我が家の桑の木が四月終わりの大空を目指している。柿の木を抜いた。身体全体に花をつけている。実がもうまもなく実るだろう。初めは赤い実だが、次第に黒くなる。すると食べ頃だ。甘みが強くなっている。摘まんで食べると舌や唇が赤く染まる。人食い鬼のようになる。子供の頃は食糧難だったので、美味しく感じられた。今時の子供は食べない。他に上等の果物がどっさりあるからだ。甘みも比較にはなるまい。昔は家ごとに蚕を飼っていたから、蚕が食べる桑の葉は欠かせなかった。畑に栽培されていた。座敷が蚕の部屋だった。平べったい竹籠にうじゃうじゃ這い回っていた。雨に濡れた葉っぱはダメで、乾かしてから籠に運んだ。やがて蚕たちはいっせいに繭を作り始める。出来上がりは早い。学校から帰宅するともう繭は出来上がっていた。家で一番偉いお婆さまがこれを熱湯につけた。繭から死んだ蚕が取り出された。これは魚の餌になった。しかし、それはいつしか化学繊維に取って代わられた。養蚕業はなりたたなくなった。桑の木は畑から消えた。だから、今時桑の木があるというだけで、珍しいのである。現代の人たちは多分見たことすらないだろう。ましていわんや、食べたことなどは。我が家の桑の実は道路に面しているのに゛泥棒されたことはない。食べられるとは思えないからだろう。やがて実が落ちて大地が赤黒く染まる。梅雨が到来して雨がこれを洗い流す。桑の葉は毛虫のデパートになる。近寄ると刺されてしまうからご用心だ。
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