ノエルのブログ

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幽霊塔

2017-02-23 19:47:07 | 本のレビュー

幽霊塔」 江戸川乱歩 著。 岩波書店。

あの岩波書店、それも児童書のコーナーから、江戸川乱歩の本が出ているなんて……この取り合わせが不思議。
正統派の、良識的な出版社と、エロ・グロ的描写もしばしば現れる、乱歩の夢幻世界――このミスマッチが、面白くないはずがない!

おまけに、表紙の絵と作品紹介は、何と宮崎駿――私にとっては、こたえられない組み合わせなのであります。

といっても、江戸川乱歩の本は、全巻読んでいるから、この「幽霊塔」も内容は、よ~く知っています。それでも、とても面白い怪奇小説(この場合、探偵小説というより、怪奇といった方がいい)なのに変わりないし、乱歩本の中でも、ベスト5に入る傑作なのは、間違いなし。

――九州は、長崎近くにある、江戸時代の豪商が作った時計塔――実は、その奥には不気味な迷路があり、豪商も自身の財宝を隠した後、その迷路に姿を消してしまった。何十年もたった後、お鉄婆さんという強欲な老婆が、養女を屋敷に棲みついたが、彼女もむごたらしい死体となって発見された。
犯人は、婆さんの養女のぎん子(それにしても、この名前は…ねえ。素晴らしい美女だというのに、ずいぶんな感じ)とされ、彼女は逮捕されるが、獄中で病死したという。
不吉ないわくがついた屋敷……こんなもの、普通なら誰も買い取りたがらないでしょう?

しかし、そんな屋敷を買った物好きな判事がいて、その甥にあたる青年は、本編の主人公というわけ。

彼が、荒れ果てた屋敷で出会ったのは、凄絶とさえ言える美貌を持った若い女性だった。彼女は、時計塔の地図がある場所を彼に示し、宝の存在をそれとなく示唆する。
不思議なのは、彼女(秋子さんという、女流作家でもある、才色兼備の女性)の顔が、何だかお面をかぶっているようで、生きた人間と思われないようなところがあるところ。おまけに、手にはいつも灰色の手袋をしていて、食事中も決して手首を見せようとしないのだ。

片田舎の、西洋館の屋敷と謎を秘めた時計塔。妖しい美女――これだけでも、ゾクゾクとするほど魅惑的で、現代のドライな小説にはない「物語」の濃密な香りが感じられるはず。
作中には、「養虫園」という気味の悪い家も登場する。黒い蜘蛛を無数に飼って、それで生活しているというなんて、さすがの乱歩ワールド……ちょっと辟易しますけど。

秋子さんの顔がなぜ、お面のように見えることもあるのか? そして、彼女がぎん子の墓に参っていたのは?  「養虫園」で見た、女性の監獄用の服は何なのか?
こうした謎が、古風な怪異譚の仕立てで、少しずつ明らかにされる時のスリルはこたえられません!

宮崎駿も、「今から60年以上も前の子供時代、貸本屋で見つけた『幽霊塔』の面白さ・怖さは今も忘れられない」と書いていて、この本に関するエピソードを漫画で紹介してくれています。それによると、この「幽霊塔」は実は乱歩の書いた本ではないのですね。 黒岩涙香という人が翻訳したものを、さらに乱歩流に書き直しただけのものなんだそう。

それにしても、「岩窟王」も勝手に翻訳して、和風ベースで新聞に発表した黒岩涙香氏。当時は、翻訳権や著作権なんて、あってなきがごときものだったのかな?
今だったら、大問題になってたはず(カリグラフィーで、何かの英文を使う時も、著者・翻訳者が亡くなって、50年以上立たないと、使ってはいけないと言われてびっくりしました。個人的な趣味の範囲のものでも、そうなんですね。今は、権利問題がちょっとうるさいくらい?)。

そんな訳で「幽霊塔」も江戸川乱歩作として、世に出ています。宮崎氏の言うところによると、原作は百年以上も前に発表されたアリス・M・ウィリアムスンの「灰色の女」なのだそう。本国イギリスでは、とうに忘れられた作家とその作品であります。

う~ん。今日本でも手に入るらしいので、ぜひこの「灰色の女」を読んでみたいのであります。19世紀はイギリスの花咲けるゴシック・ロマン。こんなの、大好き!
そして、「灰色の女」のさらにイメージソースとも言える作品があって、それはウィルキー・コリンズの「白衣の女」。
名前だけは知っていたけれど、まだ読んだことがなかった……ああ、これも読みたい。 怪奇小説は、永遠のものですね。

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