傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

密約文書消失:福田元総理の功罪(更新)

2010-04-07 21:11:28 | 政治

核密約文書の一部が消失したことで、政府は「外交文書の欠落問題に関する調査委員会」を同日付で設置」したと発表した。
週刊朝日」(4月16日号)で、「赤いファイル」(公文書)破棄疑惑で、情報公開法が施行される直前に、外務省は過去最多の1280トンの公文書文書破棄を認めたのは福田元総理だったと報道。

「週刊朝日」は、上杉隆氏の見解として、外務省幹部は重要な書類の破棄について政権与党の政治家に伝えたとし、その政治家は、官房長官、福田康夫元総理だったと報じています。

そして、”「文書破棄を許したことを後に、国立公文書館で働いていた娘さんから激しく非難されたそうです。それが福田元首相を贖罪へと向わせたのです」”とし、福田元総理は1年足らずの在任中に、公文書管理法制定に尽力していたし、”「2000年の文書破棄を認めた原罪を償おうとしたでしょう」と報じています。

当方が、福田元総理について印象を残っているのは、公文書管理に傾注していたということです。
福田元総理の公文書管理への思い入れは、二十数年前、地元・群馬県の学校から依頼された記念誌作りのため一緒に探していた終戦直後の写真が、米国立公文書館で簡単に手に入り、「情報の蓄積が国の歴史を形作る」と痛感したといわれ 官房長官時代の平成15年には、内閣府に有識者研究会を設置し、自民・公明両党の国会議員らと「公文書館推進議員懇談会」を発足させ、行幸をも実現され、首相就任後初の視察先として国立公文書館を選らび、「公文書管理の在り方に関する有識者会議」を設置、公文書管理担当相というポストも新設し、公文書管理の整備に向けての動きを活発化させた。

確かに、福田首相就任前から年金記録の紛失問題が社会問題となり、新テロ対策特別措置法案では補給艦の航海日誌が破棄されていた問題が国会審議に影響し、薬害肝炎訴訟をめぐっては、血液製剤投与者リストが厚生労働省内に保管されていたが公表されず、被害の拡大につながったと批判が出ており、公文書管理は、政権にとって無視できない喫緊の課題にもなっていた。

真実が国民の目に触れないのは民主主義にとって問題がある」と公文書管理の重要性を強調、いわば公文書管理の整備は福田の議員としてのライフワークとなっていたという印象を持っていましたが、「週刊朝日」の記事では、外務省の機密文書の破棄を許容したとあり、福田元総理にも功罪がありますね。

国立公文書館には、日本国憲法原本や終戦の詔書など、史料価値のある約62万点が保管されているものの、公文書管理法案が施行前は、通常の公文書は情報公開法と関連の政令によって各省庁に管理や破棄を決める権限があり、15年度は計約106万点が政令で定めた保存期限を迎えたものの、各省庁から公文書館に移管されたのは6815点と、全体の0・5%にすぎず、ほとんどは廃棄されたものと報道がありました。

領地問題など歴史的問題には、公文書は活用されますね。
例えば、韓国との日本海名称・竹島領地問題は、歴史的考証が肝要で、過去の古地図・行政資料が保管されていれば、歴史的事実の確証として持ち出すことができますね。
事実、領地問題が賑やかになると、海外から国立公文書へのアクセスが急増すると聞いたことがあります。

福田元総理は、「情報の蓄積が国の歴史を形作る」とし、公文書管理をライフワークにしたことで、国立公文書館・アジア歴史資料館での公文書管理は活性化しつつありますが、まだまだ、不十分なのでしょうね。


「更新」

週刊朝日の機密文書破棄の記事は、誤報で、2010年5月22日に、本ブログ「密約文書消失:福田元総理の悪者報道を謝罪・・・上杉隆氏、週刊朝日が勇み足」をエントリーしました。






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