Kオジサンの新・山歩きの記


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岳友 タンネの会 忘年会

2016-12-16 23:57:35 | 岳友 タンネの会

今夜、岳友タンネの会の忘年会が有りました。
岳友タンネの会に今年、夏に入れて貰いました。
その、タンネの会の忘年会が有り、参加しました。
今年1年。タンネ回で登って来た山は全部で32山でした。1山記入漏れがあって、33山となるようです。夏頃に加えて貰い、私が参加したのは3山だけでした。



会場は各務原市鵜沼各務原町の「ちとせ」でした。




ここが入口です。
家紋が橘のようです。





忘年会が定刻に始まりました。
会長の挨拶です。




メイン。
そして、エビとアジのフライ。その右側は魚のホイール焼でした。



一人鍋と茶碗蒸し。






最後は味噌汁。それに寿司。
そしてデザートです。



宴が進むにつれて、席が乱れて行き、山の話で盛り上がりました。

今年、途中から加入して、初めて忘年会に参加しました。
この日、始めて顔を合わせたような人も居ました。
それだけ私が参加していないと言うことですネ。
だんだんと、会の雰囲気が判ってきたような気がします。

昼間。別の会の忘年会が有り、そして夜の忘年会でした。
1日に2箇所はキツイものが有りました。



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尾張三山   尾張富士 (275.0m)・尾張白山(247m)・本宮山(292.9m)

2016-12-15 23:30:06 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の12月例会で犬山市と小牧市を歩き、尾張富士 ・尾張白山・本宮山に登りました。尾北の低山を登って下って、また登ると言うコースを辿りました。
尾張富士浅間神社 ----- 尾張富士山頂 ----- 明治村前 ----- 入鹿池堤下 -----

尾張白山 白山社 ----- ヒトツバタゴ自生地 ----- 本宮山山頂 ----- 大縣神社駐車場

初めの予定ではバスで向かい、尾張富士の浅間神社で下車し、大縣神社で拾って貰う計画となっていました。元々は、13日に登る予定になっていましたが、雨のため延期にしました。そのため大幅に参加者か減少して12名の参加者となってしまいました。それで、止むを得ずバスの利用を中止し、車に乗り合わせて向かいました。13日は雨でした。そして14日は低気圧が通過した後で風が強かったのです。今日は風が無く、穏やかで良い山行日和でした。

大縣神社に車をデポしてきました。大縣神社ですが、「オオガタジンジャ」と読むのだと思っていましたが、「オオアガタジンジャ」と読むのが正しかったです。それに浅間神社をず~と前は「アサマジンジャ」だと思っていました。「センゲンジンジャ」が正しいと知りましたのですが。何か、機会が無いと誤って思い込んでいた言葉は改まりません。

尾張富士では毎年8月の第1日曜日に「石挙げ祭り」が有ります。老いも若きも、石を山頂まで担ぎ上げます。その時の様子は木を神輿しのように組んで、真ん中に石が据えて有りました。子供たちには、それなりの大きさでした。そんな、石を掛け声を掛けて担ぎ上げていました。


浅間神社の駐車場から出発です。




登り始めましたが、登り始めた箇所から、もう行く道の両側に献石の碑が設けて有ります。
足元はゴロゴロと岩が露出していますが、道幅は広いです。
この道を石挙げ祭りで、石を担ぎ挙げます。




登ってきて、後ろを振り返りました。
この辺りは直線の登山コースとなっていて、麓の団地が見えます。




途中、屋根が有る、あずま屋のようなところです。
大きな鎌が献納されています。
献納された時期が明治や大正となっていますが、大鎌はどんないわれが有るのでしょう。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
今回の山行は私がリーダーを努めています。
それで、トップを歩きます。




みなさん。登って来ました。
山頂まで、もう少しです。





山頂に到着です。
立派な本殿が有ります。




山頂から見た南西の眺めです。
右は2011年3月5日に登った時のモノです。左は今日のモノで、5年と言う歳月が経ちました。名古屋駅周辺の高層ビル群。ビルの数が増えています。




山頂の三角点ですが、三角点の石柱が献石で埋もれてしまい、頭頂部が僅かに顔を出しているだけの状態になっています。
白い柱が有るから三角点の場所を確認できますが、この柱が無いと探さなくてはなりません。




献石が目に留まりました。
消防士になれるようにと、願をかけて献石しています。それも、一度だけの献石でなく、何度も何度も下から運び上げたのでしょう。




山頂から次の明治村を目指します。




裏側の登山道を下りますが、表の登山道ほど広く有りません。




下ってきて、アスファルトの道に出ました。




明治村の正門が見えます。





村の正門です。
クリスマスを控え、リースが飾って有ります。




入鹿池に向かって車道を進みます。
前方に、この後登る尾張白山が見えます。





入鹿池の堰堤下を歩きます。
先日、名東区を歩いた時、牧野ヶ池は愛知県で3番目の大きさの溜池だと聞きました。恐らく、一番大きいのがこの入鹿池なのでしょう。




神尾区に入ってきました。
おばあさんが野良仕事をしていて、みんなの視線がおばあさんに向いています。
派出所近くの信号の場所まで行って、大回りしてきましたが、神尾区の中を歩くのでして、ショートカット出来る道が有りました。




尾張白山の登山道に入りました。
杉林の中で薄暗くなっています。





白山社に到着です。
ここには、先客が2人居ました。




白山社の前でランチタイムです。
ここにはベンチが有りまして、寄せて食事の場所造りでした。
陽が当たりポカポカの陽気です。





白山社の裏側です。
入鹿池が見えますが、前に来た時より木の枝が伸びて眺望が悪くなっています。




こちらは南側の眺望です。
眼下に桃花台が見下ろせます。
左側の椀を伏せたようなのがナゴヤドームです。この画像には移っていませんが、この左に瀬戸のデジタルタワーも見えました。モヤっていますが、透明度が増すと名港トリトンの支柱が見えるかも知れません。




ランチタイムを終えて、下山にかかります。




薄暗い林の間を下山していきます。
白山社のの場所より三角点の場所の方が低いのです。
下山で、三角点には寄りませんでした。




落ち葉を踏みしめながら下りてきました。





神尾区の中まで下山して来ました。
左がこれから登る本宮山です。右は、先ほど登って来た尾張富士です。
両山を見比べても、高低が判りません。





神尾区のお墓の横を通ってきて、県道を横切り、愛知用水の横を歩きます。
このコースを歩き、ショートカットが出来ました。





ヒトツバタゴに向かっています。
先日の雨で道がぬかるんでいます。





ヒトツバタゴの自生地に来ました。





廣江先生から解説が聞けます。
ヒトツバタゴはモクセイ科の一種で、同じモクセイ科のトリネコは別名タゴと呼ばれ複葉なのに対し、ヒトツバタゴは小葉を持たない単葉であることから「一つ葉タゴ」と言う名が着いていると解説が有りました。
ヒトツバタゴ。またの名をナンジャモンジャと言います。ヒトツバタゴの言葉を何処で区切るのかと言う質問が出て、ヒトツバで区切り、タゴで発音するのだそうでした。
このように、現地で生(ナマ)の解説してもらえるのが良いところです。




落ち葉を踏みしめながら緩い坂を登って行きます。





坂道を登っていますが、初冬の弱い日差しが差しています。




木製の指示標識が何箇所かに有りました。





鳥居をくぐつて本宮山に向かいます。





石の階段を登って行きます。





本宮山山頂に到着です。
お社が有りますが、大縣神社の奥宮です。





お社の裏手に三角点が有りました。
プレートが添えて有りますが、標高が292.8となっています。国土地理院の地図では292.9となっています。



山頂の北東からは、白煙を上げる御嶽山が望めます。
今日は尾張富士や尾張白山からも見えましたが、ここからの御嶽山が一番良かったです。





下山を始めました。
途中に眺望が開けたところが有りました。
犬山市の長者町団地の方角です。
右はその画像をトリミングしたもので小高い山の上に犬山城が見えました。





指示標識で大縣神社までは200メートルとなっています。





モミジが有りますが、紅葉したモミジの残党と言う感じがします。





お疲れ様でした。
大縣神社まで下山して来ました。





境内で絵馬が下がっていました。
棟方志功だと思ったのです。近付いてみてみたら、その通りでした。
御祭神の神裔 玉比売命(たまひめのみこと)が描かれています。ヌードなのでセクシーなのですが、棟方志功の絵でユーモラスに感じさせます。



大縣神社の由来が書かれていますが、古くなり読み難くなっています。



感想
何時だったか覚えていませんが、尾張富士の近くへバスが通った時、ガイドが尾張富士と本宮山の背比べの話しをしてくれました。本宮山と尾張富士に巨大な樋を掛けて真ん中から水を流したのだそうです。流した水は低い尾張富士の方角に流れていったのです。尾張富士では、その事が起源で少しでも山の背が高くなるようにと石を上げるようになりました。
尾張富士の山頂と本宮山の山頂。どちらにもお社がありました。背比べの古事の有る場所を訪ねた。そんな気がしました。

尾張三山へ2011年3月5日に登りました。アレから5年が立ちます。尾張富士の山頂から名古屋駅の高層ビル群を眺めましたら、ビルの本数が増えていました。これからリニアの開通に向けて数が増えていく事だと思います。
ビルの数が増えた事に時代の流れを感じます。

ナンジャモンジャの自生地に寄りました。現地でナンジャモンジャの生の解説が聞けました。このように現場で解説して貰えるのも嬉しい事です。









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各務原の里山  八木三山    八木山(296m)・双子山(247m)・愛宕山(268.5m)

2016-12-14 23:07:26 | 弐水会

弐水会の12月例会に参加しました。今月は八木三山です。八木三山は各務原市の北東に位置する低山で八木山、双子山、愛宕山をまとめて呼んでいます。低山で比較的登り易く市民に親しまれている山です。
前日は雨でして、塵芥が拭い去られて綺麗な空気となり、遠方の眺望が開けました。しかし、低気圧が去った後なので風がとても強かったです。



集合場所は各務原市の各務野 自然遺産の森となっていました。
今日は、私たちはここから南に向かいますが、自然遺産の森は北側に山が聳え、スタート地点にもなっています。




各務原パークウエイを進み、多賀坂の途中から登山道に分け入ります。



左はこれから山に入るところです。
右は手作りの表示が設けて有りました。かつては、この表示が無く、何処から入って良いのか判り難かったですが、表示で登山口がハッキリと判るようになりました。




ハッキリとした登山道が続きます。




登山道。少し勾配がキツくなりました。




何年か前にこの八木山の北登山道から登った事があります。
その時は、上る人が居ないためなのでしょう。蜘蛛の巣が張っていました。
それが、今では整備されて登り易い山になっています。




眺望の良いところへ来ました。
ここて゜、一休みです。




西方の眺めです。
岐阜城のある金華山が見え、その向こうには池田山。そして、伊吹山も見えます。
伊吹山の左で雲の下は霊仙山です。



こちらは南西の方角です。
岐阜市。そしてその先に大垣市が見えます。




ピークから一旦、下ります。




途中、南西の方角が見えました。
双子山と愛宕山です。
この後、あの山の方向に進みます。




こちらは南の方角です。
大きな釈迦が寝そべるような伊木山です。
そして、その先に濃尾平野が広がります。
名古屋駅周辺の高層ビル群。ビルの数が増加しました。




前方のピーク。
あの頂が八木山です。



八木山に到着しました。
ここで少し、小休止です。




八木山山頂から東の方向を見ました。
笠置山は見えますが、恵那山は雲の中です。
鳩吹山も見え、下を木曽川が流れています。




少し休んだ後、双子山に向かいます。




縦走路となっていますが、指示標識が設置して有ります。




今日のKオジサンの後ろ姿。
双子山へ向かっています。
この辺りは緩い登りでしたが、この後、登り坂になりました。




双子山の山頂の標識が有ります。




最後の登りで、愛宕山に到着です。




愛宕山に到着しました。
ここの山頂で昼食時間です。




愛宕山は三山の一番西側に位置しており、山頂から西側の芋ケ瀬池が望めます。
葉の繁った時期なら遮られてしまいますが、枯れた枝の間から池が見下ろせます。



昼食が終わり、下山の仕度を済ませました。




これから下山にかかります。




愛宕山への登山道は登りの道と下山道が区別して有ります。
下山は下山道で降ります。





初めに登って来た道を戻りますが、進む方向に八木山が正面に見えます。




往路の時は、気づきませんでしたが、スズメバチのために通行止めとなっていましたルートです。
今の時期。スズメバチは居ないので、このルートを通過します。




大きな穴がパックリと開いていて、中に壊けた巣が有りました。
手前に木に焦点が合い、上手く写っていませんでした。






スズメバチが活発に活動する時期なら通過できないルートです。
そのようなルートでも、シッカリとした鎖が整備して有ります。





八木山山頂に戻ってきました。
石碑が有り信仰の場所となっています。




山頂から先ほどの愛宕山方面を眺めました。
愛宕山の先に岐阜飛行場の滑走路が見えます。
八木山の縦走路を歩いていて、何度もジェット機の爆音が聞こえました。
それに着陸態勢の機も見えました。




こちらは南方を眺めた所です。
この先、南側に何も遮蔽するものが無い。という事はここ、八木山が濃尾平野の北端だと言えます。




八木山の山頂で、少し休憩を取りました。
北の登山口に向かって歩き始めました。



季節はずれのモチツツジが咲いています。





落ち葉を踏みしめて歩きます。




登山道の両側にコシダが繁っています。




各務原パークウェイが見える所まで降りて来ました。




降りてきて、パークウエイを歩きます。




パークウェイを歩きます。





自然遺産の森まで戻って来ました。




自然遺産の森まで戻って来ました。


前日が雨だった事が有り、空気が澄んでいて、とても眺望の良い日でした。ただ、風が強いのには参りました。それでも、濃尾平野を眺める事が出来たのが良かったです。

写真には写りませんでしたが、三重県川越町の火力発電所の煙突が確認できました。それに長島のジェットコースターも見えたのです。カメラで写らない被写体も肉眼では視認する事が出来ました。今日は、それ程遠くが良く見えた日でした。
八木三山は、低山ながら眺望が良いのが魅力と言えるかも知れません。




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鈴鹿山地の西端の山  陣尾山(ヒヨノ)(687.4m)・杉坂山(653m)・アミダ峰(645m)・向山(670m)

2016-12-07 23:35:25 | 水曜会

水曜会で、ジオンさんから山のお誘いを受けました。久し振りに水曜会の山行に参加しました。水曜会ではマイナーな山に登ることが時々あります。今回は彦根の南東部。多賀町の山を周回するものでした。
今回のコースは、滅多に人が入らないような山で、登山道が無く、地図とコンパス、それにGPSを使用しての山行でした。連絡を受けて事前に地図を用意したりしましたが、地図とメガネを車の中に忘れ、連れて行って貰ったと言う形のものでした。
勿論、一人ではいけない山でしたし、今頃のシーズンしか行けないのではと思える山でした。連れて行って貰ったのですが、進むコースを探しながら進んでいく。珍しい形の木を発見したりしました。山遊び的な山行だったのですが、面白かったです。

 

乱丸さん提供のGPS軌跡図です。杉集落から北に進み、逆時計回りで周回しました。
杉集落 ― 向山 ―  №184鉄塔 ― アミダ峰 ― 杉峠 ―  杉坂山  ― 
鉄塔下(昼食)  ― 陣尾山山頂(ヒヨノ)  ― 杉集落





集合場所の調宮神社から見上げた山。
この後、あの山に登るのだと言うよう気分で撮影しました。




杉集落に来て、登る仕度をしています。




登る前です。
地図で、これから登るコースを確認しています。




登山口の標識も、何も無い所です。
そんな所から山に分け入ります。




入ってきて、この後、進む方向を見定めています。





この斜面を登って行きます。
直登に進むので無く、ななめに進んでいきます。




nokoさん提供の画像。
斜面を這うように必死になって登って来るKオジサン。





尾根に取り付きました。
ここに来て、甘い匂いがしました。
nokoさんがカツラの匂いだと教えてくれました。
メイプルのような甘い香りが漂っていました。




尾根を登って行きます。




珍しいものを見つけました。
ツチグリと言うのだそうです。
饅頭のような所を押すと、ホコリのようなものが飛散しました。胞子が飛ぶのだそうです。




Uの字の形をした珍しい木。
木の向こう側から、おフザケのパフォーマンスが有りましたが、画像を掲げずにおきます。




向山に来ました。
このプレートが無かったら、この場所がピークだとは判らない場所です。
向山で、鈴鹿300山と書かれています。




次に向かうコースを地図で確認しています。




自然の恵み。
ナメコを発見です。
高さ的に、取り易い高さでして、少しゲットしました。



尾根を進みます。
左は天然林で、右側は人工林です。

時々、「ドーン」と言う雷鳴のような音が聞こえます。そして、また時間を置いて「ドーン」と。
湖西、饗庭野の陸上自衛隊の野外訓練です。
何10キロも離れていますが、砲声が風に運ばれて来ます。
湖北の己高山に登った時に、砲声を耳にした事が有りますが、このような湖東まで届くのだと判りました。
どのような大砲で撃っているのだろう。
防音用の大きなヘッドフォンを付けて訓練している姿を想像します。



今日のKオジサンの後ろ姿。




展望の良い所に来ました。




展望の良いところからの眺望です。
左側が琵琶湖で、白いポール状に見えるのは、フジテックのエレベーター試験塔です。





高圧線の鉄塔の下に来ました。




鉄塔を下から見上げます。
鉄塔には№184と、番号が付して有ります。




平らな場所を進みます。
平坦なので、どの方向に向かって良いのか判り難いところです。



アミダ峰のピークです。
この辺り、大きな杉と杉の古株が散在しています。



杉の古株の下。
お地蔵サンが有りましたが、風雨で顔が削られてしまっています。それだけ古いお地蔵サンなのでしょうか。





こちらは杉の大木です。





再び、平坦な所を歩きます。




林道を歩きますが、道が薄くなり、林道に見えないような状態になってしまっています。




林道が終点となり、そこで終わっていました。
そこから下り、アスファルトの道路へ出ました。
この先に杉坂峠の御神木が有ります。




杉坂峠の御神木の由来が書かれています。
石碑には多賀神木と刻まれています。
多賀大社と関係があるのでしようか。




御神木は少し下りた場所に有ります。




杉坂から杉坂山を目指します。




急な上り坂です。

 




上りですが、少し緩やかになりました。
それでも、先の方は、また急な上りになりそうです。




左は杉坂山に着いたところです。
右は杉の木にプレートが貼られていました。




杉坂山から、わずかな時間で、高圧鉄塔の下に出ました。
展望の良い場所です。
ここで、ランチにする事となりました。




左は霊仙山。その右に鍋尻山と高室山が見えます。
右は霊仙山をズームしました。



皆さんが持ち寄った食材です。




左は食材をチョイスしたものです。右は乱丸さんのうどんです。
この他にサンドイッチが有りました。おなかが一杯になりました。




食事中の皆さん。
鉄塔の下で、風の当たらない場所で、穏やかな陽気の中。ゆったりと昼食が味わえました。




この後、向かう陣尾山山頂(ヒヨノ) です。
一旦下って、再び登らなければなりません。



ランチタイムを終え、出発です。




鉄塔下の広場から一旦下り、再び登り返します。
キツイ上りです。




後ろを振り返りました。





陣尾山(ヒヨノ)に着きました。
ここには三角点が有りますが、プレートなどの表示が一切有りません。




山頂でこの後、進むコースを確認しています。




ジオンさん提供の画像です。
ゼンマイなのかシダなのか。そのような草が繁っていますが、枯れています。
青々とした状態では歩けないかも知れません。




下山して行きます。
左は天然林。右は人工林です。
筆境なのでしょう。




珍しいO字形をした木が有りました。
木から顔を出し、パフォーマンスが有りました。




岩にビッシリと苔が繁っています。





下ってきて、薄くなった林道に出ました。




アスファルト道路に出ました。





寄って相談しています。
何を話しているのでしょう。




杉集落に戻ってきました。




杉集落に有る祠。
内部を見させて貰いましたが、綺麗に清掃されています。
杉集落は廃村のように思えましたが、誰かが時々来ては掃除をしているのでしょう。




ここは多賀町大字杉。
杉集落には5戸から6戸ほどの家屋が有りました。
家々に電線が繋がっています。
夏期だけ居住用にしているのだろうか、今は誰も居ないようにも感じました。



杉集落の駐車した場所から見上げました。
先ほど周回したときに見かけた高圧鉄塔なのか、否か判りません。
それでも、周回の時に見かけた鉄塔や昼食時の鉄塔の幹線には間違い有りません。





山で採って来たナメコ。
味噌汁にでも入れてくれたらと思って採って来ましたが、サトイモやダイコンの煮物に入れてくれました。
歯触りが良く、味も美味しかったです。
まさに天然の味だと感じました。





水曜会の仲間と一緒に山歩きが出来ました。
山の印象は前半と後半で違いました。前半の向山から杉坂峠までは、勿論、山登りのコースなのですが、平坦な場所が多く、ゆっくりと歩いたと言う感じがしました。後半は杉坂山や陣尾山に登りました。急な登りと下りの繰り返しと言う印象でした。
杉坂峠を境にして、南側と北側。何となく、雰囲気が違うように感じました。
地図とGPSを使って辿った山でした。
ルートファイティング的な要素が有り、おもしろい山でした。
水曜会のメンバーとして呼んで貰える幸せ。野山を歩ける体力を保持している自身。実は脊椎狭窄症で、時々シビレが来ます。でも、今日はみんなと一緒に歩く事が出来ました。そのような事を幸せに感じています。
今回、一緒した人。
ジオンさん。
http://www.ogaki-tv.ne.jp/~koike/index.html
乱丸・nokoさん。
http://ranmaru100.web.fc2.com/
山たまごさん。
http://www.geocities.jp/tokaigakko/
あさひさん。
http://blog.goo.ne.jp/seikiti-y
福ちゃん。
そして、Kオジサン。


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一宮友歩会・第65回ウォーク例会 史蹟巡りシリーズ・名古屋編Part8 名古屋市名東区を歩く

2016-12-03 23:11:36 | 一宮友歩会

一宮友歩会の12月例会が有りました。今回は名東区を歩くもので、スタートは地下鉄の一社駅からです。駅近くの西一社公園で出発式を行い、名東区を逆時計回りに歩きました。
名東区はその前身の猪高村が千種区に合併しましたが、名東区として分離独立した区です。かつては名古屋市東部の丘陵地だったところですが、今では住宅地に変りました。そのような土地の中でも、名所旧跡が点在しており、それらの場所を訪ねました。
名東区は新しい区です。歩いてみて、いろいろの所に自然があると実感しました。
 一社駅(スタート) ― 西一社公園(出発式)   ― 貴舩神社 ― 神蔵寺 ― 小公園 ― 植田川
 ― 神丘公園 ― デッチョ池  ― 勝野太郎左衛門碑  ― 牧野ヶ池  ― やまもも  ― 蓮教寺 
― 高牟神社 ― 明徳寺 ― 貴船神社    ― 流公園(解散式)  ― 上社駅(ゴール)  


第65回ウォーク例会の地図です。
一社駅から南に向かい牧野ヶ池 の周囲を歩いた後、上社駅に戻ると言うコースを歩きました。
http://www.geocities.jp/jk2unj/datagazou/65map.pdf



西一社公園での出発式です。
一社駅の近辺に適当な場所が無く、こちらの公園に向かって貰いました。




いよいよ、出発です。
初冬と言う時期で、近所の皆さんでしようか。
落ち葉の掃除をしていました。




最初に寄ったのが、貴舩神社です。
石段を登ります。




立派な御社があります。




次に来たのが神蔵寺です。
神蔵寺は貴舩神社のすぐ隣でした。
境内に一色城主の柴田勝重(勝家の祖父)の墓が有ります。
大人数で来ましたが喧しくしないようにします。




柴田勝重の墓碑です。
墓碑には一色城主柴田源六現勝重公之墓と書かれています。





神蔵寺近くの小公園に来ました。
神蔵寺では今日、法事が執り行われるのでした。
それで、境内で喧しくしないでと言われていまして、こちらの小公園に来たのです。
城郭研究家出歴史に詳しいM井さんの説明です。


M井さんが準備された資料です。
右側は昭和31年の1万分の1の地図です。まだ、本格的な都市開発の始まる前の時期です。中央を北から植田川が流れ、アチコチに溜池が散在しています。牧野池の堰堤も確認できます。そのような池も時代の推移に寄り、埋め立てられました。
左側は氏が昭和41年に、当地を歩いた時に撮影したものです。まだ、のどかな田園風景が残っています。そして、この後に高度成長で、野山が姿を変えていきました。
何れの城址も小高い丘の上に有ります。砦的な役目が有った事が伺えます。
上から2番目。上社城址ですが高圧線の鉄塔が写っていて地図には高圧線の線が描かれています。
上から3番目の下社城址の写真。左下にバス停が写っているのが判ります。地図から色々の事が判り、地図を読むのが面白いです。
これらの写真。撮影されてから50年が経ちますが、貴重な歴史資料となりました。



小公園を出発し、植田川の横を歩きます。




植田川に何羽もカモが飛来してきていました。
私たちの気配を感じ飛び立ちました。




川のフェンスに下げられていたプレートです。
植田川が調整池からスタートして天白川まで流れているのが判ります。






途中、目にしたツバキです。





デッチョ池 が見える所まで来ました。




デッチョ池 の横を歩きます。
樹木が初冬の光を浴びています。




神丘公園でトイレ休憩しました。
これから再び歩きます。
枯葉を踏む感触がなんとも言えません。



デッチョ池 の案内看板。
右はデッチョ池 の周囲を歩いている所です。




牧野ヶ池が見える所まできました。




池の周囲を歩きます。
この辺りは池の堰堤部分の所です。




牧野ヶ池の眺めです。
大きな池ですが、愛知県で3番目の大きさの池です。




歩いていて東山タワーが見えました。




ご夫婦が双眼鏡を使い、カモの観察をしておられます。




勝野太郎左衛門の碑が在るところに来ました。
碑は小高い場所に有り、階段を登らなくてはなりません。
フーフー言っている人が居ました。




周回コースから外れたところに展望台が有ります。
展望台が出来た頃は眺望が利いたのでしょう。今では樹木が伸びて展望がダメです。




色の散策路を歩きます。




ウオーキングコースとなっていて、何箇所も距離を表示するプレートが設けて有りました。




野鳥を観察する人が居ました。
望遠レンズのカメラで撮影していました。
下見でここに来た時、カメラを持った人が何人か居ました。その時はカワセミでも居るのだろうかと思いました。




牧野ヶ池の東側。
遊具が有り、小公園のようななった場所です。
ここでランチタイムです。




牧野ヶ池景勝地の立て札。
今は、池を望む事が出来ますが、下見の時は木が繁り、全然池が見えませんでした。




ランチタイムを追え歩き始めました。
紅葉の終りの時期で落ち葉が一杯落ちています。




コースの途中に名東区史跡散策路の表示板が設置して有りました。




街の中を歩きます。
イチヨウの葉が落ちて居ます。




ヤマモモへ来ました。
300年ほどの古樹のようです。





蓮教寺の前に来ました。
ここへ来て、ハプニングと言うとオーバーですが、Tさんからこの近くに浅田真央さんの自宅があるという事を教えて貰いました。
それで、向かいました。




こちらが浅田真央さんのお宅です。
お宅の前まで来ましたが、この事は予定していたコースには無かった事です。



正規の予定コースに戻りました。
蓮教寺の階段を登ります。




蓮教寺の由緒。
牧野ヶ池の景勝地の立てに書かれていましたし、この説明でも尾張名所図会の触れています。



風媒社発行の「尾張名所図会」絵解き散歩から引用しました。
この本の中で牧野ヶ池を紹介しています。それにここ蓮教寺が載っています。当時はこの寺から牧野ヶ池が見えたのでしょう。






高牟神社へ来ました。




高牟神社に入ります。




高牟神社について説明するTさんです。
かつて、高牟神社はこの辺りの武器蔵になっていたとか、解説をされました。




皇帝ダリア。
花の少ない今の時期ですから、目立ちます。




前方に明徳寺が見えます。




明徳寺に来ました。
またまた、階段を登らなくてはなりません。
階段を登りたくない人が居て、ここで待っていると言っていた人が居ましたが、結局は階段を登ってきました。




明徳寺には柴田勝家の出生地の立て札と石碑が有ります。




本堂左の十王堂には、市指定民俗文化財の木造の十王像があります。




十王堂の中を覗います。




内部の十王像です。
十王とは地獄に置いて亡者の審判を行う10尊と有ります。閻魔は有名ですが、それ以外は知られていません。




明徳寺は下社城址でも有ります。




明徳寺の南東の眺望です。
今は家屋が一杯建っていますが、戦国時代は畑か原野だったのでしょう。城と言う砦みたいなものだったのでしょう。高台ですから、敵が攻撃して来ると良く判ります。




貴船神社へ向かっています。




貴船神社の階段を登ります。




貴船神社の由来。そして貴船神社についてY井さんの説明です。




上社城址方面を説明するM井さん。
かつては、この先の丘陵地に城址が有りましたが、今の姿からは想像できません。



流公園まで来ました。



流公園に来て解散式です。
その前に、整理体操。歩くのに使った筋肉を解します。

感想
今回、11キロ余りを歩きました。12月としては暖かく穏やかな陽気の中を歩く事が出来ました。
一宮友歩会には、豊富なブレインが控えています。ただ、単に歩くのでなく、その地の歴史や民俗関係などを解説して貰えます。下見に歩いた時、この辺りに柴田姓が多いと思いました。下社城が柴田勝家の城だったと言うことを知ったりするのも面白いです。
牧野ヶ池の周りを歩きました。
ウオーキングをする人や野鳥観察をする人を見かけました。名古屋市には自然が豊富だと実感しました。



一緒に歩いた人のホームページです。

http://terasan.dousetsu.com/uho.html
http://www.geocities.jp/jk2unj/nagoyap8.htm

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