尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」

不思議の森へあなたを訪ねて下さい。
「人生は正しいのです、どんな場合にも」(リルケ)
2005.10/22開設

蟹女蟹男

2005年10月27日 23時55分59秒 | 自選詩集
太陽は楕円に歪み
蟹女はぞろりぞろり
磯の大岩に這い上がる

紅色の甲羅を
カピカピてからせ
若い欲望の泡を吹き
となりの蟹を鋏で突いたり
波間に蹴落としたりしながら
寄り目の横目で待っている

母から聞いた
昼でも星を撒き散らし
撒き散らしする
好色の花火師
蟹男を

待ちわびて
とうとう震え出し
全身白煙をあげ
ぐつぐつ
オートマチックに
湯だってくる

食えと言わんばかりの
白肉の
うまそうな匂いに
海にかかる天の川が
白昼に発情の明滅だ

その八方に飛び散らんとする
ビッグバンの遠い記憶を
その姿形にとどめる蟹男よ
深海を這い上がり
蟹女に
億兆の
星をばらまけい
星をばらまけい

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悲しみの森

2005年10月27日 23時38分59秒 | 自選詩集
古代からの
霧雨が降りつづく朝には
小さな旅を思いつく

雨には音がなく
僕の心には色がない

仕事の車を乗り捨てて
僕だけの森を訪ねよう

人知れぬ森の緑はけぶり
さらに奥深く分け入れば
透明な泉が密やかに佇んでいる

泉の表を
細い雨はとおり抜けている

白砂の底に
美しい少女が
水がめをかかえて
僕を待ってくれている

幾たびここを訪れて
泣いたことだろうか
少女はその度
悔恨の涙を
受けてくれている

少女よごらん
僕はこんなに
老いてしまった
しかし君は
年をとらない

出会った日々のように
少し笑って
少し困って
もういいよと
涙を受けてくれている

二十歳の僕は
君を捨ててしまった

こうして
死ぬまで
古代からの
霧雨が降りつづく朝には
小さな旅を思いつく

雨には音がなく
僕の心には色がない

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ほたる子

2005年10月27日 23時20分29秒 | 自選詩集
この恋がはかないと
悲しむ 
ほたる子
この世がはかないと
むずかる
ほたる子
この命がはかないと
おびえる
ほたる子

そうさ、おれだって
永遠に君と一緒に
過ごせるわけがない
この命に
限りあるもの

今見える
お星様だって
その多くは
この世にないのだ
すべての命は
限りあるもの

だからこそ
人は二人して
同じ夢を
見ようとするのだろう

せめて今夜だけ
二人して
幸せな夢を見よう
共にる夢は
すでに小さな現実だから

宇宙は果てしのない
孤独だろう
その孤独のなかで
ほたる子
ほんのりと
今夜
星のように

燃えていようよ

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ホイッスル

2005年10月27日 23時07分17秒 | 自選詩集
この世の遊園地には
若くしてもう飽きていたけれど
お互いの体がお互いにとって
玩具であることの発見
そんな時代がある

この世には
人を果物にして
その薄皮をはぐような
快楽があると
夏の休みに
二人はお互いの皮を
しゅるしゅる
むいた

これは愛ではないから
愛するふりをした
これは恋の物語ではないけれど
物語にしてしまおうと
ひと夏の共犯だった

明日に残るのは
愛でも恋物語でも
快楽でさえもないと
そんなことは知っていた

正気に戻り
羞恥を取り戻したのは
別れの白いプラットホーム

車掌の鋭い笛が鳴り
食べつくされたはずの君が
うわずった声で
「死ぬまで忘れないでね」
はじめて君の真顔を見た
愛などないのに泣けるのだ
いいえ愛などないから
泣けたのだ

飛び乗った君の
小さい肩甲骨が
閉まる扉にあたり
もう一度車掌の
ホイッスル!

なるほど
覚えているのは
むいた皮でも
食べた実でもなくて
野暮な車掌の鋭い
ホイッスル

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ピンクの象さん

2005年10月27日 22時56分51秒 | 自選詩集
凡庸ということについて

たとえば空を飛ぶ象さん
ショッキングピンクだったりすると
凡庸を通り過ぎて
もう俗悪だね
後ろ足にチェーンなんか
巻きついていたらなおさらだ

夕暮れの野外劇場
みんな帰ってしまって
もう踊らなくていいのに
空で一生懸命踊っている象さん
あと一つリンゴをくださいと
逆立ちの芸までしてしまう
もうお腹なんか
減らないはずなのにね

哀しいことが
ついに終わっても
終わらない
哀しみもあるね

たとえてみるならば
墜落した天使の青い血が
地平線を越えて
滲み出ているような

ピンクノ象さんが
果てしない空の
どこかに帰ってゆくとき
誰かが気に留めて
見上げてくれたというので
最後の逆立ちをしてしまって
チェーンが
いつものとおり鳴ったら
これを凡庸と呼ぼう

凡庸とは
かように悲しいことだ

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ナマコの女

2005年10月27日 21時47分29秒 | 自選詩集
まだ昨日のことだ

朝市の
ブリキのバケツの中を覗くと
会うなりノスタルジイ
これは命の原型
いわゆるナマコの女であった

家に連れ帰ると
ナマコの女
いきなりマリになって跳びかかり
僕の胸やら尻に張り付いて
収縮を繰り返し
はしゃいで
黄緑色に発光した

あらゆる角度をさらし
その原始の下等の文様をみせつけ
なにやら自分の叫び声を
聞いては自ずから昂ぶり
その軟体を
引きちぎり引きちぎりし

日が暮れて遠雷が光り
部屋が青白に浮かんだとき
ナマコの女は
バタリ
はがれてしまうと
落ちた床から僕を見上げて
・・・そろそろ帰らねば
虫みたいに悲しい声だった

今さらなんだけど、どこから来たの?
 遠くからです
 うんと遠くからです

十億年くらい遠くからですか?
 昨日からです
 えらそうにしないあなたが好きでした
 これはほんとです

いや、おれはえらそうに出来ないのだ
と、二人はポロポロ泣いた

ナマコの女は
雨に叩かれる深夜の国道を
ずりずり這って帰っていった
もちろん峠を越えて
昨日の方へ

昨日ほど遠い昔はない


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ダンス ダンス

2005年10月27日 21時31分23秒 | 自選詩集
夢と夢との狭間に
思い出してみた
僕のかわいい
猫たち

青い猫
赤い猫
緑猫に
ぶたれた猫

砂漠の猫
シベリヤの猫
旅猫に
売りとばされた猫

よく食べる
よく笑う
うく歌う
猫たち
そして夏の夜の
焼けたトタン屋根の上では
ダンス ダンスの
猫たちだった

でも今夜
天井の暗闇に
淡く浮かび上がる猫たち
もう幸な猫は
一人もいない
僕だって

だからもう一度
真夏の夜の夢の
ダンス ダンス

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たった一人の肉体へ

2005年10月27日 21時21分19秒 | 自選詩集
古い柱時計が
突然
時を刻むことを
忘れてしまっても
それはそんなに
不幸なことなのだろうか
お役ごめんの
もはや景色にすぎないことが

夢見る詩人が
突然
夢を捨て
詩を書けなくなっても
それはそんなに
不幸なことなのだろうか
はっと
気がついたのではなかろうか
己がどこまでも
なんの飾りも
役立たぬような
たった一人の肉体だと

恋に生きた女が
突然すべての
恋を放棄したとしても
それは世間が言うほど
不幸なことだろうか
はっと
気がついて
帰るべき故郷へと
帰っていったのだろう
快楽も役立たない
たった一人の肉体へ

今になって思うのだけど
それはそんなに不幸じゃなかった
父はあの時
家族を愛するこを忘れ
命より大切であった仕事も
おっぽりだして
父は帰っていったのだ
たった一人の故郷へ
息することさえ忘れて

悲しいが
けして不幸じゃない
たった一人の肉体へ

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その意味を

2005年10月27日 21時08分54秒 | 自選詩集
わからない
どんなに愛していても
二人が一人になれない
その意味を

わからない
こんなに愛していても
どこまでも
二人が二人であることの
その意味を

だからもう一度
あなたに触れて
目まいする
気持ちよい
その意味を
わかりたい わかりたい

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センチメンタル ホテル

2005年10月27日 21時03分22秒 | 自選詩集
三年前つぶれた
海沿いのホテルです
深夜
埃の積もったカウンターに
呼び鈴が闇に鈍く光っています

誰だ
真夜中に
おれの頭を
やたらチンチン
叩く奴は

なんだ
思い出にずぶぬれの
幽霊さんか・・・
泊まりなさい

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かくれんぼう

2005年10月27日 20時57分52秒 | 自選詩集
父よ、最後まで僕はあなたを
好きになれませんでしたね
煙草臭くて時々お酒臭くて
乱暴な頬ずりのひげが痛かったのです

どこにでもあるような夫婦喧嘩でした
まこと、お母さんをとるかお父さんをとるか?

あなたの悲しい顔が
今でも目に浮かびます
僕は母の腰にしがみついていました
子供にはつらい選択でした
つまりあなたは大きくて
母は小さいからです
 
そんなことがあって
よけいに遊んでもらいました
隠れんぼうで僕が鬼のときです
もういいかい
答えがなくて振りかえると
家の土壁を通りぬけ
あなたが大通りに消えてしまうのを
ほんとうに見たのです
あの不思議は不思議のままです

そして最後の隠れんぼう
生意気な中学生になった僕をおいて
突然この世の壁をつきぬけて
ほんとうに消えてしまわれました

四十年が経ちました
あなたの愛した
小さな妻は八十をこえ
もっともっと小さくなりましたよ
どうか幼い僕の選択を 
正しいとおっしゃってください

あなたの愛したまことは
ずいぶんあなたの
年上になってしまいました
それでも子供のように
振り返っては
壁の向こうに尋ねています
父さん、もういいかい

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アルカイックスマイル

2005年10月27日 20時40分42秒 | 自選詩集
背負っているのは
光りなの
闇なの

あなた男なの
女なの

目覚めているの
眠ってるの

どうして
薄く笑ってるの
何かあったのかしら
永遠黙ってしまって

わたしを
狂わせたいの
それとも
狂ってみたいの

あなたからすれば
まばたき一つ
生きてる限り
踊ってあげる

いいよ
薄目を開けて
わたしは裸


  


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傘をどうぞ

2005年10月27日 20時23分49秒 | 自選詩集
雨に濡れています
などと囁いてみても
誰も
雨に濡れてはいなくて
ただ確かなことは
雨に濡れています
という言葉に
いま
あなたの耳は
濡れはじめています

降っているのは
雨ではなくて
むかし
僕のまいた言葉が
遅れて届いているのです

この傘をどうぞ


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蛍子(ほたるこ)

2005年10月27日 20時16分32秒 | 自選詩集
朝 
引き寄せたように
降ってきた木の葉を
手に受けて光りに透かすと               
来歴の木と枝のデザインが
エッチングの技法で
刻まれてある                
                      
お昼休みの工場に 
レントゲンのバスがきて
白衣の人は言った
ここに立って
あなた動かないで
息をすって 
すって もっとすって
息をしないで しないでったら 
はいっ!

 ふぅ

角のあるカメラの冷気を丸く抱え
小さな乳房つぶしたけれど
明日になれば
透かされているかしら
白と黒の 
わたしの木
暴かれているかしら 


一日の終わりに
パソコンをシャットダウン
天井の明かりを消すと
わたしこんな
夜に立っていた
きっと朝から

一人する
密やかな遊びは
闇を吸って 
息をしないで
胸熱くして
ほの白にわたしを灯す

積もらない
木の葉降っている
ふぅ ふぅ


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つり革

2005年10月27日 19時49分43秒 | 自選詩集
終着駅では
プラットホームが待機している
よく清掃されるほど
洋上の滑走路に似てくる

一方 快速列車の
吊り革の下には
朝日をあびて
行者のような
顔 顔 顔

白いワイシャツやブラウスを
太い影が走りはじめる
X Y Z
鉄橋だ

ドロドロドロ
という音響にまぎれ
男だか女だか
わからない声が

 さびしい

それは透きとおって
小骨まで見える

自分達の小さな
くしゃみ
のようでもあったから
あちらこちら
瞬きがふえただけ
あなたもわたしも
声の主を捜さない

終着駅付近の
カーブにさしかかると
慣性の法則で
すべての吊り革は
きしみながら
斜めになった

真っすぐになれば
誰もいない


  ※この作品によって、2005年度「第25回大阪文学校佳作賞・詩部門」を
   頂きました。

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