SF作家・小松左京氏のベストセラー小説「日本沈没」。
元々の発想としては、「日本列島がなくなったら、日本人はどうなるのか?」という、逆説的な日本人論を展開させたかったようです。
その為の舞台装置として、日本を沈没させようと思った、ということなんです。
その物語の制作過程で、地球物理学に興味を持ち始めた。
物語は日本列島が沈んだ後、世界中に日本人が散って行ったところで終わりますが、小松左京氏は本当は、この後の話が書きたかったわけです。
日本列島が無くなって、世界中に散った日本人がどうなるのか?しかし結局、その後日談が小松氏御本人の手によって書かれることはありませんでした。あまりに壮大な話に、さすがの小松氏も筆が進まなかったようです。
ちなみに2006年、樋口真嗣監督によるリメイク版『日本沈没』が公開された折に、谷甲州による小説『日本沈没 第二部』が上梓されています。小松氏のオリジナルではなく、小松氏には最早、続編を書く気力も体力も無かったようです。
この小説では、散り散りになったとはいえ、日本政府は未だ存続しており、かつての日本列島の残存と思われる岩礁の存在を盾に、領有権を主張しているとか、まあ、読んでいないのでわかりませんが、小松氏が当初思い描いていたような「日本人論」たりえているのかどうか。
ちなみにこの岩礁。どうやら「白山」の一部らしいです。
面白いですねえ。
では、映画のストーリーを紹介。
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海底探査艇「わだつみ」の操縦士・小野寺俊夫(藤岡弘)は、日本近海の無人島が沈没したことの調査のため、地球物理学者の田所博士(小林桂樹)を乗せて日本海溝の底へ潜ります。
小野寺たちは海溝の底で激しい泥流「海底乱泥流」が起きていることを目撃。なにやら容易ならぬ事態に発展しそうな予感に震えます。
折しも日本列島には地震が群発し、火山も噴火し始め、山本総理大臣(丹波哲郎)は田所博士を中心とした調査チームを秘かに立ち上げます。内閣調査室との連携によって組まれたチームは、日本の政治を裏から牛耳る謎の老人・渡(島田正吾)からの資金援助を受け調査を進めます。
その結果出された結論は、「日本はその大半が太平洋の底に沈む」
まさに、東京を大震災が襲います。
高架ごと一気に倒れる高速道路。次々と崩れ落ちるビル群。
逃げ惑う人々の上に降り注ぐガラス片。あちこちで火の手が上がり、東京中が火の海に包まれます。
隅田川に掛かる永代橋は崩落。堤防が決壊し、洪水に呑みこまれる人々。
下町の狭い路地で逃げ場を失った人々が炎に包まれていく。阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていく。
逃げ場を求めて宮城前広場に集まる避難民。山本総理は宮内庁に命令します。「門を開けて、避難民を宮城内に入れて下さい!」
消火しようにも、消火剤が圧倒的に足らず、東京はなすすべもないまま、炎に包まれていく。
この震災による死者、行方不明者。
360万人。
山本総理は外務省の野崎(中村伸郎)以下の特使を世界各国に派遣、日本人の大量移民を要請します。戸惑う各国首脳陣。この問題は国連の議題にもなりますが、移民計画はなかなか進まない。そこで山本首相は自らが赴いて移民を受け入れてくれるよう、世界中を行脚します。これによってようやく計画は進展します。
小野寺はフィアンセの阿部玲子(いしだあゆみ)と、スイスへ渡る計画を立てますが、玲子が富士山の噴火に巻き込まれ、二人は別れ別れになってしまう。
加速度的に崩壊してゆく日本列島。ついに山本首相も避難していく中、渡老人と田所博士は日本と運命を共にすることを決意します。
シベリア特急の中、一人座席に座り、凍える外を寂しげに眺める阿部玲子。
アメリカの荒れ地を走る貨物列車に押し込まれている小野寺。
二人の運命は
日本人の今後は…。
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東京大震災のシーンは、科学的考証に基づいてつくられており、阪神淡路大震災や、東日本大震災を経験した現在の日本人の上に、重く圧し掛かってくる映像と成り得ています。
まあ、ミニチュア特撮ですから、CGに比べたらそりゃあね、というのはありますが、ミニチュア故の「空気感」というものがあって、私はこれが好きなんです。
富士山噴火のシーンは、スタジオ一杯に富士山のミニチュアを作って、さらにカメラをスタジオの外に置いて、望遠レンズで撮影したそうです。
これによって、空気がぎゅっと凝縮されて、ミニチュアなんだけどただのミニチュアではない、ミニチュア・リアリズムとでも言うべきものが生まれるんです。
ミニチュア特撮にはこの空気感が大事、まあ、なんでもかんでも望遠で撮るわけではありませんよ(笑)富士山のシーンは、黒澤明監督の弟子だった森谷司郎監督の発案だったとも言われています。黒沢監督は望遠で撮るのが好きでしたから。
渡老人の手配により、数人の識者によって、日本人の脱出作戦の、いくつかの試案が作成されます。渡老人はそれを山本首相に渡し、一つの意見として
「このまま、なにもしない方がいい」
という意見もあった、という報告をします。
日本人はこのまま、日本列島と運命をともにした方がいい…これを聞いた山本首相=丹波さんの目にじわっと涙が溢れてくるんです。
深く共感しながらも、しかしそういうわけにはいかない。その意見を心にしっかり受け止めながら、脱出計画は粛々と実行されて行きます。
丹波さんという方は、決して「上手い」俳優さんではありませんが、ここ一番の見せ場に強い。涙を流すタイミングが絶妙なんです。流石です。
今改めて見直してみると、実によく出来た映画です。
むしろ今観た方が、より強く迫ってくるものがあるかも知れない。
科学的には、日本列島が沈没するなど有り得ないことになっていますが、なにが起こるかわかりません。大地は未だ鳴動を止めようとはしておりません。
「亡国」とは、なにも日本列島が沈むことだけだとは限りません。亡国の憂き目となりかねない危険性は常にあると言えるでしょう。
今一度、日本とはなにか、日本人とはなにかということを、日本人自身が考え直す。そういう時期が来ている気がします。この映画は、そうしたことの継起となり得る作品のように思われます。
もしも日本人が世界に散らばったとして、それでも日本人としてのアイデンティティを保ち続けるにはどうしたら良いのか。
かつてユダヤ人は、そのアイデンティティを保ち続けるために、ユダヤ教という宗教をその拠り所としてきました。しかし日本には、そのような宗教はない。
そんな宗教などではなく、極めて日本的で、日本人のアイデンティティの統合の象徴となりうるものはなにか?
おわかりですよね?そうです
皇室です。
日本人が皇室への尊崇の念を保ち続ける限り、日本人としてのアイデンティティは無くならないでしょう。
日本列島を沈没させることで、図らずも皇室の重要性が、日本にとって、日本人にとって、皇室というものがいかに大切かということが浮き彫りになった、といえましょう。
映画の中には、皇室は直接的には登場しませんが、日本政府というものの存立基盤は皇室無しには考えられないように憲法上も出来ているわけですから、やはり皇室の存在なしには、本来この問題は語れないはずがなんですね。
日本国家というもの、日本人というものを考え語る上で、皇室の存在は絶対に外せない。今、現代においてこそ、意味のある映画かもしれない。
なんてことを感じた次第。
機会があれば、是非にもご鑑賞あれたし。
『日本沈没』
制作 田中友幸
田中収
原作 小松左京
脚本 橋本忍
音楽 佐藤勝
撮影 村井博
木村大作
特技監督 中野昭慶
監督 森谷司郎
出演
小林桂樹
藤岡弘
いしだあゆみ
夏八木勲
中丸忠雄
神山繁
村井国夫
滝田裕介
高橋昌也
中条静夫
名古屋章
地井武男
垂水悟郎
鈴木瑞穂
中村伸郎
二谷英明
丹波哲郎
島田正吾
特別スタッフ
地球物理学(東大教授)竹内均
耐震工学(東大教授)大崎順彦
海洋学(東大教授)奈須紀幸
火山学(気象研究所地震研究部長)諏訪彰
昭和48年 東宝映画