風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

螢惑

2016-05-31 00:00:00 | 日記








ホルスト作曲、組曲『惑星』より、「火星~戦いの神~」
カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニーオーケストラ演奏。



昔々、土師連八島という和歌の名人のもとへ、見知らぬ童子が現れて八島と歌を作ったそうな。

その歌があまりに見事なので、童子に名を問うたところ


【あまの原南にすめる夏日星
豊聡にとへよもの草とも】

と答えると、南へ去っていったとか。

豊聡とは聖徳太子のことです。八島は太子にこのことを訪ねると、

「それは夏日星(=火星)でしょう。時々童子の姿をして遊びに来るそうです。とても歌が上手いそうですよ」

と、太子はお答えになられたとか。





日本では古くは螢惑(けいこく)や夏日星、夏火星などと呼ばれた火星。西洋では不吉な赤い星などともいわれ、軍神マルス(マーズ)の名を冠しておりますが、日本では童子の姿で遊びにくるとか。

よく分かりませんが、随分と扱いが違うものです。



それにしても、なぜ聖徳太子なのでしょう?

どなたか、謎解きに挑戦してみては?(笑)




鳥づくし

2016-05-30 05:32:50 | ここで一句





暑いですねえ。本当に5月なんですかねえ。


季節の鳥たちも、随分戸惑っているようです。





【五月空春はいづこと啼く鳶】


********************


軒下などに巣を作った燕が、一生懸命に子育てをする様子は、毎年見ることのできる恒例行事ですね。燕の子たちが「エサくれーっ!エサくれーっ!」と懸命に親を呼び。親たちはせっせとエサを運ぶ姿が、なんとも微笑ましい。

今年もまた見られましたが、ふと気が付くと、いつの間にやら燕たちはいなくなってしまってた。

季節は確実に、廻っているんですねえ。




【燕の子いつの間にやら声も無く】


********************



まだ夜も明けぬ午前3時、突然ホトトギスの鳴く声が聞こえました。

朝も早から、忙しいことで。




【夏は来ぬ告げるや明けのホトトギス】




お粗末。






DEEP PURPLE [Speed King] 1970

2016-05-29 06:24:24 | 今日のメタル











レッド・ツェッペリンだけでは、後のへヴィ・メタルの隆盛はなかった。


むしろツェッペリンはきっかけであり、ハード・ロックの様式というものを定着させ、後続へと繋げた功労者とは、こちら

ディープ・パープルであるといっていいでしょう。



かのジミ・ヘンドリックスをして、「あのギタリストは凄い!」と言わしめたリッチー・ブラックモアのギター・プレイは、多くのギター小僧たちを虜にし、イアン・ギランのスクリーミング・ヴォーカルは、へヴィ・メタルのヴォーカル・スタイルに多大な影響を与えました。

地味だが適格なベース・プレイを聴かせるロジャー・グローバーに、手数の多さとマシーンのように正確なタイム・キープが定評のドラマー、イアン・ペイス。

そして、ロック界唯一無二のオルガニスト、ジョン・ロード。


この5人が奏でる、美しくも激しいサウンドこそが、ハード・ロックの基礎、テッパン的サウンドだと言っていい。



この「スピード・キング」という曲は、ディープ・パープルが1970年に発表した4thアルバム[Deep Purple in Rock]の一曲目に収録された曲。

この疾走感、音のデカさ。演奏技術の高さ。


やはりこれこそが、ハード・ロック。



後続のバンド群はみな、直接的にせよ間接的にせよ、ディープ・パープルの影響下にある、といえるのではないだろうか。


やはりディープ・パープルなしには、へヴィ・メタルの隆盛はあり得なかったでしょう。






偉大なる歴史の源に立つバンド、それが


ディープ・パープル。






さて、へヴィ・メタルといえば、他にも重要な要素がありますね。


そう、「オカルト」です。


つづく。

終わりからはじまる一日 ~その2~

2016-05-28 05:14:13 | 歴史・民俗





私が説明するまでもありませんが、冬至とは一年で最も昼が短く、夜が長い一日のことです。



遥かなる昔においては、この日をもって一年の区切りとしていた、ともいわれているとか。







大昔の人は、太陽に人の一生を見ていました。


夜明けの太陽は赤ん坊。そうして昼へと向かっていくにしたがって、少年期、青年期を迎えていき、昼を過ぎて夕方へと向かうにつれて、壮年期、やがて老年期となり

日没という「死」を迎える。


夜の間、太陽は「あの世」にあって力を蓄え、夜明けに「復活」するわけです。


これを一年間というスパンでみると、冬至の日没が太陽の年的な「死」であり、次の夜明けが太陽の年的「復活」であるわけです。



太陽は一日というスパンと一年というスパンの両方で、「死」と「再生」を繰り返す、と、考えられていたと思われます。



大自然の神羅万象すべてに命が、魂が宿っており、その生命は循環を繰り返す、とする自然崇拝は、かつては全世界共通の、普遍的な信仰形態だったようです。

ですから、太陽の「生」と「死」も、そして太陽の生死の循環も、おそらくは世界共通の普遍的概念であったに違いなく


日本はもちろん、キリスト教以前の西欧でも、それは変わらなかったのではないでしょうか。

死は一つの区切りです、ならばこそ

日没をもって一日の終わりとし、翌朝の日の出へ向けての一日がはじまる。

なるほど。








さて、普遍的概念ということを念頭に置いて、日没後の夜の世界を考えてみましょう。


日没は太陽の「死」ですから、次の朝に復活するまで、太陽はあの世、死後の世界あるいは、

神の世界にいるわけです。



そういうところから、昼は人間の時間であり、夜は神霊の時間である、という考え方生まれたのではないでしょうか。



伊勢ご遷宮の際の神事をはじめ、日本中の神社、特に古く由緒正しき神社の重要神事は、ほぼ真夜中に行われます。

これは、夜がご神霊の時間だからです。


日没によって太陽は死にますが、夜の間はご神霊の世界にあって、翌朝の復活に向けて準備をしている。

そう、見えないだけで、太陽は日没後すぐに翌朝の復活のための活動を続けているのです。



で、あるならば、やはり日没をもって一日の終わり、つまりは翌日のはじまりとした方が、しっくりくるような気がしませんか?


そうして夜の訪れとともに、次の日がはじまる。


よく前夜祭などといって、なにか大きな行事などがある際に、「前日」の夜からお祭りごとを行ったりしますが、これなどは本来、夜のご神霊の時間帯に祭りごとを行うという、古来の慣習が現代まで残ったかたちなのでしょう。

クリスマスイヴなども、これにあたるわけです。



ホントは「前日」ではなくて、その日一日の「はじまり」である夜から、祭りをはじめたということでしょう。





太陰暦がどうのこうの以前の話ですよ。いにしえの世界共通の普遍的な自然観、生命観が、太陽の「死」をもって一日の終わりとし、また、はじまりとしたのでしょう。



太陽の「死」、これが一日の終わりであり、その終わりから翌日は始まっていた、ということです。




終わりからはじまる一日。以上、妄想話はこれにておしまい。


で、ありやす。!(^Θ^)!

終わりからはじまる一日 ~その1~

2016-05-27 05:17:14 | 歴史・民俗





【終わりからはじまる物語】を書いてみて、ふと思いついた話題を一つ。




いにしえの日本では、一日のはじまりは「日没」からだった、という説があります。



いやいや、そんなに詳しく知っているわけではありません。そんな話を小耳にはさんだな~、という程度のことです。


まあですから、本当にただの思い付きの話です。





それにしても、一日のはじまりが日没からというのは、現代の我々からの感覚では、かなりの違和感がありますね。

せめて「日の出」から、だというのならまだ理解できる。しかし日没からというのは、どういうことだろう?




これも聞き齧った話ですが、イスラム歴では、一日の始まりは日没かららしいです。

月の満ち欠けを基にした暦だから、だそうです。そういえばイスラム系の国の国旗には、月や星が描かれていることが多く、太陽は描かれていませんね。月や星が日常生活の営みに深く関わっているからでしょうか。

日本でも江戸時代までは、月の満ち欠けを基本とした太陰暦でした。だから日没から?


しかしそれなら、月や星に対する信仰が、もっと篤くてもよさそうなものですが、日本ではそういうことは余りないですよね。ないわけではないが、そんなに盛んな印象はありません。

日本はあくまでも太陽信仰が主体ですね。


太陽信仰ならば、やはり「日の出」から一日が始まるとした方が、しっくりきますよねえ……。




イスラムに限らず、西欧でも一日の始まりは日没からだった時代があったようです。


クリスマスには、クリスマス・イヴというのがありますね。

不思議だと思いません?何故わざわざ「前日」からお祝いをしなければならないのでしょう?


これこそまさに、日没から一日がはじまっていたからこそ、なのです。


つまり、日没からはじまって次の日没が一日のかたちであったのが、時代を経るにしたがって変わっていき、一日の始まりであったはずの日没が、


「前日」の日没になってしまった。



しかし、長い間の慣習、DNAに刻まれた感覚というのは、なかなか変えられるものではありません。

日没が一日のはじまりだった頃は、当然ながら日没からが祝祭日でした。その感覚は、一日の始まりがズレてしまったあとも続き、

結果、

「前日」の夜をも含めてお祝いするようになった。






日本でも、江戸の頃まではお正月のおせち料理は、「大晦日」の夜に食べていたのだそうです。


江戸時代の一般庶民の感覚では、一日のはじまりは「日の出」からが常識でしたから、お正月は当然、初日の出とともにやってくる。

それでも、おせち料理は「前日」の夜に食べてしまう。



これはやはり、いにしえからの慣習が、意味はわからなくなっても、ずっと続いていたということではないでしょうか。


一日の始まりが「日没」であったということ。つまり、


お正月は大晦日の「日没」から始まっていた、ということです。




そういえば、クリスマスというのは、キリスト教以前には、冬至の祝祭日だったそうです。


そして、この冬至をもって「お正月」としていたと。






つづく。で、



ありやす(^Θ^)

LED ZEPPELIN [Communication Breakdown] 1969

2016-05-26 05:11:38 | 今日のメタル










ジミー・ペイジ(ギター)

ロバート・プラント(ヴォーカル)

ジョン・ポール・ジョーンズ(ベース)

ジョン・゛ボンゾ″・ボーナム(ドラムス)


エリック・クラプトン、ジェフ・ベックを輩出したブルーズ・ロック・バンド「ヤードバーズ」の3代目ギタリストだったジミー・ペイジにより、1968年に結成されたバンド、レッド・ツェッペリン。

翌69年、ファースト・アルバム「LED ZEPPRLIN」を発表し、そのブルーズを基調としながらも、よりへヴィなサウンドに高音でシャウトするヴォーカルを乗せた新しいスタイルが話題を呼び、賛否両論を巻き起こしながらも、着実に評価を高めていきました。

このアルバムとともに、ハード・ロックが産声を上げたといってよいでしょう。


お聴きになればわかるとおり、演奏は決して正確無比というわけではありません。ミスも多いし、どちらかというとノリ重視。まあ、ロックンロールとは抑々そういうものだとは思いますが、後年のへヴィ・メタルのような、技術重視の傾向はあまりみられないように、私には思えます。

つまり、ツェッペリン的なサウンドのみでは、のちのへヴィ・メタルへの発展はなかった可能性が高い。


さらなるバンドの登場を待たなければなりませんでした。


つづく。

終わりからはじまる物語

2016-05-25 07:08:03 | 雑論









1960年代の終わりごろから70年代初めにかけて連載された、石ノ森章太郎(当時、石森章太郎)作品、『リュウの道』


宇宙探検から帰って来たロケットが降り立った地球。しかしその地球では核戦争のために、人類文明はすでに滅び去っており、放射能の影響で以上進化した生物たちが地上を跋扈。地球はまったくの異世界と化していました。

ロケットの乗組員で唯一生き残った青年リュウは、地上に僅かに生き残った人類たちと手を合わせ、生き残るための戦いに挑んでいきます。




冒頭のロケットのシーンは、当時大ヒットした映画『猿の惑星』(1968)の明らかなパクリです(笑)。そうした終末SFドラマの影響を受けながらも、石ノ森先生独自の物語世界を展開させた秀作となっています。


物語のラスト、リュウの前に「神」の代理である巨大な水晶体が現れ、次の地球を再び人類に託すか、それとも新たに犬より進化した「犬人類」に託すか、裁定を下すことを告げます。


犬人はこれまで人間が犯してきた様々な過ちを挙げ、人間に地球の運命を担う資格はないことを力説します。リュウは明らかに劣勢でした。

しかし、「愛」という概念のとらえ方が、犬人よりリュウの方が優れていた。

そのわずかな違いに掛けて、地球はもう一度だけ、人類に託されることになるのです。


リュウは恋人と愛し合い、子供を作り、地球の新たなアダムとイヴとなるのです……。








今一つ記憶が曖昧なので、細かいところは間違っているかも知れません。もしも誤りがありましたら、ごめんなさい。



石ノ森先生の作品としては、珍しく(笑)エンディングらしいエンディングがある作品で、石ノ森先生も相当思い入れが強かったらしく、同じリュウという名前の少年を主人公とし、原始時代を舞台とした、『原始少年リュウ』を執筆。

さらには現代を舞台とし、等々力リュウ少年を主人公とした、パラレルワールド理論を日本で最初に取り入れた漫画『番長惑星』を相次いで執筆。

これらの作品は「リュウ三部作」として、石ノ森作品の中でも特殊な位置を占めることになるのです。




ところで、この『リュウの道』には、そのベースとなった短編作品が存在します。

石ノ森先生がいつ頃書いた作品か、ちょっと記憶がないのですが、やはり核戦争後の地球で、生き残った人類が、異世界と化した地上で生き残るための戦いを続けるという話でした。

石ノ森先生はこの、ご自身が書かれた短編作品をベースとして、『リュウの道』の世界を構築していった。

その短編作品のタイトルこそ、



『終わりからはじまる物語』


だったのです。








物語というものは、何かが終わったところから、あるいは終わらせようとするところから始まるものです。


この世の事象にはすべて、始まりがあり終わりがあるもの。


そして終わりから新たな始まりがあるもの。





小さな終わりは常に、今この瞬間も生じていて、その小さな終わりから無数の小さな始まりが生まれ、その小さな始まりはまた幾千幾万の終わりを生み、その幾千幾万の終わりはまた無限大の始まりを生む。

その途切れなき無限大、無量大の繰り返しが宇宙に満ち溢れ、この宇宙と、そして私達一人一人を形作っている。


それが、この3次元宇宙の理。



終わりがなければ、始まりもまた、ないのです。


その『終わりからはじまる物語』の繰り返しが、この宇宙を成り立たせている。



ならば、その『終わり』のかたちが大きければ大きいほど、新たな始まりもまた、大きなかたちで現れる、ということになります。



それこそ、地球の生態系を変えてしまうほどの『終わり』が、まったく新たな大変革を地球に齎すことになるかもしれない……。



しかし、そんな巨大な「終わり」が訪れた時、


果たして人類は……。









どうせなら、「終わり」は小さい方がいい。



小さくするも大きくするも、人類次第ってことで……。






始まれば必ず終わる。これが宿命。

ならば、なるべく良い終わりを迎え、良い始まりを作りたいものです。


それは個人であろうと、地球そのものであろうと

あるいは、宇宙自体であろうと、

変わらぬこと。



良い「終わり」を迎え、良い「はじまり」を作るために



がんばりましょ。

白鬚洪水伝説 ~その2~

2016-05-24 05:34:06 | 岩手・東北





以前、山の神には6種類の性格がある、と書きました。

『農業の神』『狩猟の神』『森の神』『水の神』『お産の神』『金属の神』。




河川の水源の大半は山にあります。山から流れてきた川はやがて大河となり、麓の人々をはじめとする生きとし生けるものを潤し、作物を育てる。


しかし、一度氾濫すると濁流となって周辺のありとあらゆるものを押し流す。


「生」と「死」、「創造」と「破壊」。


この両義性。これが


「神」というもの。



そういえば、山の神のことを「十二神」と呼ぶ慣習があることも、以前ご紹介しましたね。

山の神の6つの性格それぞれが、この両義性を持っているとするなら、6×2=12で


十二神。なるほど。



まっ、ど素人の戯言ですから。










ところで、前回紹介した説話に登場した「山姥」とは、いったい何なのでしょう?


所説ありますが、山の神を祀っていたのは、古くは巫女さんであったといいます。


時代を経るうちに、その巫女さんと山の神を同一視するようになった。そしてさらに時代は下り、山の神の正しい祭りが忘れ去られるに伴い、

巫女さんは零落していき、やがて


妖怪「山姥」となった……。






「牛方と山姥」なんて昔話にあるように、山姥は人を襲う恐ろしい妖怪というイメージが強いですが、一方で、やはり洪水が起こることを前もって知らせるなど、人を助けようとする側面があり、

やはり両義性を持っているんですね。



うむ、どうも「川原の坊」説話に登場する山姥には、山の神の「眷属」的な側面があるように感じられますね。

あの説話は、人々が山の神の正しい祀り方を忘れ、驕り高ぶり、山の神=大自然に対し不敬を繰り返し続けた人間の姿を、山の神の眷属である山姥をだますというかたちで象徴的に表現したものなのかもしれません。



「忘れられた」神の怒りと悲しみ、その神威の顕現として、大洪水が起きたのだ。


それが、「川原の坊」説話の伝えていることなのではないでしょうか。




山の神は「両義性」を持っていますから、災害を起こす一方で、人を助けようともするわけです。

心あるものは助ける。だから、丸太に乗って警告も発するし、若者の前に現れて、素直に信じる者たちの命を救いもする。



それが、「神」というもの。



神の「サイン」を素直に受け取れるかどうか。それが生死の分かれ目。


そういうことって、現代にもあるような気がしますねえ。









それにしても、


【山姥と餅で酒盛り夏の宵】


こんな風にはいかなかったんですかねえ。


やっぱり無理か……怖いもんねえ(笑)










まだ、続く……のかな?


続くかも、しれません。



で、ありやす(#^Θ^#)

Jimi Hendrix Experience [Foxy Lady] 1967

2016-05-23 10:32:28 | 今日のメタル











世紀を越え、国境を越え、時代を超え、世代を超え、ジャンルを超えて、現代に至るまで影響を与え続けている、20世紀以降のポップミュージック最大最高のギタリスト、ミュージシャン。

それが、ジミ・ヘンドリックス。


それまで誰も思いつかなかったような奏法を次々と編み出し、当時発展途上にあったエフェクター類を積極的に活用。ステージ上での派手なパフォーマンス(歯で弾く、マイク・スタンドにギターをこすりつける、ギターに火をつける等々)も相まって、同時代のギタリストやミュージシャンたちに衝撃と影響を与えます。

ビートルズやローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン等、当時のスターたちがこぞって絶賛、連日のようにジミのライヴに駆け付けたとか。

ジェフ・ベックに「ギタリストを廃業しようかと考えた」と言わしめたほどの衝撃を与えていたようです。



私には詳しいことはわかりませんが、インプロビゼーション(即興演奏)の凄さは、いくつかのライヴ映像を観れば理解できます。今一つ運指が正確ではないし、抑々チューニングが正確ではなかったりするのですが、それすらも卓越したインプロビゼーション能力で「味わい」に変えてしまう。


素人の私ですら、その凄さが実感できる。「本物」とはそういうものなのでしょう。






黒人の父とアメリカ・インディアンの母との間に生まれ、その出自から色々というに言われぬ迫害も受けたでしょう。その才能は早くから開花していましたが、本国アメリカではなかなか芽が出せず、イギリスの音楽関係者に見出され渡英。1966年に自らのバンド「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」を率いてメジャー・デビュー。そこから世界的な名声を得て行きます。

自身に東洋系(インディアン)の血が流れていることから、日本などにも強い関心を持っていたようで、のちに父親が日系の女性と再婚した際には大変喜んだそうです。1970年には日本でライヴを行う計画もあり、本人は大変楽しみにしていたそうです。

しかし、それは永遠に叶うことはありませんでした。


1970年、睡眠導入剤とアルコールを服用し、就寝中に吐瀉物を喉に詰まらせ窒息死。若干27歳の早すぎる死でした。

その死には多くの疑惑があるともいわれ、今だ真相は闇の中。奇しくもあのジャニス・ジョップリンと同年、同年齢でした。


プロ活動わずか4年。その間に世界に与えた衝撃の中から、

ハード・ロック、へヴィ・メタルもまた

生まれ来ることになるのです。

三輪ひとみ

2016-05-22 06:11:50 | 名バイプレーヤー









綺麗な方でしょ?


ちょっと謎めいた美女といった雰囲気ですが、それもそのはず。この方は、




「和製ホラー・クイーン」の名を恣にしている方なのです。



10代の頃から活動をはじめ、出演したホラー映画、ホラー・ヴィデオは数しれず。有名な作品を挙げるとするなら、やはり「呪怨」でしょうね。

それも映画版になる以前の、オリジナル・ヴィデオ版の第1作、シリーズ史上もっとも怖いとされる作品に出演されていたことを挙げるべきでしょうね。

この作品では妹さんでやはり女優の三輪明日美さんと「姉妹役」で出演されています。役柄はお二人とも犠牲者役。

当時の私はホラー大好き人間で(今は違います)、「呪怨」シリーズもヴィデオ、映画と観てましたが、やはりヴィデオ版の第1作が一番怖かった~。


ちなみに明日美さんは『ガメラ3邪神〈イリス〉覚醒』に、渋谷を歩いていて、空からギャオスが落ちてくるのを目撃する女子高生役で出演されています。そうしてガメラとギャオスの戦いに巻き込まれてしまう、やはり犠牲者役でした。




ご本人に話を戻しますと、実相寺昭雄監督に大変気に入られ、監督晩年の作品にほとんど出演されています。

江戸川乱歩原作『D坂の殺人事件』では、名探偵・明智小五郎の助手、小林少年(!)役で出演されています。ちなみにこの作品で明智小五郎を演じたのは、嶋田久作さん。

面白いというか不思議というか、実相寺監督らしいケレンですねえ。


特撮ものへの出演も多く、実相寺監督が演出を担当した「ウルトラマンティガ」や、「ウルトラマンコスモス」。その他「仮面ライダー・カブト」「忍風戦隊ハリケンジャー」では敵役でレギュラー出演されてました。



近年の刑事ドラマには大概出演されていると言ってよく、「ホラー・クイーン」などと言われていますが、事実としては「知る人ぞ知る実力派女優」と呼ぶべきでしょうね。



「主役より脇役で主役を食っていく方が好き」とはご本人の弁。自信がなきゃ言えませんよこんなこと。

度胸もあれば根性も座っている。根は男ですかね、この方は。



主役を張るだけが役者ではない。脇で主役を食うのもまた、役者冥利に尽きるというもの。


脇役であることにプライドをかける女優、三輪ひとみ。


こういう方、応援したくなるんですよねえ。