ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

ヒトラー 最後の12日間

2021-09-14 06:24:40 | 映画のレビュー

ノエルをシャンプー&カットに送り出して(朝の九時半に連れていったら、夕方四時半に車で迎えにいけばいいだけなので)、昼から久々に、NHK衛星放送の映画を観る。(2004年製作)

興味のある題材の映画だったから。「ヒトラー 最後の12日間」というヒトラーが、地下塹壕で最期を遂げ、残されたナチ党員達がどのようにして降伏に至ったかまでを克明に描いている。

   

ドキュメンタリー映画かと思ってしまうほど、臨場感たっぷりの映画なのだが、その功績は、主演のヒトラーを演ずるブルーノ・ガンツのそっくりぶりにあげられるべきだろう。 何せ、肖像や白黒映像で何度も観たことのあるヒトラーそのもので、「本物か?」と思ってしまうほどなのである。  映画化の土台となったのは、ヒトラーの秘書だった若い女性の書いた本なのだが、確か日本でも翻訳された時、評判を呼んだはず。その時、読みたいなと思いながら、例によって「思った」だけですませてしまった私。 

この映画を観ながら、そのことを後悔してしまった。今からでも読んでみたい。

  

これが、その若き秘書を演じたアレクサンドラ・マリア・ララ。地下壕・ナチの最後という陰隠滅滅たる世界にあって、可憐に咲き誇る薔薇のごとき美しい女性。

映画は、若い彼女の視点を通して、あるいはナチ高官たちの思惑や疑心暗鬼を詳細に描写しながら進む。緊迫の十数日間を通して、ナチの末路がどんな風であったのかが、現代の私たちにも手に取るようにわかる。

ただ、この映画を観て印象的だったのは、(ストーリーとはまったく関係ないことなのだけど)ナチの軍服の美しさ。ローデンコートを思わせる美しいモスグリーン色の軍服に、鷲の紋章、赤いカラーに金のアカンサス模様などが美々しく映えている。 一人の将校に至っては、軍帽に銀の髑髏☠の飾りをつけているほど。 彼らが乗っているのは、磨き抜かれた黒のダイムラーベンツ。 終盤になって攻め寄せてくるソ連兵のあか抜けない軍服とは、皮肉なまでの対照である。

ここで私は思い出したのだけれど、ヒトラーが政治家・独裁者への道を進むことになったターニングポイントは、彼が美術大学の入学試験に失敗したということにあったはずだ。 もともとは画家志望だったヒトラー。美術家崩れだったからこそ、こんな美意識(たとえ、歪んだものであったにもせよ)を張り巡らした軍服や規律を作り上げたのかもしれない。

もし、ウィーンの美術大学が、青年ヒトラーの入学試験に「合格」の判を押したなら、凄まじいホロコーストも、ナチ帝国も出現することはなかったのかも――運命は、小さな偶然が、暗い終末へと導くこともある。

そして、頭に血をのぼらせ、口角泡を飛ばして、部下たちを怒鳴りつけるヒトラー……まるで、狂人そのものの形相で、「よく、こんな人についていったな」と思ってしまったのだけれど、戦線をいったん離れる、私生活に戻ると、「優しいヒトラーおじさん」になってしまったりする。このアンビヴァレンツ。 

ただ、ヒトラーという人は、潮時というものを心得ていたと思う。絶体絶命だと悟った時、恋人のエブァ・ブラウンと共に死を選ぶ。自分の死体が連合軍のさらし者にされることのないように、ガソリンをまいて燃やし、跡形もとどめないようにせよ、と部下に命じる。

中東の独裁者で、死を恐れ、逃げ惑った人物や、サリン事件の首謀者とはまるで違う。 歪んだ美意識が、彼なりにあったのかもしれない。

 

 

     

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