風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

一服どお?

2017-05-31 05:04:44 | つぶやき





昔の映画やドラマを見ておりますと、昔の人は本当によくタバコを吸っておられる。



石原裕次郎のボスも、勝新太郎の警視Kも、なのかというとプカプカとタバコを吸ってばかり。山さんはタバコのパッケージに千円札を忍ばせて、情報屋に渡してた。タバコのプレゼントは、ねぎらいの記しとして強い意味を持っていたんだね。



クリント・イーストウッド演じるガンマンは、ポンチョを羽織りいつもシガーを口にくわえてる。もっとも実際にはイーストウッドはタバコを吸わない人なので、よくみるとシガーには火が点いていない(笑)。男臭さの表現として、タバコは必須だったということでしょう。


労働の合間の休憩時間を、昔は「タバコ」と言ったものです。「タバコするぞ〜」と云えば休憩するという意味になった。

ことほど左様に、タバコは日常生活に密着していました。


当然タバコ農家というのも沢山あって、タバコ農家の支援を受けて当選した議員さんもいるわけだ。


最近は価値観の変化が急激にきますからね、なにかと大変でしょうな。でもタバコは百害あって一利なし。時代の芻性です。仕方がないんてすよ。


時代は変わったんです。




まあ、そうカリカリせずに



一服どお?


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待望~!!

2017-05-30 07:46:30 | ももクロ










明日5月31日、愈々待望のDVD&Blu-Rayが発売されます。


去年横浜アリーナにて開催された、有安杏果ソロ・コンサート「feel a heart beat~ココロノセンリツ~vol.0」が収録された円盤発売されるのです。


やったー!!ドンドン!パフパフ!!



もうね、上に貼ったトレーラーを見ているだけで涙がこみ上げてくる。歌手になる夢を抱いた少女は、ももクロのメンバーになったことで、その夢を叶えようとしている。


さあ、どんなライヴ映像になっているか、楽しみだ!私のところに届くのは、あさってくらいかな。



期待して待ってるよ!


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総理にならなかった男について、もうちょこっと。

2017-05-29 07:01:23 | 会津藩




リクルート事件を遡ること9年。1980年のことです。


時の総理大臣は大平正芳氏。伊東正義氏と大平正芳氏とは学生時代からの大親友だったそうで、伊東氏は大平内閣の下、内閣官房長官を拝命しており、親友を補佐しておりました。



この大平内閣に対し、野党が内閣不信任案を提出。これを決議する会議に、同じ自民党内の三木派と福田派が出席を拒否したため、不信任案が可決されてしまいます。同じ自民党内からの造反を受けての事態に、大平首相は切り札の衆議院解散に打って出ます。

世に言う、「ハプニング解散」です。



衆参同時選挙が行われることになるのですが、この選挙の途上、大平首相は突然倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまいます。

総理の急逝により、官房長官を務めていた伊藤氏が総理大臣臨時代理を拝命、選挙終了までその大任を全うされました。

そのまま次期総理の座に座ることもできたのですが、「友人が死んだばかりで、そんな気にはなれない」とこれを固辞。なんとこの方は、「2度」も総理になるチャンスがありながら、それを2度とも蹴っているのです。

なんてことだ!



先述したように大平内閣では官房長官を務めていますし、鈴木善幸内閣では外務大臣、中曽根内閣の下では自民党政調会長を務めており、特に役職に就くことが嫌いだったわけではない。


それでも、最高権力者たる総理の座に就くことを2度も拒んだ。



凡そ政治家たる者、総理の座に就くことは究極の目標であるはず、これを拒むとはどういうことか!?当時政治評論家だった舛添要一氏などはかなり厳しく批判していましたね。



伊東氏に言わせれば、おそらく


「総理になることが目的であってはダメだ。なんのために自分が総理になるのかが大事なのだ」


ということなのでしょう。


誰かの尻拭いや、傀儡になるためではなく、ましてや友人の不幸に乗じてその権力をかすめ取るような真似は、伊東氏には考えられない事だった。



大平総理の死後、総理大臣臨時代理を務めたときも、総理執務室には絶対に入ろうとせず、常に官房長官の執務室を使い続け、会議に出席する際にも絶対に総理の席には座らなかった。どこまでも「道理」を通された方でした。



信義と道理を重んじ、権力を得ることのみに拘泥するのではなく、なんのために権力を得るのかにこだわり続けた。


祖父が会津藩士であったという伊東氏。その伊東氏に、かつての会津藩士たちの鮮烈で爽やかな姿を見ることは、決して無理な事ではないでしょう。








なんのために権力を得るのか、すべての政治家に聞いてみたいことではありますねえ。




賊藩とそしられた会津から総理が出たかもしれないチャンスを逸した。しかし会津の人々はこれを残念に思いつつも、誇りに思うべきだと私は思う。




これぞまさしく会津魂。会津武士道は死なず。



会津魂これにあり!
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総理にならなかった男。〜会津魂これにあり 〜

2017-05-28 12:04:52 | 会津藩





1989年、リクルート事件の責任をとるかたちで、時の総理大臣竹下登氏が辞意を表明します。ポスト竹下として名前が挙がった候補の中に、会津出身の政治家がおりました。

伊東正義という方です。


伊東氏は金権スキャンダルなどとは一切関わりのない方で、クリーンなイメージが強かった。だからリクルート事件の後を受けた後の首相としては最適の人事だとおもわれたのでした。


しかし伊東氏はこれを固辞、曰く

「表紙だけ変えても中身が変わらなければ意味はない」


辞任したとはいえ、竹下氏の権力は未だ隠然たる勢力を誇っており、今総理になったとしても結局は竹下氏の傀儡に甘んじてしまうのがオチ。

自分の仕事ができないなら、総理などなる意味はなし。



【政事は利害を以て道理を枉ぐべからず】
(会津藩家訓十五ヶ状より)



その邸宅はバブル期の当時にあって、雨漏りのするあばら家だったそうです。政治はなにかと金がかかる、だからこそこの邸宅のありさまは、そのまま金権政治との無縁さを表していた、と云えましょう。



【賄を行い、媚を求むべからず】




政治家というのは、清濁併せ呑むという気概が必要なところがあって、そういう意味では、伊東氏の在り方は政治家としてはクリーンであり過ぎたかもしれません。しかし、会津人の気骨をとことん貫いたその生き方は、人間の一生として立派だと私は思う。


亡くなるに際しても、叙勲などはいらないし、銅像など建てるなと最後まで奢侈に走らぬよう戒めていたそうです。



この気骨、この信念、まさに会津武士道。会津魂これにあり!



こういう人、私は好きだな。







【若し志を失い、遊楽を好み、馳奢を致し、士民をしてその所を失わしめば、則ち何の面目あって封印を戴き、土地を領せんや。必ず上表して蟄居すべし】
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お休み処

2017-05-27 07:37:29 | 日記





今日は記事休みます〜。









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ソーリ!ソーリ!

2017-05-26 05:02:36 | 岩手・東北





総理大臣出身県別ランキングによりますと、総理大臣を輩出した都道府県第1位は東京都の13人。第2位は山口県の8人。



そして第3位が、岩手県と群馬県の4人、だそうな。


もっともこの数え方には一定の決まりはないそうで、出身県と云ってもそれが生まれ育った故郷なのか、単に選挙区であるということなのかによっても数は違ってきます。だから資料によっては岩手県が5人、群馬県が3人になっていることもあるようです。



ちなみに岩手県出身の総理大臣を列挙しますと、「原敬」「斉藤実」「米内光正」「鈴木善幸」の4人。資料によってはこれに東條英機が加わって5人となるんですが、東條の場合、父親の東條英教は盛岡藩出身ですが、英機本人は東京生まれの東京育ち、これを「岩手県出身」と云ってしまうのは明らかに無理があります。

従って岩手県出身の総理大臣は4人というところが正しいでしょう。



それにしても、岩手県から4人というのは、ある意味意外といいますか、面白いですよね。



岩手県中でも盛岡藩は奥羽列列藩同盟に参加した藩のなかでも最後の最後まで官軍に抵抗し続けました。その為「賊藩」の烙印を押されてしまった。


「我らは賊にあらず!」盛岡藩士たちは賊の汚名を雪ぐには御国のために働く人材を育てることだとして、範の子弟教育に勤しみます。

そうした中から、原敬や新渡戸稲造、米内光政、田中館愛橘などの人材を輩出していくのです。




山口県つまり長州から8人というのは、多いような少ないような、微妙な感じもしますが、初期の頃は同じ人たちで総理職を「回して」いた時期がありましたので、回数だけで云ったらもっとずっと多くなる。さすが長州閥といった感じ。

これに対して鹿児島県、薩摩閥は明治以降弱くなってしまったようで、鹿児島県選出の総理大臣は3人、それも戦前のみで、戦後は一人も輩出していない。


面白いですねえ。



そうして中で、やはり岩手県から4人というのは異例な感じがします。特に戦前において3人というのは、戦後より長州閥のつよかったであろう時期に、「賊藩」から3人も総理大臣が出ているという事実。



とても興味深く、面白いです。




岩手と山口って、なんかあるんですよね、きっと。



なんかね。
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Guns N' Roses [Live And Let Die] 1991

2017-05-25 04:10:19 | 今日のメタル











映画007シリーズで3代目ジェームズ・ボンドを演じた俳優、ロジャー・ムーア氏が亡くなりました。享年89歳。


私はこの方の特別ファンだったわけではありません。ジェームズ・ボンド役はショーン・コネリー以外にはいない。どんなに時が移り変わろうと、この思いは変わりません。


まあ、それはそれとして、この方が主演した007も、それなりに楽しませていただきました。ショーン・コネリーが男臭いボンドなら、ロジャー・ムーアは粋でオシャレなボンドという感じでしたかね。


この曲は1973年に、ロジャー・ムーアが初めてボンドを演じた作品『007 死ぬのは奴らだ』の主題曲。オリジナルはポール・マッカートニー&ザ・ウィングスによる曲でしたが、これを91年にGNRがカヴァーしたヴァージョンがコチラになります。

なかなかカッコイイでしょ?


アクセルとスラッシュ。やっぱりこのコンビが一番だな……。





ロジャー・ムーアさんのご冥福をお祈りいたします。R.I.P.





在りし日のロジャー・ムーア氏。
手にした拳銃ワルサーPPKはジェームズ・ボンドの代名詞。懐かしいね。
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ひろし~!

2017-05-23 22:19:12 | つぶやき





【正義の反対は悪なんかじゃないんだ。正義の反対はまた別の正義なんだよ】
by野原ひろし(『クレヨンしんちゃん』)



明治維新に於いて、薩長は絶対的善で、会津などのいわゆる佐幕派は絶対的悪、なんてことはあり得ないことは今まで再三指摘してきた通り。


このことは、これからも主張し続けなければならないだろう。あの時代に生きた方々は、それぞれの立場から国を想い、皇室を想い、それぞれの立場からもっとも正しいと思われることを信じて戦った。


どこにも「悪」などいなかった。「逆賊」などいなかったのだ。




近頃では、会津は正しい薩長憎いの一念から、明治維新は間違っていた、その間違った政治は現代まで続いていて、それが安倍政権にまで繋がっている、なんて、安倍批判に繋げて論ずる方々もおられる様子。



まあ、政権批判はしたければすればよろしいが、そこに会津VS薩長の因縁を持ち込まれてもなあ……。 




抑々安倍総理の出自は東北にある。安倍家のルーツはかの前九年合戦で源氏と戦った奥州安倍氏の一族、安倍宗任を祖としている。その家系のトップに立つのは「蝦夷」なのです。


蝦夷の霊統にある人物が長州から出でて総理にまで上り詰めた。寧ろここに「国津神」と「天津神」の和解を見るのは甘すぎるだろうか?



ともかくねえ、会津の正しさを主張したいが故に、薩長をいまだに許せず、あまつさえ現政権批判にまで結び付けようってのは、

少々みっともない気もしますがねえ……。



本当に日本のことを思うなら、過去の恩讐は水に流し、これからの日本のためにするべきことはなにかを


考えるべきなんじゃないの?



薩長の立場も認めつつ、会津の立場を東北諸藩の立場を、佐幕派の立場を主張し続けることは可能だと思うし、そうしなければならないと、


私は思うよ。





【弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは強さの証だ】


少しはひろしを見習え!




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暑い!!!!!!!!!!!

2017-05-23 04:13:40 | ここで一句





五月だというのに連日の30度越え!こりゃ今年の夏はどうなるんだ一体!



こういう暑い日こそ、辛いカレーを喰うに限る!!というわけで、


昼下がり、遅い昼食を食べに、行きましたよCOCO壱へ、食べましたよ1辛で。


大汗かいてヒーヒー言いながら食べたカレーの美味かったこと!!よ~っし、暑さなんかにゃ負けねーぞ!!




そんなわけで、ここで一句



【大汗や初夏の暑さと1辛と】


お粗末さん。






【黄色の子カレー大好き玉井さん】

俳句になってない!(笑)
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リー・ヴァン・クリーフ

2017-05-22 12:00:15 | 名バイプレーヤー










このシリーズは故人ばかり取り上げているような気がする、それも悪役さんばかり(笑)。


イマドキの役者さんは滅多に取り上げない懐古シリーズってことで、どうかご了承のほど。



今日取り上げるのはハリウッドの名脇役にして名悪役、リー・ヴァン・クリーフ。ハリウッドの俳優とご紹介いたしましたが、私がこの方を知ったのはハリウッド映画ではありません。1965年公開のイタリア映画『夕陽のガンマン』でした。イタリアで制作された西部劇、いわゆる「マカロニ・ウエスタン」です。



クリント・イーストウッドとの二枚看板で一方の主役。当時リー氏は交通事故で足を怪我しており、医者からもう馬には乗れないかもしれないから、西部劇の出演は無理と云われ、なかば引退状態にあったそうです。しかし遠くイタリアから、自分を認めてくれてオファーが来たことに一念発起し、リー氏は出演を決意、映画は見事大成功を治めます。




見よ!この鷹のような鋭い目!


その鷹のような鋭い目で獲物を追い詰める賞金稼ぎ役は、主役のイーストウッドを喰ってしまうほどのものでした。


66年公開の映画『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』原題『The Good,the Bad,and The Agry(善玉、悪玉、卑劣漢)』に出演。善玉にクリント・イーストウッド、卑劣漢にイーライ・ウォラック、そして悪玉をリー・ヴァン・クリーフが演じ、人気を不動のものにします。


その後は多くのマカロニ・ウエスタンに出演、ジュリアーノ・ジェンマと共演した『怒りの荒野』、『サバタ・シリーズ』では主役のサバタを演じ、その他『西部悪人伝』等々、大活躍でしたね。




『夕陽のガンマン』より。背中を向けているのはドイツの名優クラウス・キンスキー!何気に凄い共演!!



マカロニ・ウエスタンが下火になったあとも、本国アメリカで名バイプレーヤーとして活躍。79年公開のジョン・カーペンター監督によるカルト映画『ニューヨーク1997』では、カート・ラッセル演じるスネーク・プリスケンの血管内に超小型爆薬を注入し、制限時間内に大統領を救出することを強要する、悪辣な警察本部長役で出演。往年の鷹の目は健在でした。



85年にはサントリーオールドのCMに出演、往年のファンを喜ばせました。


私生活でも大変に気骨溢れる方で、映画のプロデューサーに気に入らないことを言われ「黙れ!」と一喝したとか、監督の指示でも納得いかなければ拒否するというような、役に対する強いこだわりを持って臨んでいた方でした。



1989年、心筋梗塞のため死去。享年64歳。その栄光ある悪役人生に、惜しみない拍手を送りたい。


VIVA!!




サントリーオールドCM






『続・夕陽のガンマン』ラストシーン。このやたらと長い間の取り方は、イマドキの人には耐えられないかも。悪玉は死に、卑劣漢は文句を言いながらも生き残り、善玉は颯爽と去っていく。でもこの善玉が実は一番悪い奴だったというオチは秀逸!エンニオ・モリコーネの音楽も素晴らしい!
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