日中の気温は17℃ありました。うん、もう歩いて来る春の、爪先は見えました。靴を履いていましたよ、桃の節句の桃色の靴を。蝶のリボンもありました。
サンルームのお縁側に移動してきた。お縁側は板の間で、5畳ほどの広さ。お座敷との間の仕切り障子を閉じて、締め切りとする。ポカポカポカポカポカポカ。寝椅子にごろんとなる。
そこへ車の音がして、お客様がお出でになった。ここへお通しする。寝椅子では失礼だから、椅子に座り直す。何度かお出でになった方だ。しばらくおしゃべりに興じる。緑茶とお菓子をお出しする。用事はすぐに済んだ。
それからは冬のピョンチャン・オリンピックのことが話題になる。日本選手のメダルが最多だったから、話は尽きない。なかなか終わらない。そしてようやく座を立ってお帰りになった。白菜を畑からどさりどさり5~6個抜いて、剪定鋏で根を切り落とし、お土産に持っていってもらう。
今年の白菜は巻いていない。寒さが続いたからだろうか。分からない。兎も角巻いていないで、輪を広げている。緑がやたら濃い。我が家でも毎日食べているが、味はいい。柔らかい。早く食べてしまわないと菜の花が咲いてしまう。もらって頂く方がいい人だ。
おはようございます。霜が下りて屋根の瓦が真っ白になっていました。昼間は気温が13度ありましたが、朝方は冷えるようです。朝日が射してきました。霜はもう解けてしまいました。ヒヨドリが来て庭の侘び助の花蜜を吸っています。ヒヨドリが重たいので枝先が撓(たわ)んでしまいます。
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今日は2月27日、火曜日です。明日で2月が終わります。明日から三日間は春の嵐になるらしい。3月2日は死んだ弟の誕生日です。4歳離れていました。雛祭りの日の前日です。生きていた頃には「誕生日お目出度う」が電話で言えました。今は言えません。でも、言ってもいいかもしれませんね、独り言を。
1
生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死に死んで死の終わりに冥し。これは弘法大師空海の言葉です。
2
わたしたちは無明の生死を繰り返しています。無明ですから、生きても死んでも暗いのです。暗いところを這い回っています。仏を見る目が開いていません。開眼したらいいのです、だから。
3
此処は宇宙仏の毘盧遮那如来の国土です。我見我執を離れたら、開眼して、明るくなります。
4
生死しているというのは我見です。生死する力のないわたしが、生死などできるわけがないのです。本質のわたしたちは永遠に仏の国土で暮らしているのです。
5
開眼を果たした弟が明るい顔、明るい眼をしていることを願います。
6
此処はこの世です。この世ではまもなく桃の節句を迎えます。兄のわたしはいまだにこの世にいます。我が家の桃の花はまだ咲いていません。咲いたら一輪、異界の弟にも、そのほんのりの花の容(かんばせ)を見せてあげたいものです。
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そんなこんな、あらぬことを考えました。これも我見に過ぎませんが。
反対に、弟から「もっと明るい発想をすべし。死に死んで仏界の生死明るし」などとたしなまれるかもしれません。
え? どうして? 昨日一日のこのブログの訪問者数が386人を数えました。300人台になったのは初めてなのじゃないかなあ。昨日は4話しか書いていない。なのに。訪問者数が激増した。どうしてなんだろう? 何があったんだろう? いや、嬉しいけど。内容も日記形式。刺激的なタイトル名でもない。閲覧数はその割には増えてなかった。初めての人たちなのかなあ、だから。開いて、がっかりして、そして素早くUターンをされたのかもしれない。だったら、すまないなあ。
今日はどうかなあ。