風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

映画『モスラ』 昭和36年(1961) ユルッと考察 後編

2015-08-01 10:52:29 | 特撮映画





「遠野物語」を読んでおりますと、【山中異界】とでもいうべきものが、よく出てきます。

マヨイガ伝説や山男、山女の伝説。また、見てはならないものを見てしまったがために病気を患い、命を落とす話など、山中は聖なる空間であり、禍々しき空間であり、その両方でもある。犯してはならない禁忌というものが厳然としてあって、日常と怪異とが濃密に隣接している、そんな空間。

近代化の波に揉まれ、そうした「日常に隣接した怪異」は徐々に封殺されていきます。それでも日本人の潜在意識の中には、そのような「触れてはいけない、驚異と畏怖を感じる聖域」を求める思いが残されていた。

その潜在意識が「怪獣映画」という格好の素材を得て、一挙に息を吹き返します。その一つが、岩手県の山中に異界を設定した「大怪獣バラン」であり、もう一つが、南洋の島に異界を見い出した、この

『モスラ』でした。




懐メロ「憧れのハワイ航路」に見られるように、高度成長期の日本には「南洋の島ブーム」とでもいうべきものが起こっていたようです。

ハワイやグアムなどの南洋の島々の明るく華やかなイメージ、そして未だに文明の波に曝されていない原住民(実際は“そうでもない”のですが)のイメージが重なり、そこに日本古来の【異界】のイメージとが重なった時、

『モスラ』は生まれた。 




岡晴夫 「憧れのハワイ航路」



モスラは、この南洋の聖なる【異界】インファント島から「奪われた」聖なる「イコン」というべき双子の小美人(ザ・ピーナッツ)を取り戻すため“だけ”に暴れ回ります。

そこにはゴジラのような明確な破壊の意志も無ければ、ラドンのような、生まれる時代を間違えてしまった悲劇性もありません。

ただただ、聖なる双子を取り戻す、それだけのためにやってくるわけです。

なんと健気な。

私はここに、先述したオシラサマ由来譚との仄かな類似性を感じずにはいられないのですが、いかがでしょう?



それはともかく、この聖なるイコン、双子の小美人を、聖なる【異界】より奪った張本人、ネルソン(ジェリー伊藤)という男は、日本古来の精神文化を奪おうとする西洋文明の、いわば象徴のような意味合いを、無意識の内に持たせられているのかも知れない。

ふと、そんなことを感じてしまいますが

これも考え過ぎ

ですかね?(笑)



このネルソン、モスラが小美人目当てにやってくることを知っても、金儲けに目が眩んで小美人を手放そうとしない。世間の批判にさらされて益々我欲に執着し、前後の見境も付かなくなって行き、ついには破滅していきます。

冷静に考えれば、小美人を素直に返した方が、長い目で見れば自身の利益にもつながったであろうに。目先の欲に眩んでしまう人間の愚かさ、憐れさがよく描かれています。



ネルソンは滅び、小美人は無事インファント島に帰還し、聖なる【異界】は守られました。

これは、日本人の心の深層に隠されている、聖なる【異界】、いわば「心の故郷」が守られたということに通じるのかも知れず、だからこそ、モスラは男女を問わず、広く受け入れられたのかも知れない。

そうか、そういうことなのか。



聖なる【異界】それは、人と人「以外」のものとが隣接する、恐ろしくもありがたい、日本人の心の故郷。

守り貫かなければならない、民族の魂の原点。









映画の中身について、ほとんど触れてませんでしたね(笑)

昭和30年代前半は、日本の特撮映画にとって、一番良い時代だったかもしれませんね。時間と予算をたっぷりかけた、丁寧な仕上がりになっています。

特撮シーンはワン・カットごとの作りが実に凝っていて、見応えがあります。贅沢に作り込んだ、大きなミニチュアセットを、モスラの幼虫が破壊するシーンは、8人の人間がムカデ競争の要領で着ぐるみの中に入り、えっほえっほと走ってミニチュアに突っ込んでいくという大掛かりなもの。

その他、機械仕掛けで自走する幼虫なども製作し、人が入って走る着ぐるみと、場面ごとに使い分ける方式で撮影されており、実に見事な特撮ショット目白押しです。


俳優陣では、なんといっても主役のフランキー堺さんの熱演が光ります。フランキーさん演じる熱血新聞記者と小泉博さん演じる冷静な言語学者とのコンビが実に秀逸で、物語に一定のリアリティを持たせています。

それと怪獣映画史上初の悪役、ネルソンを演じたジェリー伊藤さん。見事な悪役ぶりでした。



やはり怪獣映画史上に残る傑作、と断定してかまわないでしょう。私は今、素直にこの映画を評価したいと思っています。



傑作の「意味」がようやく解りました。今はとても、

晴れ晴れとした気持ちです。














『モスラ』
制作 田中友幸
原作 中村真一郎
   福永武彦
   堀田善衛
    「発光妖精とモスラ」
    (別冊「週刊朝日」連載)
脚色 関沢新一
音楽 古関裕而
特技監督 円谷英二
監督 本多猪四郎

出演

フランキー堺

小泉博

香川京子
志村喬

ジェリー伊藤
中村哲
オスマン・ユセフ

小杉義男
山本廉
加藤春哉

河津清三郎
田島義文

ザ・ピーナッツ
(伊藤エミ、伊藤ユミ)

佐原健二
平田昭彦


上原謙


昭和36年 東宝映画