【閉じこめられたサケの話】
陸封と降海
サケ科魚類は淡水魚として分類されることが多いが、
その大きな特徴は三つの生活史型 川と海の両方を生
活の場としていることにある。サケは河川で生まれ泳
ぎ始めるとまもなく海へ下って行き、海洋で2年生か
ら4年生の時間をかけて大きく成長し、産卵の直前に
生まれた河川などに遡上する。生まれた直後と産即時
の一時期だけを河川で生活する仲間にはカラフトマス
がいた。カラフトマスは卵黄を吸収し終え浮上すると、
すぐに海へ旅立っていく点でサケと少し異なっている。
いっぽう、本州に分布するイワナやアマゴ、サクラマ
ス(ヤマメ)などの多くは、河川で生まれた後も海に
下ることはなく河川や湖沼の淡水域で生活を繰り返し
ているが、中には海に下る個体も出現する。このよう
に同一種の中にふ七の問に生活域を海にもつ個体を「
降海型」、河川で一生を過ごす個体を「河川型」と呼
ぶ。
ビワマスのように海ではなく湖沼で生活する個体を「
湖沼型」と言っている。すなわち、サケ科魚類を生活
する場所から見た場合に、降海型・河川型および湖沼
型の三つのタイプに大きく分けられる。上記の例で、
サケやカラフトマスは降海型しか存在しないが、イワ
ナやアマゴ、サクラマスには河川型と降海型および湖
沼型の三つのタイプがいることがわかっている。河川
型や湖沼型の個体は海へ下らず河川や湖に閉じ込めら
れているといった見方から「陸封型」あるいは「河川
残留型」とも呼ばれてきた。
降海型と河川型の関係についてサクラマスを例に見て
みると、先にも紹介したように、サクラマスの仲間は
日本海沿岸を中心に大陸ではカムチャッカから朝鮮半
島東部、島では樺太から日本列島・台湾にまで分布し
ているが、分布のロシアに棲むものではほぽすべての
個体が降海型で海に下り生活する。しかし、北海道に
生息するものは、雌ではすべて降海型になるが、雄の
成長のよい個体では海に下ることはなく、河川型とし
て生活する。東北地方や北陸地方のサクラマスでは、
ほとんどの雄が河川型となるが雌でも海に下らない個
体が出現する。
さらに九州や台湾では雌雄とも河川型で降海型は出現
Lない このように、サクラマスの降海型と河川型の
出現をみると、北方ではすべて降海型であるが南方に
分布する個体ほど河川型の割合が増加すること、また、
雄と雌でその傾向にずれがあることが知られている。
地域によって連続的に降海型と河川型の割合が変化す
る現象はイワナの仲間であるアメマスにも見られるこ
とがわかっているが、サケやカラフトマスではこのよ
うな地理的な傾斜はまったく認められない。したがっ
て、サクラマスのような魚では、ある特定の地域での
生活のようすが、他の地域での生活とはかなり異なっ
ている可能性をもっているとされる。このように考え
ていくと、生命あるいは生物の陸進、海進の繰り返し
がDNAにしっかりプリント(写植反転)されている
とも思える(参考:藤岡康弘 著『川と湖の回遊魚 ビ
ワマスの謎を探る』)。
【エピソード】
この20年でめざましい発展をとげた行動生態、遺伝的
解析、進化に関する知見をも盛り込んだサケ・マスの
生態・進化に関する専門書あるいは普及書は、欧米を
含めてそれほど多くない。特に日本では、35年ほど前
に出版された専門書と最近出版された釣り愛好家用の
本や写真集以外に、これらを紹介する日本語で書かれ
た類書はなく、専門家および愛好家からそうした普及
書の出版が要望されていた。本書はその要望に応え、
サケ・マスの生態と進化に関する最新の知見を総説的
にまとめ、かつ著者らの展望も示し得るような本を目
指して企画されている。
【脚注及びリンク】
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1.「淡水魚辞典 サケ科」
2.「WEB魚図鑑 硬骨漁網 サケ科」
3.「イワナ(サケ科魚類)の生活史二型と個体群過程」
4.「日本魚類学会」
5.「魚類学(Ichthyology)」Mojie
6.「成長のメカニズムからサケ科魚類の生活史多型と
資源管理を考える」清水宗敬
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