極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

吾は雛なり

2017年03月24日 | 環境工学システム論

  

    

       57  柔軟無比  /  巽為風(そんいふう)  

 

                               

       ※ 「巽」(そん)はを象徴する。この卦は巽が二つ重なった形で、
        そよそよと葺きめぐる風である。風は物に遭遇すれば、柔らかく身
        をよけて吹き過ぎる。巽とは、遜(そん)のことで、へりくだる、
        譲ることでもある。風はまた、どんな隙間にでも入り込んでゆく。
        巽入ることでもある。どんな仕事にも、どんな人間関係の中にも、
        柔軟な適応性をもって入りこめる人間を表わす。しかし柔軟性は悪
        くすると無原則性に陥る危険もある。優柔不断のそしりを受けるに
        もなりかねない。進退に迷い、決断をためらうことが多いが、すぐ
        れた指導者に従って、誤りなきを心がけなければならない。     

  

一次エネルギー消費のうち、約70%は100℃~300℃の低温の熱エネルギーであり、それが
未利用のまま大気中に廃棄されている。この廃熱エネルギーを回収して有効利用する技術への関心
は非常に高く、中でも最も有望な廃熱回収技術が熱電変換技術である。熱電変換は、熱電変換材料
の両端に低温部と高温部を設けることにより、両端間に電位差が生じる効果(ゼーベック効果)を
利用して電気エネルギーを取り出す技術である。熱電変換が有望な主な理由としては、以下のもの
がある。今夜は、最新の熱電変換工学を考える。

  1. 可動部を要しないため、長寿命である。
  2. 熱エネルギーから電気エネルギーへ直接的に変換を行うため、クリーンで静か変換作業が可
    能である。
  3. 小型で軽量であるため、携帯機器用や非常用電源にも最適である。
  4. 少量の熱エネルギーでも電気エネルギーに変換することができる。 

● 200 ℃から800 ℃の熱でいつでも発電できる熱電発電装置

23日、産業技術総合研究所の研究グループが、200 ℃から800 ℃の熱でいつでも発電できる熱電
発電装置の開発に成功したことを公表。この発明のポイントは、①高温でも安定して発電する酸化
物熱電モジュールと、ヒートパイプを用いた空冷式発電装置の構成/構造であること、②800 ℃で
の耐久性と安全性と確認し、従来の2倍以上の発電出力を実現、③したがって、排熱発電により省
エネ・二酸化炭素排出量削減に貢献し、災害時の緊急電源としても使用可能であるとのこと。

排熱や自然熱など未利用熱の有効利用を目指し、さまざまな材料を用いた熱電発電の研究を行って
きたが、その一環として、これまでに800 ℃の高温、空気中でも安定で、変換効率の高いp型熱電
材料
であるカルシウム・コバルト酸化物(Ca3Co4O9)の発見や、n型熱電材料であるカルシウム・
マンガン酸化物(CaMnO3)の製造技術を開発。さらに、これらの酸化物熱電材料を用いた熱電モ
ジュールを開発し、産業排熱利用を目的に、工業炉や焼却炉の排熱で発電できる水冷式熱電発電装
置や、湯沸かしと同時に発電できる発電鍋、発電湯沸かし器を開発している。このことを踏まえ、
他の水冷式発電システムでは困難な小規模熱を利用可能にし、熱電発電の普及に繋がると考え、冷
却水を用いないポータブル空冷式装置の開発を目指めだす。従来の酸化物モジュールの低温側に放
熱フィンを取り付け、加熱温度を650 ℃とし、自然放熱で熱電発電した場合の出力は、水冷時の約
35%にまで減少(下図)。そこで今回、空冷でも高出力で発電できる熱電発電装置開発のため、①
酸化物熱電モジュールの発電出力の向上、② 高温耐久性の改善、③そして、高出力発電を可能にす
る空冷技術を今回実現する。

   

● 酸化物熱電モジュールの発電出力の向上

そこで、1つめの成果を見てみよう。下図のように、従来の酸化物熱電モジュールの発電出力を増
加させるため、熱電素子の性能向上に取り組む。セラミックスである p型のカルシウム・コバルト
化物素子は、加圧しながら焼結するホットプレス法により製造していたが、ホットプレス工程で
の組織制御を精密化する新たな技術を今回開発。この技術により、セラミックス内の結晶粒の配列
や大きさ、密度が改善、熱電素子の出力因子は最高で約2倍に向上。また、熱電モジュールの出力
を高電圧化するため、熱電素子の断面積を小さくすることで、モジュールの素子数を増やしている。
さらに、素子配列技術も改良して、モジュールの内部抵抗を20%低減。この結果、加熱温度が80
0 ℃において、新開発モジュールの発電出力は、水冷式発電装置で用いた同サイズ(基板サイズ:
3.5 cm角)の従来モジュールと比べ、2.2倍高い4.1ワット(W)を実現する。

● 高温耐久性の改善

2つめは、これまでの酸化物熱電モジュールは、800 ℃の一定温度で、1ヶ月間連続して発電して
も出力は劣化しなかったが、加熱と冷却を繰り返すサイクル試験では発電出力が最大で20%減少
――加熱・冷却サイクル中に、n型熱電素子に発生する微細なひびが入り――することがあったが、
n型熱電素子に添加物を加えることでひび発生抑制に成功―――このn型熱電素子を用いた熱電モジ
ュールでは、高温側の加熱温度が600 ℃と100 ℃の間で、加熱・冷却サイクルを200回以上繰り返し
発電出力劣化は見られなかった。  

● 高出力発電を可能にする空冷技術

3つめは、空冷式は水冷式よりもモジュールの高温側と低温側の温度差が小さくなるため、発電出
力が低くなる。そこで、空冷でも水冷並みに効率良く冷却するために、作動液体の蒸発潜熱を利用
するヒートパイプを用いた。作動液体の蒸発により、熱電モジュールを効率良く冷却できる。ヒー
トパイプ、放熱フィン、空冷ファンで冷却用ラジエーターを構成し、熱電モジュールと組み合わせ
て、空冷式熱電発電装置を製造(下図)。空冷ファンはこの装置が発電する電力で駆動(約0.5 W
~0.8W)するため、外部の電源や、電池などは不要である。この装置は、加熱温度が500 ℃の場合、
2.3Wを出力できる。同じ熱電モジュールの水冷時の出力は、同じ条件では2.8Wとなり、水冷式の80
%の発電出力を持つ空冷式発電装置を実現する。また、この装置は加熱温度を600 ℃とすれば最高
で3ワット(W )の発電出力が得られる。


以上の成果をまとめると、この熱電発電装置を用いて、工場や焼却場の照明、遠隔での炉内温度な
どの管理等の用途が可能になり、災害時の炊き出しや暖を取るためのかまどベンチの普及が進んで
いるが、薪の燃焼による熱エネルギーを用いる非常用電源とし利用できるため、工業炉や焼却炉か
らの排熱回収用や非常用電源として、2年以内の実用化をめざす。さらに、①高性能、②耐久性、
③安全性、④コスト性に優れた新たな熱電材料と熱電モジュールを開発し、①省エネルギー、②二
酸化炭素排出量の削減、③そして新産業創出の貢献をめざすという。

※ 参考特許:特開2014-049737  n型熱電変換性能を有する金属材料 
独立行政法人産業技術総
       合研究所 2014年03月17日
※ 参考特許:特開2011-192857 熱電変換装置 富士通株式会社 2011年09月29日

                             



● 特開2017-054975  ナノ構造素子及びその製造方法、並びに熱電変換装置

これまでの熱電変換材料としてよく用いられてきた材料系としては、Bi-Te系、Pb-Te系、
Co-Sb系等がある。しかしながら、これらの材料系は、毒性元素や希少元素(レアメタル)を
含有している。そのため、①環境負荷が大きく、②低コスト化や③大量普及が困難であるという問
題がある。そこで、環境負荷が小さく、低コストで且つ高性能な熱電変換を実現することができる
信頼性の高いナノ構造素子及びその製造方法、並びに熱電変換装置が提案が以下のようされている。

  1. このナノ構造素子は、キャリア及びフォノンの伝導体と、この伝導体内に形成された複数の
    棒状構造体とを備え、棒状構造体は、フォノン散乱を目的に、長手方向がキャリア及びフォ
    ノンの伝導方向に対し傾斜し配置する。
  2. この熱電変換装置は、前記1.の複数の棒状構造体と伝導体の端部に形成された電極と、電
    極に接続した電気抵抗を備え、この伝導体の一端に低温部が、他端に高温部がそれぞれ熱的
    に接触した構成/構造をもつ。

 



【要約】

上図5のように、キャリア及びフォノンの伝導体であるシリコン11,13と、伝導体であるシリ
コン13内に形
成された複数の棒状構造体12とを備えており、棒状構造体12は、フォノンを散
乱させるものであり、長手
方向がキャリア及びフォノンの伝導方向に対して傾斜して配置されてい
ることで、環境負荷が小さく、低コ
ストで且つ高性能な熱電変換を実現することができる、信頼性
の高いナノ構造素子及びその製造方法、並
びに熱電変換装置が提案されている。

【実施形態】(上図ダブクリ参照)

この実施形態では、ナノ構造素子を開示し、その構成について製造方法と共に説明する。
図1~図3は、第1の実施形態によるナノ構造素子の製造方法を工程順に示す模式図であり、図1
~図2が断面図、図3が平面図をそれぞれ示す。

先ず、図1(a)に示すように、シリコン基板11上にシリコン酸化層(SiO2層)21を形成
する。詳細には、基板としてシリコン基板11を用意し、その表面にCVD法等によりシリコン酸
化層21を堆積する。シリコン酸化層21の代わりに、SiC層、SiN層等を形成するようにし
ても良い。

続いて、図1(b)に示すように、棒状構造体12を形成する。
詳細には、先ずシリコン酸化層21の表面にレジストを塗布する。レジストをフォトリソグラフィ
ーで加工して、シリコン酸化層21の棒状構造体となる部位にレジストを残し、レジストマスク
22を形成する。次に、レジストマスク22を用いて、シリコン酸化層21をドライエッチングす
る。以上により、シリコン基板11上に複数の棒状構造体12が形成される。レジストマスク22
は、アッシング処理又はウェット処理により除去される。

形成された棒状構造体12をシリコン基板11の表面の上方から見た(平面視した)様子を図3(
a)に示す。棒状構造体12は、フォノンを散乱させるものであり、その長手方向がキャリア(電
子又は正孔(ホール))及びフォノンの伝導方向(以下、単に伝導方向と言う。)に対して傾斜し
て周期的に配置されている。本実施形態では、一対の棒状構造体12が線対称に配置され、伝導方
向に沿って一周期を構成している。一周期を構成する一対の棒状構造体12は、伝導方向及び伝導
方向に直交する方向の双方について同一に配置されている。

続いて、図1(c)に示すように、棒状構造体12をシリコン結晶13で埋め込む。
詳細には、シリコン基板11上に棒状構造体12を覆うように、シリコン結晶13をエピタキシャ
ル成長させる。これにより、シリコン基板11及びシリコン結晶13のシリコンがキャリア及びフ
ォノンの伝導体となり、当該シリコン内にシリコン結晶13が埋め込まれた形とされる。
続いて、図2(a)に示すように、キャリア及びフォノンの伝導体内に棒状構造体12を備えた複
数のシリコン層を積層する。
詳細には、上記と同様に、図1(c)のシリコン結晶13上に棒状構造体12を形成し、棒状構造
体12をシリコン結晶13で埋め込む一連の工程を、所期の複数回繰り返して行う。以上により、
キャリア及びフォノンの伝導体内に棒状構造体12を備えた複数のシリコン層が積層され、ナノ構
造素子が形成される。ナノ構造素子では、積層された各シリコン層の棒状構造体12が同様に配置
される。

ナノ構造素子は、熱電変換装置や太陽電池等の変換素子に適用されるものである
そのため、図2(b)及び図3(b)に示すように、その両端部(端面)にそれぞれ所定の金属を
蒸着等により形成し、一対の電極14が形成される。以下、本実施形態のナノ構造素子を熱電変換
素子として用いる場合において、棒状構造体12の配置形態について説明する。
  熱電変換材料の性能指数Zは、以下の式で表される。

  Z=(S2σT)/κ  ・・・(1)

(1)式で、Sはゼーベック係数、σは電気伝導率、κは熱伝導率、Tは温度である。Zに温度T
を乗じて無次元化したZTが熱電変換材料の性能指標としてよく用いられる。ZTの値が大きいほ
ど、熱電変換材料として高性能となる。本実施形態では、ZTの値を大きくすべく、熱伝導率を低
下させることにより、ZTの値を向上させる手法を採る。熱伝導率κは、電子による熱伝導とフォ
ノン(格子振動)による熱伝導との和として表される。シリコン等の半導体では、フォノンによる寄
与が大きい。そこで、本実施形態のナノ構造素子では、シリコン等を伝導体の材料に用いて、フォ
ノン散乱を増大させることで熱伝導率を低下させ、ZTの値が大きい熱電変換材料を得る。

図4は、シリコンにおけるフォノンの平均自由行程に対する累積熱伝導率の関係を示す特性図であ
る。図4より、例えば、平均自由行程が100nm以上のフォノンを選択的に散乱させることがで
きれば、熱伝導率κを86%低下させることができる。そこで、例えば、平均自由行程が100n
m以上のフォノンを散乱させることが可能な棒状構造体を有するナノ構造素子を形成する。一方で、
電子や正孔等の電気伝導を担うキャリア(平均自由行程約40nm)が散乱されてしまうと、電気
伝導率σが減少し、ZTの値が小さくなってしまう。従ってナノ構造素子は、フォノンは効率よく
散乱されるが、キャリアは散乱されないように棒状構造体が配置されてなるものであることを要す
る。

図5は、棒状構造体の配置形態を模式的に示す平面図である。
棒状構造体12は、その長手方向が伝導方向(図5のX方向)に対して傾斜して周期的に配置され
ており、隣り合う一対の棒状構造体12が線対称に配置されて一周期を構成する。棒状構造体12
の幅Wは、例えば10nm程度とされる。隣り合う一対の棒状構造体12について、X方向の両端
間距離rは、上記の考察より、キャリアの平均自由行程距離(例えば40nm程度)以上でフォノ
ンの所定の平均自由行程距離、例えば100nm程度以下とされる。一対の棒状構造体12の離間
距離dxは、例えば10nm程度とされる。伝導方向に直交する方向(図5のY方向)に並ぶ一対
の棒状構造体12間の離間距離dyは、例えば10nm~20nm程度とされる。

棒状構造体12について上記の諸条件を満たすような、棒状構造体12の傾斜角度θ及び長さLは、
図6の特性曲線によって決定される(r=100nmとした場合)。なお、角度θに関しては、そ
の値が小さ過ぎても大き過ぎても、ナノ構造とすることによるフォノンの選択的な散乱効果が減少
してしまう。そのため、図5に示すようにθ=5°~45°程度の範囲とするのが好ましい。この
ようなナノ構造素子により、熱伝導率に寄与する大部分のフォノンは棒状構造体12に衝突して散
乱されるため、熱伝導率を低下さることができるその一方で、平均自由行程が短い電子や正孔等
電気伝導を担うキャリアは、棒状構造体12に衝突して散乱される確率が低いため、電気伝導率
の低下は抑制される。よって、大きなZTの値を確保することができる

以上説明したように、本実施形態によれば、低コストで且つ高性能な熱電変換等を得ることができ
る、信頼性の高いナノ構造素子が実現する。

以上、上記2つの事例をみてきた。わたし(たち)が関心を寄せるのは、①熱エネルギーから電気
エネルギーへ直接的に変換を行うため、クリーンで静か変換作業が可能であること、②少量の熱エ
ネルギーでも電気エネルギーに変換
することができる2つであり、①いかに低コストで高性能な熱
変換素子の量産製造できるシステムを実現するかと、②「RE100 倶楽部:印刷で作れる高性熱電変
換材料」(『欧州ポピュリズム考』 2017.03.15)で掲載したしたように、雪のエネルギーを利用し
除雪(融雪)システムを早期に実現することである。
 

 

    
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅰ部』  

     4.遠くから見ればおおかたのものごとは美しく見える

  五月も末に近いある晴れた朝、それまで雨田画伯が使用していたスタジオに自分の画材一式を
 運び込み、久しぷりにまっさらなキャンバスに向かった(スタジオには画伯の使っていた画材は
 何ひとつ残されていなかった。たぶん政彦がまとめてどこかに片付けたのだろう)。スタジオは
 五メートル四方ほどの大きさの真四角な部屋で、床は板張り、周りの壁は白く塗られていた。床
 は剥き出しで、敷物はただの一枚も敷かれていない。北に向けて大きな窓がひとつ開いて、簡素
 な白いカーテンがかかっていた。東向きの窓は小さく、カーテンもかかっていなかった。例によ
 って壁には何も飾られていない。絵の真を洗い落とすための陶製の大きなシンクが部屋の隅にあ
 った。ずいぶん長いあいだ使われてきたのだろう、その表面にはありとあらゆる色が混じり合っ
 て染みついていた。シンクの横には旧式の石油ストーブが置かれ、天井には大きな扇風機がひと
 つついていた。作業用テーブルがあり、丸い木製スツールが一脚あった。つくりつけの棚の上に
 はコンパクトなステレオ装置がセットされ、絵を描きながらオペラのレコードが聴けるようにな
 っていた。窓から入ってくる風には新鮮な樹木の匂いがした。それは紛れもなく、画家が集中し
 け意欲が溢れているにせよ、胸の奥で何か疼いているにせよ、ものごとには具体的な始まりが必
 
要なのだ。

  "Quando m'en vo' soletta" (La Bohème) - Puccini

  私は朝早く起きると(私はだいたいいつも六時前に起きる)、まず台所でコーヒーをつくり、

 それからマグカップを手にスタジオに入って、キャンバスの前のスツールに座った。そして気持
 ちを集中した。心の中の響きに耳を澄ませ、そこにあるはずの何かの像を見出そうとした。そし
 ていつも空しく敗退することになった。私は集中をしばらく試みてから、あきらめてスタジオの
 床に腰を下ろし、壁にもたれてプッチーニのオペラを聴いた(なぜかその時期、私はプッチーニ
 ばかり聴いていた)。『トゥーランドット』や『ラ・ボエーム』。そして気怠く回転する天井の
 扇
風機を見上げながら、アイデアだかモチーフだか、そんなものがやってくるのを待ち受けた。

   GIACOMO PUCCINI Turandot

  でも何ひとつやってこなかった。初夏の太陽が中空に向けて緩慢に移勤していくだけだった。
  いったい何かいけないのだろう? あまりに長い歳月、生活のために肖像画を描き続けたから
 かもしれない。そのせいで私の中にあった自然な直観が弱められてしまったのかもしれない。海
 岸の砂が波に徐々にさらわれていくみたいに。とにかく、どこかで流れが間違った方向に違んで
 しまったのだ。時間をかける必要がある、と私は思った。ここはひとつ我慢強くならなくてはな

 らない。時間を私の側につけなくてはならない。そうすればきっとまた、正しい流れをつかむこ
 とができるはずだ。その水路は必ず私のもとに戻ってくるはずだ。しかし正直なところ、それほ
 ど確信は持てなかった。
  私が人妻たちと関係を持つようになったのも、そんな時期のことだった。私はたぶん精神的な
 突破口のようなものを求めていたのだと思う。今陥っているその停滞から、なんとしても抜け出
 したかったし、そのためには自らに刺激を与え(どんな刺激でもいい)、精神に揺さぶりをかけ
 ることが必要だった。また私はひとりぼっちでいることに疲れ始めていた。そしてもう長いあい
 だ女性を抱いていなかった。

  今にして思えば、ずいぶん不思議な流れ方をする日々だった。私は朝早く目覚め、白い壁に囲
 まれたその正方形のスタジオに入り、真っ白なキャンバスを前にし、何ひとつアイデアらしきも
 のを得られないまま、床に座ってプッチーニを聴くことになった。創作という領域において、私
 はほとんど純粋な無と向き合っていたわけだ。オペラの創作に行き詰まっていた時期に、クロー
 ド・ドビュッシーは「私は日々ただ無(リアン)を制作し続けていた」とどこかに書いていてい
 たが、その夏の私もまた同じように、来る日も来る日も「無の制作」に携わっていた。あるいは
 そのリアンと日々向き合うことに私はけっこう馴染んでいったかもしれない――親しくなったと
 までは言わないにしても。

 Debussy: Pelléas et Mélisande 

  そして週に二回ほど、午後になると彼女(二人目の人妻)が赤いミニに乗ってやってきた。私
 たちはすぐにベッドに入って抱き合った。そして昼下がりの時間、お互いの肉体を心ゆくまでか
 さばった。それが生み出すものはもちろん無ではなかった。そこには間違いなく現実の肉体が実
 在した。隅々までを実際に手で触ることができたし、唇を這わせることもできた。そのようにし
 て私は意識のスイッチを切り替えるみたいに、漠然としてつかみどころのないリアンと生々しい
 までの実在とのあいだを行き来することになった。夫は彼女の身体をもう二年近く抱いていない


 ということだった。彼女より十歳年上だし、仕事が忙しいし、帰宅の時刻も遅い。彼女がいろん
 な風に誘っても、そういう気にはなれないようだった。

 「どうしてかな。こんなに素敵な身体なのに」と私は言った。
  彼女は小さく肩をすくめた。「結婚して十五年以上になるし、子供も二人いるし、私はもう新
 鮮じゃなくなってしまったのよ」
 「ぼくにはとても新鮮に見えるけど」
 「ありがとう。そう言われると、なんだかリサイクルでもされているような気がしてくるけど」
 「資源の再生利用?」
 「そういうこと」
 「とても大切な資源だよ」と私は言った。「社会の彼にも立つ」
  彼女はくすくす笑った。「正しく間違えずに仕分けさえすればね」
  そして我々は少し時間を置いてから、もうコ皮資源の入り組んだ仕分けに意欲的にとりかかっ
 た。

  正直なところ、私は彼女という人間にもともと興味を惹かれていたわけではない。そういう意
 味では彼女は、私がこれまでに交際してきた女性だちとは色合いを異にしていたと思う。私と彼
 女とのあいだには共通する話題はあまり存在しなかった。現在生活している環境にも、これまで
 生きてきた経歴にも、お互い重なり合う部分はほとんどなかった。私はもともと口数の少ない方
 だから、二人でいると主に彼女が話をした。彼女は自分の個人的な話をし、私はそれに対して相
 づちを打つた。

  いちおう感想らしきものを述べたが、それは正確には会話とは呼びがたいものだった。
  そういうのは私にとってまったく初めての体験だった。ほかの女性たちに関して言えば、私は
 だいたいにおいて相手にまず人間的な興味を持ち、そのあとでそれに付随するように肉体関係を
 持つことになる。それがパターンだった。でも彼女の場合はそうではなかった。まず最初に肉体
 があった。しかしそれはそれでなかなか悪くないものだった。私は彼女と会っているあいだ、純
 粋にその行為を楽しんだと思う。彼女もやはり同じようにその行為を楽しんでいたと思う。私の
 腕の中で彼女は何度も絶頂を迎えたし、私も何度も彼女の中で射精した。

  結婚してから、夫以外の男性と寝るのはこれが初めてだと彼女は言った。それはたぶん嘘では
 ないだろう。そして私も、結婚してから妻以外の女性と寝るのは初めての経験だった(いや、一
 度だけ例外的に一人の女とベッドを共にしたことがある。でもそれは私が望んだことではなかっ
 た。その事情についてはもっとあとで語ることになる)。

 「でも同年代の友だちは、みんな奥さんだけど、だいたい浮気しているみたい」と彼女は言った。
 「そういう話をよく聞かされた」
 「リサイクル」と私は言った。
 「自分もその一人になるとは思わなかったけど」

  私は天井を見上げ、ユズのことを考えた。彼女もどこかでほかの誰かと、これと同じことをし
 ていたのだろうか?

                                     この項つづく



● 吾は雛なり

テレビでは森友問題で賑やかなことです。彼女も興味があるのか、いろいろ話してくれますが、い
つも一方的で、たまに、長く応じると話は彼女の方か遮断するのでそれはそれで問題ないのですが
はじめは、<保守反動派>
の内輪もめかと思っていたが、籠池泰典氏に対する証人喚問証がはじまり、
人格障害症とうか自己顕示欲の強い(ある種のサイコパス、虚言癖)、思いこみの強いことが気に
なってくる。今後どのように展開するわからないが(最悪のことも想定しておく必要がある)、齟
齬(誤謬)の合成(?)で終わる可能性もあるかもしれない。茶番に終わり、森友学園が自然消滅
する可能性が強い(願望も含め)と思う。話はそのことではない。齢を重ねても不思議と、好奇心
は衰えず、諦観すべきところ、未だ、俗世に没し彷徨う感強しく「吾は雛なり」と思い定むるとこ
ろあり。

                                        

  

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