Kオジサンの新・山歩きの記


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歴史街道を歩く会  2月例会  尾崎咢堂記念館 ~ 外宮へ

2015-02-28 23:23:40 | ウオーキング

「歴史街道を歩く会」と言う会があります。その会の2月例会に参加させて貰いました。この会はこれまでも回を重ね、各地の古い歴史街道を踏破しています。
そのような会の2月例会に参加させて貰いました。前回も参宮街道を歩いたのであり、旧桜の渡しまでを踏破しました。今回はその旧桜の渡しの上流に在る旧柳の渡しがスタート地点でした。旧柳の渡しをスタートする前に、すぐ横の尾崎咢堂記念館を見学しました。


尾崎咢堂記念館 ― 旧柳の渡し ― 渡会橋 ― 筋向橋  ― 梅香寺

小西萬金丹 ― 御師龍太夫邸跡  ― 月夜見宮 ― 外宮 ・・・・ 倭姫の宮


(公社)伊勢市観光協会のパンフより出展。
今回、歩いたコースです。
距離的には3キロほどでした。


最初に寄ったのが尾崎咢堂記念館。
バスがすぐ横まで来てくれました。



これから尾崎咢堂記念館に入ります。



ヒゲの男性。
館長なのでしょう。
館内で尾崎咢堂の事を色々と説明してくれました。



尾崎咢堂の年譜その1.



尾崎咢堂の年譜その2.



館内には咢堂五訓と、柱に表示してあります。
力闘によらず、理闘によって解決せよ。暴力では解決しないと言う事ですね。
明治の時代に世界連邦を設立すると言う思想が素晴らしいと思います。



軍部の台頭につよく反対したと有ります。
2月26日はつい、先日の事であります。2.26事件の時に、反乱軍の将校から重要人物として目標にされたのではないかと推察します。



館を出て歩き始めました。
ここは旧柳の渡しの跡です。



渡会橋を渡ります。
橋の上は、吹く風が冷たかったです。



ロードサインに外宮まで1.3kmとなっています。
左折すると参宮街道となります。



筋向橋に来ました。
この場所は街道が交差するところです。
川が暗渠となり、欄干だけが残っています。
土佐のはりまや橋のようです。



梅香寺に来ました。



社務所の前に2本の梅が有ります。



左側が白梅で右側は紅梅です。
白梅は少し咲き始めていましたが、紅梅は蕾の状態です。



街道沿いに有る萬金丹です。



左は店に有る年代ものの看板です。右は萬金丹の由来が書かれていました。



月夜見宮へ来ました。
入口の前には大型バスが停車していました。



これから月夜見宮に入ります。



月夜見宮へ来ました。
折畳み椅子が100以上並んでいます。



境内の大きな木。



圧倒されるような大きな木をアップで。
冬の時期でも葉が落ちていません。
何と言う種類の木か、分かりませんでした。


真新しく、白木の月夜見宮。



私たちが境内にいて、団体が訪れました。
先ほどのバスの団体でした。
私たちが月夜見宮に来た時、バスの車内はカラでしたので、何処か別の場所に寄ってからこの場所に来たのでしょう。ガイドが説明していました。
折畳み椅子が沢山並んでいますが、今夜遷宮が行われるのだそうです。
暗闇の中で厳かに執り行われるのでしょう。


帰りに買った赤福の中に入っていた「伊勢だより」です。
月夜見宮が今日、遷御を迎えると書かれています。



月夜見宮から外宮に向かいます。
歩いている道は神路通で神様が通られる道です。



外宮の正面まで来ました。



玉石を踏みしめて御正殿に向かいます。




左側が御遷宮で移られて新しくなった御正殿。右は移られた跡で、更地になっています。



更地となった跡地。
移られた跡の土地で古殿地と言われるようです。


これから御正殿に向かいます。



まだ、新しい「せんぐう館」。



これから「せんぐう館」に入ります。



「せんぐう館」に入りますが、この先は撮影禁止でした。



せんぐう館のパンフから出展。
外宮正殿を実物代で再現しています。その大きさに驚き、立派さに凄いと思いました。


バスに戻り、倭姫宮に来ました。
倭姫宮に向かう前に、バス停に止っている路面電車型のバスを見かけました。
かつては、伊勢市内を路面電車が走っていて、その電車を再現したスタイルにしたと何かで読んだ気がします。


これから倭姫宮に向かいます。



倭姫宮に来ました。
この倭姫宮も御遷宮が終わったところで、左側は更地となっていました。
ネットで見ましたら、この更地。古殿地と言うようです。


「歴史街道を歩く会」に一緒させてもらいました。これまでに外宮に参拝した事が有り、風宮や土宮は知っていましたが、月夜見宮は知りませんでした。月夜見宮と外宮を結ぶ道が神路通だと知る事も出来ました。
歩き始める前に尾崎咢堂記念館を見学しましたが、尾崎咢堂と言う名を聞いてもピンと来ませんでした。館の中で説明を聞いて尾崎咢堂は尾崎行雄で、東京市長を務めていた時、アメリカ・ワシントンへ桜の苗木を贈った人だと聞き、そうだったのかと思えました。なお、その返礼でアメリカハナミズキが寄せられたのだそうです。
尾崎咢堂は初めは学堂と名乗り、愕堂と改め、そして後に咢堂となっています。
ここ、伊勢市川端町への縁は13歳から14歳にかけて過ごしたと資料に有りました。





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県境の道 豊橋自然歩道を縦走   石巻山(358m)  神石山(325.0m) 

2015-02-12 19:22:13 | 各務原歩こう会

弓張山地は、愛知県と静岡県の県境付近にあって、赤石山脈の最南端、標高300m 前後の丘陵帯です。静岡県側では湖西連峰と呼ばれています。愛知県側は豊橋自然歩道と呼び、葦毛湿原や石巻山などがあります。
「各務原歩こう会」の2月例会で愛知静岡県境の豊橋自然歩道を歩いてきました。石巻山の登山口である間場口から石巻山に登り、豊橋自然歩道を南へ縦走し、神石山を経由して二川TV中継所から葦毛湿原へ下山する計画でした。
アクシデントの発生
神石山から二川中継所へ向かうところを誤って普門寺方面に下ってしまいました。途中で、道を間違えたことに気づき元のコースへ登り返し、普門寺峠を目指しました。
バスを使った山行でして、間場口で下車して葦毛湿原で拾ってもらう予定でしたが、時間的に陽が傾いて来た事や、みんなが疲れて来た事から普門寺峠から二川中継所へは向かわずに普門寺自然歩道入口に向かって下山して行きました。

石巻山自然歩道入口(9:36) ― 豊橋市石巻自然科学資料館(10:20~10:33)  ― 

石巻山(10:55~11:01) ― 観光道路東端(12:15)  ― 石巻尾根分岐点(12:36~13:06)

 ― 多米峠(13:56~14:04)  ― 中尾根分岐(14:33) ― 神石山(15:00~15:08) ― 

普門寺峠(15:51) ― 普門寺自然歩道入口(16:30) ― バス駐車地(16:32) 

今回歩いた豊橋自然歩道は08.01.12に歩いたことがあります。その時は天竜浜名湖鉄道で三ケ日駅まで行き、タクシーで本坂峠のトンネルに向かいました。棒ケ峰に登り神石山へ縦走して新所原駅まで歩いたことがありましたが、石巻山へ登ったのは今回が初めてです。
今回、豊橋自然歩道を歩くに当たって「豊橋自然歩道」のサイトが有り、参考にしました。http://www.aichiyama.com/SizenIchiran.html
石巻山登山口や下山して来る葦毛湿原は下調べをしましたが、神石山からのコースをしっかり掴んでいなかったためアクシデントにつながりましたのが反省点です。



今回歩いたコース地図です。
豊橋市石巻自然科学資料館に備わっていたもので、資料館の地図から出展しました。



バスの車内から。
あの山の向こう側が間場口の登山口です。



登山に備え、準備運動です。
準備運動を指導してくれた廣江先生。
先生はこの山へ来た事が有るそうでした。
先生から解説が有り、この山系で「中央構造線」と言う言葉が出てきました。
みんなを引率していくわけですが、先生がこちらに来た事が有るということで頼もしく思えました。


こちらが登山口です。
バスでここの前を通過してしまいました。
バスを路肩に停め、この地点まで歩いてきました。




勾配がキツく無く、登り易い登山道です。
登山道の脇には大きな木が何本も有りました。



先頭を歩くKオジサンです。
緩い登りの登り易い登山道です。




石巻神社の階段下です。
ここから階段を登り資料館に行きます。




豊橋市石巻自然科学資料館。
無人状態の資料館です。館内に入ります。



弓張山地の地理が解説して有ります。




これは今日、踏破するコースの開設です。




石灰岩などの鉱物が展示して有ります。




石巻山へ向かいます。
途中に石巻の蛇穴が有りました。
中を覗き込みませんでしたが、ヘビの穴。
石灰岩の地質で鍾乳洞になっているのかも知れません。




ダイダラボッチの足跡。
伝説の民話の巨人の足跡。




石巻山の山頂へ登ってきました。
山頂は広くありませんです。
生憎の視界です。
空気が澄んでいると富士山が望めるようです。




山頂からは360度の展望です。
この方向で豊橋市内が望めました。


山頂から下山します。
足元はおぼつかないですが、鎖の手すりが有って助かります。




石巻神社への階段を下って来ました。




石巻観光道路を歩きます。
歩き始めた時はアスファルトの道路でした図、しばらくすると地道に変りました。
足の裏えの衝撃。
地道の方が歩き易いネーの声が聞こえました。





観光道路を歩いてきて眺望の開けた場所で振り返ると石巻山が見えました。
鋭く尖った石灰の山です。
大きな石灰岩が城壁のように見えます。



石巻観光道路の東端まで歩いてきました。
ここから指示標識にしたがって左の階段を登ります。




登り始め。
キツイ勾配が続きますが、すぐになだらかで歩きやすい登山道に変りました。
遊歩道の指示標識が建てられ歩きやすい道でした。


遊歩道を歩いてきて、稜線に出るのには、最後に勾配の有る登山道が待ち受けていました。
みんな、俯きながら坂道を登っていきます。



豊橋自然歩道の本線に着きました。
ここで遅い昼食としました。




石巻分岐点での昼食時間。
私たちのようなグループが通過しました。
19人とかで豊橋駅から来たと言っていました。




石巻分岐点の頭上には高圧線の鉄塔が聳えています。
この後、この鉄塔の幹線を伝っていきました。


鉄塔の有る場所まで歩いてきました。
展望の良い場所で視界が広がります。
ここから浜名湖方面が望めますが、空気が澄んでいないので、眺望は良くありません。



それでも、左側の浜名湖方面に目を向けます。




薄く、モヤの中から浜名湖が望めます。




まだまだ、目的地は先です。
向こうの山に鉄塔が見えますが、アチラまで歩きます。
海岸線が見えます。
空気が澄んでいれば太平洋が見えたでしょう。




多米峠の上まで歩いてきました。
何人かの人が木の伐採作業をしていました。
樹木が切り払われ、明るくなりましたが、夏の暑い時期はキツイ日差しとなることでしょう。




豊橋自然歩道は愛知県と静岡県の県境上に位置します。
この場所は静岡県側なのでしょう。
湖西連峰ハイキングコースと書かれています。




雨やどり岩まで歩いてきました。
左は歩いて来た時に見えた大きな岩の部分です。
右は歩き去る時に見えた岩の下です。



神石山で小休止。
ここでは全員の記念写真を撮影しました。




神石山からの浜名湖方面の眺望です。
半島の先の小島。
浜名湖の無人島。礫島です。



豊橋自然歩道本線。
歩き易い道を進みます。


道を間違えたアクシデント
神石山を出発して普門寺方面へ下ってしまいました。
途中で道を間違えたことに気が着き、引き返しました。




間違いに気が着き、本線へ戻ってから普門寺峠を目指しました。
ベンチが有りますが、ここが普門寺峠です。
当初計画では、この先に進む予定でしたが、時間も迫ってきましたので、ここから普門寺自然歩道にエスケープしました。




普門寺自然歩道を下山していきます。




普門寺自然歩道を下山して来て一般道のような道に出ました。
もう、ここまで下山して来れば安心です。




この標識が普門寺自然歩道入口です。
幹にはフ1と描かれています。




普門寺自然歩道入口から歩いて来ると、数分でバスが迎えに来てくれました。
私たちを見つけ、ドライバーはパッシッグのサイン。
この時の時間は16時32分でした。

バスが迎えに来てくれてホットしました。
誰かが言っていました。バスが迎えに来てくれて「助かったーと思った」と。


歩き始めから、バスが到着するまでは休憩時間を含めて7時間を越えました。
アクシデント発生で、山の中から携帯電話でバスの運転手に下山していく所を指示して迎えに来て貰いました。このようなことが出来たのも携帯のお陰であり、バスの山行だから出来たことでした。バス山行のありがたさです。
豊橋自然歩道で遭難なんて言うとオーバーですが、日没時間が迫って来るし、みんなの疲労度合いを考慮しなければなりませんでした。
みんなを引率していく立場にあります。
明るいうちに、無事に下山して来てヤレヤレと言う気分でした。


豊橋自然歩道は南北に伸びる幹線の道です。何十キロにも及ぶ道で人の体で言うならば背骨に当ります。肋骨として赤岩自然歩道や石巻山自然歩道が横に伸びています。静岡県側からでも新所原駅から登れますし、天龍浜名湖鉄道を使えば、知波田駅や三ケ日駅からの横のルートを取る事が出来ます。
縦走でなく横断したりするのも面白いでしょう。

今日は眺望の広がる場所が有りましたが、空気の透明度が悪く視界が広がらなかったのが残念でした。








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志摩・横山展望台から合歓の郷へ  英虞湾を一望できる横山(203.4m)

2015-02-09 23:00:43 | アウトドア

名鉄バスのバスハイキングで三重県志摩の横山(203.4m)に登ってきました。名古屋バスセンターを出発し、横山ビジターセンター近くで降ろして貰って、合歓の郷へゴールするというものです。この日はバスが1台で参加者は30名でした。この企画は2月7日 8日 9日と開催されました。今日はその最終日でした。平日だからなのか、参加者は何れも高齢の人が多かったです。お1人だけ若い男性が参加していました。そんな彼と言葉を交わしました。「1人だけ若い人。 全体の平均年齢を下げているネ」と。
歩いてみて、何箇所かの展望台から英虞湾のパノラマが楽しめ、自然も豊かな好いコースだと思いました。中日の8日は雨で残念な天候でしたが、何れの日もバス1台の運行だったそうです。参加者の少ない状態で、マイペースでゆっくり歩けました。


主催者から渡された地図。
難易度は星が2つで8.5kmとなっています。



バスの行き先表示です。
通常ですと7時30分から8時までが受付時間ですが、この日は1台のみの運行でして、出発時間が8時となっていました。



このバスが乗車したバスです。



バスが創造の森横山に着き、参加者は仕度をして歩き出しました。



こちらは横山ビジターセンター。
環境省の施設でしょうか。
館内に入ってみます。



志摩地方の自然を紹介しています。
この女性は職員なのでしょう。
今日のような空気の澄んだ日は富士山が見えるかも知れないと話してくれました。



写真を使った大きな壁画。
英虞湾の風景を表しています。



写真をアップで見ますと。
志摩の人。
志摩の料理。



ビジターセンター前のウオーキングマップ。
マップコースに沿って歩きます。



歩き始め。
左側の建物が横山ビジターセンターのハウスです。



横山展望台に向かって歩きますが、坂道を歩きます。



横山展望台の駐車場に来ました。
真っ直ぐ進むと階段です。
左にはスロープが設けられていて、車椅子でも上がっていけました。



左のスロープに向かいました。
前方に英虞湾の眺望が広がります。



この建物が横山展望台です。
南側の眺望が開けています。



横山展望台からの眺望。
輝く海。
この写真を撮ったとき、頭に浮かんだのはシャンソンの「空と海と太陽」や「ラ・メール」です。

冬の時期で寒かったのですが、溢れる太陽と言った感じがしました。




こちらはパノラマ展望台からの眺めです。



こちらは見晴展望台です。
横山展望台。パノラマ展望台。見晴展望台。英虞湾展望台と展望台が続きます。
展望台ごとに展望が異なるのも、面白いと思いました。



見晴展望台から見た、東方の眺めです。
空気が澄んでいましたので、富士山が見えるかと思いましたが、残念ながら見る事が出来ませんでした。



この辺りから地道を歩きます。



志摩地方は温暖な地です。
左下はカクレミノの葉に似ています。右下はウバメガシの林を歩くと有りましたので、ウバメガシの葉だと思います。何れも、温暖な地の樹木が目に付きました。



横山の山頂に来ました。
三角点の柱が埋まり頭だけが出ています。



横山山頂から見える英虞湾です。
真珠養殖の筏が確認できます。



浅間山展望台に来ました。



浅間山展望台から英虞湾を見下ろします。



浅間山展望台からは長い階段が続きます。
両側はウバメガシが続きます。



階段を降り、一旦一般道を歩きます。
前方の山が歩いて来た横山の方向です。



迫子集落へ歩いてきました。
流れる川は迫子川です。海が近く海苔網が敷かれて居ます。


集落の中を歩いてきて、県道へ出ました。


県道沿いを歩きますが、前には誰も歩いていません。



歩く案内表示です。
2つの横断歩道を渡ります。


歩きながら、花が目に入りました。
春が来ていると言う季節感を感じます。



海沿いの道に出ました。



海苔なのでしょうか。
2人が作業していました。



志摩の自然。
左上は海苔シダの杭に鳥が止っていました。上右は合歓の郷で見かけた鳥です。
左下は迫子川で見かけたセグロセキレイです。
右下は合歓の郷近くの道路で見かけたメジロです。
バスに乗ったとき、後ろの女性からカワセミを見たと言う声が聞こえました。志摩地方は自然豊かな地で野鳥も沢山生息しています。
メジロは人に慣れているのか、近づく事が出来ました。ズームレンズのカメラなら、アップで捉える事が出来たでしょう。



案内表示。
この表示を左に折れると合歓の郷です。



これから合歓の郷に入ります。



合歓の郷が広く、目的地の場所が判りませんでして、園内をウロウロしてしまいました。
こちらは入浴施設の夢の舎です。



夢の舎の内部です。
この「夢の舎」は3月一杯で廃業してしまうのだそうです。
今日は9日でして、39サンキューの日で390円でお風呂に入れました。得したーと言う感じです。

最後に
200メートル程の低山に登りました。特に各展望台から英虞湾の展望を楽しむ事が出来ました。想像以上に良いコースでしたが、参加者がバス1台分の人数であり、余り、人気が有るコースとは言えませんでした。

今回のコースの一番良い点は、横山展望台から英虞湾のパノラマが望めることです。歩き易く好いコースだと思いましたが、人気が無いのが不思議に思えます。

合歓の郷。
かつてはここ、合歓の郷でポピュラーソングコンテスト。ポプコンが開かれました。合歓の郷でポプコンが開かれているのは知っていましたが、この場所を訪れたのは初めてです。広い敷地内で、どの場所で開催したのか想像できません。
それでも、今回のバスハイキングで合歓の郷へ来る事が出来ました。
見るものすべてが新鮮に見えます。ゴルフ場。テニスコート。アーチェリー場。合歓の郷はこんな場所なんだーと言った感じがしました。

今回はバスツアーでスタート地点の創造の森横山で降ろして貰い、ゴールの合歓の郷で拾って貰えるというモノでした。公共交通機関を利用して訪ねる方法は無いかと検索しましたらこんなバス停が有りました。
http://bustei.publicmap.jp/spot/391836/bus_line_map
三重交通の伊勢宿浦線と言うバス路線が有ります。
バス停の場所は判りましたが、バスの運行時間は判りません。
頻繁な本数は有りませんが、1日に14本から15本有ります。バスの時間は判りませんが、泊子バス停で乗車して横山登山口に戻れば、車を停めたところに帰れます。

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一宮友歩会・第54回ウォーク例会 史跡巡りシリーズ・西尾張編Part12  旧木曽川町から一宮市を歩く

2015-02-07 22:23:46 | 一宮友歩会

2月例会は名鉄木曽川駅から旧木曽川町内を東へ進み、鎌倉街道を歩きます。そして伊冨利部神社や石刀神社を回り南東に歩き、真清田神社を目指しました。
今回は、一宮市消防本部へ寄り特別に救命救急講習を受講しました。

 
新木曽川駅  ― 木曽川資料館  ― 法蓮寺 ―  籠守勝手神社 ― 白山神社


 ― 伊冨利部神社 ― 石刀神社  ― 九品寺公園 ― 浜神明神社 ―  平島公園


 ― 一宮市消防本部  ― 真清田神社 ―  一宮駅  

 
第54回のコース地図です。
新木曽川駅をスタートして、東に向かい、南東へと歩きました。



出発式が行われる木曽川商工会館の駐車場です。
人が集まり始めました。



駐車場の西側は木曽川資料館となっています。
表に町会議事堂と書かれています。
かつては町の議会が開かれていた所なのでしょう。



館内には民俗資料が展示して有ります。



出発式で挨拶する寺沢会長。



名鉄本線沿いに北へ歩きます。



まず、最初に寄ったのは黒田城址です。
説明板には、関ヶ原の合戦より前の時代に、何度も城主が変った事が書かれています。
お城と言うより「館」が有ったようです。
そんな館でも、焼き討ちに有っています。



次に向かったのが法蓮寺です。
ここには黒田城主だった山内親子の墓があります。



山の内一豊の父。守豊と長男十郎の墓が寺の裏側にあります。
お墓で説明がありましたが、このような形のお墓を宝篋印塔というのだそうです。



籠守勝手神社に着きました。



次に向かったのが白山神社です
境内の梅が咲き始めています。



夜鳴き石です。
昔話で、夜鳴き石が、境内で夜になると鳴いたのだそうです。
それで境内から外に運び出したら鳴くのが止ったという話が有るのだそうです。


白山神社の参道。
この道の突き当たりが白山神社です。



伊冨利部神社に到着です。



緩やかに蛇行する道。
今回は、鎌倉街道の一部を歩きましたが、この道。
直線でなく蛇行していますので、鎌倉街道の一部ではないかと思いました。



石刀神社で神主から説明を受けました。



神主に急遽、お話しをを頼みました。
神社の後ろ。木が茂っていますが、古墳の跡に神社が建立されたのだそうです。

訪れた3箇所のお宮さん。
何れのお宮さんにも石の太鼓橋が有りました。
尾張北部のこの地。
神社の勢力が強かったのではと想像しました。



平島公園です。
ここでランチタイムとしました。
奥に見える構築物は一宮競輪場です。



平島公園。
ランチタイムが終わりました。



安井さんの説明です。
今回、最初に訪ねた場所は黒田城址ですが、城址の多くは、河に面した場所に築かれていたのだそうです。
何故、城が河に面した場所に成るかと言うと、年貢を取り立てた時、舟で運ぶので河の近くに築城したのだそうです。

今回歩いたコースで鎌倉街道の部分は、長い歳月で自然堤防が出来た後に、鎌倉街道に形成して行ったのだと言われました。



これから、あの一宮市消防本部へ向かいます。



消防本部で救命救急の講習を受けました。



心肺蘇生で、胸骨圧迫の実習です。



最後は真清田神社で解散式です。



解散式の後、真清田神社にお参りしました。




今回は尾張の北部を歩きました。
特に印象に残ったのが、 籠守勝手神社 白山神社 冨利部神社 石刀神社 の大きさです。規模的に大きく、どの神社にも石の太鼓橋が有りました。これだけの大きな境内。大きな勢力があったのだと思わせました。
今回、50人の参加者が有ったそうです。特に、若い人も一緒に歩いてくれました。若い人にも、このようなウオーキングに関心を持って貰えると嬉しいですね。

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養老山系縦走   三方山(720m)   養老山(858.9m)

2015-02-04 23:14:21 | 水曜会

久し振りに水曜会の山行に参加しました。 今回もジオンさん企画です。
下山口の養南病院の奥に車をデポして養老公園の駐車場からのスタートです。滝の上流部、コンクリートの飛び石を渡ると急登の始まりです。九十九折れの登山道を進みますが、高度が増すにつれて雪が現れ始めました。急坂が終わり尾根に辿り着いて一休みです。暫く進むと三方山への分岐の標識が見えました。
ここから3分程で三方山の山頂に着きます。展望が開け濃尾平野が一望できました。濃尾平野は少し靄が掛かったような感じですが、遠くの山々ははっきりと確認できました。白山 乗鞍岳 御嶽山に恵那山。山の名は特定出来ませんが中央アルプスあたりがノコギリの歯のように見えます。抜群の眺望です。御嶽山は白煙が上がっているのが肉眼でも、はっきりと見えました。
笹原峠から登り、小倉山園地で小休止です。目指す津屋避難小屋はまだ、先となるので、少し腹ごしらえをしました。風が無く穏やかな陽気です。
ここからは養老山登山道が横にスライドして行く形でアップダウンが有りますが、今までのような登りの連続では有りません。養老山山頂は養老山登山道から10メートルほど入った位置にあります。立派な三角点の標柱が設置されていますが、周りを樹木で覆われ、全く眺望が有りません。
津屋避難小屋を目指し養老山登山道を歩きます。少々のアップダウンが続きます。避難小屋は、まだかまだかと言った感じです。先方を歩くジオンさんからは、「ミンナお腹が空いて、無言に成って来ている」と言う言葉も。
避難小屋に着き、雨戸を開けて中に入ります。皆の持ち寄った食材がザックから出てきてランチの開始です。ランチが終わる時期に若者二人が現れました。トレランでここまで来たが、下に降りる道を教えて欲しいとのことでして、それでは私たちも今から下山するので一緒に降りましようとなりました。
良く喋るお二人。一宮市と江南市の介護士とケアマネージャー。始めは私たちと一緒に歩いていましたが、途中からは先を歩くようになり、走って駐車場に向かいました。


養老公園駐車場(8:42) ― 滝の上(8:54)   ― 尾根道(9:33~9:35) ― 

三方山山頂(10:08~10:17) ― 小倉山園地(10:48~11:00) ― 養老山(11:27~11:30) 

― 多芸ノ台(12:13~12:17)  ― 津屋避難小屋(12:40~13:53)   ― 

東海自然歩道(15:19)  ― 駐車地(15:29)   

今回のコースを1月20日に「山たまご」さんが歩いていて、参考にしました。
http://www.geocities.jp/tokaigakko/page-444.yoro.html


今回歩いたコースは10年位前に歩いた記憶が有ります。その時は美濃津屋駅に車を停めて、川原越えから養老山へ歩きましたので、今回とは逆のコースで歩きました。
10年以上前に歩いたのであり、同じコースを逆に歩きましたが、初めて歩いたように、新鮮に感じる事が出来ました。1度歩いたコースでも、新鮮に感じられる。それも、山の面白さの1つです。

 


乱丸さん。提供のGPS軌跡図です。
上から下へ縦走しました。



養老公園の駐車場から歩き始めました。



コンクリートの飛び石が見えてきました。



飛び石を渡って行きます。
この川は養老の滝の上流部です。



飛び石を渡ると、九十九折れの道が始まります。
急な登山道を登って行くと、高度が増すにつれて雪が現れました。




三方山の山頂に着きました。



前方の視界には濃尾平野が広がります。
霞んでモヤって居ますが、遠くの山々ははっきりと見えました。




肉眼でも御嶽山の噴煙が見えます。
岐阜駅前の2本のタワーピル。その先の三角形の山は金華山、そして百々ケ峰が確認できます。
揖斐川や長良川も判ります。



小倉山へ。
あの頂を目指します。



小倉山園地を目指します。



雪を踏んで登ります。



うつむくKオジサン。
登りがキツかって、休んでいたのか、意識していない内に撮られていました。
バックの景色が素晴らしいです。



晴れていて、日差しが眩しいです。



もうすぐ、小倉園地に到達です。



小倉園地から。
下に先ほどの三方山が見下ろせます。



小倉園地で全員の記念写真を撮影しました。



小倉園地から養老山を目指します。



右手には霊仙山が見えます。白い所は西南尾根です。



先頭を歩くジオンさんと乱丸さん。



養老山頂登山道を進みます。



養老山頂登山道。
標識がしっかり整備されています。
津屋避難小屋までは80分と表示しています。


登山道を歩くKオジサン。
えらくガニマタで歩いています。
草臥れてきているのでしょうか。



列で登山道を進みます。



多芸ノ台へ来ました。



このあたりの登山道は歩き易い部分です。
冬で、木の葉が落ち、木の間から下界が良く見えます。



やっと津屋避難小屋に到着です。



避難小屋で遅いランチの始まりです。
NOKOさんが素麺を折り、鍋に入れました。



ランチの始まり。



ランチの真っ最中。
Kオジサンの表情。
我ながら好い表情をしていたと思いました。



皆さんから出された食材。



食材をチョイスしたものです。



ランチを終える頃に若者2人が避難小屋に現れました。
下山路を教えてほしいとの事で、一緒に下山しましょうとなりました。



ハーフパイプ上の道を下山し始めました。



落ち葉が貯まり歩きにくい道です。
道と言うよりも・・・・。



やっと、東海自然歩道と交差するところに来ました。



車をデポしておいた駐車地まで下山してきました。



お疲れ様でした。



Kオジサン。
駐車地に辿り着きましたが、ヘロヘロになっていました。


2002年の山行
冒頭で、このコースを10年位前に歩いた記憶が有ります。と書きました。調べてみましたら2002年2月2日の事でした。
山に登った後、印象が段々薄れていきます。
あの時、川原越えの谷を登って行く時に、「パーン、パーン」と銃声がしました。イノシシ狩りをやっていたのです。銃声で怖い思いも有りました。川原越え~北に進むと暫くして東屋に到達しました。
あの時の記憶で、一番残っている事は下山してきてタクシーを土産物屋から呼んで貰った事です。時間が経つに連れて10の記憶が8となり、5となり、最終的には2程度の記憶となります。
始めの計画では養老駅から津屋駅へ近鉄(当時)で戻る計画でしたが、下りて来るのが遅くなってしまったのです。この時のことは「せきすいの山遊録」に載っています。もう、閉じてしまったホームページですが、http://tendoh.fc2web.com/index.htmで開き、07山遊録をクリックして、2002年2月2日の養老山を開きますと、その時の模様が見れます。
このホームページを見ると、各務原の出発が8時となっています。登り始めるのが遅く、その結果、下山して来るのが遅くなったのです。各務原を6時位に出発していれば、こんな結果にはならなかったのだと思います。振り返ってみますと、まだまだ、登山知識が乏しく未熟な時期でした。それでも、アレから13年が経ちます。


津屋避難小屋の前で。



小倉山園地でのコーヒータイム。



山の面白さ。
今回のコースはジオンさん企画。
歩いてみて、色々の事を振り返り、1つ1つの山の思い出を懐古することが出来ました。こういう事が出来るのも山の面白さでしょう。
今回、登った後に皆さんから画像を戴きました。自分の姿の画像を他の人からヤフーボックスで貰う。そういう事が出来るのも、一緒に登った仲間が有ればこそです。一緒出来て、改めて良かったと振り返っています。
それに、今回のような下山口に車をデポして置いて縦走が出来るのは、一緒できる仲間が居るからこそです。有り難いことです。

下山して来る時はヘロヘロの状態でしたが登ってみて、楽しめたと感慨に耽っています。

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