Kオジサンの新・山歩きの記


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御在所からの県境尾根歩き  国見岳 (1,175.m)  青 岳 (1,102.1m)

2017-05-11 23:03:54 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の5月例会で鈴鹿の国見岳と青岳に登りました。今回は私、Kオジサンがリーダーを務めました。ロープウェイで御在所岳に上がり、県境尾根を横にスライドして行く楽チン登山だと思っていました。しかし、県境尾根を歩きましたが、アップダウンが有り、思っていたほど楽なコースでは有りませんでした。尾根のコースをたどって、途中に国見岳と青岳に寄って来ました。

御在所辺りはまだ、新芽も出ていない状態でした。根の平峠まで来ると新しい芽が顔を出し始めていました。そして朝明渓谷駐車場まで降りてくると完全な新緑と成りました。途中アカヤシオやシロヤシオ。色々の花々を目にする事が出来ました。
バスに先回りして貰い、朝明渓谷の駐車場で待機して貰いました。
コース的には県境を縦走し、根の平峠または中峠、あるいは羽鳥峰峠と、皆さんの体調に寄って下山する峠を決めようと思っていました。結果的には時間から、一番手前の根の平峠で降りる決断をしました。どの峠から下山するか判断しまして、このように行動が出来たのもバスで行った山行の利点です。

 カメラの画像が表示した時刻にコース時間です。
湯の山温泉駅(9:04)  ― 山上公園駅(9:22~9:43)  ― 国見峠(10:06~10:12)  ― 
国見尾根分岐(10:53) ― 国見岳(10:57~11:05)  ― 青岳(11:40)  ― きのこ岩(11:50)
 ― 根の平峠(12:54~13:30)  ― 朝明渓谷駐車場(15:02)
 

 
ロープウェイの湯の山温泉駅です。
バスから降りて準備をします。




山麓駅。
これからゴンドラに乗ります。





ゴンドラに乗り込んで、山頂駅に向かいます。




ゆっくりと上昇していくゴンドラ。
眼下に新緑の御在所が見えます。
高度が上昇すると新葉でなく、新芽に変りました。
一緒に乗っていた人が、下にニホンカモシカが見えると言っていました。
瞬間的なモノで、私は見れませんでした。




上の方まで上がってきました。




キレットが見えます。
あのキレット。先日通過しました。




山上公園駅から外へ出ました。
これからの山歩きに備え、準備運動です。




国見岳方面です。
この後、歩く方角です。




石段を降りて来ました。
ここからがスタートです。
高度が高いので、まだ芽が出ていません。




歩き始めて。
反対側から男性たちが歩いてきました。
頭上にはアカヤシオの花がバラバラと見えます。




こんなふうに咲いているアカヤシオも見えました。




濡れた足元。
慎重に進みます。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
前方は国見峠です。




国見峠まで下りてきました。




国見峠から国見岳に向かっています。
下って、今度は登りになりました。
この辺り。
まだ、新芽が少ししか出ていません。




下ってきて御在所だけを見上げました。
アノ場所から来ました。




足場の悪い場所の登りです。
先がつかえていて、立ち止まります。




右へ進むと国見尾根です。
ここで、思わぬ人と出合いました。
Dさんです。
久し振りに遇いました。

ここまで来て、進む方向が判らなくなってしまいました。
道に迷ったのです。
バックして進む方向を見つけ、脱しました。
原因は遮断してあったコースに入ってしまったことです。遮断してあっても、先に進む道が付いていました。結果的には、このような行為は避けるべきでした。




国見岳の標識です。
山頂がこの標識から東に、少しズレたところです。





国見岳山頂は大きな岩が有る場所でした。
国見岳の山頂からの眺望です。
余り眺望は良く有りません。
四日市方面が見えます。
小さな白い点。四日市ドームだと思います。




国見岳から下山して行きます。
左側の道が本来の道ですが、荒れた道になっています。
その道を避け、横に出来た道で降っています。




すぐ近くでアカヤシオが見れました。




国見岳だけから下山して来て、国見岳方面を見上げました。
ここまで下山して来て、新芽をチラホラと確認できるようになりました。



膨らんだ新芽。
一雨、降ったりしたら一斉に開く事でしょう。
薄っすらと山の線が見えますが、多度山の方向です。




スミレとスミレ。
キノコ岩へ私は寄りませんでしたが、後ろの方の人たちは、向かいました。
待っていたときに撮影しました。
寄るつもりが無かったのですが、こんな事なら寄れば良かったです。




ハルリンドウがビッシリと群生しています。
こんなに沢山のハルリンドウが群生しているのを見たのは、覚えが有りません。
このような群生状態がアチコチに有ったのです。




ここでも、本来の道を避けて歩きます。




廣江先生が葉について、説明しています。




根の平峠まで下山して来ました。
ここまで来ると、新芽の顔出しが一層進んで居ます。
この峠で遅い昼食時間を取りました。




根の平峠から下山開始です。




下山途中。
イワカガミが固まって咲いているのを見かけました。




下山途中。
シロヤシオを見かけました。
シロヤシオを見上げています。




堰堤ダムの前を横切ります。




伊勢谷小屋近くの橋まで下りてきました。





朝明渓谷駐車場に設置してある鈴鹿の地図です。
ロープウェイを使い、御在所から国見岳青岳と歩き、根の平峠から下ってきました。




駐車場でバスが待っていてくれます。


感想
高い場所はまだ、冬の状態でした。下山して来て高度が下がってくると徐々に新芽を見かけだしました。根の平峠まで来ると、新芽がグッと多くなりました。まるで冬の季節から春の季節へ歩いて来たような感じがしました。このような状態のところを歩けたのはラッキーでした。
それに、アカヤシオとシロヤシオを同時に眺める事が出来ました。ハルリンドウの群生。イワウチワの塊。日、一日と春度合いが増している状態でした。
ロープウェイで登る楽チン登山と思っていましたが、登り有り下り有りの歩きがいの有るコースでした。
根の平峠から下山するか、中峠有るいは羽鳥峰にするか、皆さんの状態を見てと思っていました。体力的ナ事より、時間がタイムオーバーと成り、下山しました。
今日のようなコースを取れるのも、バスに寄る山行の良いところです。











 

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洛北 大原の里  金比羅山 (572.8m)  翠黛山 (577m)

2017-04-13 23:15:16 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の4月例会で洛北の金比羅山と翠黛山(シュウタイサン)に登りました。今回は長駆、洛北への遠征でした。
バスは栗東ICで降り、琵琶湖大橋を渡り比良山系を越えて大原の里に着きました。「志野」と言うポン酢とお餅の店。ここで山歩きの開始前の休憩です。その後はバスで府道40号線に向い、江文神社の参道入口から歩き始めました。
今回のメインは金比羅山でした。金比羅山の方が高いと思っていましたが、数字を良く見たら翠黛山の方が標高が高かったです。
今日のコースは迷うなうな所は無かったのですが、アップダウンの有る山でした。翠黛山からの下山は乙が森の近くへ降りるコースを辿りました。その後、寂光院へ参拝する人、しない人に分かれ、バスが待つ大原駐車場に向かいました。

カメラの画像が表示した時刻のコース時間です。
京都トレイル№28ポスト(9:39)  ― 江文神社(9:47~9:57)  ― №4標識(10:17~10:19)  ― 
琴平新宮社(10:32) ― ロックゲレンデ分岐(10:48)  ― 金比羅分岐(10:59)  ― 琴平神社奥宮(11:01) ― 
ハングル石碑(11:09)  ― 金比羅山(11:17~11:21)  ― 金比羅分岐(11:36)  ― 翠黛山(12:05~12:38)
  ― 林道出合(13:25)  ― 乙が森(13:38) ― 寂光院(13:55~14:05)  ― 大原駐車場(14:32)

これから登る山々

「志野」から眺めた山々。
金比羅山と翠黛山。
この後、登る山です。
志野の前が戸寺のバス停となっていました。
私たちが志野に寄った時、路線バスが停まり沢山のハイカーが下車してきました。これからウォークを開始すると言う事で、何人もの人が押し寄せ、長蛇の列となりました。一人の女性に声を掛けましたら、岐阜から来て京都トレイルを歩いていると話しました。別の人は東京から、京都トレイルを歩きに来ていると言っていました。京都トレイルは人気の有るコースです。私も京都トレイルの一部を歩いた事が有ります。伏見稲荷は外国人が一杯だったでしょうと話しました。

スタート

京都トレイル№28ポストの有る場所でバスから下車しました。
準備をして、ここからスタートです。


京都トレイル№28ポストの横に有った案内地図です。
京都一周トレイルと東海自然歩道が重なっています。



京都トレイル№29ポスト。
左に折れると、江文峠に向かいます。
私たちは直進し、江文神社に向かいました。


江文神社

江文神社の境内に入って行きます。




江文神社は立派なお宮さんでした。
先生から、これから歩く金比羅山の植生や自然を聞きました。




神社の横から登り始めました。
杉林の中の坂道を登ります。
剪定した杉の枝が転がっていて、歩き難い道でした。




高度を上げてきて、歩き易いところに出ました。
今日のKオジサンの後ろ姿です。
隊列の後部を歩いています。



№4標識の有る尾根に到達しました。
ここで小休止です。




歩き易い道を歩いています。
道幅が有り、かつては馬に荷を乗せて往来したのではなかろうかと思えるような道でした。





琴平新宮社です。
新宮社の横を通過して行きます。




登山道から見えた大原の里です。




金比羅分岐へ来ました。
金比羅山へのコースは、本コースからの盲腸線のようなコースです。それに、ここから琴平神社奥宮へ行く事が出来ます。




鳥居の先が琴平神社奥宮です。




展望の良い琴平神社奥宮の前へ来ました。
京都北部の視界が広がります。
画像はハッキリしませんが、京都北部でカメの甲羅のような形の森が見えました。上賀茂神社ではないかと思いました。視界の透明度が良かったら、京都北部全体が広がって見えたことと思います。
比良山系方面に目を移すと、林立するアンテナ群が見えました。比叡山の山頂でした。



琴平神社奥宮から金比羅山へ向かいます。
途中、寄ったのが三寶大神です。
朱の色。
まだ、新しいと思えました。
三寶大神の石柱を中心に撮影しましたが、左側に大きな岩がありました。



金比羅山向かう途中です。
石柱にハングル文字に似た文字が刻まれていますが、ハングルではないようです。
どう言う意味の事が表示して有るのだろうと思います。




金比羅神社への道。
最後の登りで、ここを登り切ると金比羅山の山頂となります。


金比羅山

山頂で三角点の有るところです。
何枚も山頂名のプレートが有り、朽ちているものも見られます。
自己満足を満たすようなプレートの設置は控えてもらいたいものです。





こちらは頭上で見られたプレート。
ゴミを残す事に他ならない行為です。
学校の引率行事でも、ごみは残さないで欲しい。






山頂に設置して有った大原里づくり協会の標識。
山頂にこの標識が有れば、山頂に来た事が判り、これで充分だと思います。







山頂を去ります。
山頂に祠が有り、そちらに目を向けました。
でも、チョッと傷んでいる。そんな感じを受けました。




金比羅山からの下山途中。
大阪からの団体とすれ違いました。
私たちは団体。大阪からの人も団体で、狭い場所でのすれ違いが大変でした。
団体の人たちはネームプレートを着けていました。
ネイチャー学志「山歩会」となっていました。
全部で45人とか。
私たちが「志野」に居た時、路線バスから降り立った人たちだと思いました。




急な道を下って行きます。





今回のコースで各所に指示標識を見かけました。
しかし、大部分のプレートが朽ちて来ていました。
酷いのは、柱が倒れているのが有りました。
途中、細尾根で、下に投げ捨てられているようなモノも見受けました。
ボルトが2個ついています。プレートはシッカリしていても、柱が腐ってしまったのでしょう。プレートを撤去するか、柱を新しくして貰いたい物です。
それにしても、こんな状態なのは、設置してから何十年と時間が経っているのでしょう。


翠黛山に着きました

翠黛山の山頂に到達しました。
ここで昼食です。
山頂であっても、周囲は樹林に囲まれ、視界は全く有りませんでした。




翠黛山の山頂にも山頂標識と説明板が設置してありました。
私たちが昼食時間を追える頃にネイチャー学志「山歩会」の人たちが到着しました。
彼らもここで昼食を取るつもりだったのでしょう。
場所を譲って、山頂を去りました。




下山を始めました。
先程まで有った数字のプレートを見かけなくなりました。
作業道のような感じがする山道です。





江文神社から登り始めて、№2を見落としましたが、残りの数字のプレートは全て。揃っていました。
最初、何のためのプレートかと思いましたが、支柱の横側に大原消防団と表現してありました。
山の中でSOSとなった時、何番のプレートの近くに居るとか、連絡できるようにしたものだと判りました。
№10を最後に、プレートを見かけに無くなったので、コースから離れてしまったのでしょう。




下の方まで下って着ました。
道の横にネット張って有ります。
シカかイノシシ対策なのでしょう。




林道まで下りて来ました。
ここから、林道をスライドしていくように進みます。




木々の間から大原の里が見えます。





獣害対策のフェンスを開けて通過します。




乙が森の場所に来ました。
地図には乙が森碑と書かれています。この生垣の向こう側が乙が森なのでしょう。
http://www.360navi.com/27kyoto/02ohara/08otuga/
乙が森碑を見ずに寂光院へ向かいました。


寂光院へ

寂光院へ向かって歩いています。


寂光院

寂光院に来ました。
拝観したい人だけが拝観する事となりました。
今日のメンバーは20人で、10人が寂光院に入り、10人は入らなかったのです。
私は慌ただしい拝観となるだろうと思い、拝観を控えました。




岩の間から顔を見せているタチツボスミレ。(だと思います)


大原駐車場に向かって歩きます

大原の里の中を歩きます。
この道は東海自然歩道になっている道です。




大原の里の中。
ソメイヨシノが見頃となっています。




朧の清水。
通り沿いに有りました。
表示が無かったら、見落としてしまいそうです。




大原の里の中。
外国人。2人が被写体を狙っていました。




市道の交差点まで歩いてきました。
その角に設置してあった東海自然歩道のコース図です。


大原駐車場まで歩いて来ました

バスが停まっている大原の駐車場まで歩いて来ました。
お疲れ様でした。


感想
登山口で下ろして貰い、駐車場で待っていて貰う。バスでの山歩きの良いところです。それに洛北まで足を延ばしました。こう言うのも、バスの良いところです。
アップダウンが何箇所も有るコースでしたが、里山で面白い山だと思いました。
昨日の霊仙山で大阪からの15~16人の団体と出合いました。そして、今日はネイチャー学志「山歩会」と言うグループと一緒になりました。昨年、府境のポンポン山に登った時も団体と遭遇しました。関西は団体に寄る山行が盛んだと思えるような状態です。元気な高齢者が多いということでしょうか。














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矢作川の水源域の山   大 船 山 (1,159.4m)

2017-03-09 23:38:09 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の3月例会で大船山に登りました。大船山は恵那市上矢作町に位置する山です。かつては恵那郡上矢作町でしたが、広域合併して恵那市の一部となりました。上矢作町の名で示す通り、矢作川の上流でして、この山に降った雨は三河湾へ注いでいます。
山頂へは緩やかな参道が続いていました。延々と長い参道を登って行きました。道の両側には松の大木が並んでいて、松並木となっています。歩きながら見えた大木は、樹勢が弱って枯れかけているのが判りました。もう、既に何本も切り倒されていました。切口から見える年輪は何百年と言う齢を重ねてき来た大木である事を物語っていました。
何百本と言う松の大木です。最初は村人が苗木を植えたのでしょう。チョンマゲ姿の村人が山に登り、クワを持って手植えをしている姿が想像出来ます。でも、松は瀕死の状態だと思いました。薬剤処理をしているのですが、既に何本も切り倒されています。後継の松を植えるとか、何か手を打たないと全滅してしまうと思います。

ネットで大船山を検索してみて、古い時期に登ったのか、JA恵南支所と表示しているものが有りました。農協が合併したのでしょうか、今はJAひがしみの上村となっています。
名古屋周辺の山200」(山と渓谷社)に大船山が掲載されています。上村発電所への導水路ですが、その中には越戸ダム管理所と書かれています。越戸ダム管理所と言うのは豊田市内の越戸ダムを管理する場所です。遠く離れた下流の場所なのですが、何かお気付きのことが有りましたら連絡くださいというものでして発電の水が流れる施設の名では有りませんでした。混同して捉えています。また、この本には「神霊覚勘」と書かれているところが有りますが、正しくは勘覚霊神です。誤って捉えています。

カメラの画像が表示した時刻のコースタイムです。
JAひがしみの上村前(8:33)  ― 五霊神石碑(ほうでん 辻)(9:19)  ― 水路下展望広場(9:54~10:00)
 ― 蝮岩(10:37) ― 暗井沢林道出合(10:51)  ― 大船神社(11:08)  ― 弁慶杉  ― 
大船神社(11:20)  ― 大船山山頂(11:47~12:17)  ― 大船神社(12:37~12:47)  ― 
暗井沢林道出合(12:57)  ― 蝮岩(13:06)  ― 水路下展望広場(13:30)  ― 
五霊神石碑(ほうでん 辻)(13:51) ― JAひがしみの上村前(14:28)




風媒社刊「こんなに楽しい岐阜の山旅100コース」美濃「下」から引用しました。
緩やかで快適な道と書かれています。
松並木の参道が続き、歩き易い道でした。




JAひがしみの上村の横が登山口です。
これから登ります。
大船神社の参道となっていて、石の鳥居が迎えてくれます。




登り始めて、すぐに文化財を紹介する表示板が設置してありました。




登り始めて、すぐに二股の箇所へ差し掛かりました。
左がお稲荷さん。
右が大船神社です。
右に進みますが、これから4キロの道を歩きます。




登り始めて、松の大木が何本も目に入って来ました。
どの木も傷んでいます。
「ファイザー」と言う字が読めます。農薬なのでしょう。傷んだ松を治療する目的で手を加えているのだと思いますが、手遅れのように見えます。




緩い参道が続きます。
切り倒された切株が見えますが、大木だった事を想像させます。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
隊列のシンガリを歩いています。




大松の間を通過して行きます。
上を見上げると、樹勢が弱っているのが見て取れます。



ほうでん辻まで上がってきました。
大船神社まで、あと2.5キロと表示しています。




ほうでん辻の場所。
勘覚霊神を表す石碑が有ります。
それに誰を表すのか石像も有りました。




展望の良い所まで登って来ました。
左側には発電所の水路が有りました。




展望の良い場所で、休憩します。




展望の良い場所から見える山々です。
奥三河か南信州方面です。三国山の方角だろうと思います。




水路の横を歩きます。
フェンスに越戸水力制御所の電話番号が書かれています。
越戸水力制御所は越戸ダムを管理する豊田市内の部署です。何か不具合な事を見かけたら、連絡くださいというモノです。



フェンス越しに水路を覗き込みました。
綺麗な水が流れています。
地図を見ると、水路がここまで暗渠で流れて来て、ここから表面に出ています。
地図上には点線で示して有りますが、ずーと上流から長い距離を点線が続いて来ています。
ネットで検索してみますと、上村川の上村堰堤で取水し、ここまで流れて着ているのが判りました。
http://www.suiryoku.com/gallery/gifu/kamimura/kamimura.html
取水位標高:773.81m放水位標高:458.29mと有ります。この落差を発電に結び付けています。




林道に出ました。
道が薄っすらと白くなっています。




切り倒された松の大木が有りました。
皆さん、立ち止まって松の切り口を見ています。
外側の白っぽい部分でも30年以上は有ると思います。
何百年も経ったと思われる大木ですが、切り倒さなくてはならなくなったのでしょう。




新しい小さな命が誕生していました。




マムシ岩まで来ました。
何故、マムシ岩と言うのでしょう。
撮影した角度が悪かったのかも知れませんが、マムシの頭の形をしているみたいです。



暗井沢林道出合まで来ました。
大きな解説板が有ります。
この場所は、風媒社の本の地図に、駐車場のような場所と書かれているところです。
重機が音を立てて仕事をしていました。その横に乗用車が停まっており、車でここまで登って来れるようです。



林道を横切り、更に進みます。
キツツキの表示板があり、道は判り易くなっています。




石段を登ると大船神社です。
石柱の字は「大舩」となっています。
石柱の裏側には大正9年と刻まれていました。立てられてから100年近くとなります。




大船神社で休憩です。




私は気づきませんでしたが、絵馬を無人販売していたようです。
英語ではない字で書かれています。
2016や2015が有りますが、それよりも古いのが有るみたいです。
何処の国の人か。毎年、来ているようです。




岐阜県の天然記念物に指定されている「弁慶杉」です。




人と比較すると、その太さが判ります。
何故、弁慶杉と言うのだろう、と言う声が聞こえました。




弁慶杉から大船神社へもどり、大船山の山頂を目指します。
高度が増してきて、道が白くなりました。




木の枝が白くなっています。
良く見ると白い結晶のようなモノが付着しています。
誰かが霧氷だと言っていました。
このようなモノが見れたのはラッキーです。




山頂が近くなって来ました。
あの先が山頂です。




山頂に到着です。
ここで昼食となりました。




山頂からは、周囲の眺望が利きませんでしたが、風車の有る方角だけは切り開いて有りました。
風車は13基有ると書かれていました。
ブーン、ブーンと言う鈍い音が聞こえます。これが低周音だと思います。
数ある風車でも、早く廻るもの。停まっているように見えるくらいゆっくりのもの。色々です。




山頂を後にします。
左は人工林。右は天然林。
登山道が境界となっているのが判ります。





大船神社まで下りてきました。
山頂へ向かわずにこの場所で待っていた人がおり、ここで全員写真を撮影しました。




暗井沢林道まで下りてきました。




大きな解説板の有る場所です。
この場所には、かつてはぺリポートが有ったみたいです。




廣江先生にカヤとイヌガヤの違いを教えて貰いましたです。
この葉に指で触れましたら、葉の先が尖っていて痛いのです。
葉に触れてみて区別が出来る事が判りました。
この葉に触れてみて、痛かったのでカヤでした。

 ◆イヌガヤ(イヌガヤ科イヌガヤ属)・・・・葉先に触れても痛くない。
        *葉は平面にきれいに揃って並び、カヤに似るが柔らかく、ちぎっても香りはない。
 ◆カヤ(イチイ科カヤ属)・・・・・・・・・・・・葉先に触れると痛い。
        *葉は硬くてほぼ平面に並び、先は鋭い刺状、ちぎるとグレープフルーツに似た香りがある。





水路が見える所まで下山して来ました。




途中に見かけた面白い木。
幹の一部が膨らみ、ETの顔のように見えます。




太い木が切り倒したままになっています。
これだけの大木を除去するにも、処分費用が無いのでしょう。




登山口近くまで下りてきました。
下から機械音が聞こえます。
川から砂利を採取しているのか、ドラムの中を石が回転しているような音に聞こえました。
木々の間から下界が見える。このような事は今の時期だけです。




お稲荷さんの赤い幟端が見え、その先に石の鳥居が有ります。
もう、登山口まで下山して来ました。





感想
大船山への登山道は大船神社への緩い参道となっている道でした。とても歩き易い道でした。初心者でも登れる良い山だと思いました。
今回はJAの横から登り始めました。暗井沢林道を走り、駐車場のような場所まで行けば、風車の有る風の森展望台まで行けるです。それに、その先にはアライダシ原生林が有ります。原生林の中の遊歩道が歩けます。
松の木が多くが植えられいましたが、枯れ木に近い状態のモノも有り、この先、どうなるのだろうと心配です。
ここ、上矢作町に福寿草の自生地が有ります。折角、近くに来たのだから寄って見ても良かったのかも知れません。でも、協力費として1人300円必要と有ります。団体割引はどうなっているのでしょう。

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三河富士   本 宮 山 (789.3m)

2017-01-12 23:41:38 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の1月例会で三河の本宮山に登りました。
岡崎市側のくらがり渓谷から登り、豊川市側のウォーキングセンターへ下山して来るコースを歩きました。同じ山でも、裏側と表側で登山道の姿が違いましたし、歩いていて雰囲気の違いも感じました。岡崎市側は渓谷沿いにキャンプ場が有ったりするレクレーションの場所です。豊川市側は信仰の山として親しまれてきた山で、杉の巨木が林立する階段を下ってきました。
誰かが言っていました、北側は長い林道を歩いて来た感じ、南側は参道を歩いた感じと・・・・・。
カメラ画像によるコースタイムです。
くらがり渓谷駐車場(9:37)  ― もみじ橋の岩舞台(10:05)  ― 一ぜんめしや休憩所(10:48)  ― 

馬背平(11:29) ― あずま屋(11:50~12:12)  ― 本宮山三角点(12:18~12:28)  ― 

砥鹿神社奥宮(12:42~12:50)  ― 荒羽々気神社(12:57) ― 林道出合(13:23)  ― 

山姥の足跡(13:28)  ― 展望台(13:55~13:59)  ― 馬背岩(14:07)  ― 鳥居(14:54)

 ― 駐車場所(15:03)

山遊すずらん会
山遊すずらん会の前身は「各務原歩こう会」と言う各務原市の社会教育講座から発展した山登りの好きな人達による会でした。会は平成22年春に講座が開かれた後、サークルとして継続してきました。
会がスタートして7年が過ぎ、亡くなった人や体調が悪くなって退会する人。仕事を始めるという人。中には会がピンチとなり泥舟から脱出するかのように退会した輩も居ました。そのような状況で、ついに28年4月に解散に至りました。
それでも山に行きたいと言う情熱を持つ人が居て、一旦は解散した会ですが、28年の社会教育講座を受講した人に加入して貰い、新しい会としての会としての体裁を整え、28年7月から発足しました。一旦、潰れてしまったものを女性たちが立ち上げたのです。生みの苦しみと言いますか、苦労して新しい会の誕生に漕ぎ着けていました。

バスの山行
各務原歩こう会が、そうで在ったように、山遊すずらん会もバスで山行に出かける事が多い会です。今回のようにくらがり渓谷から登り、ウオーキングセンターに下山する。このようなコースを辿る事が出来るのも、バスの山行だからこそです。
こう言う事が出来るのがバス山行のメリットです。
今回のバス料金はバス代、高速料金そして運転手への謝礼。合計で76,000円ほどでした。参加者が18名でして頭数で割ると1人当たり4,200円位で端数は本会計で負担する事とし、1人分。4,000円の集金でした。4千円が高いか安いかと言うことになりますが、バス会社で出かけたりするツアーですと6~7千円はしますので、安いのではなかと思います。座席に余裕が有りましたので参加者が多くなれば、もっと安くなります。




風媒社刊「こんなに楽しい愛知の130山」から引用しまして。
点線を踏破しましたが、馬背平から駐車場にかけてはハイキングコースで樹木伐採の工事のため通行できなかったので、尾根道を歩きました。




くらがり渓谷の駐車場です。
山登りに備えて準備運動をしています。




駐車場のすぐ横。
不動の滝が有りました。
この不動の滝。くらがり八景巡りの第1景です。




駐車場に有った、くらがり渓谷案内図です。




くらがり渓谷のゲートをくぐります
ゲートに載っている鹿。へら鹿と言うのかムースと言うのか。角の大きな鹿かです。これは、確か北極圏に居る鹿でしょう。
角の大きな鹿はこのような場所に似合わないイメージがします。
こんな事は設置段階で気づかないのでしょうか。



歩き始め。
渓谷沿いの道を進みます。





今日のKオジサンの後ろ姿です。
前方。
カラフルな旗で飾っていますが、キャンプ場です。




キャンプ場の横を通過します。
シーズンオフで、ひっそりとしています。
オンの時期なら子供たちの声が聞こえるでしょう。




くらがり八景の第5景。
かえで並木です。葉がすっかり落ちて、落ち葉のジュウタンとなっています。




渓流が流れています。
その横を歩きます。
渓流の横で、遊歩道と言う感じがします。





進むに連れて、雪が有るようになりました。
ここの左側。一ぜんめし休憩所です。




くらがり八景。
第6景、もみじ橋と岩舞台。
第7景、おきな渕です。
山頂への距離が表示してあり、数が段々減少して行きます。




こちらは携帯とスマホの通信可能を表示したポストです。
所々に設置して有りました。
くらがり渓谷の案内所からの距離を表示しています。
案内所からの距離でこちらは段々、数値が増えていきました。
下の方では通信が出来なかったソフトバンクが高度が増すに連れて、通信可に変りました。




くらがり八景。
最後の第8景まぼろしの滝です。
幻の滝ですので、雨が降った時に見れるものかも知れません。




坂道を登って行きます。




前方が開けてきました。




木が伐採された場所に出て来て、明るく感じました。




林立するアンテナ群が見え出しました。
右は伐採した木の処理をしていました。




馬の背平。
ハイキングコースは左に向かいますが、コーンと立入禁止の表示が出ています。
左に向かうハイキングコースが1.3キロで直進する尾根道は500メートルと表示しています。




重機がハイキングコースにいて、進めないので尾根道を歩きます。




尾根道は距離が短いのですが、登り坂となります。
右は雪に残った足跡で、Yサンはウサギだろうと言っていました。





山頂駐車場横の公園のような所です。
あずま屋が有りました。
ここでお昼の時間となりました。
細かい雪が舞うような空模様でして、このような場所が有り助かりました。





昼食時間を終え、出発します。






駐車場から見えるアンテナ群。
本宮山は三河全体を見渡せる山です。
本宮山スカイラインが有り、アンテナ材料を運び込むのに都合が良い場所なので、このように林立するようになったのでしよう。





山頂の三角点が有る場所へ向かいます。





本宮山スカイラインを横切りました。
丁度、市境で両市のプレートを見る事が出来ました。
今は両市の境となっていますが、かつては岡崎市側は額田町。豊川市側は一宮町でした。それが平成の合併で市となり市境に代わりました。一宮町は砥鹿神社が三河一宮で、一宮町の名の由来なのでしよう。





アンテナへの方角へ。
坂道を登ります。





三角点の場所へ来ました。
三角点にタッチします。

先ほど、本宮山スカイラインを歩いて来ました。岡崎、豊川両市の表示プレートが有り市境だと言う事が判りました。
地図を見ましたら、三角点が市境ですが、もう1市。新城市が接点となっていました。
この場所が3市が接する地点です。




山頂のプレートを写しています。




山頂からの眺望。
東三河。
全体が見渡せます。
遠くに三河湾や太平洋が望めます。




三角点が有った場所から砥鹿神社に向かいます。
雪が有る階段です。
滑らないように気をつけて歩きます。




神社へ向かう途中。
「本宮山の自然」と言う自然解説板が有りました。
写真に収める廣江先生。
柱にふるさと自然のみちと描かれています。
この解説板の柱はまだ、新しいです。
ミンナの足が速く、この時には姿は有りませんでした。



先生が撮影する自然解説板の横に「ふるさと自然のみち」が有りました。
麓から本宮山へ往復する道はAコースで霊峰本宮山と砥鹿神社奥宮参拝と描かれています。往復で14キロとなっています。
今日歩いたコースはくらがり渓谷からですので、それ以上の距離が有ると思います。
このコースの他にB、C、D、Eのコースが有り、豊川市内を散策するコースが設けられています。



砥鹿神社奥宮の大鳥居です。




三河國一宮。本宮山鎮座。
砥鹿神社奥宮と刻まれています。




砥鹿神社の社務所にきました。
ここは暖をとる事が出来るようでした。中で登山者が温まっていました。
建物の横。
大きな杉の御神木が有ります。
1000年以上も経っているのでしよう。
砥鹿神社もそれだけ古いと言えます。



本殿に向かいます。
階段に雪が有り、滑らないように慎重に歩かなくてはいけません。





本殿にきました。
15日に粥占祭が有ると出ています。
間違っているかも知れませんが、テレビのニュースで見たのはお粥の中に葦の管の束を入れ、中に入った米粒で吉兆を占うものでした。そのような遣り方をするのでしょうか。
15日と言うともう直ぐです。




砥鹿神社本宮の額が上がっています。




絵馬が下がっています。
ご祭神が大国主命で、大黒さまが描かれています。




由緒の額も上がっています。




砥鹿神社への参拝を終えて石段を下ります。
石段の上にも雪が有り、滑らないように注意して下ります。




石段降りて行きます。
こちらも雪が有り、滑りそうで怖いです。



荒羽々気神社まで下ってきました。
読み難いお名前で、(アラハバキ)とふり仮名が振ってあります。
東海唯一健歩健脚の守護神と有ります。
ミンナはこの字。見て行ったのかしらと思います。





杉の巨木の中の階段。





クネクネとした階段を下って行きます。
まだ、雪が残っています。



雪が消えてきました。
先方に林道が見える所まで下ってきました。




林道沿いにも、ふるさと自然の道の解説板が設けて有り、山頂付近の地図を表示していました。




一旦、林道を横にスライドして指示標識に従って進んで行きます。



急な石段です。
この下り坂を過ぎた所に山姥の足跡が有りました。




眺望が開けた展望台へきました。




展望台からの眺望です。
豊川市と豊橋市が一望できます。
光る三河湾。そして太平洋が見えます。
来月の例会で向かう場所。田原市の衣笠山、滝頭山方面も見えます。



下山して行く、本隊。
展望台から眺望が望めそうでして、本隊に眺望が開けていると声を掛けたのですが、寒いからと言って展望台へ上がってきませんでした。




馬背岩。
大きな岩です。
コース的に、この岩の場所がポイントとなっていて、馬背岩まで何キロと言う表示になっています。




本隊と離れてしまった、男性4人です。
ここで廣江先生から貴重なお話が聞けました。
砥鹿神社のご神木の大杉ですが、枝が何本も出ている形をしていました。
ご神木と同等に論ずる事は出来ませんが、屋久島の屋久杉。薩摩藩が特産物として杉を伐採したのだそうです。それでも縄文杉のような異形な杉だから伐採されずに残ってきたのだそうです。せせらぎ街道の西ウレ峠の遊歩道にもブナの大木が有ります。この大木もそのようにして、残ったのだそうです。西ウレ峠のブナの大木は実物を見た事が有り、話を聞いてピンと来ました。このような話が聞けるのが面白いです。




赤い実を付けた小木。
千両なのか万両なのか。
これは万両だと教えて貰いました。




私たちを若い人たちが追い越していきました。
若い人らしくカラフルなファッションです。




コースの下を新東名が通過しています。
下に高速が見えました。




登山口から砥鹿神社まで、石柱が設置され、50丁目設けてあるようです。
一番上の50丁目。下の一丁目も確認していません。
それでも上から段々と数字が減少していき、今、どの辺りに居るのかが判ります。





水平な道。
こんな歩き易いコースも有りました。





何箇所もプレートが下がっていました。





標柱スタイルの指示標識です。
次のポイントまでの距離が判りますし、現在地の標高も現しています。
四角い標柱で別の面に「ふるさと自然のみち」と描かれています。





砥鹿神社の見える所まで降って来ました。





鳥居の下を通過します。




鳥居の額に砥鹿神社と書かれています。
女性が通りましたが、鳥居の真ん中ではなかったのです。
手ブラの格好ですが、毎日来ているのでしょうか。




下山して来て後ろを振り返りました。
本宮山の山頂方向が見えます。
アンテナは見えません。
アンテナの場所が奥まった位置になっているからでしょう。




バスが迎えに来てくれました。
私たちが下山して来た時、ウオーキングセンターの駐車場で待っている事になっていましたが、センターの駐車場に居なかったのです。
リーダーが運転手から聞いた事によると、センターでここに駐車しないようにと、追いはらわれたのだそうです。追いはらわれた理由がハッキリしませんが、駐車がダメだとした遣り方に納得できません。






東名高速道路から見えた本宮山。
奥にアンテナ群が見えます。


山と向き合う
山に登る方法で、どのような方法が正しくて、どのような方法が誤りだとは言えません。それでも先を急いで登り下りをすれば、山への印象が残らず、山に行って来ただけの記憶に留まります。下山途中に展望台が有りまして、ここからは来月に行く渥美半島の山が見えました。ミンナに声を掛けたのですが、展望台に上がったのは男性4名だけでした。景色を見るのに良い機会でしたのに惜しいと思いました。
それに、本隊は下山を急いでいて、新東名が下に見えたり、山姥の足跡が有った事にも気づかなかったのではと思います。


感想
北側から登り南側に下山する。登山道の雰囲気が違う山でした。北から南まで踏破出来て良かったです。
豊川市側から砥鹿神社に向かって登るとなると、急な階段が続きました。それですから、逆から登ったのは正解だと思いました。
それから本宮山山頂に林立する、あのアンテナ群。何のアンテナなのか判りませんが、何本も有りました。テレビ局のアンテナかも知れません。テレビ局のアンテナだとすると、本宮山が三河エリア全体をカバーできるのでしょう。花魁の簪のようなアンテナ。美ヶ原のイメージと重なりました。

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尾張三山   尾張富士 (275.0m)・尾張白山(247m)・本宮山(292.9m)

2016-12-15 23:30:06 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の12月例会で犬山市と小牧市を歩き、尾張富士 ・尾張白山・本宮山に登りました。尾北の低山を登って下って、また登ると言うコースを辿りました。
尾張富士浅間神社 ----- 尾張富士山頂 ----- 明治村前 ----- 入鹿池堤下 -----

尾張白山 白山社 ----- ヒトツバタゴ自生地 ----- 本宮山山頂 ----- 大縣神社駐車場

初めの予定ではバスで向かい、尾張富士の浅間神社で下車し、大縣神社で拾って貰う計画となっていました。元々は、13日に登る予定になっていましたが、雨のため延期にしました。そのため大幅に参加者か減少して12名の参加者となってしまいました。それで、止むを得ずバスの利用を中止し、車に乗り合わせて向かいました。13日は雨でした。そして14日は低気圧が通過した後で風が強かったのです。今日は風が無く、穏やかで良い山行日和でした。

大縣神社に車をデポしてきました。大縣神社ですが、「オオガタジンジャ」と読むのだと思っていましたが、「オオアガタジンジャ」と読むのが正しかったです。それに浅間神社をず~と前は「アサマジンジャ」だと思っていました。「センゲンジンジャ」が正しいと知りましたのですが。何か、機会が無いと誤って思い込んでいた言葉は改まりません。

尾張富士では毎年8月の第1日曜日に「石挙げ祭り」が有ります。老いも若きも、石を山頂まで担ぎ上げます。その時の様子は木を神輿しのように組んで、真ん中に石が据えて有りました。子供たちには、それなりの大きさでした。そんな、石を掛け声を掛けて担ぎ上げていました。


浅間神社の駐車場から出発です。




登り始めましたが、登り始めた箇所から、もう行く道の両側に献石の碑が設けて有ります。
足元はゴロゴロと岩が露出していますが、道幅は広いです。
この道を石挙げ祭りで、石を担ぎ挙げます。




登ってきて、後ろを振り返りました。
この辺りは直線の登山コースとなっていて、麓の団地が見えます。




途中、屋根が有る、あずま屋のようなところです。
大きな鎌が献納されています。
献納された時期が明治や大正となっていますが、大鎌はどんないわれが有るのでしょう。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
今回の山行は私がリーダーを努めています。
それで、トップを歩きます。




みなさん。登って来ました。
山頂まで、もう少しです。





山頂に到着です。
立派な本殿が有ります。




山頂から見た南西の眺めです。
右は2011年3月5日に登った時のモノです。左は今日のモノで、5年と言う歳月が経ちました。名古屋駅周辺の高層ビル群。ビルの数が増えています。




山頂の三角点ですが、三角点の石柱が献石で埋もれてしまい、頭頂部が僅かに顔を出しているだけの状態になっています。
白い柱が有るから三角点の場所を確認できますが、この柱が無いと探さなくてはなりません。




献石が目に留まりました。
消防士になれるようにと、願をかけて献石しています。それも、一度だけの献石でなく、何度も何度も下から運び上げたのでしょう。




山頂から次の明治村を目指します。




裏側の登山道を下りますが、表の登山道ほど広く有りません。




下ってきて、アスファルトの道に出ました。




明治村の正門が見えます。





村の正門です。
クリスマスを控え、リースが飾って有ります。




入鹿池に向かって車道を進みます。
前方に、この後登る尾張白山が見えます。





入鹿池の堰堤下を歩きます。
先日、名東区を歩いた時、牧野ヶ池は愛知県で3番目の大きさの溜池だと聞きました。恐らく、一番大きいのがこの入鹿池なのでしょう。




神尾区に入ってきました。
おばあさんが野良仕事をしていて、みんなの視線がおばあさんに向いています。
派出所近くの信号の場所まで行って、大回りしてきましたが、神尾区の中を歩くのでして、ショートカット出来る道が有りました。




尾張白山の登山道に入りました。
杉林の中で薄暗くなっています。





白山社に到着です。
ここには、先客が2人居ました。




白山社の前でランチタイムです。
ここにはベンチが有りまして、寄せて食事の場所造りでした。
陽が当たりポカポカの陽気です。





白山社の裏側です。
入鹿池が見えますが、前に来た時より木の枝が伸びて眺望が悪くなっています。




こちらは南側の眺望です。
眼下に桃花台が見下ろせます。
左側の椀を伏せたようなのがナゴヤドームです。この画像には移っていませんが、この左に瀬戸のデジタルタワーも見えました。モヤっていますが、透明度が増すと名港トリトンの支柱が見えるかも知れません。




ランチタイムを終えて、下山にかかります。




薄暗い林の間を下山していきます。
白山社のの場所より三角点の場所の方が低いのです。
下山で、三角点には寄りませんでした。




落ち葉を踏みしめながら下りてきました。





神尾区の中まで下山して来ました。
左がこれから登る本宮山です。右は、先ほど登って来た尾張富士です。
両山を見比べても、高低が判りません。





神尾区のお墓の横を通ってきて、県道を横切り、愛知用水の横を歩きます。
このコースを歩き、ショートカットが出来ました。





ヒトツバタゴに向かっています。
先日の雨で道がぬかるんでいます。





ヒトツバタゴの自生地に来ました。





廣江先生から解説が聞けます。
ヒトツバタゴはモクセイ科の一種で、同じモクセイ科のトリネコは別名タゴと呼ばれ複葉なのに対し、ヒトツバタゴは小葉を持たない単葉であることから「一つ葉タゴ」と言う名が着いていると解説が有りました。
ヒトツバタゴ。またの名をナンジャモンジャと言います。ヒトツバタゴの言葉を何処で区切るのかと言う質問が出て、ヒトツバで区切り、タゴで発音するのだそうでした。
このように、現地で生(ナマ)の解説してもらえるのが良いところです。




落ち葉を踏みしめながら緩い坂を登って行きます。





坂道を登っていますが、初冬の弱い日差しが差しています。




木製の指示標識が何箇所かに有りました。





鳥居をくぐつて本宮山に向かいます。





石の階段を登って行きます。





本宮山山頂に到着です。
お社が有りますが、大縣神社の奥宮です。





お社の裏手に三角点が有りました。
プレートが添えて有りますが、標高が292.8となっています。国土地理院の地図では292.9となっています。



山頂の北東からは、白煙を上げる御嶽山が望めます。
今日は尾張富士や尾張白山からも見えましたが、ここからの御嶽山が一番良かったです。





下山を始めました。
途中に眺望が開けたところが有りました。
犬山市の長者町団地の方角です。
右はその画像をトリミングしたもので小高い山の上に犬山城が見えました。





指示標識で大縣神社までは200メートルとなっています。





モミジが有りますが、紅葉したモミジの残党と言う感じがします。





お疲れ様でした。
大縣神社まで下山して来ました。





境内で絵馬が下がっていました。
棟方志功だと思ったのです。近付いてみてみたら、その通りでした。
御祭神の神裔 玉比売命(たまひめのみこと)が描かれています。ヌードなのでセクシーなのですが、棟方志功の絵でユーモラスに感じさせます。



大縣神社の由来が書かれていますが、古くなり読み難くなっています。



感想
何時だったか覚えていませんが、尾張富士の近くへバスが通った時、ガイドが尾張富士と本宮山の背比べの話しをしてくれました。本宮山と尾張富士に巨大な樋を掛けて真ん中から水を流したのだそうです。流した水は低い尾張富士の方角に流れていったのです。尾張富士では、その事が起源で少しでも山の背が高くなるようにと石を上げるようになりました。
尾張富士の山頂と本宮山の山頂。どちらにもお社がありました。背比べの古事の有る場所を訪ねた。そんな気がしました。

尾張三山へ2011年3月5日に登りました。アレから5年が立ちます。尾張富士の山頂から名古屋駅の高層ビル群を眺めましたら、ビルの本数が増えていました。これからリニアの開通に向けて数が増えていく事だと思います。
ビルの数が増えた事に時代の流れを感じます。

ナンジャモンジャの自生地に寄りました。現地でナンジャモンジャの生の解説が聞けました。このように現場で解説して貰えるのも嬉しい事です。









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南飛騨の山  梁 谷 山  (1,213.6m)

2016-11-10 23:08:15 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の11月例会で下呂市金山町の梁谷山に登りました。
梁谷山は金山町の奥地で岩屋ダムの上流に位置します。全山が照葉樹に覆われた山です。梁谷山は中央分水嶺に近く、日本海側に多いブナ(シロブナ)と太平洋側に多いイヌブナ(クロブナ)が見れます。日本のように狭い国に2種類のブナが有るのは珍しく、しかも1つの山で2種類のブナを見れる山は非常に珍しいのだそうです。

今回は廣江先生に参加して貰えました。廣江先生に参加して貰えると色々と自然観察の話が聞けます。今回の山は、紅葉した山でした。色々のカエデが紅葉していまして、教えて貰いました。葉の写真を撮りましたが、色々のカエデが有り、ゴチャゴチャになってしまって、正確に覚える事が出来ませんでした。メモを取り、画像と一致させて学ばなければと思います。

登山口辺りは紅葉していましたが、高度が増すに連れて落葉しており、山頂辺りは幹と枝だけになっていました。あと、1週間もすると、落葉して冬の姿となってしまうでしょう。



マイクロバスが梁谷山林道を進んで行きます。
林道の周りは紅葉しています、




梁谷山の登山口です。
これから登りますが、コースの説明を聞いています。





登山口に設けられた梁谷山登山道案内図です。
今回は南尾根ルートから登りブナの木ルートで下山する周回をしました。





登り始めました。




左は南尾根コースを登り始めたところです。
右は南尾根コースとブナの木コースの分岐。指示標識です。




梁谷山を形成する岩体は濃飛流紋岩だと説明を受けました。
流紋岩と聞いて龍紋岩と想像してしまいました。蛇紋岩と言うのを耳にした事が有ったからです。




紅葉した林の中を登ります。





誰かが見つけて「先生、これ何ですか~」と質問が出ました。
これはケンポナシと言うモノだと、説明でした。
枝の先に甘味があるのだそうです。
昔、甘味に飢えていた時期、口にしたのだそうです。

ピンボケでスミマセン。




これはシロモジです。
葉にU字型の切れ込みが入っています。




山頂方面です。
落葉して視界が広がっています。





小鹿の涙に向かっていますが上ったのが、一旦下がってしまいます。





小鹿の涙へ来ました。
滝の上部が紅葉しています。




滝の水量が少なくなっていて、滝には見えません。





クネクネした道を登って来ましたが、この先。南尾根に出ます。





南尾根に出て、大きな木があります。
この木は、確かシロヤシオだったのでは、と言うことでした。
尾根に出るヘアピンカーブの場所です。春、シロヤシオの時期に来ると確認できます。





眺望が広がる場所に出ました。
噴煙を上げる御嶽山が見えます。
写真に撮ると、ハッキリ見えませんが、肉眼では御嶽の左に乗鞍岳。そして穂高岳。槍ヶ岳。笠ヶ岳が確認できました。
それに、アレが野口五郎岳ではないかと言っていました。





南尾根の指示標識が有ります。




山頂が近い所まで、あがって来ました。




今日のKオジサンの後ろ姿。





シロモジの黄色い落ち葉。
天然のジュウタンです。




かがみこんで撮影する廣江先生。
何を撮っているのでしょう。




ブナの落ち葉に変りました。




ブナの木コースと南尾根の分岐点です。
ここを左に折れれば山頂です。
もう、山頂が見えています。






山頂に到達です。
先に来ている人が居ましたが、同じグループの人で岳見岩に向かわなかった人達でした。





山頂へ到達しました。




岳見岩に寄ってきた本隊の到着です。




本体が到着して、ランチタイムとなりました。
三角点。方位盤と双眼鏡が設置して有ります。
設置してから歳月が経ち、土が流れ出て基礎が露出しています。
以前に来た時、双眼鏡にカバーが被せて有りました。今では双眼鏡が故障しています。



山頂から東方の眺望です。
先ほど見えた御嶽山が山頂に着た時には、見えなくなっています。




下山を始めました。
帰路はブナの木コースで下山します。




前方にブナの大木が見えます。





良い雰囲気の所を下って行きます。





頭上のシロモジ。
何の木か、シッカリ見ずに「先生、これ何の木」と聞いてしまいました。
良く見れば、何の木か判るものでした。





廣江先生が説明しています。





イヌブナの葉をとり、説明してくれました。
ブナの葉の特徴は、側脈の端が鋸状の凹部に入ることです。ブナは側脈の数が9本か10本で、イヌブナは14本から15本で、イヌブナの方が多いです。
話しを聞いて、葉の表面の凹凸が樋のような役目となって雨水を流しやすくしているのではと思いました。





サワグルミの大きな木が有りました。
これが実だと言って、前から見本のように廻ってきました。




大きな岩の陰。
木の実のようなものの殻が転がっています。
リスの巣だったのではと想像しました。



黄葉したモミジ。




下から見上げたヤマモミジです。少しピンボケでした。
右はヤマモミジの木ですが、モミジの中では巨木です。





バスが見える所まで下山して来ました。
朝、何台か居た車が居なくなっていして、バスが残って居るだけでした。



トイレ

飛騨金山の森キャンプ場のトイレです。
梁谷山の登山口にトイレが有りますが、工事現場に有るようなトイレで、お世辞にも綺麗なトイレとは言えません。それに、県道から梁谷山林道に入ってから少し進んだ所に、新しくログハウスタイプのトイレが設けられました。それでも人数が多い時は困ります。
私たちは、このトイレを往路と復路で使用させてもらいました。


岩屋ダム

復路に岩屋ダムに寄りました。
岩屋ダムは発電や利水に利用されて居ます。
この場所までは、滅多に来る事が無いので、バスに停まってもらいました。





巨大なダム湖ですが、東仙峡金山湖と名付けられています。




ダムの説明板です。
ボタンを押すと、ダムの説明がスピーカーから流れて来ました。




ダムの堰堤です。
湖側ですが、ロックフィルダムで大きな岩が見えます。




こちらは放水口側です。
左のコンクリートのスロープが放水路です。
下には変電設備なのか、そのような施設が見え高圧線の鉄塔も見えます。


感想
梁谷山に春と秋。合わせて5~6回は来ています。山と向き合って、山はその都度、違った顔を見せてくれます。今回は廣江先生から生の話を聞く事が出来ました。
ウリハダカエデ、エンコウカエデ、コミネカエデとミネカエデ。ウリハダカエデはその名の通り、幹の肌がウリのようなカエデです。エンコウカエデは援交と覚えました。色々と教えてもらいましたが、カエデの名とどのような葉だったか一致しませんでした。
知らない事を色々と知る。そこに面白さが有ると思います。
それに、御嶽山の眺望。途中で姿を見る事が出来ましたが、山頂に着いた時は隠れていました。ものは考えようです。途中で見れて良かったです。



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中山道 鳥居峠越え  (1,197m) 

2016-10-13 23:52:59 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の10月例会で中山道の鳥居峠を歩きました。薮原駅でバスから下車して中山道を辿り鳥居峠に向かいました。鳥居峠はその名の通り、峠に鳥居が有って鳥居峠と呼ばれています。御嶽山の遥拝所が有りました。峠からは鎮神社を目指して下りました。奈良井宿内は自由行動となりました。奈良井の宿場の中をブラブラと歩き、指定された定刻までに奈良井駅に到達すると言うものでした。
峠越えで昔の旅人気分を味わうことが出来、宿場町では土産物屋の中を覗き込んだり出来ました。昔の旅人気分を味わえたと書きましたが、現実、江戸時代の旅は峠越えで苦労したことだと想像します。



木祖村観光協会からいただきましたコースガイドです。
今回、下の薮原駅から上の奈良井駅まで歩きました。
途中、鳥居峠を越えました。
下へ向かうのが木曽川で太平洋へ流れます。上に向かうのが奈良井川で、その先が犀川になりそして千曲川となり、日本海へ注ぎます。
という事は、この峠は分水嶺だという事になります。



中央高速を北に向かって走っています。
前方の山々。南アルプスです。
バスは伊那インターで降り、薮原駅を目指します。




これから入るトンネルが権兵衛トンネルです。このトンネルが出来て木曽谷と伊那谷の行き来が便利になりました。
トンネルの長さが4キロ余り。少し長く感じる長さでした。




薮原駅に到着です。
歩く仕度をして、歩き始めます。
バスは、この後奈良井宿の駐車場に向かいました。



ウオーキングのスタートです。




中央線の線路の下をくぐりぬけ、中山道に出ました。




中山道を北に向かいます。




薮原宿の高札場跡です。
ここに標柱がなかったら高札場跡だとは判りません。




お六櫛の店と漆器の店です。
このような店が並んでいると宿場町らしさを感じますが、店の前を通る人がいません。
平日だから仕方がないのかもしれません。




薮原宿の中を通過します。




薮原宿のハズレまで来ました。
中央線の跨線橋を渡ります。




御鷹匠役所跡です。
この木曽地方は尾張藩の領地でした。ですから頭に尾州の文字がついています。




カラマツ林の中を歩きます。
葉の色が変わってきています。





真っ直ぐ進んで来なければならない道を右のアスファルト道で歩いてしまいました。
本来なら、右側の写真の中央に写っている石畳を歩いてこなければなりませんでした。
折角、石畳が有って旧街道らしい雰囲気のコースですが、外してしまいました。
何やら、損した気分です。



鳥居峠の説明板が設置して有りました。
これから先、いよいよ本格的な登り坂になるところです。
ここで小休止しました。
熊除けの鐘が有り、先に進むのに、鳴らしてから進みました。





秋の穏やかな光が差します。




九十九折れの登り坂を進んでいきます。




赤い木の実。
何の実か判りませんが、見つけました。




あずま屋の所まで上ってきました。
下に薮原の街が広がります。




円山公園に来ました。
ここで昼食にします。





義仲硯水です。
左側の石碑。中山道。義仲硯水と刻まれて居ますが、読み難いです。




石碑を読んでいます。
右は木祖村史跡鳥居峠と刻まれています。




昼食を終え、再び歩き始めました。




御嶽神社の鳥居です。
石の鳥居ですが、真ん中で折れていて、危険でして立ち入らないようにロープが張って有りました。
この鳥居から鳥居峠と言われるようになりました。





高度を稼ぎましたので、水平に歩くような感じがします。




ミンナが集まっています。
栃の木の群生地で栃の大木が並んでいます。
その内の1本。「子産の栃」と言う、栃の巨木が有ります。
栃に大きな穴が開いていて、その穴に捨て子が有り、連れて帰ったら幸福になったと書かれています。




峰の茶屋まで歩いてきました。




峠からは、下り坂と成りました。




坂道を下って行きます。





橋を渡るところも有りました。





光が差す良い雰囲気の所を進んでいきます。
足元は石畳になっています。




峠から下ってきました。




鎮神社まで来ました。
ここで全員写真を撮って、解散です。




神社で解散しました。
ここから自由歩行です。




宿場町の中を歩きます。




店の品。
チラッと目をやりました。




奈良井宿民芸会館。
麺類を食べる朱鷺うにヒノキの漆箸を買いました。





団体がガイドに引率されてやつて来ました。
今まで静かだった宿場町が賑やかになりました。




団体が居ませんと、落ち着いた雰囲気です。




吊るしモノ。
色々のモノが下がっています。
こう言うモノを眺めるだけでも面白いです。





こちらは笠です。
それに店先に並んでいた笠です。漢字が書いてありますが、日本製だろうか。




奈良井宿。




落ち着いた雰囲気です。




道がカーブしていきます。
この先は奈良井駅になります。




奈良井駅に着きました。




駅の改札口です。
次の列車は14時09分と表示しています。




普通列車しか停車しません。
1日に12本。
8時41分に乗り遅れると11時20分まで列車が有りません。
特急は何本も走っていますが、普通列車は極端に少ないです。




女性職員。
乗車券の販売から観光案内まで、いってに引き受けています。
向こう側に預かったスーツケースが見えます。
手荷物を預けて、街の散策に出かけたのでしょう。
普通列車しか停車しない駅ですが、朝1本。夕1本と言うように特急列車が停まれば観光客が少しは増加するかも知れません。




14時9分発の木曽福島行きが発車して行きました。
中津川へ普通列車で向かうとなると、15時19分まで待たなければなりません。
こうして、列車の運行状況を見ますと、とても不便です。




帰路は国道19号線を走りました。
後ろから「しなの16号」が抜いていきます。


今回、中山道を歩き鳥居峠を越えるというコースを歩きました。このコースはさわやかウオーキングで歩きましたし、木曽11宿ウォークでも歩きました。
何時歩いても、良いコースだと思います。




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比良山系の山   蓬 莱 山 (1173.9m) 

2016-08-23 23:21:54 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会で比良山系の蓬莱山へ行ってきました。この蓬莱山は山遊すずらん会の前身である各務原歩こう会の時代に計画がありました。平成27年5月に計画していて、天候が悪かったので中止となりました。そして、2回目として同年9月にも計画したのですが、台風の接近で中止になった山です。
新しく山遊すずらん会が発足して年間計画に入っていました。今回、8月例会の実施日が23日で、予備日は25日となっていました。
週間天気予報と睨めっこでした。23日が、思わしく無い天候で、イライラしましたが、漸く実施する事が出来ました。

バスは24人乗りのバスです。この日の参加者は24名でして満席となりました。バスで向かう山行の魅力は登山口で降ろして貰い、下山口で拾って貰えることです。今回の蓬莱山は登山口と下山口が同じところとなりますので、それ程良さを感じていませんでした。しかし、実際に山行を実施してみてバスに迎えに来て貰うようなこととなり、有り難いと思いました。

今回の山は蓬莱山です。ロープウェイで山頂駅に上り、打見山そして蓬莱山を目指すだけでは、簡単すぎますし時間が早く済んでしまいますので、小女郎峠それに小女郎池へ行って戻るコースとしました。それでも、時間に余裕が有りますので、歩いて下山する事としました。


バスがびわこバレイロープウェイの山麓駅中小に着きました。
前方の建物が山麓駅です。
登山の仕度を整えて、駅に向かいます。




大きなゴンドラです。
既に沢山の人が乗っていました。
多くの人が乗るのに対応していて、つり革が下がっています。




満員電車の中のようなゴンドラ内です。
窓際でないと外の景色を見る事が出来ません。
このゴンドラ。
乗車定員が120人余りだと説明していました。




下りのゴンドラ。
アッと言う瞬間のすれ違いで撮る事が出来ました。





山頂駅に着きました。
あの頂を目指します。




歩き出す前に準備体操です。




歩き始めました。
地面にベルトのようなものが並べて有ります。
初めは、この品が何なのか判りませんでした。




打見山の展望台からの景色です。
琵琶湖です。
先ほど渡って来た琵琶湖大橋が見えます。
左側には近江富士も見えます。




打見山から一旦、下ります。




蓬莱山の山頂に向かって歩きます。
歩いている隊列の横をリフトが進んでいきます。





今日のKオジサンの後ろ姿です。
ゲレンデを登っています。




草原のゲレンデを登っています。
山頂の方角はガスに隠れています。
ゲレンデは草原状なのですが、おびただしい糞が散らばっており、踏まないで進むのが出来ないような状態でした。
大抵のゲレンデは勾配で登るのがキツイのですが、このゲレンデは、それ程キツサを感じませんでした。




鹿の糞です。
このような糞がゲレンデ全体を覆っていました。




蓬莱山の山頂に到達です。
ここ、ケルンの前で全員写真を撮りました。




山頂の方位盤と三角点です。
一等三角点と刻まれています。




山頂から小女郎峠に向かいます。




山頂からの眺望です。
これから向かう小女郎池が見えます。




登山道を下って行きます。
笹原がジュウタンを敷いたように見えます。



良いシーンが撮れました。
向こうの雲が夏山らしい雲だと、言う事が無いのですが、




まだまだ、下ります。




ヒョウモンチョウ(だと思います)が多く飛んでいるのを見かけました。
右の蝶は羽根が、かなり痛んでいます。
越冬した蝶も知れません。でも、ここは雪の深い場所です。そのような事が出来るのだろうかと言う気もします。
何匹も飛ぶ蝶を見かけ、ここは蝶の楽園だと思いました。




今度は登り坂に変りました。




ピークにきました。
次はまた、下だりとなります。
先方に登山道が見えますが、あの道の付け根が小女郎峠です。
京都の街が見えた写真を載せませんでしたが、この辺りで、遠くに京都の街が見えました。空気が澄んでいたら京都タワーが確認できたと思います。





私たちが歩いて来て、鹿の群を見かけました。
向こうの山の潅木に隠れたのです。
見かけた時は5~6頭居ました。
右は切り取って拡大しましたが見難いです。遠くに鹿を視認した時はハッキリ判りました。
人の気配で、サッと隠れました。この鹿たちがバッコしてるのであのような大量の糞があるのだと納得です。
下山して行く時、木の幹にテープが待ってあるのを見かけました。鹿対策です。
大量に繁殖している鹿。
駆除が必要かも知れません。




小女郎峠まで下りてきました。峠に標識が設置して有りました。
右は小女郎池に向かって進みます。



池に向かう途中、このような石碑を見かけました。
恐らく、この地で遭難したのでしょう。
息子を亡くしたのだろうか。
遺族の思い・・・・・。

隊列で進んでいて、このような石碑を見落としたヒトが居るかも知れません。



小女郎池に着きました。
小女郎池の説明看板が設置してあります。




池の周りには人が歩くので、自然に出来た道が有りました。
その道を歩き周回してみます。





道沿いにトリカブトが咲いています。
毒々しい色をしています。(毒が有るから・・・・)
トリカブトが咲く時期に移ってきています。




池の周りを歩いています。
対岸から案内看板の有る場所を眺めました。
池の周囲を歩かなかった人も居ました。




池から蓬莱山方面を見上げました。
この後は、あの場所まで戻ります。




池を出発し、歩いて来た道を戻ります。
キツイ登り坂になっています。




蓬莱山の山頂が見えます。
山頂への最後の登り坂です。あの場所に到達すれば、お昼の休憩に成ります。




蓬莱山の山頂で、お昼の休憩時間を取りました。
山頂の標識をカメラに収めます。



綺麗な色をした琵琶湖です。
対岸の伊吹山が見えます。
石灰岩の採取で岩肌が削られていて、伊吹山だと判ります。




お昼の休憩を終えて出発です。
ゲレンデを下りますので、楽チンです。




ゲレンデを下ります。遠くに見えるのが打見山でロープウェイの山頂駅が有ります。
左側の大砲のような筒。製雪マシーンと言うのか、ゲレンデの雪の製造機だと思います。
冬のシーズン。
沢山のポーターが滑降する事でしょう。



打見山の山頂駅方面です。
ロープウェイのゴンドラが発車したのが見えます。




打見山に戻ってきました。
右は打見山の山頂標識です。





下山を始めました。
平日なのに沢山の人がロープウェイで上がって来ていました。
左側はびわ湖アルプス山荘です。前面にびわ湖テラスが広がっていました。
この道を、このまま下って行きましたが、途中で進めなくなり、引き返しました。




引き返し、標識のあるところから下山して行きました。
途中に有った標識は明瞭でしたが、この場所の標識は判り難かったです。




下山道の上にワイヤーが張ってあり、滑走していく人が通過して行きます。
良い表情をしています。




下山道で、ロープウェイの下を通ります。




下山道で、展望の良い場所も有りました。
湖面を走るボートが見えますが、淡水ですので、海水ほど航跡が残りません。




クロトノハゲまで下りてきました。
標識が柱から外れています。
ここから木戸峠へ向かう道が有りましたが、荒れていて通行止めになっていました。柱はその時に外れたのだろうか。豪雨で道が痛んでいました。
この下山道がキタダカ道です。
右はクロトノハゲです。登ってみれば眺望が開けたかもしれません。



花の少ない時期ですが、タマガワホトトギスが咲いていました。
上手く撮れていません。



天狗杉まで下山して来て一服です。




九十九折れの道を下って行きます。
キタダカ道は人が通るだけにしては広すぎます。
かつては、馬が荷を乗せて往来したのだと想像します。
麓から木戸峠を越え、物資の交流が有ったのでしょう。




ようやく、指示標識の有る場所まで降りてくる事が出来ました。
先方組が矢印を表示してくれていました。



キタダカ道を下山して来ました。
思った以上に時間が掛かりました。
本来なら、ここからロープウェイの山麓駅まで上がらなければなりません。
バスが下へ迎えに来てくれたのです。
このような事が有りますので、バスは有り難いです。


バスが満席となることを想定していませんでした。
でも、結果的に満席となりました。
今回の費用はバス代、高速料金や有料道路と駐車料、ロープウェイ代、それに振込手数料。全てを合計して1人分が4,500円を下回る費用でしたので、参加者から4,500円を徴収しました。これだけ安価な料金で行って来ることができました。
バスでの山行を満席で行って来る。当然一人当たりの金額が安くなります。この様なことも、メリットです。















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霧に包まれた山   乗 鞍 岳 (3025.7m) 

2016-07-14 23:55:23 | 山遊すずらん会

この度、「山遊すずらん会」が発足しました。今まで「各務原歩こう会」を継続してきましたが、会員の高齢化に伴い、退会する人が出るなどして、維持していくことが困難となり解散したものでした。その後は、会員同士が車で出掛けたりしていましたが、バスで出掛ける事になったのは、今回が初めてでした。
解散となった後にバス会社へ出掛けて交渉したりと、難儀なことが伴いましたが、一歩一歩階段を登るが如く積み重ね、漸くバスで出掛ける運びとなりました。7月の予定では福井の取立山に行く計画でしたが、取立山へはミズバショウの時期に行った方が良いと言うことで、乗鞍岳へ行くこととなりました。
バス会社との折衝では行程表を示し、バス代の費用を積算して貰いました。バス代は消費税込みで82,080円。高速代や駐車料金を含めて92,000円余の額でした。
今回のためにKサンが4人の友人を誘って来てくれました。また、新しく4人が仲間に入ってくれました。総勢21名の人数になったのです。バス代、諸費用を21人で割ると1人4,500円余りとなりました。
普通、ツアー会社の募集ですと6,980円くらいが相場です。自家用車で行ったりすると朴の木平でシャトルバスに乗り換えなければなりません。そのような事から、乗り換えもせずに、安価で行けるのがバスでのグループ登山の良いところです。
ただ、実施に漕ぎ着けるには相当な困難が有りました。

実施日は14日で、予備日が19日となっていました。天気予報と睨めっこ。14日は大丈夫だろうと踏んで、実施に踏み切りました。
バスが乗鞍スカイラインを登り出すと霧に包まれました。


バスは国道158号線を走っていて、途中、左折して乗鞍スカイラインへ向かいます。



乗鞍スカイラインはキリに包まれて居ます。
前方からバスが下りてきました。
長野県のアルピコ交通のシャトルバスです。
松本へ向かっていくのだと思います。




高度が上がってきました。
視界何メートルでしよう。
道がカーブしていくのが判ります。
晴れていれば、北アルプスが一望できると思います。



畳平の駐車場に着きました。
霧に包まれています。
バスのドライバーが料金所の職員に、何度有るかと聞きましたら、8度だと返事が有りました。




準備運動をしてから登ります。




登り始めたところです。




お花畑に通じる道です。
先ほど、バスの団体がここから降りていきました。
私たちも、その後に続けば良いと思っていましたが、この先、途中までしか行けませんでした。

観光バスが2台来ていました。
藤沢と平塚から観光バスが、来ていました。
バスのドライバーと言葉を交わしましたら、昨日出てきて、奥飛騨温泉郷に泊まり、今朝、ここまで上がって来たと話してくれました。お花畑を散策するだけですので、スニーカーでも構いませんが、半袖姿の人が居て寒そうにしていましたのが気にかかりました。



畳平の総合案内図です。
お花畑の先には黒い×印が打って有ります。
あのまま、進んでも途中で引き返さなくてはなりませんでした。




点線で描かれた道を歩きます。
砂利道ですが、車が入ってこれそうな道です。




イワツメクサだと思います。




こちらはコマクサです。
霧の露がかかっています。




霧に包まれて歩きます。




霧が消え、前方の視界が開けました。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
まだ、歩き初めです。
楽に歩いています。




コロナ観測所への道と分岐となる箇所です。
この時は、晴れて陽が差しました。




霧が晴れ、乗鞍エコーラインが眼下に見えます。




砂利の道を歩き、進んで行きます。
前方から下山して来た人が居ます。
早朝に登り始めたのでしょう。




乗鞍エコーラインです。
道に黒い点のように見えますが、上の点は自転車の人です。
下から自転車で登って来ています。



雪渓でスノーボートで滑る人たちが見えます。



スノーボーダーをズームしました。




陽が照り、影がはっきりしています。
前方に肩の小屋が見えます。





道端の高山植物。
何と言う名の花か判りません。




肩の小屋の横で休憩を取りました。
この先がキツイ登りとなります。
Kさんが案内してきた4人の女性。初めは別行動で魔王岳にでも登ると言っていたのですが、一緒に登っています。




キツイ登りです。




登ってきた男性が待って居てくれます。
この男性、何処まで行って来たのでしょう。
私たちが歩いていた時、追い抜いて行ったのです。





霧に隠れてしまいそう。




蚕玉岳の標柱です。
左は下山して来た人達です。




中学生の団体が下山して来ました。
みんな、同じ方向を見ています。
ライチョウが居るのだと教えてくれました。
右側はライチョウが居るといわれた方角です。上手く写せていませんが、このような状況の中。ライチョウを目にする事が出来ました。




山頂の小屋まで着ました。




山頂です。
風が強く雨も振りだしました。

強い風が吹いています。駐車場で8度と言っていました。山頂では7度くらいか。風が吹いているので、5~6度になっているかも知れません。




瞬間的に視界が広がったりしました。
こちらは長野県側の眺望です。




風が強く山頂に長く留まって居れません。
下山します。



前方。
霧が引くと視界が広がります。



右側の建物は山小屋の売店です。
小屋の左の場所で昼食を取ることにしました。




霧が晴れた瞬間です。




霧が晴れた瞬間。
岐阜県側で、残雪と池が見えます。



霧が晴れた瞬間。
これは山頂の方向です。
左側が登る人。
右が降りてくる人達。
一方通行になっています。




一瞬、晴れても、ベールを被るように隠れてしまいます。






こちらは下山して行く方向です。




中学生たちが山頂から降りてきます。





昼食を済ませ、下山にかかりました。




一瞬、晴れた乗鞍エコーラインの方角です。



下山途中、中学生の団体が座っていました。先生が写真を撮影しています。
先生に言葉を掛けましたら、松本の中学生だと応えてくれました。
全部で160人ほどだが、登りに来たのは150人位だと言っていました。



視界が霧に隠れてしまいそうです。
ゴロゴロと嫌な音が聞こえてきます。





下山して行きます。




九十九折れになった登山道です。




雨が音を立てて振り出しました。
暫く、肩の小屋で様子を見ました。

小雨になったので、歩き始めたところです。




霧に包まれています。




畳平に到着です。




畳平の駐車所にバスが停まっていました。
先ほどの中学生たちが下山して来ました。
バスのステッカーには信州大学教育学部付属松本中学校と書かれています。


何年か前の事です。
西穂高口駅から西穂山荘へ歩いていた時に中学生の団体とすれ違った事が有ります。
その時、中学生に何処から来たのかと聞きましたら、川中島中学校だと応えてくれました。
また、別の時。何処の山だったか覚えていませんが、清内路中学校だと応えてくれた時も有ります。そして、今回は松本中学校でした。
長野県は、学校から引率して山に登っているのだろうかと思ってしまいました。





畳平で2台の自転車が走ってきました。
右と左の人。一緒の人達なのか、別々なのか判りませんが、少し離れていました。
先ほど、乗鞍エコーラインで見かけた自転車。
その時の人だろうか、別の自転車なのだろうか。



下からタクシーが上がって来ていました。
ドライバーと言葉を交わしました。
「何処から来たの」と聞きましたら、「上高地の帝国ホテルから来た」と言いました。「帝国ホテルからここまでだと、幾らくらいするの」と聞いたら、「13,000円かかる」と言いました。そして、「何人乗せて来たの」と聞くと「2人乗せて来た」と言いました。
帝国ホテルに泊まって、乗鞍へ。
凄い、贅沢だと思いました。
こんな具合なら、帰路。列車に乗るのだったら、特急でグリーン車なのでしょう。そんな事を想像したのです。

感想
Kさんが誘ってきた4人の女性たち。結局、剣が峰まで行って来ました。ハマってまいそう。何て言ってる人も居ました。
これまで、このような山に登ったことの無い人達。
良く登りました。

乗鞍までバスで行って来ました。朝、6時に各務原を出発しました。各務原へ何時頃に帰ってきたか覚えていません。でも、午後6時過ぎには戻ってきたのではないかと思います。誰かが言っていました。こんな事が出来るのも、東海北陸が出来たからだと。
東海北陸自動車道ができる前には、乗鞍の日帰りなんて、考えられないことでした。このように便利になる。有り難い事です。

初めは霧に包まれていて、山頂から降りてきた時は霧が切れました。そして、肩の小屋辺りにクルと雨が振り出しました。肩の小屋の手前では、ゴロゴロと雷が鳴り出しました。
雨が降ってきました。白いものが混じっています。良く見ると、雹の赤ちゃんでした。直径が2から3ミリ程度です。こんなのが空気の上昇と下降を繰り返すとパチンコ玉くらいになり、それが進むと飴玉くらいに成長してしまいます。

すずらん会が発足して、初めての本格的なバスの山登りでした。
何事も本格的に始動させるのは大変な事です。こうして第1回目が出来ました。今後は、もう少しはスムーズに事が進むことだと思います。
もう、次回の行程表と見積書が届きました。今後は軌道に乗っていくことでしょう。

















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山遊 すずらん会  発足会

2016-06-21 23:05:14 | 山遊すずらん会

これまで各務原歩こう会に首を突っ込んでいました。会員の高齢化や諸処の理由で退会する人が出て会を継続していく事が困難となり、4月の山行を持って解散となりました。
その後、5月には関市の武儀権現山。6月には各務原市の明王山へ出かけたりしていました。
解散してから、Kさんの努力する姿が有りました。ソレを見ていて、手助けをせずに居れないように見える程、頑張っていました。
一旦、ポシャッた会を再び立ち上げることは、大変な事です。
参加する意思の者に連絡し、会場を押さえ、参加者が集まって新しい会を形成する運びとなって行きました。団体として行動するからには規則も必要ですし、金も必要となっていきます。苦労して、新しい会が発足する段階に漕ぎ着けました。
今日、発足会を開催しました。


これまでの会員。
そして新しく加わってくれた人達。
20名ほどの人数となりました。
当会はバスで目的地の山に向かうのを原則として居ますので、これだけの人数が維持できれば継続していく事が出来ます。



発足会の式次第です。
規約を承認し、役員を決め、今後の山行計画も練られました。


これまでの歩こう会の形は1人に職務が偏っていました。それに、これまでの会は、リーダーの育成に努めて来ませんでした。今後は、山行の時にリーダーとして先頭を歩く人を育てていかなければと思います。これからは、「一人一役」を合言葉を進めていきます。
やっと、階段を2段ほど上がった段階を迎えました。まだまだ、色々と困難な事柄が出てきます。じっくりとやっていければと思います。それにしても、思うことは解散をせずに休会となっていたら、と言う事です。一度、壊けてしまったものを建て直すのは大変な苦労が伴います。


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