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一宮友歩会・第96回ウォーク例会 史跡巡りシリーズ・三重編Part4  長島町を歩く

2023-06-03 23:14:00 | 一宮友歩会

一宮友歩会の第96回ウォーク例会です。
史跡巡りシリーズ・三重編Part4 で今回は桑名市長島町を歩くものでした。
初夏の時期、周囲を堤防に囲まれた長島町を歩きました。
特に、今回の目玉が船頭平閘門です。木曽川と長良川でリンクしている船頭平閘門。木曾川の水面が高く長良川の水面が低い。両河川を結び付けている訳だが、水面の高さを調整する機能を持っている。日本のパナマ運河と呼ばれている船頭平閘門。NPO法人木曽川文化協会の4人の人が解説してくて勉強になりました。

近鉄長島駅 — 豊受大神社 — 八劔神社 — 長島北部小学校 — 信行寺 — 楠神社 — 
輪中の郷 — 輪中ドーム — 船頭平河川公園 — 仁了寺 — 阿弥陀寺 — 源盛寺 — 
八幡社 — 長島駅



今回のコース地図です。
r596map.pdf (ssl-lolipop.jp)




集合場所の近鉄長島駅です。
出発式を終えて出発するところです。
大阪に向かうのでしよう。
特急火の鳥が走って行きました。


豊受大神社

豊受大神社へ来ました。
この豊受大神社。
伊勢神宮の外宮です。
伊勢湾台風の潮位を示すポールが見えます。
町内の至る所に水位標が立っていて、伊勢湾台風時の水位と現在の海面水位が示されています。




歩いていて目にしたのが畑のズッキーニです。



前方の高架。
東名阪です。



アジサイの色が濃くなってきました。



実っている枇杷。
このように収穫の時期を迎えた枇杷。
長島町を歩いていて何箇所も見ました。


長島北部小学校

長島北部小学校の水位標識です。
歩いていて同じような水位標識を何箇所も見かけました。


楠神社

楠神社へ来ました。



境内に有ったシベリア出兵の石碑です。
表には大正○○西伯利亜事變紀念と彫られています。
裏面には勲七等伊藤○○とか勲八等伊藤○○と彫られています。
この地区に伊藤姓が多いのだろうか。
また、ここに刻まれた人の名。
戦死した人なのでしょうか。



楠神社の中に入りました。
宮司が来ていまして、床几が並べて有りました。
そして、宮司が色々とお話下さいました。



楠神社の境内です。
楠の大木があります。


今回、私はアンカーを務め、末尾を歩いていました。
楠神社を後にするとき、宮司が鳥居の所まで来て私たちを見送って貰いました。
丁寧な応対でした。
このような対応。
会長に報告しておきました。


輪中の郷

輪中の郷に寄りました。



船頭平河川公園

船頭平公園へ来ました。
船頭平河川公園の案内図です。



船頭平公園へ来ました。



前方は船頭平閘門です。



「NPO法人木曽川文化協会」の4人の方の出迎えを受けました。
そして、説明を受けるよう4列に並び4班に分かれました。



船頭平閘門の解説です。



4班に分かれ、説明を聞きながら閘門の動きを眺めました。
説明の途中、水門扉が開き、水の出入りを見ました。
手前側が木曾川側で、奥の方が長良川側です。
木曽川の水面が高く長良川の水面が低い状態です。
水面の高さを調節して舟を航行させます。



閘門室の水位を上げています。
木曾川側から水を流し込みます。
水は全日は雨でして濁った水となっています。
濁水が流れて行きます。
違う色の水で、流れていくのが分かりました。



閘門室が木曾川と同じ水位になりました。



開いた閘門です。
閘門室の水位が木曾川と同じになりました。



木曾川側の閘門を閉じて長良川と同じ水位にします。
水位の低下で石垣が現れました。



閘門室の水位が長良川と同じになりました。
長良川側の閘門を開きました。




NPO法人木曽川文化協会の人が解説してくれました。



船頭平閘門の解説です。



明治の頃の閘門の扉。
イギリスから鉄板を輸入して校門の扉に仕上げました。






テントの中の展示室です。
旧閘門の扉が保存されています。




閘門の開閉は人力で行っていました。
ハンドルを回すとギヤが回り扉が開閉する仕組みになっています。



閘門の全景。
この閘門が作られたのは木曾川を流れて来た筏が桑名へ向かうために作られました。
閘門を通過する筏が映っています。



船頭平河川公園を出発します。


仁了寺

仁了寺に寄りました。
ここではM氏から、長島一向一揆についての説明を受けました。
この仁了寺もその時消失しています。



仁了寺では本殿に上がらさせて貰いました。
そして、秀吉の朝鮮出兵の軍船の梯子と思われる材木に着いて記した新聞記事を拝見しました。
寺を去る際には、お庫裡さんの見送りを受けました。





長良川左岸の堤防下を歩きます。



長島駅の近くまで歩いて来ました。
畑の麦。
色が変わり刈入れの時期を迎えています。



最後に
今回は船頭平閘門を見学することが出来ました。
説明によると流れて来た筏が桑名に向かうために設けられたのだそうです。
木曽谷は尾張藩の御領林でした。上流から流された檜を八百津で筏にして流し木場に向っていました。一方、飛騨は天領でして飛騨川を流していました。川辺で筏に組み流していたのでしょう。そして筏が桑名の市場へ向かう。そういう背景が有ったのでしょう。
今日は船頭平閘門を可動させて貰えて参考になりました。

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