人だすけ、世だすけ、けんすけのブログ

愛知13区(安城市・刈谷市・碧南市、知立市、高浜市)
衆議院議員 おおにし健介

吉川まさしげさんと再会

2009年01月28日 | 政治
他の選挙区にいる余裕はないので、恩師、馬淵代議士の地元事務所にだけ挨拶を済ませ帰路につくつもりだったが、奈良に来ていることを聞きつけた敏ちゃんから電話が入る。

敏ちゃんは、やはり馬淵事務所時代の同僚で、現在は、奈良3区の公認候補である吉川まさしげさんの事務所で働いている。敏ちゃんも何度か手弁当で私の選挙区まで来てくれて、ポスティング等のお手伝いをしてくれた。
また、吉川事務所のスタッフになった後も、私たちの日常活動を参考にしたいと吉川総支部長を先頭に事務所スタッフと地元市議会議員と愛知13区を訪れ、一緒にポスターローラーや街頭での災害支援募金活動に協力をしてくれた。

ちょうど吉川総支部長も事務所に戻っているというので事務所に立ち寄った。最近の活動についていろいろと情報交換をした。吉川さんの小沢代表との2連ポスターがとてもセンスがいいものだったので、1枚参考にもらってくる。モノクロで昔の映画のポスターをイメージしたそうだ。私は、最近見た2連ポスターでは出色のできばえだと思うのだが、支援者からは賛否両論あるとのこと。

吉川さんともともに健闘を誓い握手。


おおにし&大西

2009年01月28日 | 政治
奈良の天理にいかなければならない用があって、久しぶりに奈良を訪れた。ちょうど、橿原市議会議員選挙の期間中で、馬淵代議士の秘書時代にお世話になった方々が立候補をしていたので選挙事務所を激励訪問するとともに、橿原市のある奈良県第4区総支部の事務所に挨拶に立ち寄った。

私は、前々回の参議院選挙の時、中選挙区時代から奈良4区を地盤としていた前田たけし参議院議員の応援で約1ヶ月間近鉄八木駅前のビジネスホテルに泊まったことがある。そして、現在の奈良4区の総支部長の大西たかのりさんは、元々前田たけし先生の秘書で、民主党本部職員としても活躍されていたので、馬淵事務所時代には大先輩として東京で時々飲みに連れて行ってもらい、いろいろと相談にものってもらっていた。

大西さんは、私が愛知13区の公募に合格し活動を始めたばかりの頃に、わざわざ東京から安城を訪れ、いろいろと有益なアドバイスをしてくれた。その大西さんと再会し、現在は、それぞれ次期衆院選候補として活動をしているおおにし&大西でともに国会に行くことを誓い合い、固い握手を交わした。

いがまんじゅう

2009年01月28日 | 日常
いつもいろいろなものを事務所に差し入れとして持ってきてくれる「I」さんがいがまんじゅうをもってきてくれた。もう一月するとお雛様だが、いがまんじゅうは見ているだけで心がなごむ。

支援者のみなさんが気を使っていろいろな食べ物を差し入れてくださる。みかん、柿、米、野菜、もち、お菓子・・と食べていくだけなら困らないくらい。早く食べないと悪くなってしまうものの場合は逆に困ってしまうくらいだ。

うちの事務所には、体重120㌔の巨漢秘書がいるが、こいつは食べ物の差し入れがあると気になってしかたがないらしい。「おいしそうなんですけど、食べていいですか。」
彼は、食べ物はすべて自分のものと思っているふしがある。
「これはお前にではなく、事務の皆さんでと言って持ってきてくれたんだからな。全部一人で食べるなよ。」

しかし、彼曰く「でも、自分がいるからみなさんがたくさん食べ物を持ってきてくるんじゃないですか。」

うーん、そうかなぁ? でも、そうかもしれない。人はおいしそうに平らげてくれるとうれしくなるのかもしれない。



現場の校長先生たちの声

2009年01月25日 | 政治
私が日頃よりご指導を頂いている校長先生の呼びかけで、現職の公立中学校の校長先生4名とゆっくり意見交換をする機会を作っていただいた。

まず、校長先生たちが若いのに驚いた。子どものころは、校長先生というとこわそうなおじいさんというイメージがあるが、みなさん快活で自分の意見をはっきりと言われる。

教員免許更新制、全国一斉学力テストの話から始まって、様々な意見が出たが、特に興味深かったのは、まず、公立学校では、校長に与えられている人事や財政をはじめとする学校経営に関する裁量権が限られているということである。
私は、基本的に教育に関しては、できるだけ中央から地方に、そして、教育委員会ではなく現場に権限を委譲するべきだと考える。PISAで学力世界一に輝いたフィンランドでは、教育改革で教師の資格を修士以上に引き上げるとともに、現場の学校や教師が裁量権を持って、教える内容や教え方を教師が自分で決められるようにした。その結果、教師の誇りとやりがいが高まり、教育の質を向上させることにつながった。日本でも現場の裁量権を大幅に認めるべきである。

これに関連して、地域の事情を無視して、全国一律の内容を押しつける文部行政には強い疑問を感じた。たとえば、生活科の教育の一環として、学校にビオトープを作るということになると、全国どこでも同じことをしようとする。しかし、都会の真ん中ならいざ知らず、地方に行けば学校の前には小川が流れていて様々な生き物を観察することができるのである。

この点、まさに都会のど真ん中と地方では、まず子どもたちを取り巻く社会の環境が大きく異なる点に注意が必要だ。そして、日本では、「礼儀作法」、「金銭教育」、「安全教育」、何でも学校の問題にしてしまう傾向があるが、その中には、学校の問題というより家庭や社会の問題であるものが実は多いのである。

また、「文部科学省のキャリアには任官前に学校現場でのインターンシップを義務づけるべき。」という具体的な提案もあった。

教育現場も医療現場同様、予算不足、教員不足により疲弊している。教師が忙しさのために子どもたち一人一人と向き合う余裕がないことは問題だ。教育支出の対GDP費に目標値を置いて教育に割く予算を増やすべきである。

人口520万の林業以外に目立った産業のないフィンランドが学力世界一になったのは、「国にとって教育こそが重要」という国民のコンセンサスと政治の明確な意思があったからだ。
小泉総理が国会の演説で引用した「米百俵」をいまこそ実行すべきである。

はじめての絵手紙

2009年01月25日 | 日常
いつもすてきな絵手紙をくださるH先生が絵手紙の初心者向けの講座をやるので来なさいと言われた。大好きなH先生のお誘いとなれば断れない。一度、トライしてみたいと思っていたので、予定を調整して参加した。

H先生いわく「絵手紙とは何でしょう。絵手紙は、そのものズバリ絵の入った手紙です。絵が上手でなくても、字や文章が上手でなくても出せる手紙です。絵手紙の掟は『ヘタでいい。ヘタがいい。いや、ヘタでなければいけません。』。大人はうまくかいてやろうと思うからいやらしさが出るの。」
先生の名調子に乗せられて、どんどん絵手紙の世界に引き込まれていく。

まずは、直線や曲線を書く練習から。筆のてっぺんを筆がぐらぐらするように持って、1分間で10センチの線を描くつもりで神経を集中してかく。うまくいくと、墨独特の線がうっすらと真中に浮かび上がってきて、絵手紙特有の効果を生む。

練習に自分の名前の漢字を一文字かいた。落款を押してもらうとこれも立派な作品に見えて、楽しくなってくる。

「どうです、絵手紙は楽しいでしょう。でも、もらう側はその3倍から10倍楽しいのが絵手紙なんです。」
「私は、時々、絵手紙に直接は照れて言えないような言葉をかいて、黙って夫に出すの。これは効果絶大だから、今日はみなさんぜひ試してみて。ご主人は奥さんに、奥さんは旦那さんに、あなたの大切な人に、今日は絵手紙を書いて、必ず帰りにポストに投函して帰ってください。」

各々、気に入った画材を選んで、ぶっつけ本番、初めての絵手紙に挑戦。私は、紙風船を選んだが、紙風船には見えないかも。
先生との約束どおり、妻には黙ってポストに投函しておいた。受け取った妻はどんな反応を示すのだろう。楽しみだ。

派遣と住宅

2009年01月22日 | 日常
派遣で働く労働者の雇い止め、契約打ち切りで問題となるのは、派遣労働者の多くが仕事と住むところをセットで失うということである。そして、定住所がなければ就職活動もままならない。

派遣労働者の住宅の問題は、労働者側だけの問題にとどまらない。昨晩、別の用事で事務所に来られたIさんは、土地の有効活用のため、銀行に借金をして、半年前に、派遣社員の寮としてアパートを建てた。しかし、そのアパートがいまたいへんなことになっている。派遣会社に10年間1棟貸しという約束だったのが、このところの急速な景気の冷え込みで、現在使用している4部屋分だけしか家賃が払えないと派遣会社に言われているとのこと。それでは、資金計画が大幅に狂いが生じてしまう。派遣会社との間の実際の契約がどうだったのか、もう少し詳しく話を聞いてみる必要がある。

Iさんのアパートは、ベトナム人の派遣従業員が住んでいるが、世話好きなIさんは、何かにつけてベトナムの青年たちの世話を焼いている。そのうちに、彼らの清貧な生活態度と純朴な人柄にすっかりほれ込んでしまった。
しかし、彼らと仲よくなって、初めて、彼らが家賃として一人当たり3万円、光熱水費として一人当たり3万円を引かれていることを知った。Iさんのアパートでは、1部屋に2人のベトナム人派遣従業員を住まわせているが、Iさんに支払われる家賃は1部屋当たり6万円に満たない。他のアパートでは、1ルームに3人を住まわせているケースもあるという。いかに派遣会社が暴利を得ていたかが分かる。
一般製造業に派遣労働そのものを法律上認めるかどうかという議論ももちろん必要だが、派遣会社の手数料の上限さえ法律上の制限はないというのが現実だ。

私の地元愛知13区は、刈谷を中心に自動車産業の隆盛の恩恵を受けてきた地域だが、それ故に、ここに来てその低迷の影響もまともに受けている。今後、こうした問題がますます顕在化してくることが懸念される。

「一月、二月はじっと耐えろ。」

2009年01月19日 | Weblog
今朝の駅頭は、JR安城駅南口でしたが、共産党とバッティング。定位置を譲って、久しぶりにいつもはスタッフがビラを配っているペデストリアンデッキの上でマイクを握ったが、久しぶりに見る人たちが、「おお、やっとるな。」というような顔でうなづいたり、ほほ笑んだりして通り過ぎていくのが新鮮だった。

県連の緊急雇用問題対策本部の現地調査に参加。35歳未満の若年者を対象とした県と国の連携事業「ヤング・ジョブ・あいち」を視察。
説明では、いわゆる年長ニート、フリーター対策ということでおおむね40歳までを対象としていると言っていたが、パンフレットや案内表示にはすべて「35歳未満」の表示がある。
なぜ35歳なのか。法律では年齢による差別は禁止をされているが、多くの求人は35歳までである。35歳という年齢は就職の上で一つの壁になっている。35歳まではパートや派遣で食いつないでいくことができたのに、35歳になってハッと気づくと仕事がないというのが現実なのだ。
自ら安定した就職を希望してセンターに足を運んでくる人はよいが、問題はそうでない人たちであり、その層に対する政策が欠けているような気がする。

今日は、久しぶりに馬淵澄夫事務所に用があって電話をし、久しぶりにわが師、馬淵代議士と話をした。「どう、がんばってるか。困ったことがあれば何でも言えよ。」あたたかい言葉におやじと話しているようでジーンと来る。
「一月、二月というのは寒いし、スタッフも含めてアクティビティーが落ちて、気持ちがどうしても萎えるんや。これは生き物である限りすべて同じ。不思議なもので三月、四月になって暖かくなると活動も活発になりやる気も出てくる。選挙は少し先かもしれんよ。一月、二月はとにかくじっと我慢や。」

なるほど、馬淵代議士らしい。干支も生命・エネルギーの成長、発展、収縮する変化の過程を表したものである。寒さに耐えながら、春には一斉に芽吹き、花を咲かせることができるよう地道な活動をしていきたいと思う。

「ゼロではなくマイナスからスタート」

2009年01月19日 | 日常
昨日は、午前中は宗教団体の行事に出席。
「天国は、天上ではなく心の中にある。天国を待ち望んでいるだけではなく、自分たちの手で天国をつくることが大切。」
今年は、例年より全国的に初詣客が多かったそうだ。景気の悪化による「神頼み」が増えたからか?神様におすがりしたくなるような状況だが、自分たちの手で状況を変えていくという気持ちを持っていきたいと思う。

碧南の公民館まつりに行くと、お昼の時間になったので、どうせ食事をするならと思い、昨日行った農業まつりで食事をとることにした。地元産の小麦で作った200円のうどんをすすっていると、小学校低学年くらいの男の子が私の方を指さして「大村ひであき!」と声をかけてくれた。「おじさんは大村さんじゃない方なんだけど・・」と名刺を渡すと「僕、この人知ってるよ!ポスターがはってあるもん。」複雑な気持ち。とにかく子どもは正直だ。

派遣切りははじめとする労働相談の活動を計画しているみなさんの勉強会であいさつをさせてもらう。出席者の一人から「派遣村に集まってくる人たちの多くが所持金がゼロに近いような状況だが、彼らは最初からお金がない状態なのか?それとも貯金が底をついてそうなったのか?」という質問があった。自らもトヨタ系の会社で派遣従業員として働いていた経験を持つ講師は「自分が実際に見てきた多くの人はゼロではなく、マイナスからスタートしている。派遣で働き始める時点で何らかの理由で借金を背負っている状態の人が多い。マイナスを何とかゼロに近づけようとしている時に仕事と住居をセットで失うとたちまち行き詰ってしまう。」と言っていた。一度、何らかの理由でつまづいた人が這い上がる手段が社会に用意されていないという現実がある。

夕方は、懇親会をはしごする。どこに行っも出てくるのは給付金の話。最近は「12000円がもらえるなら早く欲しい。あてにしている。」という声も増えてきている気がする。ただ、批判の方が多く、意見もさまざまである。
「2兆円を配るのに税金を使うのはどうか。市役所職員の残業代を出してやるようなもの。税額控除や年末調整ですればよい。」
もっともな意見だ。ただこの場合は、課税最低限に達しない所得の低い人が減税の恩恵を受けないことになる。諸外国で行われている「給付付減税」という政策がまさにこれをクリアするものだが、今回の給付金の発想も元は「給付付減税」から来ている。
面白い意見では、「日本は投票率が低いのだから投票所で投票に来た人間にだけ配ればいい。」という意見もあった。ただ、これでは一部批判にあるように「税金で買収行為を行う」ようなものになってしまう。

とにかく、これだけ多くの人が2兆円という税金の使い途や特定の政策について強い関心を持って、それぞれの意見を表明するというのはこれまでにあまり記憶がないことであり、そのこと自体はよいことだと思う。
北海度ニセコ町長から現在は民主党衆議院議員として活躍している逢坂議員は、ニセコ町役場に勤めている時に、「ふるさと創生一億円事業」で各自治体がそれぞれその使途を決める中で一億円を「生きた」使い方をする自治体と「死んだ」使い方をする自治体で差が出てくることに気づき、地方分権に関心を持つようになったと言っていた。まさに2兆円を生かすか殺すかが国民の選択にかかっていると思う。

トマト丸かじり

2009年01月17日 | 日常
 今日は土曜日で朝の駅頭はないが、高浜でのバス旅行の見送りのため、5時半の起きた。もう少し寝ていたかった・・。
 その後は、老人会の誕生会に。おじいちゃんおばあちゃんに「寒いのに朝からたいへんだねぇ。」とやさしい言葉をかけてもらい恐縮してしまう。

 その後は、碧南まで車を走れせ、JAあいち中央の農業まつりと公民館まつりに。碧南の農業まつりは大盛況。「碧南美人」ブランドでおなじみのニンジンは1盛100円。ニンジン・ジュースを試飲させてもらったが、砂糖をいっさい加えていないのにニンジンの甘味だけで十分に甘い。こちらもお買い得の碧南でとれたトマトは丸かじりで食べるのが最高。
 トマトの即売のテントの裏でBBQを囲んでいたトマト農家の皆さんに声をかけていただきお邪魔をする。

 農業についていろいろと若い農家の皆さんと話している中で、「カンブリア宮殿」というテレビの番組で紹介されていた農業生産法人「トップリバー」のことが話題になった。
 「トップリバー」では、農協や市場を遠さずに直接納品することで中間マージンを省き、儲かる農業が実現している。若いトマト農家の皆さんもこの仕組みにたいへん興味を持っていた。碧南のトマト生産農家は約40戸だそうだ。碧南では、後継者には比較的恵まれているとのこと。若い生産農家が農業で生計をたて、将来に希望をもてるような仕組みを一緒になって考えていきたいと思う。
 「トップリバー」のホームページ(http://www.topriver.jp/)には、1月15日付の正社員の求人が載っている。農業は、たいへんな仕事だが、今後、雇用を生み出す可能性を秘めていると思う。

 

初弘法

2009年01月17日 | 日常
 昨日は、先月の終い弘法に続いて、初弘法で参拝の皆様にご挨拶の活動をさせていただく。来れる月は毎回来ているので、露天商のみなさんとはすっかり顔なじみになって、知立の弘法さんの命日はもちろん他の神社の朝市でも声をかけてもらえるようになった。本当にありがたい。
 参拝客も毎月、この弘法さんの縁日を楽しみにしている方が多く、「今日は、河村さんがおらんじゃん。」と声をかけていただく。
 ちょうど前日に河村たかし衆議院議員の名古屋市長選挙出馬に関するニュースが流れたばかりだが、ちょうど12月の弘法さんの時に河村代議士が「河村さんは、なかなか総理になれませーん。日本が大統領制になったら総理になるで、まぁ、とにかくよ、ここにおる大西さんを応援してやってちょーよ。」と声をはりあげながら歩いていたのを思い出した。考えてみれば、市長は大統領制か。

 いつも立たせてもらう場所の横では、自家製のお漬物が売られている。先月は、河村代議士が「ここの漬物は午前中で売れ切れるらしいで、みんな買ってちょーよ。」と宣伝していた。味見をさせてもらうと、本当においしい!値段も200円とお値打ちなので売り切れる前に浅漬けを一袋買っておいた。

 挨拶活動を切り上げて、弘法さんにお参りをし、住職とおくりさんにご挨拶。ここで点てていただくお抹茶が楽しみで、お参りした時にはいつも立ち寄らせていただいている。おつとめの合間の忙しい中、いつも私の相手をしてくださるご住職だが、この日はめずらしく政治の話題だった。「『給付金』という名称はどうも上の者が下に施しをするように響くのでよくない。もともと国民からいただいた税金なのだから、せめて『還付金』とかそういう名称にするだけでも人々の受け取り方が違うのではないか。」ご住職の言うのはごもっともで、私は政策そのものにも賛成できないが、名称がよくないという意見は与党の中にもある。 
 給付金については、「俺は民主党を応援しとるけど、1万2千円を配るのに反対するのは気に食わん。ここに来とる年寄も1万2千円、2万円もらえると助かる人ばかりだよ。」というおとうさんもいた。おとうさんの言うこともよく分かる。ただ、それならば所得制限を設けて、本当に困っている人に集中的にお金を配るべきだ。1万2千円もらえるのは誰だってうれしい。にもかかわらず、7割を超える国民が大型給付を支持していないということこそが問題だ。

 昼は秘書と寒い中のぼりを持って一緒に歩いてくれたボランティアのTさんと店の前で漬物を売っていた食堂でうどんを食べた。うどんには本当ついてこないが、おまけに店の前で売っていたたくあんをつけてくれた。「さっき浅漬けを買ったんだけど、このたくあんもおいしいですね。」と言うと、「褒められるのはいくつになってもうれしいね。」と言って、たくあんを一袋おみやげにいただいた。寒い中の弘法さんだったが、うどんとおかあさんの優しさで体も心も温まった。

パン・カン

2009年01月15日 | 日常
14日、名古屋で民主党愛知県連のパーティーが開かれました。当日は、多くのみなさまにお越しをいあただき本当にありがたく思っています。

このパーティーのおみやげに配られたのが写真のものです。何だか分かりますか?缶入りのパンです。パンでカンパイ?ラベルは、1~15区の候補者の顔写真を5人ずつ入れてあります。

社会福祉法人名古屋ライトハウスさんで製造しています。
詳しくは、以下のサイトから。興味がある方はどうぞ。
http://pan.e-nakama.jp/

永田寿康元衆議院議員 哀悼

2009年01月07日 | 政治
 新年早々、悲しいニュースが舞い込んできました。永田寿康元民主党衆議院議員が飛び降り自殺をはかったのです。享年39歳。私よりわずか2歳先輩という早すぎる死でした。

 私は、以前、馬淵澄夫衆議院議員の政策秘書をしていましたが、永田議員の部屋は同じ第一議員会館の4階で馬淵事務所とは一部屋をはさんだ並びで、よく廊下で顔をあわせていました。

 日歯連の橋本派一億円献金疑惑では、私は永田議員と一緒になって調査に当たったこともあり、いつも顔を合わせると笑顔で「お疲れさま」と挨拶してくれました。余談ですが、偽メール事件の時には、偽メールの提供者を永田議員に仲介したのが私ではないかという根も葉もない噂がネット上に流れスポーツ紙に追いかけまわされたこともありました。

 偽メール事件の印象があまりにも強烈なために誤解をされているかもしれませんが、たしかにある意味「目立ちたがり屋」の面は否めませんでしたが、本当はシャイで優しい人でした。永田議員のご両親は、永田議員が2歳か3歳の時に離婚をされ、永田氏は再婚した母親に引き取られました。私の個人的な意見ですが、永田氏の自己顕示への欲求は、親の愛情の渇望の表れではないかと思っています。

 偽メール事件は、あまりに稚拙であり、多くの人に迷惑をかけた点で許されないものであり、その責任は永田氏自身が負わねばならないことは間違いありません。しかし、あの事件では最後はメールそのものの真贋が問題になってしまいましたが、堀江氏と自民党幹部との関係についての疑惑そのものはあいまいなままに終わってしまいました。

 私は、馬淵代議士の秘書として、予算委員会で数々の疑惑追及を手掛けてきましたが、意外に疑惑追及を先頭に立ってやる議員は少ないのが現実です。人に恨みを買う可能性があり、リスクの高い疑惑追及をヤジと怒号の中で行うのは勇気が要ります。しかし、予算委員会は、予算審議の場であると同時に、文字どおり大臣の首をとる政治闘争の場でもあります。誰かがこの役を買って出なければならないのです。この点、永田氏は常に先頭に立って戦っていました。私は、いつもその勇気に敬意を表していました。

 永田氏の自殺は私にとって大きなショックです。秘書ではなく自分自身が公職を目指すようになった現在では感じ方も違います。あらためて、国会での質問は、真剣勝負で、命がけで行わねばならないものだと思います。また、一度、スポットライトを浴びた永田氏が普通の生活に戻ることができず最後は自ら死を選んだことは、同じ政治の道を歩むことを決心した身としては、何と表現してよいのか分かりませんが、非情に思えます。

 永田寿康元衆議院議員のご冥福をお祈り申し上げます。

 合掌。