温泉クンの旅日記

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さくらさくら温泉(2) 鹿児島・霧島

2009-08-09 | 温泉エッセイ
  <さくらさくら温泉(2)>

(しめしめ、誰もいない今がチャンスだな・・・)

 石枡のなかで仕切られた泥を掬いとって腕とか胸、肩、首に塗りたくる。
 ひんやりと冷たい。温泉の泉源の湯の花の泥だそうだ。よく伸びる微細な泥で、
皮膚の熱でたちまち白く変色する。



 さて、いよいよ顔だが、恥ずかしいからやめとくかな。
(誰もいないし、えーい、やっちゃえ!)
 目を固くギュッとつむって顔に塗りたくった。
 なんか、家に誰もいないのを幸い、中学生が大学生の姉貴の化粧道具で悪戯した
ような気分である。すこしうしろめたく倒錯っぽい感じ。

 きっと白塗りのお化けみたいな顔にいまなってしまったことだろう。
 さて、10分待つのだが、このまま誰も来ないのを祈るばかりだ。
 こういう時に限って時間はのろのろと過ぎていく。
 露天風呂に足だけいれて、ふちに腰掛けて時計をみつめる。



 と、内湯に続く扉が開く音がした。
(まずい、誰か来る!)
 よく考えれば、ちっともまずくはないのだが、来訪者に背を向けたまま湯桶に
露天の温泉を汲んだ。時計は7分を経過している。
 顔は、ここまでだろう。別にお肌がなめらかピカピカにならんでもいい。湯桶の
湯で慎重に洗い流し、上半身のほうはタオルも使って手早く泥を拭き取った。

「あ、どうも、こんにちは」
 タオルを使いながら、洗い流した顔で振り向くと、こちらも挨拶を交わす。年齢
はちょっと上くらいのしまった身体をしたおじさんである。ほぼ同時に露天風呂に
身体を沈めた。



「夏とはいえ、ちょうどいいぐあいに今日は涼しくて、温泉には最高ですなあ」
「本当にそうですねえ」
 話しながら、湯を手のひらで掬って、顔に残ったかもしれない泥を洗い落とす。
「どちらからですか」
「えー、横浜からです」
「そりゃまたずいぶん遠方からですね。わたしは県内ですので」
 わたしも、だいぶ落ち着いてきた。

「あれって、なんですかね」
 内湯を出たところにある陰陽石を指さした。温泉にいくと案外こんなのが多いの
だ。



「ああ、あの左側の陽石が男性で・・・・」
「あ、なるほど、ね」
 お先に、といった会釈を送り露天を出ると更衣室に向かった。

 和風レストランで、とりあえず芋焼酎の水割りとつまみを一品頼み、呑み始めた
のだが、左目がしばしばして、突然といった感じで涙がでてきた。
 そういえば注意書きになんか書いてあったような気がする。



 温泉で使ったタオルで拭ったのが、さらにいけなかったようで涙が止まらない。
 お代わりを頼んで運んできた初々しい女性スタッフが、涙ぐむこちらの顔をちら
りとみてあわてて眼をそらした。
(おいおい、なんか最近に失恋とか悲しいことがあったおじさんの感傷旅行と思っ
てんじゃないだろうか・・・)
 うら若き乙女が涙をさめざめ流しているわけではない。まったくサマにならな
い。

 他の先輩女性スタッフたちもそれとなく、タオルの泥のついてない部分を探して
涙を拭いているわたしに視線を走らせてくる。
 まいったな。これは部屋に帰って真水で洗い流したほうがいいかもしれない。
「あのぉ、すいません! もう一杯お代わり、それに持ち帰りでおにぎりかなんて
頼めますでしょうか」
 なんか、簡単な夕食を食べたいが涙がとまらないのだ。

「こちらでは、いろいろと夕食のご膳をご用意してありますのに、おにぎり、です
か」
「ダメですか?」
 左目だけ涙をながしながら、すがりつくように見上げるわたし。
 すこし身を引いた初々しいスタッフが先輩スタッフのほうに視線を走らせ、頷く
と、
「も、もちろんけっこうでございます。すぐにご用意いたします」



 おにぎりのパックを持ち一軒家の部屋に向かったわたしは、やはり温泉狂の血が
騒ぐので、通り過ぎてこの一戸建て区画専用の露天風呂をチェックしに奥までいっ
てしまうのだった。



 おお、誰もいないぞ、ラッキー!



 左目のことも一瞬すっかり忘れ、能天気にまたも入浴してしまったのであった。


  →「さくらさくら温泉(1)」の記事はこちら


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