風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

破壊の美学 ~怪獣映画のカタルシス~

2016-07-30 23:43:49 | ゴジラ





怪獣映画に都市破壊はつきものです。


高層ビルが、怪獣が手をかけただけでグワラグワラと崩れていく。口から破壊光線を吐けば爆破爆破また爆破。

羽根のある怪獣が羽ばたけば、それだけで大風が起こり、ビルも家も車も吹き飛んでいく。


実に気持ちよく、ものが壊れていきます。




やはり怪獣映画の見せ場の一つとして、都市破壊は欠かせない。これがないと、どうにも物足りなさを覚えてしまいますねえ。




2014年のハリウッド版『GODZILLA』には、都市破壊のシーンが少ない。破壊されたあとの都市の残骸は出てくるけれど、壊しているシーンがほとんどないんですね。あれはなぜなんだろう?日本の怪獣映画ならば、絶対破壊しているところを見せていくはずなのに。

案外、わかっちゃいなかったのね。






破壊と創造はセットです。


新しいものを築くには、古いものを壊さなくてはなりません。神話でも破壊の神と創造の神は同じであったり、夫婦であったりして、大概1セットですよね。


怪獣がなぜ町を破壊し続けるのか。


それはそこに、壊したい「なにか」があるから。

壊して、創造し直したいことがあるから。


破壊と創造、死と再生は裏と表、陰と陽です。どちらも切っても切れないもの。



なるほど、怪獣というのは破壊の神であって、なおかつ創造のきっかけを与えてくれる神、なのかもしれない。




まあ、そんな理屈はともかくとして、実際、破壊というのは単純に「楽しい」ものです。



積み木で一生懸命作り上げたお城を、一瞬にして崩してしまう楽しさ。丁寧に作り上げたプラモデルの戦車に、火をつけて走らせる、なんて遊び、やったことありません?


とかく人の中には、破壊願望というものがあるらしい。



古いもの、淀んで機能しなくなった事どもをぶち壊し、一度真っ新にしてから、新しく作り直す。

この願望が「正しい」方向を向けばいいですが、必ずしもそうとは限らない。誤った方向を向いてしまうと、実に厄介なことになる。



まっこと、人の破壊願望とは、実に扱いが難しい。



なるほど、つまり怪獣映画の都市破壊に感じるカタルシスとは、つまりはそんな、人の中にある厄介な破壊願望を昇華させる、そんな役割を担っているのかもしれませんね。



つまりは、怪獣映画なんかを好きな奴は、

ロクなもんじゃないと……(自虐笑)






さて、『シン・ゴジラ』です。

こちらの破壊シーンは実に実に、実に凄まじい。


爆破爆破また爆破またまた爆破さらに爆破。

倒壊倒壊ビル倒壊。またまた倒壊もっと倒壊。


爆破倒壊、爆破爆破爆破、倒壊倒壊倒壊、またまた爆破また倒壊。

どんだけやれば気が済むねん!?


ほんと庵野さんって、怪獣映画好きなのね。

仲間、だね(笑)




現実社会で、ほんとに壊してはダメですよ。

壊すにしても、「壊し方」というのがあります。

正しいルールに則って、正しい手続きを踏んで、正しい「人」を選んで、

「正しく」壊しましょう。


ん?7月31日って、何の日だっけ?












そうそう、『シン・ゴジラ』を御覧になった方で、どれくらいの方が気づいたでしょうか。

映画で使用されていた、爆破シーンの効果音が、昭和時代の特撮映画で使われていた効果音だったってことに気付いた人は、どれくらいいたのでしょう?

昭和時代と平成以降とでは、爆破の効果音が違うんですよね。正直現在使われている爆破音は面白みがなくて、私はあまり好きじゃない。

昭和時代の爆破音が大好きでした。

庵野さんはそれを復活させてくれたんです!素晴らしい!!


庵野さんって、ほんとにほんとに、本当に、


怪獣映画が、好きなんだねえ。



やっぱり仲間、だね(笑)
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映画『シン・ゴジラ』 平成28年(2016)

2016-07-29 23:13:11 | ゴジラ



【ネタバレ有り、注意!!】






まずは変な演出がなかったのにはホッとしました(笑)。まあ、庵野さんがついているから大丈夫だとは思っていたけど、なにせ樋口さんですからねえ……まずは良かった!



物語は東京湾で発生した謎の事故の対応に追われる政府のあたふたしている様子を捉えていきます。海面に立った水柱を海底火山ではないかとする政府首脳。そんな中、官房副長官・矢口(長谷川博己)はネット情報等から巨大生物の可能性を示唆しますが、一笑に付されてしまう。

しかし巨大な尻尾をテレビカメラが捉え、想定外の事態の対応に政府は追われることになります。所管省庁はなかなか決まらず、官僚たちは法令とのすり合わせに追われ、気の遠くなるほどの会議と書類と印鑑と、手続きに次ぐ手続き。そうこうしている間に巨大生物は川を遡上して鎌田に上陸してしまう。

ボートを跳ね飛ばし、波を蹴立てて川を上ってくる巨大生物。どこかあの3.11を想起させ、一瞬身震いがします。

この巨大生物の姿が、「えっ?」ていう感じで、「これゴジラじゃねーじゃん!?」と誰もが思ったはず。




実は今回のゴジラ、「形態変化」をしていくんです。

この段階ではまだ幼い感じ。足があるのかないのかもよくわからず、体全体でずりずり進んでいく。これがやがて二足歩行となり、最終的に「あの」ゴジラになるわけです。



これを是とするか非とするか、分かれるところかもしれませんね。




この巨大生物は再び海へと戻り、ただ移動していっただけなのに百人以上の犠牲者が出てしまった。矢口は各省庁からえり抜きのメンバーを選び、「巨大不明生物特設災害対策本部」通称「巨災対」を設立。集められたのは出世コースから外れた「はみ出し者」ばかり、この「独立愚連隊」ともいうべきメンバーによって、巨大不明生物への対策が検討されることになります。


まあ、こんな感じで物語は進んでいくわけですが、細かい展開は実際に見ていただいた方がいいでしょう。


とにかく、今の日本に実際にゴジラが現れたらどうなるか、ということを、綿密な取材を重ねて極めてリアルに描いていく。ゴジラという虚構を、徹底したリアリズムの中に置くことで、ゴジラの虚構性をただの虚構ではなくしていく。


ただの虚構ではない、非常に強い象徴性を持った、リアルな虚構へと昇華させているわけです。


例えばそれは、巨大地震であったり、巨大津波であったり。台風被害であったり火山災害であったり、そうした自然災害の象徴とも言えるし、あるいは、

某国からの侵略の象徴、と捉えることもできるでしょう。



リアルな現実性の中に置かれることで、ゴジラという虚構は強い象徴性を帯びて立ち現れる。



この辺りの描き方は見事だといっていいでしょう。





アメリカ大統領特使で日系3世のカヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)によって、米国はこの巨大不明生物「ゴジラ」の存在を知っていたことが明かされます。

ゴジラの名は、ある日本人老科学者の故郷、大戸島に伝わる伝説の荒ぶる神「呉爾羅」からとられており、英語表記の「GODZILLA」にある「GOD」=神は、この老科学者によるものであることが伝えられます。


この老科学者が残した研究資料をもとに、「巨災対」はゴジラ対策を練り上げていく。






このゴジラ、フルCGで描かれているのですが、一見すると着ぐるみのようにも見えます。

庵野総監督は、昭和29年の第1作のゴジラ、重いゴム製でほとんど動きがとれなかったという、あの第1作目のゴジラの着ぐるみの動きを再現したかったのだとか。


こういうところに、庵野総監督の怪獣映画に対する強力なリスペクトを感じますね。

ちなみにこのゴジラの動き、ある人物が演じた動きを、モーションキャプチャーでデータ化してCGを作っているのですが、どなたの動きだと思います?

なんとあの狂言師・野村萬斎さんなんです。


日本の伝統芸能の動きを、日本を代表する怪獣に取り入れる。なかなかニクイことをしてくれますねえ。




ゴジラというのは、怪獣というのは、単的にいってただの生物ではないのです。生物を超えた「超生物」だといっていい。

○○の一つ覚えみたいに、生物感を出すことだけがCGではないのですよ。


ここで描かれているゴジラは、まるで巨大な岩がそのまま動き出したかのような無機質感があって、とても怖い。


この無機質なゴジラが怒りをむき出しにしたシーンがあります。


怒りに震え、背びれを激しく発光させながら、伝家の宝刀放射能熱線を吐くゴジラ。その破壊力は凄まじく、まわりのビルというビルを破壊しつくし、周囲は火焔に包まれ、あらゆるものを灰燼に帰してしまう。ゴジラ史上最大の大破壊ではないでしょうか。

まさに大自然の怒れる神、荒ぶる大地の神そのものです。




核を弄び、大地を汚し続けた人類に対する、大自然の凄まじい怒りの発動、それがゴジラだったのか。

しかしなぜゴジラは日本に現れたのか、それはわからない。

わからないけれども、日本はゴジラに「選ばれた」。


自衛隊の攻撃も効果なく、日米安保条約による米軍の攻撃も効かない。国連は米国が主体となって、ゴジラに核攻撃を仕掛けることを決定。東京の真ん中に核兵器が落とされる。このままでは日本は、3度目の核攻撃を受けることになる。

日本政府はなんとか核攻撃の時期を延ばすよう各国に働きかけ、その間に「巨災対」による対ゴジラ作戦が練られていく。

果たして、巨災対の作戦は間に合うのか!?






ゴジラはまるで、日本を、日本人を「試しに」やってきたかのように私には思えました。

「さあお前たち、どうする!?」と、大地の荒ぶる神が、日本人に問いかけている。そんな映画だったなというのが、私の感想です。



思いっきりネタバレですが、ラストシーンでは、完全に機能停止したゴジラがまるでモニュメントのように、廃墟と化した東京のど真ん中に立ったままの姿で固まっているんです。


その姿はまるで、「俺はここで、お前たち日本人をずっと見ているぞ」と言っているかのようでした。



大地の荒ぶる神の「意思」が、この映画を作らせた!?


いや、案外



有り得るかも、知れませんよ。



今、日本人は「なにを」すべきなのか。その強烈な問いかけがここにはある。


せめてこの映画を見た方々は、そのことを真剣に考えて欲しい。


なんてことを、思ってしまいましたよ。







ここで描かれる政治家や官僚たちは、一癖も二癖もあるし、一見た頼りなさそうだったりもする。


しかし皆さん基本的には、日本のために働きたいという思いを胸に、この職を選んだ方々です。なにかと批判されがちな方々ではありますが、みんな日本が「好き」な方々なはず。


そんな方々が、この日本の「未曽有の危機」に際して、不眠不休で黙々と自らのなすべきことをなしていく。まだまだ日本は、日本人は捨てたもんじゃないということを、こうしたかたちで描いているところに、庵野総監督の「良心」といいますか、「愛情」を感じます。


被災した子供たちが、避難所で笑顔で遊んでいるシーンをラストに入れることで、未来に希望を持たせる終わり方にしているところなどは、ニクイね庵野さん!って思いましたね(笑)


日本が好きなのね、庵野さん!







第1作の精神への回帰。現代の日本において、ゴジラ第1作へどのように回帰するのか。庵野総監督は見事にそれを成し遂げた。

これは傑作ですよ。



間違いない。
















『シン・ゴジラ』
制作 市川南
エグゼクティブ・プロデューサー 山内章弘
音楽 鷲巣詩郎
   伊福部昭
キャラクター・デザイン 前田真弘
准監督・特技総括 尾上克郎
監督・特技監督 樋口真嗣
総監督・脚本・編集 庵野秀明

出演

長谷川博己

石原さとみ

竹野内豊


大杉漣
柄本明

高良健吾
余貴美子

市川実日子
津田寛治

神尾祐
野間口徹
高橋一生

浜田晃
手塚とおる
渡辺哲
中村育二
矢島健一

國村隼
鶴見辰吾
小林隆

斉藤工
橋本じゅん
ピエール瀧
石垣佑磨

古田新太
モロ師岡

光石研
藤木孝
諏訪太朗

嶋田久作
松尾諭
松尾スズキ

三浦貴大
前田敦子

片桐はいり
小出恵介

塚本晋也
犬童一心



岡本喜八(写真)



平泉成







野村萬斎

平成28年 東宝映画
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2016-07-28 05:15:51 | ここで一句





東北の梅雨明けは8月にずれ込むようです。

もっとも、今年の梅雨は空梅雨で、雨らしい雨もあまり降らず、とっとと梅雨明け宣言しても構わないんじゃないかと、思ったりもしますが、そういうわけにもいかないようで。




蜩(ひぐらし)の鳴く頃というと、夏の終わりというイメージがありますが、実際には今頃からもう鳴いてます。昨日、今年最初のひぐらしの声を聴きました。


えっ?もう夏の終わり?まだ梅雨もあけていないのに?


ひぐらしの風情を味わうなら、やっぱり晩夏の頃の方がいいなあ、と思った次第。



まっ、人間の勝手な都合通りには、いきませんな。




ここで一句。




【梅雨明けを待てずに鳴くや蜩よ】





ああっ、お粗末。
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1日遅れですが……。

2016-07-27 09:10:37 | ももクロ









昨日7月26日は、有安杏果ももクロ加入記念日でしたー!わーっ!ドンドン!パフパフッ!


本格的にアイドル・グループとして動き始めた時に、メイン・ヴォーカルが欲しいということで加入が決まった杏果。

他のメンバーとは違って最初から「期待」されての加入でしたし、ももクロに対する「姿勢」というものは、おそらく他のメンバーたちとは微妙に異なっていたことでしょう。

それで随分苦労した時期もあったようです。でもそれを乗り越えて、今やももクロになくてはならない存在となりました。


今の杏果があるのは、ももクロの御蔭であるわけだけど、でも、ももクロが今あるのは、杏果の御蔭であることもまた、間違いはない。




今年はソロ・コンサートも成功させて、今後の活躍が益々期待され、本当に楽しみ!それもこれも、すべてはももクロ加入あったればこそ。



本当に、本当に

ももクロに加入してくれて



ありがとう。



有安杏果さん、ももクロ加入7周年、



おめでと~!!
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祝祭としてのゴジラ ~映画『キングコング対ゴジラ【完全版】』を堪能する 

2016-07-26 16:22:34 | ゴジラ









昭和37年公開の映画『キングコング対ゴジラ』は、リバイバル上映された際に、オリジナル版よりも上映時間が短くカットされたヴァージョンが公開されました。

その後ヴィデオ化される際にカットされた部分も復刻されたのですが、紛失してしまったネガがあったために、完全復刻とはいかなかったのです。

ところが、この紛失したとされていたネガが、数年前に倉庫の片隅から発見されたのです。


この度、このネガを加えた完全復刻版が、デジタル4Kにリマスターされて、先日東京にて劇場公開されたのです!スゴイね!



もちろん、私はこの4K版は観ておりません。が、先日、BS日本映画専門チャンネルにて、2Kに落としたヴァージョンが放送され、私はこちらの方をじっくりと堪能させていただいたわけです。




映像が本当にクリアーで、正直びっくりしましたね。こんなにクリアーになるものなんですねえ、ちょっとした感動モノです。



いままではぼんやりしてよく見えなかった、セットの背景の作りこみの素晴らしさだとか、俳優さん一人ひとりの演技がよく見える。

特に、ファロ島の原住民役の皆さんのダンス・シーンとか、それぞれのダンサーさんの動きがほんとによく見える。

特撮セットの凝った造りこみや、キングコングの着ぐるみの毛並みもよく見えるし、両雄に破壊される熱海城のミニチュアの、細かいところまでの凝ったつくりなども、今回リマスターされたヴァージョンで初めて見ることができました。

いやあ、技術の進歩ってのは、こういうかたちで先人たちの仕事ぶりの見事さを堪能させてもくれるわけですねえ。


これは良いことです。デジタル万歳!!(笑)



改めて思ったのですが、ゴジラ映画というのは「祝祭」なんですね。



大地の荒ぶる神を祀る、「祭り」なんです。


怪獣同士の戦いというのは、早い話が「喧嘩祭り」です。よくお神輿とお神輿をぶつけ会ったりする祭りがありますが、あれは神様が喜ぶからするのだそうですが、そういう荒ぶることの好きな神様同士のぶつかり合い、それが

怪獣対決なんですな。


そして、その荒ぶる神同士の戦いを見ることによって、ひとの心もまた躍動する、

「タマフリ」が起こるわけです。

この「タマフリ」を味わいたいがために、人々はゴジラを求め続け、シリーズは続いてきた。


なるほど、昭和ゴジラ・シリーズとは、初めは戦争や核兵器のメタファーとして、人類文明への警鐘として誕生したゴジラ映画が、やがて祝祭へと変化していく過程だったのであり、平成、およびミレミアム・シリーズとは、もう一度原点へ戻ろうとしつつも、「祝祭性」を捨てきることができなかったがゆえに、どこか消化不良気味のところが残ってしまったシリーズだったのだね。


なるほど。



ゴジラ・シリーズは常に第一作の「呪縛」を受けてきました。これはある意味当然だったのです。

大自然の怒れる精霊、大地の荒ぶる神としてのゴジラを、もっともよく表しているのが第一作目なのであり、これを外してしまったのでは、荒ぶる神祀りとしての祭りの意味がなくなってしまう。

中身のない、ただの祝祭となってしまう。


だからこそこれまでの全シリーズ作品は、第一作の呪縛を「甘んじて」受けてきた、ということなのでしょう。



大地の荒ぶる神を祀り、鎮める。意識するとしないとに関わらず、それがゴジラ映画の持つ、ある種の「役割」だったのかも知れない。











さて、最新作『シン・ゴジラ』は、ゴジラ映画史上初めて第一作の呪縛から離れた作品です。


これまでとは違う、まったく新しい設定による、まったく新しいゴジラ。

現代日本に本当にゴジラが現れたらどうなるのか、現行法制下においてはどのような対策がとられるのか。

現行法制において、どこまでこの「未曽有の危機」に対応できるのか。



これはある意味、第一作への精神的回帰であり、祝祭性を完全に廃し、現代日本への「警鐘」としてのゴジラの完全復活であるといえます。



第一作への完全回帰。そのためには、第一作の呪縛から完全開放されなければならなかった。ここまでシリーズが重ねられてきた中で、あえてそれを実行するのは、とても勇気のいる事だろうと思う。だから今までは、だれもできなかった。


庵野秀明だから、それができたのか?それもあるかもしれない。

でも、今がまさに、そうするべきだから、そういう時期だから、なのではないでしょうか。


もう一度、警鐘としてのゴジラを完全復活させる必要があったからこそ。



これは「時代」の要請なのかもしれない。




祝祭としてのゴジラも大好きです。でも今求められているのは



警鐘としての、ゴジラ。



シン・ゴジラ、乞うご期待!



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アンドロイド0指令

2016-07-25 05:17:00 | 雑感





昭和42年放送のウルトラセブン第9話、「アンドロイド0指令」-。


街角で子供たちにおもちゃを売る謎の老人。老人は子供たちから「おもちゃじいさん」と呼ばれ、慕われていました。

老人の売るおもちゃは、銃などの武器ばかり。そのおもちゃすべてには、謎のマークが刻印されており、おもちゃを買った子供たち全員には、そのマークと同じ形のワッペンがプレゼントされています。

そのおもちゃのあまりに精巧な出来に不信を抱くモロボシダン。


その老人、実は地球侵略を狙うチブル星人でした。子供たちに渡されたワッペンは電波受信器になっており、特殊な電波によって子供たちを操り、操られた子供たちはおもちゃ(実は本物)の武器を手に蜂起する、という計画だったのです。

「アンドロイド0指令」と名付けられたこの計画。実行されれば大人たちは子供たちに攻撃するわけにもいかず手が出せない。こうして世界は、チブル星人に操られた子供たちによって制圧され、地球はチブル星人のものとなる……。


ウルトラ警備隊は、ウルトラセブンはこの恐ろしい計画を未然に阻止できるか!?





チブル星人


********************


なんともまどろっこしい計画ですが(笑)まあそれは置いといて。



電波で無理矢理操ろうなどと、随分と強引で性急なやり口ですねえ。まあ大体、強引かつ性急なやり方では、事は上手く運ばないものです。

やるならもっと時間をかけてゆっくり確実に、効果が上がるような方法でなきゃ。



例えば、子供たちが生まれたときから慣れ親しんでいるもので、特に不振や警戒を抱くことなく接せられるもの、そう、可愛らしい「キャラクター」とかね。

そのキャラクターをじっくりと時間をかけて、数世代に亘って浸透させるわけです。そうすれば人々はなんの疑いもなく、そのキャラクターと遊ぶようになる。

あとはその「遊び方」にちょっとした工夫を加えればいい。


そうすれば人々は、「自らの意志」によって、

結果的に「操られる」ことになる……。


チブル星人のまどろっこしい計画よりも、よっぽど上手く行きそうですな。



この「アンドロイド0指令」、すでに発動しているかも、

しれませんよ……。








********************



昭和47年放送のウルトラマンエース第23話、「逆転!ゾフィー只今参上」-。


薄汚い衣を纏った謎の男が街角で歌い、踊る。


♪お前は俺を信じなさい
ほれ信じなさい ほれ信じなさい♪


男の後をついていく子供たち。男は子供たちに尋ねます。

男「海は青いか?」

子供たち「海は青い!」

男「違う!海はまっ黄色だ!」

子供たち「……そうだ!海はまっ黄色だ!」

男「山は緑か?違う!山は茶色だ!」

子供たち「そうだ!山は茶色だ!」

男「花は死んでいる。見ろ!花はとっくに死んでいる」

子供たち「そうだ!花は死んでいる!」


♪お前は俺を信じなさい
ほれ信じなさい ほれ信じなさい♪


男とともに歌い踊る子供たち。やがて男と子供たちは、何処かへと消えていきました。


4次元人ヤプールの仕業とつきとめた北斗星司は、開発中の4次元移送装置に乗り込み、単身子供たちを救いに向かうのです……。






********************



ハメルーンの笛吹き男をモチーフとしているのでしょうね。シリーズ全体の中でも、際立って異様な物語だったように記憶しています。

この謎の男が歌った歌、しばらく学校で流行りませんでしたか?私らはよく歌ってましたねえ。

なんとも不思議で、ちょっと怖い。でもだからこそ面白い。

だからこそ流行る。


笛吹き男は、そういうところに目をつけるんですねえ。


ご用心ご用心。



ちなみにこの歌、元歌はハナ肇とクレージーキャッツの『学生節』なんです。






全然イメージ違っちゃいますねえ(笑)
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Rob Halford & BABYMETAL [Painkiller / Breaking The Row]

2016-07-24 05:09:35 | 今日のメタル











「メタル・ゴッド」の称号を恣にするバンド、ジューダス・プリーストのヴォーカル、ロブ・ハルフォードとベビーメタルとのコラボ!!


ももクロとキッスの競演も凄かったけど、こちらもとんでもなく凄い!へヴィ・メタルを築き上げた者と、へヴィ・メタルのさらなる可能性を示唆した者たちとの、いってみれば「古い」歴史と「新しい」歴史との、「歴史的」競演なのです。



メタリック・ヴォーカル、ロブの声も寄る年波には勝てず、キーを下げて歌っているし、全盛期ほどの力強さはないけれど、その存在感は相変わらず凄い。おそらくは想像したこともないであろう少女たちとの共演に、ロブはなにを思っただろうか。

なにやら、感慨深いものがありますねえ。


それにしても、ベビメタはホントに


とんでもない子たちだねえ。








すべてはここからはじまった。



BABYMETAL [ギミチョコ!!]



歌って踊れるアイドル・メタル。これほどのレベルの高さでやられたら、

そりゃ「やられる」さ。



期間限定ユニットとして始まったはずだけど、ここまで盛り上がってしまうと、辞め時が難しいのではないかと、いらぬ心配をする今日このごろ。

いずれにしろ、へヴィ・メタルの可能性はまだまだ尽きることはないのであ~る。
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夏3題

2016-07-23 04:48:43 | ここで一句




このところの日差しの明るさと強さは、度を越していますね。


この間、あさ早くに廊下が異様に明るいので、「電球をLEDに変えたのか?」と思ったら朝の陽射しでした。


年々、日の明るさ、強さ、暑さはいや増しに増していますよね、間違いなく。

お陰様で、日焼け止めを塗る回数がいやでも増えます(笑)





世の中確実に、「変わって」きてますねえ。



ここで一句。



【日焼け止め汗の上から塗り重ね】

季語は「日焼け止め」ってことで(笑)








母親の実家から野菜が大量に送られてきました。

ありがたいのですが、家族3人で食べきれるかどうか(笑)毎度毎度、気をつかってくれて、本当にありがたいことです。


今日は比較的涼しかったので、夕時はエアコンをつけずに窓を開けておりました。

今年の夏は寒暖の差が激しすぎますね。



ここで一句。


【食卓にナスとピーマン夕の風】

季語はピーマン?









ももクロ、時代劇に初挑戦!!


NHK BS プレミアムにて放送中の時代劇『伝七捕物帳』の主題歌をももクロが担当しているということで、7月22日放送の第2回ゲストとして、ももクロが登場!



……といっても、メインは夏菜子一人。夏菜子のそばに杏果がずっとついているほかは、残りの3人は冒頭のシーンでしずしずと歩いているシーンのみの出演。


夏菜子や杏果の出番もそんなに多いわけではなく、まあ、ゲストだからしょうがないかという感じでしたね。


でも所作などはかなり練習したようで、そこはちゃんとしてましたね。夏菜子のセリフもさほど危なげなく、夏菜子の後ろで受けの演技に徹している杏果が素晴らしかった!さすが子役経験があるだけのことはある。



5人とも良い経験になったんじゃないかな。これを機に、時代劇にも本格的に挑戦してほしいですね。



それにしても梅雀さんは、時代劇スターの風格が出てきましたねえ。お父さんの梅之助さんは、軽快でキレのあるせりふ回しでしたが、梅雀さんはもっと重厚な感じ。どちらも良いですねえ。


脚本もしっかりしてるし、いい時代劇になってます。

『伝七捕物帳』、良いですよ、これ。




ここで一句。




【昏き夜を照らす五色のHanabiかな】








一応、「夜」と「世」をかけてるんですけどね……。



あっ、お粗末。
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ウッシッシ、シュポポ~

2016-07-22 05:09:56 | エンタメ総合












大橋巨泉さんに永六輔さん。戦後日本の大衆文化を、善くも悪くもけん引したお二人が、相次いで亡くなられました。


「一つの時代が終わった」とはよく言いますが、本当に本当に、時代が終わったという感を強く思います。


時代が終わり、時代が変わる。



価値観も変わり、人もまた、変わっていく。



よりよく、変わっていきたいですねえ。





作詞、永六輔『上を向いて歩こう』






















ぁぃぁぃこと廣田あいか、スターダスト・プロモーション所属のアイドル・グループ、「私立恵比寿中学」のメンバーで、ももクロの妹分にあたります。

「鉄オタアイドル」と云われるほどの鉄道好きで、あのタモリさんを唸らせたほどの、筋金入りの鉄道オタク。


まあ、しっかりした子です。自分の考えをちゃんと持っているし、それを論理的にしっかりと話す。実に賢く、頭の回転が速い。


いまの子供たちは「二極化」が進んでいると言われますが、この子などを見ていると本当にそうだな、と思います。

我々の時代にはなかなかいなかったような、優れた子たちが確実に多くなっている。そんな感を強く持ちますねえ。

その代わり、ロクでもない奴は、ますますロクでもなくなっているようですが……。


これからある意味、ますます「面白い時代」になっていくかもね。









『ぁぃぁぃと行く日本全国鉄道の旅』






日本のエンタテインメントは、巨泉さんたちの時代と比べて確実に「深化」している、と私は思う。

若い子たちは、我々なんかよりもずっと深い部分で、それをとらえているように思う。

エンタメが深化しているように、日本人そのものもまた、



深化(進化)出来ていたなら、


良いですねえ。






大橋巨泉さん、永六輔さんの、ご冥福を。
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藤木孝

2016-07-21 06:06:13 | 名バイプレーヤー










私が10代の頃は「藤木敬士」のお名前で出ていましたね。

様々な役をこなされる方ですが、やはり私は、この方の悪役ぶりがたまらなく好きですねえ。


ヌメッとした爬虫類のようなニタニタ笑いで、嬉々として悪事を為す。ホントに楽しそうなんですよね、この方。本当に楽しそうに演じている姿を見ていると、こちらもなんだか楽しくなっちゃう。



恐怖と笑いは紙一重というけれど、この方の悪役演技をみていると、それがよくわかりますね。怖いんだけどおかしい、おかしいけど怖い。

その絶妙のバランスの上に、この方の悪役演技は立っているんです。だから見ていてとても楽しいのでしょう。



最近お見かけしないなあと思っていたら、なんと!この度、映画『シン・ゴジラ』に東京都副知事の役で出演されているそうな!!

役が役ですから、例の爬虫類笑いは見られないかもしれませんが、でも出ていただけるだけで大感激です!!


シン・ゴジラ、見なきゃ




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