧116万円もカットされるのは納得がいかない、という向きもあるだろう。たしかに心情的にはそうだが、手取りで考えると、年金だけなら209万円なのに対し、290万円の賃金を得れば290万円+支給停止額を引いた年金93万円で383万円となり、働いたほうが多くなる。
「支給停止には目をつぶり、“実”を取ったほうがいいといえます。実際、65歳まで働けば家計破綻に陥るのは77歳のとき。5年働くことによって8年分、家計が好転しますよ」
さらに働くとどうなるか。働く限り、年金の支給停止は続くが、65歳未満と65歳以上では計算方法が異なり、65歳を過ぎると支給停止額が小さくなる。
佐伯さんの場合、65歳からは支給停止額が116万円から13万円まで大幅に減る。そして65歳までの5年間、厚生年金の加入期間が長くなったことでもともとの支給額も9万円増え、年金の受給額は284万円となる。これで破綻年齢は87歳まで延ばせる。
さらに75歳まで働けば90歳時点で918万円、80歳まで働けば2332万円もの貯蓄が残せる。
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⑨受給開始は後ろ倒しできる
受給開始は後ろ倒しできる
ここで1つ裏技を。年金の受給額を増やすには、「繰下げ支給」を受ける方法もある。年金の受給開始時期を任意で延期するもので、1カ月繰下げるごとに年金の額が0.7%増額される。繰下げ月数は65歳から70歳までの最大60カ月で、増額率は最大42%。国民年金だけ繰下げたり、厚生年金だけ繰下げたりすることも可能だ。
佐伯さんが厚生年金、国民年金とも70歳まで繰下げた場合について試算したもの(70歳でリタイアするケース)。普通に受け取る場合、70歳時点の受給額は306万円なのに対し、70歳まで繰下げた場合は42%増の435万円にアップする。
しかし、繰下げた5年間は受取額がゼロになるため、単純に繰下げたほうが得とはいい切れない。得になるのは、「増額された年金を、ある程度長い期間受け取る場合」だ。佐伯さんのケースでは、75歳時点では普通に受け取った場合の受取総額が3739万円なのに対し、繰下げ支給では3025万円と700万円以上少ない。しかし81歳時点では普通の受給5575万円に対し、繰下げ支給が5632万円と逆転する。その後は繰下げ支給のほうが有利になり、85歳時点では約570万円、90歳時点では約1200万円プラスと、長生きするほど得になる。
「何歳まで生きるかは神のみぞ知るですが、亡くなればお金はかかりません。『長生きのリスク』に備えて繰下げ支給を選択するのは、合理的だといえます」
なお、内閣府では現在70歳までの繰下げ支給を70歳以降まで延長する提言をまとめており、今後、議論が進む見込みとなっている。年金に頼らず働く人を後押ししたい考えが見え隠れする。とはいえ、働く気はあっても、健康を害するなどして働けなくなる可能性もある。
「働ける状態ではないが長生きする、というのが一番怖い。そのリスクに備えるには、健康管理を怠らず、長く働くための手段を考えておくこと。貯蓄を増やす、住宅ローンを定年までに完済する、支出を見直すなど、現役時代の家計管理も重要です」
定年後のライフプランを立てつつ、現在の「財布の紐」も緩めない。老後の安心を得るのは、一筋縄ではいかないようだ。
横山光昭
マイエフピー代表
ファイナンシャルプランナー、家計再生コンサルタント。1971年生まれ。家計の借金・ローンを中心に、盲点を探りながら抜本的解決、確実な再生を目指す。独自の貯金プログラムで1万人以上の赤字家計を再生。著書に『はじめての人のための3000円投資生活』(アスコム)、『50歳からの「お金の不安」がなくなる生き方』(だいわ文庫)など。