Kオジサンの新・山歩きの記


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焼 岳 縦 走    (2,393m) (焼岳北峰)

2013-10-10 22:42:45 | 各務原歩こう会

「各務原歩こう会」で、焼岳へ行ってきました。
焼岳南側の新中ノ湯の登山口から登り、北側の上高地登山口に下山しました。

新中ノ湯登山口(8:00) ― 広場(9:42)~(9:52)  ― 下堀沢出合  ― 肩(11:37) ―    

山頂(11:43)~(12:20) ― 肩(12:33) ― 中尾峠(13:40)  ― 焼岳展望台(13:49)~(13:54) 

― 焼岳小屋(14:04)~(14:07) ― 梯子(14:36) ― 上高地登山口(16:17) ― 

田代橋(16:35) ― バスセンター(17:01) 


安房峠の11号カーブが登山口です。そこでマイクロバスから降り、山頂に向かい、上高地に下山するルートを取りました。上高地のバスセンターにバスが待っていましたが、休憩時間を含めると9時間に及ぶ山行でした。

夏の間、上高地は交通規制があり、バスが入ることは出来ませんが、今の時期なら可能です。
今回、スタートとゴールが別々のところとなりました。こう言った事が出来るのもバスで行くから出来ることです。

 
07:54
11号カーブに到着し、準備運動をして山行に備えます。
既に沢山の車が停まっていて、満車に近い状態です。



08:00
この登山口から登り始めます。



08:16
立派なブナの大木。
登り始めですが、急登が続きます。



08:26
高度が上がってきました。
登り始めは、ブナなどの照葉樹だったのですが、足元を気にしながら登っていましたので、シラビソ等の針葉樹に変わってきた事に気が付きませんでした。



09:19
一旦、下って再び登ります。
この辺りで親子連れの3人組とすれ違いました。
中高年の夫婦と娘さんです。
朝、4時半に登り始めたのだそうです。
この後、下山して乗鞍岳に向かうと話していました。
この時間から乗鞍に向かえば、登れるんも知れませんが、100名山に拘りが有るのでしょう。1日で100名山を2山。
少し、ムチャだ。と言う気がします。



9:37
山頂が見え出しました。




9:37
山頂方面をアップで。
色づき始めた木々が綺麗です。



9:53
広場で小休止を取った後、再び歩き始めました。



10:01
堀沢出合辺りです。
右側のところが崩落しています。



10:01
右に目をやると、穂高岳や明神が見えます。



10:14
登りが続きます。



10:24
噴煙が近くなってきました。



10:30
前方の人が小さく見えます。



10:33
振り返ると、登ってきたコースが見えます。
休憩した「広場」辺りは紅葉、真っ盛りです。



10:35
キツイ登りが続きます。
ここでも、小休止です。



11:01
あの取っ付きまで、もう少しです。



11:01
あの取っ付きをアップで。



11:23
取っ付きです。
先を進んだ人たちが待っていました。



11:23
取っ付きまで来ると、噴火口が見え、硫黄臭が漂ってきました。



11:27
この先が肩です。



11:29
肩まで、険しい道を進みます。



11:31
肩までもう少しです。




11:41
肩から。
北の山々を望みます。



11:41
肩から。
雲の下に槍ヶ岳が確認できます。
しばらくして、槍は隠れてしまいました。




11:41
肩から北峰山頂を目指します。
このルートで渋滞する箇所です。
大小の噴火口から噴煙が上がっていて、風向きによっては硫黄臭が漂ってきます。
左の噴火口近くに行った時、シューと音が聞こえました。


11:43
北側に眼を向けると、この後、下っていく道がはっきりと見えます。


焼岳山頂

12:11
山頂からの眺望です。

山頂から来たの方角を臨みます。
頂に西穂山荘が見えます。
また、左のほうでは新穂高ロープウェイのゴンドラが行き来するのが見えました。
独標に登っていく道がはっきりと判ります。



12:14
この日は平時にかかわらず、結構、多くの人が訪れていました。
多くの人が訪れた焼岳。
人気のある山だと感じました。

遠くに雲が掛かった笠ケ岳方面が望めます。


12:19
お昼の時間が終わり、出発します。
これから降って行きますが、焼岳小屋の屋根が見えます。



21:21
山頂から下山を始め、肩に来ました。



12:22
上高地がはっきりと見えます。


12:26
上高地をアップで。



12:35
肩から中尾峠に向かって降って行きます。
急な足元で慎重に進みました。



12:37
大正池と大正池ホテルが望めます。



13:40
中尾峠まで下りて着ました。
ここから焼岳展望台へ登り返します。




13:49
焼岳展望台から振り返り、焼岳方面を見上げます。



13:49
アップにして、焼岳方面を見ると、降りて来る人たちが小さく見えます。



14:03
焼岳小屋が下に見える場所まで来ました。



14:06
焼岳小屋で小休止。
この小屋で、焼岳のバッジを何人が買いました。



14:23
下山路の右側の崩落地。
手前の小木にピントが有ってしまいました。
向こう側は錦秋の色合いです。



14:36
ハシゴの所に来ました。



14:36
垂直に近いハシゴです。
スリルが有るのですが、慎重に下りました。



14:38
あのハシゴを下りて着ました。



14:40
ハシゴの全体。
ハシゴは大きい小さいは有りますが、このようなハシゴが3箇所ほど有りました。



15:52
だいぶ高度が下がって着ました。



16:10
上高地の林道までもう少しです。



16:16
上高地の登山口まで下りてきました。



16:17
上高地側登山口の指導標。
このあと、バスセンターを目指して歩きました。



16:35
田代橋まで来ました。



16:59
梓川沿いを歩きます。
バスセンターはもうすぐです。




17:01
バスセンターに到着です。
時間が時間であり、バスの数が少なかったです。



17:03
登山靴を脱ぎます。

各地からの車

11号カーブの駐車場には各地から訪れた車が多く、満車状態でした。
流石に100名山と言った感じでしょうか。
20台余りが停まっていて、全部のプレートを見たわけでは有りませんが、一番遠くは秋田ナンバーでした。
登る途中に、下山して来た夫婦と娘とすれ違いました。100名山のピークハンターなのでしょうか。彼らは、何処から来たのでしょう。
このあと、乗鞍に向かうと話していました。



焼岳には02.06.23に登りました。
新中ノ湯のコースからピストンでした。
12.08.29に新中ノ湯から登り、中尾温泉へ下山する縦走をしました。
そして今回は新中ノ湯から登り上高地に下りるコースを辿りました。
いずれも、登山口から山頂までは同じコースです。2回登った事が有っても、歳月が経ち新鮮な印象でした。

昨年の時はリンドウなどの花を目にしましたが、今回は、全く花に逢えませんでした。その代わりに色づき始めた木々に逢う事が出来ました。
違う季節に登ると、違った景色を見れると言うことですね。



今回は新中ノ湯から登り上高地に下りるコースを辿りました。
新中ノ湯から焼岳山頂へ。そして焼岳山頂から上高地へ。
2回分を1回でやってしまった。そんな感じがします。
新中ノ湯から焼岳山頂へは、安房峠の11号カーブまで上がってくる事が出来るので人気のあるコースです。
登って行く時に下山して来る人と言葉を交わしましたが、前夜に駐車場に停めて車中泊をし、6時、6時半頃から登り始めたという人が多かったです。

焼岳から上高地に掛けては、ハシゴの下で男性とオバちゃん3人のグループとすれ違いました。彼女の口からはコテコテの大阪のおばちゃんと言っていました。すれ違う人が少なく、あとは男性とすれ違ったくらいです。
あの時間に登っていくのですから、多分山小屋で泊まるのでしょう。



新中ノ湯から北峰へのルートは踏破した事が有りましたが、中尾峠から上高地に掛けては初めてでした。垂直に近いハシゴ。少しスリルを感じました。
そして、延々と続く下りの道。長時間でしたが、よく、歩いたと言う気がします。


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一宮友歩会・第46回例会  河川探訪シリーズ・境川編part1  大府市・刈谷市を歩く

2013-10-09 00:03:55 | 一宮友歩会

今回は名鉄豊明駅をスタートして豊明市、大府市を歩き、刈谷市でゴールしました。
豊明市、大府市は尾張の東端。刈谷市は三河の西端で国境(クニザカイ)の地、一帯を歩きました。

名鉄豊明駅(豊明市) → オシロ池(大府市) → 極楽寺(大府市)→ 普門寺(大府市)→ 

藤井神社(大府市)→ 日高公園(刈谷市)→中手山貝塚(刈谷市)→医王寺(刈谷市)→ 

椎の木屋敷(刈谷市)→亀城公園(刈谷市)→本刈谷神社(刈谷市)→名鉄刈谷市駅


今回のコース地図。
10月でも暑かったです。
コースが15キロとなっていましたが、暑さでヨタヨタになり、15キロよりも多いような感じがしました。


豊明駅を後にして歩き出しました。
この坂道を登り切ると国道1号線の歩道となります。


境川ので坊を歩きます。
夏の雑草が綺麗に刈り払われていました。



近崎神明社へ来ると「おまんと祭り」の柵が整っていました。
後は祭りの本番を迎えるだけでしょう。
右は昨年のおまんと祭りでしょうか。ポスターの一部分です。



大府市神田町に来ると公民館祭りが行われていました。
公民館祭りのために通行止めにするのは、とても熱心なことです。


右は公民館の前に差し掛かりました。
左は整頓して並べられた自転車です。子どもたちの自転車なのでしょうが、キチンと並んでいます。



太鼓や金管楽器の演奏です。
神田町を挙げての公民館祭りです。
日頃の練習の発表の場で有ります。


五ケ所村の記述のある石碑を覗き込みます。
古い字体で読み難くなっています。



極楽寺に着きました。
この寺は知多新四国の2番札所になっています。



普門寺から出てきました。
こちらは3番札所です。



神明社での説明です。
ここには中手山貝塚が有ります。


神明社に貝塚があり、Yさんの説明がありました。
貝塚と言うと、その近くに居住していた人が貝を捨て、貝塚になったとものと思っていましたが、そうでは無いらしいのです。
海から採ってきた貝を茹でて干し、山の地域に持つて行って、物々交換したのではないかと言うのです。
縄文時代ですから、当然、米作はまだ、遣っていません。
山の地域から何を貰ってきたのでしよう。木の実なのか。キノコなのか。また、獣の干した肉と交換したかも知れません。想像は膨らみます。
当時、海はもっと奥まで来ていて、入り江を形成していました。貝塚は干した貝を生産した工場跡だと言う説です。
貝だけでなく、魚を捕らえたでしょうが、イルカの骨が出たりする遺跡がありますが、魚の骨は出土していません。

今までは、貝塚は普段の生活で出た貝が体積したものだと思い込んでいましたが、今回の説のように大量に干した貝を生産していた工場の跡となると見方が変わってきます。
色々と想像をめぐらせて見るのも面白いことです。


こちらは椎の木屋敷で説明するMさんです。
刈谷城は何度も城主が代わっています。三河の西の端で、今川氏の支配を受けた時期も有り、織田氏の支配を受けたときも有ります。勢力が弱いと他国の支配を受けてしまいます。



椎の木屋敷の由来と於大の方のブロンズ像。
この説明に有るように於大の方は戦国の世で波乱な生涯を送りました。



刈谷球状へ来ると女子ソフトボールをやっていました。右は豊田自動織機。
左は日立とデンソーです。
ソフト部用に立派なバスで来ていました。



球場では佐川急便と豊田自動織機の試合が行われていました。
右はダッグアウトの後ろからです。



境川と逢妻川の堤防を歩いています。
左が逢妻川。右が境川です。



平成大橋から上流を眺めました。
逢妻川が分かれ、再び合流し川の中に島を形成しています。



平成大橋から下流を眺めました。
背割り堤防が下流へ続いています。
この先は衣浦湾になります。
海が近くなっています。


平成大橋を歩きます。
この橋の下を五ケ村川。境川。逢妻川が流れています。
この辺りの川が一箇所に集中しています。
平成と名が付くのですから平成に架橋されたものでしょう。


平成大橋から下に農作業をする人が見えました。
良く見ると農作業をする人に見える案山子でした。



本刈谷神社に到着です。
こちらにも貝塚が有ります。



本刈谷神社では神事が行われていました。
境内には明日に備えてでしよう。白線で町内会の名が書かれていました。
これは神輿を留め置くためのものでは無いかとの声が有りました。



左は黒い礼服を着た人たちです。「ヤク落しの人たちでは無いか」という声が有りました。
右は舞を舞う少女です。



お疲れ様でした。
刈谷市駅に到着です。
この刈谷市駅がゴールでしたが、5人ほどの男性がJR刈谷駅まで歩きました。


歩いていて、「金木犀の香りがする」と女性の声。みんなが、その香を嗅ぎました。
惣作遺跡ではコスモスが風に揺れていました。こうして、歩いているから季節を感じれるのが良い点です。
近崎神明社ではおまんと祭りの準備が整った状態を目にしましたし、本刈谷神社では人々が並び、神事が執り行われているところを目にしました。
このように祭りに触れる事が出来るのもウオーキングの面白さです。

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