傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

ドラマ『坂の上の雲』:国難には過去の知識は通用せず・・・捨てる覚悟と創造力

2011-12-13 15:56:33 | 民主党(野田政権)

11日(日)のNHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」の『二〇三高地』を視聴し、印象的な場面は、児玉源太郎・満州軍総参謀長が旅順要塞攻略に難渋していた「第三軍」指揮の乃木希典大将から指揮権を委譲させ、第三軍の参謀らに、「二〇三高地」へ作戦変更を命令する場面で、「君たちは、昨日の専門家であるが、明日の素人」と諭す発言ですね。

児玉源太郎・満州軍総参謀長が、難攻不落の旅順要塞攻略から、「二〇三高地」へ作戦変更を、第三軍の参謀に命令した際、伊地知幸介・参謀長らが、正面攻撃で成功しないのは、「弾と兵隊が足らず、満州軍総司令に幾度も要請したが何ら応えず」と責任転嫁し、作戦変更は無理と反論し、児玉源太郎・満州軍総参謀長が、「二〇三高地」攻略に、参謀長の伊知地幸介が「そんなものは不要」としていたニ八センチ榴弾砲を戦列に加え、寸断なく攻撃せよの命令に、第三軍砲兵の責任者は、味方軍に犠牲者を出す恐れがあり「信じられない」との反対意見らを、弾も兵隊も足りないのどこでも同じで、そういう環境下でも戦場の第一線に自ら出向き、死力で智恵をだせ、友軍が味方の砲弾で犠牲になることもあるだろうが大局観を持てと、「君たちは、昨日の専門家であるが、明日には素人だ」と諭した。

この児玉源太郎・総参謀長の発言”「君たちは、昨日の専門家であるが、明日には素人だ」”については、録画しておらず、原作にあったかどうか忘れ、脚本なのかわかりませんが、現在、世界が激変の中で、日本は高齢少子化と赤字国債体質の老人性骨粗鬆症の硬直化社会の再生を、野田首相が守旧感覚の官僚に委ねている現状を連想しますね。

当方は、再三、世の生成発展は、新陳代謝が不可欠とし、既得権益の守旧勢力、硬直化社会を破壊し、新たな社会への創造が不可避とし、日本再生は、過去に拘らない挑戦的・革新的な異才に委ねるしかないと書いてきました。

児玉源太郎・総参謀長の発言”「君たちは、昨日の専門家であるが、明日には素人だ」”は、旅順要塞攻略を「第三軍」参謀らに発した言葉であり、難攻不落の旅順要塞攻略を正面突破の正攻法の戦術に「第三軍」が固執したのは、「第三軍」参謀は過去の経験と知識の延長線上での戦略であり、新たな事態になれば、死力で活路を見出す智恵をも出さず、旅順要塞攻略は、旅順港に停泊中のロシア艦隊の機能を不全にすることであり、「二〇三高地」への作戦変更の創造力が欠落していたことであり、また、ニ八センチ榴弾砲による攻撃は、友軍の兵隊を味方の被弾で戦死させる危険性があり作戦変更に反対するのは、大事を軽視した胆力のなさです。
要は、過去には精通しているが、将来の洞察力が皆無で、新たな変化に対応する術も感覚もなかったということです。

ドラマの伊地知幸介参謀長役の村田雄浩氏が、インタビュー「最善の策を模索した伊地知の苦悩と決断」で、旅順総攻撃で想像を絶する死傷者を出してしまった陸軍の伊地知幸介参謀長について、

”「伊地知はその作戦参謀だったわけですから、相当なプレッシャーにさらされていました。そんななかでも大きな責任を背負って、自分の持っている知識や情報、兵力を総動員して最善の策を練っていたはず。だけど、現実には弾薬も兵力も足りず、バルチック艦隊が接近していたため時間もなかったんです。」”

”「アイデアが次々と出てくる人ならいいのですが、伊地知は乃木らと同じで古いタイプの軍人でした。だから、正攻法をとることが最善の策だと思っていたのでしょう。実際、足りなかったもののなかで、何か1つでも潤沢にあれば作戦は成功していたのではないかと思います。」”

と、伊地知は乃木らと同じで古いタイプの軍人で、何か一つで充分であれば、正攻法の作戦は成功したのではないかと、伊地知幸介参謀長の役柄へ親近感の心境を吐露しています。
多分、現実は、伊地知幸介参謀長役なりに苦悩し、最善の策を模索した結果での正攻法だったのでしょうが、最善の策が過去の経験・知識の範疇での模索であり、当方に言わせれば、年寄りの跋扈にすぎないず、自分の過去を捨てられない老害に過ぎないのです。
マアー、どこかで書いた記憶がありますが、サラリーマン川柳「無理をさせ、無理するなと、無理を言う」を紹介しましたが、権限移譲とは責任移譲の現実のパワーゲーム社会で、勝利することが賢明なる処世術ですから。
伊地知幸介参謀長役の心境は、「無理をさせ、無理するなと、無理を言う」ではなかったかではないでしょうかね?
勝利できなかったことは、如何なる敗因要因があろうと、弁明でしかないのです。

当方は、野田首相に批判的なのは、中庸志向で、手順重視し、観念論しか政治を語れないことです。
本ブログ「野田首相:朝霞宿舎の5年間凍結・・・中庸では変革にならず。(雑感)」で、

”【野田首相は、財政健全化と掲げ、「社会保障と税の一体改革」で消費税増税を目論んでいることを明言していますが、世界の金融資本主義(虚業・虚像)が破綻し混迷が進行形であり、過去の延長線上の政策は通用せず、「財務健全化し、国亡ぶ」の回避には、「大胆な社会変革・構造改革」が不可欠です。
野田首相の増税路線は「理」はあるが「正論めいた常識論」「常識めいた正論」の「中庸」路線は、社会変革には疑問ですね
。】”

”【「税と社会保障の一体改革」は優秀な官僚の増税テクニック論にすぎず、国家100年の計を策定する事が先決と書きました。
社会保障の問題だけでなく、日本の中小企業が病んでおり、日本は限界国家に至っており、「破壊と創造」が不可避ですね
。】”

と書きましたが、経済成長なき高齢少子の現下に、東日本大震災、原発事故・汚染事故の国難に直面しているのに、「社会保障と税の一体改革」に不退転の覚悟で、消費税増税で、持続可能な社会保障制度を確立に臨むことは、何か、日露戦争の前哨戦の旅順要塞攻略に正攻法で挑む「第三軍」の乃木希典・伊地知幸介参謀長を連想しますね。

また、「社会保障と税の一体改革」について、本ブログ「社会保障と税の改革は分離すべき・・・その前に、国家の計を」で、

”【財政健全化が大事」といわれれば「NO」を言えず、「持続可能な社会保障が大事」といわれれば「NO」と言えず、「日本は貿易立国が宿命でTPP参画が不可避」といわれれば「NO」と言えず、「農業改革が不可避」といわれれば「NO」と言えず、「日米同盟が重要」といわれれば「NO」と言えず、・・・・、短絡的に原則・原理を問われれば、否定できないのです。
要は、戦後の日本社会は、アメリカ追随で、復興できたが、一方、政官業の既得権の硬直化社会が形成され、「優秀といわれる官僚主導の政策」で今日に至り、新陳代謝せずに来た歪が「逆さやの赤字体質」に陥ったのです。

日本の再生には、過去の延長線上の常識論の熟議でなく、「破壊と創造」のエネルギーをもつ若い異色・異端児に委ねるしかなく、若い挑戦的・革新的な熱情のもつ人材に委ねることが賢明です。
社会を硬直化する最大の要因は、「老人の跋扈」なのです。
自分の成功体験を否定できずに、憂国めいた発言が社会の硬直化の要因になっているのです。
よって、日本将来像を語ることなく、「中福祉・中負担」の社会保障の財源論しか語れない与謝野薫氏を否定するのです
。】”

と、与謝野薫氏渡部恒三議員立花隆氏、らを「老人の跋扈」の老害と批判しました。

ドラマ「坂の上の雲」を視聴し、改めて思ったことは、組織力と人材育成の重要性ですね。
小説「坂の上の雲」は、日露戦争を秋山兄弟を基軸に書いておりますが、秋山兄弟を育んだのは、明治政府の富国強兵の組織力の成果であり、例えば、世界に通用する海軍力を育成した山本権兵衛・海軍大臣で、山本権兵衛がいなければ秋山兄弟もなく、日露戦争は敗北しただろうと思っています。
要は、何事にも、次世代を担う人材育成が肝要ということです。

本ブログ「日本再生には、グローバル化に順応できる人材育成が先決(雑感)」で、

これからの期待される人材は、専門性は勿論の事、グローバル社会で通用する語学力があり、折衝・交渉のコミュニケーションスキルを有し、市場動向の先見性・洞察力を有する人間となり、厳しいですね。

当方は、再三、日本の「国家の計」を
”「国民が安心・安全で暮らせる社会は、まずは、第一次産業が国の基幹と思っております。温暖化で環境破壊が進行しても、石油が枯渇するエネルギー問題が深刻化しても、食糧危機が最悪の事態になろうとも、自給自足で最低の生活ができることことが第一で、第二は、社会保障制度の充実での安心さで、その上での自由競争社会という国造りが必要で、人材育成が肝要と思っております」”
と、日本社会の再生には人材育成が肝要という考えであり


と、人材育成が不可欠と思っています。

ただ、挑戦的な人材が育成されても、硬直化社会で、彼らの活躍場面が必要であり、それには、政治力(政治は力、数は力)が不可欠です。
社会も、会社も、パワーゲームには、政治力が必要で、本ブログ「大阪ダブル選挙:橋下「大阪維新の会」がダブル圧勝・・・異才に変革を委ねることが賢明」で、

”【橋下徹氏は、法律に抵触しなければ何でもやるドライさ、利用できる物はなんでも利用する利口さ、一旦公言しても形勢不利と思えば方向転換する機敏さ、特徴的な例えで説得する機知さ、高圧的な言い回しで相手の本音を出させるテクニックのうまさなど特徴点はあるが、一番のすごさは、目標設定を明確にし、その実現に権限を手中するために組織力(政治力)を形成する戦略性でしょうね。】”

と、橋下徹氏は、守旧勢力に対抗するためには孤軍奮闘の限界を知っており、「政治は力、数は力」が政治力と熟知しており、組織力を形成する戦略性の凄さですね。
小沢一郎氏が、橋下徹・新大阪市長について、

”『旧体制をぶち壊さなければ新しいものは生まれないという点は、私の元来の主張と同じ」と、橋下徹・新大阪市長を評価。「同じ類いのことを言っているにもかかわらず、私のように壊し屋と言われないところが偉い」』”

報道されているが、小沢一郎氏、橋下徹氏の凄さは、「政治は力、数は力」の信念もっていることであり、既成勢力の官僚・政治家・メディアから嫌われるのですね。

児玉源太郎・総参謀長の発言”「君たちは、昨日の専門家であるが、明日には素人だ」”は、含蓄ある言葉と思いましたね。

次回(12月18日)の『敵艦見ゆ』が楽しみです。




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