マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

希望はないのか?

2013年01月27日 14時31分31秒 | 世界の支配者
「紐か椀か?」との題名はあまりにも悲惨で、まったく希望がないのか?ということになる。私のブログの目的は現状を正しく伝えることで、できる限り客観的な表現をしなければと思っている。ただ、救いも必要だったな・・・と反省し、追加の記事を書いている。

この平成になってからの失われた二十寸年間は、明治以来、いや・・・平安京以来日本を支配してきた鴨体制に大きな変革が訪れたことを意味している。
明治維新でDは日本の旧体制を利用し、彼らに甘い汁を吸わせることで新体制を築きあげた。これは古代において縄文から弥生へ政権が移る場合も同様で、新政権に反発したグループは明治維新と同じく東北地方へ逃れ反乱を起こしたのである。
これら明治以来の旧体制の清算が平成になってからほぼ二十年かけて進み、銀行、証券会社、保険会社の統合、郵政民営化、道路公団民営化、日銀の無力化などとなって結実する。小泉いわく「改革には痛みが伴う」がまさにそれだったのだ。

さて、Dに群がる企業群(言ってみるなら興銀系、満州系)はほぼ勝負あったという状況で、希望的に言うなら公正で頑張れば報われる社会になるかもしれないということ。悪く言うなら弱肉強食だが、やっても報われない社会、つまりアジアやアフリカの人たちと比べれば日本は十分に恵まれていると思わなければならない。どうして恵まれているかというと、やはり太平洋戦争で尊い命を捨ててまで祖国を守った英霊のたまものと考えるべきだろう。(Goldwarriarsとは言わないが・・・・)

で、なにが言いたいかといえば、S氏がなぜわたしに接触し、世界の支配者の情報を教えてくれるかだが、皆を失望させるためではなく、彼もなんとかしなければと考えるからである。

歴史的にEの敵はD・共産主義であり労働組合である。過激な組合活動に対する答えが派遣労働となって決着した。つまり、組合活動が労働者を逆に追い込んだことになる。女性活動家が女性の権利を主書し過ぎ、逆に女子社員を雇わない状況を作った。
極端な見方ではあるが、そういう側面もあるということ。

私は零細カフェの経営者だが、正社員を雇うとアルバイト2~3人分の負担が生じる。年次休暇など出せるはずもなく、社会保険・労働保険の負担だけでも大変なのだ。
正直な話、飲食業においては全員アルバイトで回したいのが本音である。つまり、正社員にはそれだけの仕事が求められるのだ。
まずは現在正社員で勤めていらっしゃる方は、会社がいかに大きな負担をしているかを知り、深く感謝の念を持つべきである。そして自分の価値をいかに高めるかの努力を怠らないことだ。いつリストラされてもよそで通用するスキルを磨いておくということ。
派遣や契約社員のかたは、世の中を恨むことなく、会社の方がぜひ正社員にと頼まれるよう自分の価値を高めるしかないだろう。
やはり日本的な家族主義の会社組織では世界で戦えないと決定したのである。これを恨んでも仕方がない。その中でたくましく生き抜くことが求められていて、努力すれば報われると信じるしかないではないか。

私の会社のそばに「なんとか大福」を売り歩く会社がある。毎朝若い男女がリヤカーの小型みたいな台車にお菓子を満載して出発する。「売れるのかな・・?」と思うが、かなりの人数が働いている。もちろん歩合制だろうけど、あのハングリーさは見事なものである。あのバイタリティーは見習わなくては・・・・。

私が支配者の研究をするのは人々の不満を煽るためではなく、真実を知り、その中で生き抜く方法を探すことである。要は、働かないのに金を欲しがる人まで面倒は見れないのだ。逆に言うなら、よく働く人はどんな時代だって生きて行けるということだ。働けない人についてのセイフティネットは案外整ってきている。

ようは、戦争をさせないためには革命勢力を育てない方向が重要なのである。アラブの春のような荒っぽい戦略がアルジェリアの惨事の原因となり、戦争のきっかけとなる。現代の日本は一応民主主義となっている以上、国民が戦争を望まないなら、戦争は起きないのである。

あまり中身のない話で申し訳ない、ちょっと元気になって欲しいため書きました。



紐かお椀か?

2013年01月27日 05時40分15秒 | 世界の支配者の研究
まず、昨日連絡を受けましたが、カナダ在住の読者、デコさんが亡くなられたそうです。残念でもあるし、また帰国し、お会いできるものと思っていただけに、何ともさみしく感じます。初めてマヨカフェに見えたのはいつだっけ?もうずいぶん古い話ですが、そうそう、虹さんも一緒になったんだったね。名古屋名物「ひつまぶし」(うなぎどんぶりみたいなもんだ。)とコメダのコーヒーを御馳走しました。その後、九州へ旅行しチャコさんと宇佐八幡などの観光をしたんだとか・・・・。ほとんどの読者の方は知らないと思いますが、イベリコ豚騒動のころによく投稿されていた方です。

さて、本題です。

韓国の大河ドラマの中で、王族が死刑になる時絞首刑か毒薬を飲むかを自分で選択する場面が出てくる。毒薬はお椀に入ったドロドロの液体を飲むのだが、私は飲んだことがないのでわからないが、たぶんおいしくはないだろう。絞首刑は選んだ紐を木に掛け、台の上に乗り、首にひもをかけ、執行人が台をけっ飛ばしあの世へ行く。
あなたはどちらを選びますか?

今、日本人が選択を迫られてきたのは「金融奴隷か、監視社会か」のふたつで、どうやら日本の行く先が超監視社会、何度も言うけど小説1984年の世界が実現するようなのだ。
つまり、ビッグデーター時代を迎え、1940年代に公表された予定に対し、ようやく技術が追いついたということだろう。
アマゾンのキンドルを購入し、仕方なしに色々学んだのだが、クラウドという概念がようやく実感として体感できた。どこにいても、どの機械、つまり自宅のパソコン、携帯、スマホ、会社のパソコン、それらのデーターすべてがいつも共有され、かつ同期する。
これは実に便利だし、マシーンが壊れた時のダメージもほとんどなくなる。が、クラウドに預けたデーターが監視されているとしたら、もはやすべてのデーターは支配者も共有しているということだ。
さて、キンドルを選び、ネクサスを選ばなかった理由は、もちろん読書のために買ったもので、ゲームなど必要ないからだが、正直、ネクサスの方が圧倒的に遊べる。ただ、私のように怪しげなことをしている人は決してグーグルと仲良くすべきでないだろう。
さて、最近部分的にヤフーメールを使っているが、今までのとは違い、家でも会社でも、さらにはタブレットでも同じメールを閲覧できるのはありがたいことである。こんな便利なことは支配者にとっても都合が良い。人のコンピューターの奥まで入り込まなくても、手元の大きなデーターセンターにすべてがあれば楽だろう。
この流れはいっそう加速し、パソコンが不要になるのもそう遠くない気がするな・・・。デルが経営危機に陥るわけだ・・・。マイクロソフトだって、どうなるやら・・・。

さて、本題に戻らなくっちゃ。要は、D勢力が追いやられ、Eが日本の体制を把握するわけだが、その表れのひとつが日銀の無力化であり、実質的に通貨発行権を財務省側に引き渡すということである。
大久保利通以降、日本のCグループがDの銀行制度を導入し、地域の豪商などを銀行家に育て上げ、政府主導ではなく、日銀による強力な通貨政策をもとに日本全体をコントロールしてきたわけだ。それがプラザ合意でなにあったかわからないが、今から思えばそれが終わりの始まりだったということ・・・だよね。

さて、もう一つ、郵政の株式が放出されることになる。もちろん経済対策の一環としての財源確保ということだが、経済政策は早い話短期的な話であり、株式の放出は一度やれば二度と戻せない。つまり、明治の地租改正の対策として打ち出された名主、庄屋達の利権としての特定郵便局の制度が完全に終焉を見ることになる。
これであと残るのが農協組織や組合保険みたいな、いかにも日本的なシステムの解体だけで、これらをまとめて解決するのがたぶんTPPの役割なのだろう。

私(私達?)がブログで情報発信するにあたり、やはり「なんでも反対」みたいな方向だった事は認めざるを得ないし、結果的にそれが旧体制の擁護につながっていたことも認めざるを得ない。本来は冷静な状況判断が求められるにも関わらず、行司が相撲を取ってはいけないのである。で、今日皆さんに伝えたいことは「ひもかお椀か?」で、どっちにしてもろくなことはないなという落ちであります。