ホルモン屋徒然草~珍しホルブロだ

新米ホルモン屋の親爺の日々。ホルモンのこと、店の出来事、周辺の自然や話題。

めっけ!!

2014-11-05 23:23:13 | 喰う、呑む


店は新米、岩手県産ヒトメボレ。

蕎麦屋もいまごろはどこも「新そば」か。
あ~、今どきに毎日喰いたいもの、
新そば、サンマ、南部煎餅。

で、本題。

疲れたときは、甘いもの。
世の人はワタシを辛党とおもうだろうし、自分自身その通りだと思う。
しかし、幼少の頃というか学生で上京するまでいた実家は田舎の万屋で、主にお菓子、クジ、コーラ、雑貨で成り立っていた。
母親は優しかったが、やはり店は子供にとっても聖域である。
しかし子供は子供、万屋の子供でも甘いものは好きで、そのお菓子類がたっぷりある場所が自分の家の中にあったら、叱られるの覚悟でやはり忍び寄る。
だから小さいころは決して裕福ではないが、甘いものには恵まれていた。
恵まれていたから、たぶん飽きて、両親が一滴も酒を呑まない血筋なのに、高校生から辛党になった。
なったのだが、しかし実は体は甘いものの記憶因子がたっぷり残っているのだ。

例によって長い前置きで、もう一度本題に戻ろう。

疲れたときは甘いもの。

週末の(あるいは週初めの)「昼酒宵酒の日」を相方と二人で二日間も切り盛りし、しかも幸いなことに盛況でありましたから、終わってみれば極度の疲れ。

なんとか盛岡の事務所に戻り、よいしょと座ったら甘いものが欲しくなった。
そしてなぜかあの店が浮かんだ。
浮かんだが実は困ったことがある(財布の中身の問題ではない)。

中の橋にあった店が、開発が進む盛南地区に引っ越したらしいが、新しい住所表示の地域でネットで探してもなかなかわからない。
ここかなと思うところを何度か(たぶん三回以上)車で回ったのだが見つけれなかった。

そして今日、再度ぐぐったら、ストリートビューというものにその店の近くが映っている。

津志田に用事があったので、今日こそと向かい、やっとたどりついた。
でかいホーマックの裏手二本筋。
何度もその付近を探したのだが、わりと広いその通りを少し曲がったところにあったのだ。
今日見たら、曲がり角の電柱に「30メートル先」との表示があった。

たどり着いたその小さな店の小さなガラスケースの中には、「切りさんしょ」などたった二種二品しかおいていない。
がらんとして、目指すものはない。

愛想のいいおばちゃんに「お茶もちはもうないの」と聞くと、頷きながらも「頑張って作るから、三分待ってくださいね。」とありがたいお答え。

たった三本(二本はワタシ、一本は店の従業員に、ワタシハ甘いものには意地汚いのだ)の注文に応えてくれる。



80円(内税です、額面通りっていいね)×三本=240円を払い、ニコニコと次の先に向かう。

ここ「盛岡だんご 結庵」はどの団子もおいしいのだが、ワタシのお気に入りは「お茶もち」。

花巻なら迷うことなく「照井だんご」に向かうのだが(結庵と同じく火曜日定休日で、そういう時は高原だんごに行く)、盛岡では同じ「お茶もち」といっても、老舗はやたら図体が大きく「あまじょっぱい」のが多い。

ワタシハこの「あまじょっぱい」のが得てではない。
大体がお茶もちというのは生地も味も繊細で上品なものだが、盛岡のは(すいません悪口です)どうしても北東北の田舎者だんごになる。

同じように「ホルモン鍋」も花巻ではすっきりした仕立てが多いが、ここ盛岡とか秋田とか青森はやはり甘辛いものが主流だ。

気温の関係もあるだろうが、どうも生まれ育ちなのか遺伝なのか、やはり地元のあじがいい。

お茶もちは「照井だんご」、モツ鍋はすっきり上品な味の「をかしら屋」、はい。

え~悪口ではなく、故郷自慢ということでお許しいただきたい。

そうそう、昨日も盛岡へ向かう途中、どうしても欲求に勝てず、何年かぶりに紫波古館の産直に立ち寄って餅を買ってしまったのだ。

そんな甘い誘惑に簡単に負けてしまう今日この頃。
昨夜も事務所に帰り発泡酒に、南部煎餅一袋やっつけてしまったのだ。

秋深し~と、言い訳がましく我が腹を情けなくみる。

情けないが、それを上回る食欲にだけは素直になれる自分がいる。