Kオジサンの新・山歩きの記


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きんてつハイキング  レトロな名古屋文化を楽しもう! 大須界隈を歩く

2018-04-18 23:22:21 | ウオーキング

新聞のお知らせ欄で近鉄ハイク「レトロな名古屋文化を楽しもう! 大須界隈を歩く」と言う記事が載っていました。大須観音の骨董市やあいち銭湯資料館を巡ると言うものです。
それに参加しました。近鉄烏森駅で10時20分から受付となっていました。前夜来の雨でしたが、朝になって天候が回復しました。ゆっくりと烏森駅に向えば好い。誰もが同じようなことを考えたみたいでした。でも、受付で渡されたカードの番号は537番でした。と言うことは私より先にスタートした人が536人いると言う事です。
雨の上がった名古屋の町を歩きました。

近鉄烏森駅(スタート)   ― 佐屋街道  ― 長良橋 ― 松重閘門  ― 日置神社  ― 大須観音
 ― 春日神社   ― 記念橋   ― あいち銭湯資料館   ―   JR鶴舞駅(ゴール)  



主催者から渡されたコース地図です。


近鉄烏森駅

(10:58)
烏森駅は普通列車しか停まらない駅です。
電車が駅に着くと、降りてきた乗客が次々と受付をして歩き始めました。




歩き出した佐屋街道。
車が沢山行き来しています。




(11:12)
環状線で信号待ちです。
先を歩いていた人も信号で待たされ、青に替わると一斉に歩き出します。



佐屋街道

ヤジさんキタさんをイメージしているのでしょうか。
歩道に埋められたプレート。


長良橋

(11:17)
長良橋まで歩いてきました。




金山方面です。




(11:21)
この通りからも金山方面が見えます。




新幹線が通過しています。


松重閘門

(11:40)
松重閘門が見えてきました。




松重閘門は、今では稼動していません。
かつて水路となっていたところは埋め立てられています。
橋が架かっており、その北側が松重閘門公園となっていました。
この場所で弁当を広げる人たちも居ました。




橋の上から松重閘門を見上げました。



松重閘門公園に説明板が設置して有りました。




松重閘門の塔の間を市道江川線があり、その上が名古屋高速の環状線になっています。
私と同じように松重閘門を撮影する男性が居ました。





ライトアップした写真の松重閘門。




裏側には解説文が載っています。



(11:49)
松重閘門から歩いて行きます。




回り込んで松重閘門を眺めます。
広い水面。
かつて、松重閘門が稼動していた頃。
中川運河に向かう船が順番待ちをし、ひしめいて居たのかも知れません。



日置神社

(12:02)
日置神社に寄りました。


大須観音

大須観音の山門です。




門の両側。
骨董市で店を広げています。






大須観音へ来ました。
中国人なのでしょう。
記念写真に納まっています。




(12:54)
本堂です。





お参りしました。





大須観音の境内。
西側から眺めました。





骨董市です。




区割りされ色々の店が開いています。




これから大須の街を歩きます。




テレビカメラを中心とした人たち。
でも、報道の人たちではないようでした。


春日神社

(13:13)
春日神社へ来ました。
大須にこんな大きな神社が有る事を知りませんでした。




上前津の古書店。
今回のウオーキングで古書店にも寄ってみたいと思いました。




(13:24)
大須通りを歩き、鶴舞へ向かいます。



あいち銭湯資料館

(13:35)
あいち銭湯資料館に来ました。
ここは愛知県公衆浴場組合や名古屋浴場組合の事務所で、その2階が資料館となっています。




2階へ上がるのに履物を替えて上がります。
かつて銭湯で使われていた下足箱です。





のれんをくぐって中へ入ります。




男性なら誰でもが座ってみたいと思う番台。
番台が復元してあります。





資料館の内部です。





体重計やドライヤーが見えます。





こちらはケロリンの風呂桶。それに脱衣籠も有ります。




橋本七度煎のホーロー看板。
この字、何と読むのかなと興味が沸きました。
疝気(センキ)と読むようです。
かつては銭湯の脱衣場にこんなホーロー看板が有りました。
昭和の世界です。






鶴舞の古書店街に来ました。
この通り。かつてはアーケードで覆われていました。
それが撤去されています。そのお蔭で明るくなっています。
向こうが山星書店。手前が大学堂書店です。
老舗の古書店は残っていますが、消えていった古書店が何軒か有ります。
鶴舞の様子が変わって来ています。

JR鶴舞駅

(13:59)
鶴舞駅にゴールします。




感想
このようなイベント。普通は土曜日か日曜日です。大須の骨董市の開催が18日と28日なので、平日である18日の開催となったのでしよう。平日で参加者は1,000人に満たなかったのではと思います。
今回の企画で、行ってみたいと思ったのは上前津や鶴舞の古本屋を訪ねれそうだからです。久しぶりの鶴舞。様子が変わってしまい、かつて有った古本屋が無くなって居ました。こんなのも時代の流れでしょうか。
鶴舞の裏通り。あいち銭湯資料館が有りました。廃業して行く銭湯が多い時代です。展示物を見て、懐かしさを感じました。
 

コメント

旧北陸本線廃線跡 明治時代の近代化遺産めぐりウォーク

2016-10-09 23:54:37 | ウオーキング

「重連」とか「補機」、そして「スイッチバック」。こんな言葉の意味、判りますか。この言葉の意味が判る人は相当な鉄道マニアだと思います。
クラブツーリズムのウオーキングで、廃線となった北陸本線を歩くウオーキングツアーの募集が有りました。バスで向かうツアーの良いところはスタート地点で降ろして貰え、ゴール地点で拾って貰える事です。後になって知った事ですが、この企画は関西地区と共催でして大阪や京都。神戸からも来ていました。添乗員が話していましたが、全部で96台のバスで、総参加者が900人だと言っていました。
明治の時代のトンネルです。トンネルの建設に苦労しただろという思いと、完成してからの列車の運行ですが、急勾配を列車が走るのですが、列車の運行も相当苦労したのだろうと想像しました。


尾張一宮からのツアーに参加しました。実は岐阜、穂積、大垣と言うコースを申し込みましたが、早々に催行中止が決定しました。仕方なく、尾張一宮で乗るコースに申し込みました。
バスには4番の番号が付いています。帰りに乗るバスで間違えないようにと言う印です。
他に豊橋や名古屋などから来ていました。



北陸自動車道の杉津パーキングエリアに着きました。
皆さん、ウオーキングの仕度をして歩き始めました。




杉津パーキングの展望台です。
急いで歩き出す必要は無いので、展望台から敦賀湾の眺を楽しみました。




北陸自動車道の下り線。杉津パーキングは高い場所にあります。
ウオーキングの始まりは、坂を下って行く所からの開始となります。



前方のガードは北陸自動車道の上り線です。
ここで、弁当の引換券を渡し、弁当を受け取りました。
車の停まっている所が弁当の引き換え場所でした。
雨が降っても、開催されたツアーですので、雨の場合を想定して、ここで配布するように企画したのでしょう。




鶴文と言う弁当屋さんです。




天気予報で福井県を紹介する場合に嶺南地方、嶺北地方という言い方をします。今日、歩く山々の場所が境界となっています。そういう言い方をする事は知っていましたが、男性から教えて貰ったのは敦賀は旧国名で言うと若狭で無く、越前なのだそうです。それで、敦賀市と南越前町との境界の山塊を境にして嶺北と嶺南の呼び方でした。
旧国名で区分できなく、山々を境にしている事が判りました。
弁当を受け取って歩き出します。弁当を受け取っただけなのですが、言葉をやり取りできる事が嬉しいです。
それに知識が1つ増えました。

左の写真。ロードサインが写っていますが、この道が旧北陸線の線路だった道です。
この辺りに旧杉津駅が有りました。
当時、列車に乗ろうと思うと、下から登り道を上って来なくてはなりませんでした。
苦労したことと思います。



線路跡の道です。
この辺りは、まだ勾配はキツく有りません。




野の花。
ツリフネソウが咲いています。
他にママコノシリヌグイではないかと思う花が咲いていました。




駿河湾の眺望です。
旧線路沿いには木が繫り、眺望は良く有りませんでしたが、この辺りだけは視界が広がりました。




いよいよ、連続するトンネルが始まります。
まず、1番目は第一観音寺隧道です。




トンネル内部。
下の側壁の部分は石・布積みで、上のアーチは煉瓦・長手積みです。
文化財のプレートが埋め込まれています。



トンネル内には、弱い照明が利ました。




第一観音寺隧道の外に出ます。




トンネルの外です。
先ほど貰った弁当を食べ始めている人が居ます。
荷として持つよりも、腹に収めてしまえばと言うつもりなのでしょう。
時間は11時49分です。昼食を食べても可笑しくない時間です。
私は、ここで弁当を食べるつもりは無かったので、眺望を気にしませんでしたが、海側を向いて食べて居ますので、海が臨めたのかも知れません。



2番目のトンネル。
第二観音寺隧道です。



今日のKオジサンの後ろ姿。
これからトンネルに入ります。




第二観音寺隧道からでます。
次のトンネル。曲谷隧道が見えます。




曲谷隧道に入ります。
アーチの上部に証明があり、トンネル内がカーブしている事が判ります





曲谷隧道の内部は第一観音寺隧道と同じように、下の側壁が石・布積みで、上のアーチは煉瓦・長手積みとなっています。





曲谷隧道の内から外を眺めます。
前方に次のトンネル。芦谷隧道が見えます。




曲谷隧道から出ます。



左側の視界が広がる場所に出ました。
敦賀湾が良く見えます。
下からか対岸からか。
「我は海の子~、しーら波の~、さーわぐ磯辺の松原に~・・・・・。
煙たなびく~・・・・・。」
正午のチャイムが聞こえました。
トンネルを出たときにチャイムが鳴ったのはラッキーでした。トンネル内でしたら判りませんでした。

歩いていて、左側の木が繫り眺望が良いとは言えない状況でした。
でもこの場所は眺望が利きました。
恐らく、当時の列車からもこの景色が望めた事と思います。




芦谷隧道に入ります。
トンネルの先に次の伊良谷隧道が見えます。



芦谷隧道の内部です。
こちらのトンネルは側壁がイギリス積み。アーチは長手積みになっています。




トンネルの内壁は傷んでいます。
雨が続いた影響からか、煉瓦の割れ目から水が滴り落ちています。
この水の落ち方。小便小僧のオシッコを想像してしまいました。




伊良谷隧道に入ります。
伊良谷隧道は中でカーブしていて、先が見通せません。そのため入口に信号がもうけて有ります。待ち時間は3分だそうです。




伊良谷隧道の内部です。
痛みが来ているのでしょう。
鉄板を巻き上げています。




最後のトンネル。
山中隧道に入ります。
この山中隧道は、歩いたウチで一番長いトンネルです。





山中隧道の内部です。
ケーブル線を架けたのでしょう。
壁にフックが残っています。




避難所ですが、大きな待避所です。
保線区で使う、あの自転車式の乗り物。
線路保守の時に、ここに待避させたのでしょう。歩いたトンネルの中で一番長いトンネルです。このような待避所が3箇所ほど有りました。




山中隧道の外に出てきました。
南越前町のキャラクター。
タッピーくん&はす坊が出口で待っていてくれます。




ここは山中信号所です。
スイッチバックで待避線となっています。




待避線のトンネルです。機関車が頭を突っ込んだ形で急行や準急の通過を待ったのでしょう。
行き止まりとなっています。
白い柱が立っていますが、信号のポールだと思います。




説明板が有りまして、その中に買っての写真が載っています。




山中信号所で昼食を取りました。
先ほど渡された弁当です。
着いているのは、今庄茶飯で豆が入っています。




山中信号所。
テーブルを出していますが、あの場所でそば茶1杯。そば煎餅を1枚いただきました。
沢山の人がいましたが、出発して行き少ない人となりました。
私もこれから出発します。




先へ進んでいきます。
明らかな下り坂です。




山中隧道を出たときから谷間に反響する汽笛が聞こえました。
姿は見えなかったのですが、汽車が有るのかと思ってしまいました。
実際は、トラックに汽笛を着けたものでした。
「ボー」と言う汽笛。
私も吹鳴を体験しました。
構造的にはコンプレッサーからエアーを送り、鳴らしているものでした。




待避線跡地です。
ここではボランティアガイドから説明を聞いています。




山中信号場の待避線跡地です。




トンネルの煉瓦は四日市から運んだのだそうです。今日のように物資を運ぶ事に恵まれた時代では有りません。煉瓦を下から背負ってあげたのだそうです。
蒸気機関車を運行するのですが、粗悪な石炭が多い時代でしたが、少しでも効率よくボイラーを焚く事を求められたそうです。機関車のパワーは求められるは、石炭は少量でと言う注文。しかも、釜焚では煙との苦闘です。
そんな、場面を想像できます。





信号所の説明板です。
スイッチバックの構造を説明しています。
ガイドが言っていましたのは、待避線は水平でないと列車が動いていってしまう。
だから水平にして有ったのだそうです。




信号所の説明板です。
スイッチバックで、かつての風景の写真が掲示してあります。




信号所から先に進みます。
左が待避線で水平な線路です。
右は本線で、下って行きます。




信号所から何百メートル来ただろうか。
右が本線で左が待避線です。




道はカーブを描いて下って行きます。
前方の建物は北陸新幹線の工事現場です。




北陸新幹線のトンネルを掘削していて、内部を覗かしてくれました。




進路が下って行く事が、ハッキリと判ります。
この旧北陸線の廃線跡は1000分の25の勾配です。
機関車が喘ぎ喘ぎ登ってく姿が想像できます。
車輪の空回り。砂を使ったのでしょう。




歩いていて、後ろを振り返りました。
カーブの坂道です。




先に進むと、平坦に近いようなところです。




道は左にカーブしていきます。
先にバスが見えます。
あの場所が旧大桐駅跡です。




旧大桐駅跡まで歩いてきました。
バスが待っています。




大桐駅のプラットホームが有った所です。
ここでも、ガイドボランティアが説明してくれています。



大桐駅の説明板です。
かつての姿。
列車が入線してきています。
DF50が先頭で、後ろのSLが白煙を上げているように見えます。




ここから今庄まではバスに乗ります。
自分たちが乗ってきたバスでなく、どのバスでも構いません。
次から次えと来たバスに乗車して今庄へ向かいます。




バスに乗りました。
右ですが、南今庄の駅が見えるトコに来ました。




今庄総合事務所の駐車場です。
ここへ96台のバスが結集します。
次々にバスが入って来ました。
バスの出発時間は16時となっています。
ここから、「宿の市」の所に向かいました。




クラブツーリズムから渡された地域振興券です。

今回のウオーキング。クラブツーリズムと南越路町がタイアップしていました。
ウオーキングを終えた後、「宿の市」をウォーカーが廻るように仕組まれていました。市で買い物をする訳ですが、200円だけの買い物でなく、200円を上回った金を使います。ウォーカーにお金を使わせる。
上手い企画だと思います。




総合事務所の一角にD51が保存展示して有ります。




この写真は綺麗に映っていますが、本体は埃を被り汚れていました。
それに、盗難除けか、ランプが取ってあります。
それに、ボイラー室を開ける丸いハンドル。盗られたのか、無くなっています。




「宿の市」の方へ歩いていきます。
「しらさぎ」なのか「サンダーバード」なのか、特急が通過して行きました。



左は今庄駅です。
右は石炭置き場と給水塔です。鉄道施設に興味の目を向けないと、知らずに過ぎ去ってしまいます。
この写真を撮った時、ある男性も気づいていましてカメラに収めていました。
朽ちるに任せるのでなく、鉄道遺産として、保護して貰いたいものです。




今庄宿のパンフです。



「宿の市」のポスターです。
ウォーカーで賑わいましたが、ウォーカーが居なかったら寂しいものになります。




幟旗が経っている所で「宿の市」が行われています。




テントの下で色々のモノが売られています。
皆さん、買い物しています。
地域振興券を使っているのでしょう。




昭和会館の外観と会館の3階内部です。
3階には北陸本線の廃線となったトンネルの紹介やかつての今庄、敦賀間の状況が紹介して有りました。



館内に何枚も、北陸線の旧線時代の写真が掲示した有りました。
左は客車を補機が後押しをしています。
右はディーゼル機関車の後ろに蒸気機関車が着いています。勾配のキツイ区間での運行。苦労したことと思います。




廃線跡のトンネル群を紹介しています。




「宿の市」の会場で打ち豆汁のお振舞いです。
打ち豆汁は郷土食だと書かれています。
味噌汁の中に大豆が入っていましたが、乾燥した大豆のように感じました。
素朴な味でした。




広場のような所で羽根曽踊りが踊られています。
今回の企画のために特別披露です。




バスが集結している所に戻ります。
戻る時間でも、到着して来るバスが有りました。

別の場所でご夫婦に聞きましたら、京都から来たと話してくれました。
来る時に渋滞に巻き込まれたのだそうです。
ご夫婦は12時頃から歩き初めたと言ってました。
名古屋組である、私たちは11時10分頃から歩き始めました。
京都組は50分遅れです。私がバスの集結場に戻る時に到着した組は、スタートがもっと遅かったのでしょう。「宿の市」での買い物時間がなくなってしまったのではないかと思いました。




感想
かつて北陸トンネル群の難所だった所を歩きました。6箇所の隧道を潜り抜けましたが、往時を想像しながら歩きました。急な勾配のトンネルです。列車の運行に難儀した事だろうと思えました。
ボランティアガイドの説明が良かったです。
まだ、鉄道が完成していない時期の事です。煉瓦を運ぶのに相当苦労しただろうと思いました。ボランティアが語ってくれたのは杉津駅などは下から背負って、高い線路の場所まで運び上げたとのことでした。釜焚きで、質の悪い石炭で列車を運行させる。蒸気のパワーは上がらないわ、石炭は沢山費やすわ。苦闘の連続だったのでしょうこのような、ナマの話しがボランティアから聞けた事が良かったです。
汽笛を鳴らす体験も、面白かったです。
鉄道史の一部を見た。そんな気がしました。
ウィッキ・ペディアに旧北陸トンネル群が紹介されて居ます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E5%8C%97%E9%99%B8%E7%B7%9A%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E7%BE%A4




余禄
北陸トンネルは昭和37年6月10日に開通しました。開通にあわせて、記念切手が発行されました。当時、中学生だった私は郵便局の入口の列に並んで切手を買いました。


この切手、乗務員用の扉が描かれていないとか、電化が完成したのに、何故ディーゼルカーなのだという声が有ったようです。
それに北陸トンネルでは大きな列車火災が発生しています。
昭和47年11月6日の事でした。

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羽島用水を歩く

2016-05-02 23:40:19 | ウオーキング

各務原市の南部を東から西へ流れる用水路が有ります。羽島用水です。犬山市と各務原市の間にライン大橋が有ります。そこには犬山頭首工と言う堰が有り、木曽川を堰き止めて取水しています。
そこから取水した水を利水しており、羽島用水となって各務原市、岐南町、笠松町、羽島市へと流れて行きます。かつては無蓋の用水路でしたが覆蓋した用水路に変わり、用水路上が遊歩道として整備されました。
http://www.maff.go.jp/tokai/seibi/kensetu/sinnoubi/pages/13saikin_no_kouzi/03hasima/00.html農業用水ですから夏季に工事をする事は出来ません。年次で工事された事が良く判ります。
遊歩道化された羽島用水を、両内野から名鉄笠松駅まで歩きました。季節を感じながら歩く事が出来て、面白かったです。

各務原市 ふれあいバス

羽島用水の流れている両内野へ向かうのに、各務原市のふれあいバスで向かいます。
ふれあいバスの起点は各務原市役所駅からです。
9時30分発の稲羽線のバスに乗車します。




バスの最後部の席に陣取りました。
お隣は孫を連れたおジイチャンです。
孫のお守りでしょう。バスの時刻表を眺めていました。
この時、孫娘はは起きていましたが、暫くしておジイチャンに抱かれて寝てしまいました。






稲羽線のルートには航空宇宙科学博物館が沿線にあります。
車窓から屋外展示のYS11が見えます。




前渡西町でお年寄りと子供が乗ってきて満席になりました。




両内野公民館で下車しました。
このバス停から乗る人がいました。
何れもお年寄りです。



ふれあいバスを見送ります。

滅多に乗る機会の無いふれあいバスです。
各務原市役所前のバス停を出た時は、男性と孫を連れたおジイチャン。それに私でした。
途中で何人かのお年寄りを乗せました。
各務原市役所駅のバス停で稲羽線を待っていた時です。那加線か蘇原線だったか。バスからバスへ乗り換える人を見かけました。市民の足となっていました。
ふれあいバス。30分余りの100円の旅でした。
タマに乗ったふれあいバスでしたが、お年寄りの足になっている場面を目にする事ができました。


この後、羽島用水を歩くスタート地点である両内野に向かいました。


羽島用水

羽島用水土地改良区で戴いた地図です。
各務原市の南部に稲羽地区があります。稲羽地区の北側は広大な各務原台地が広がっています。台地ですから、当然水利は望めません。
羽島用水の流域で恩恵を受けてる地域が表示して有ります。このように1枚の地図にも面白さが有ります。





羽島用水の地図です。
平成23年11月17日に歩いた時に撮影したものです。




犬山頭首工の取水口です。羽島用水はここで取水されて、流れていきます。右はライン大橋で、ここで木曽川を堰き止めて、水を取水しています。岐阜県側は羽島用水です。愛知県側は木津用水と宮田用水が取り入れています。これらを総称して濃尾用水と呼ぶようです。




10:18
かつては、犬山頭首工で取水された水が暗渠で流れてきて、ここから地表へ出てきていました。羽島用水のパイプライン化によって地中を流れるようになり、地表には池が作られています。渓流のような場所から水が流れ出ています。恐らく、ポンプで汲み上げて流しているのでしょう。
この地点から、ウオーキングをスタートします。




10:24
歩き始めです。
渓流のような所から水が流れ出て、池となっているところの横を歩き、スタートです。



10:25
池に鯉が泳いでいます。
エサが貰えると思ったのか、寄って来ました。




10:25
前の方を犬の散歩の男性が歩いています。
池に橋が架かっています。
この辺り、小公園のような良い雰囲気の場所です。




10:26
橋の上から下流部を眺めました。
綺麗な水が流れていきます。



10:27
Kオジサンの後ろ姿。その1です。



10:29
ナンジャモンジャの花が満開となっています。




10:34
この辺り。田園街道と名付けられています。その名の通り、右手には田が広がっています。
木に隠れている山が不動山です。
用水は、あの山の下を通過して行きます。







10:36                            10:42
犬の散歩をさせる人達。
左側の男性は先ほど、前を歩いていた人です。ターンして戻ってきました。白い袋を持っています。
右側の男性はすれ違った人です。手ブラです。犬が糞をした時の後始末はどうするのだろうと思ってしまいます。犬との散歩で、責任を持って、連れて歩いて欲しいものです。




10:37                            10:37
道沿いに何本も、アジサイが植えて有ります。
もう、次の出番は私よ、と言っているように見えます。



10:38                            10:38
用水沿いに何本か、井戸が有りました。
何れも弁が壊れていました。




10:44
羽島用水の地図が供えて有ります。
左は今の状態のもので、見難くなっています。
右は23年11月17日に歩いた時に撮影してものです。




10:45
関江南線の道路を渡りました。
前渡東町。長平地内を歩きます。




10:49
カモだと思いますが、北国へ帰るカモではないのでしょうか。




10:50
前方の山が不動山です。
地図では、羽島用水が山の下をトンネルで流れています。




10:52                            10:52
迂回して歩きます。
地図では山の下を流れていることになっていますが、このコンクリートの下を水が流れていました。
右は竹林ですが、収穫していないため、タケノコが伸びています。



11:03
迂回して稲羽東小学校の横を歩きます。




11:06
稲羽東小学校の校庭を暗渠で通った用水が地表に現れた場所です。
用水を蓋したので、流れる水が見えなくなりました。




11:17
前方から散歩中の女性が歩いて来ました。




11:26
Kオジサンの後ろ姿。その2です。



11:28
一面、ピンク色となったレンゲ畑です。
大きなジュウタンを広げたように見えます。







11:34
あずま屋が有ります。




11:34
あずま屋の横に地図が設置して有りますが、痛んでいて見難くなっています。



11:42
山脇町地内を歩きます。




11:46
スミレが咲いています。
3輪のスミレ。ダンゴ3兄弟ならぬスミレ3姉妹と言ったところでしょうか。




12:01
石柱が有り、三井池龍神参道と刻まれています。




12:03
三井池が見えてきました。
ここで、お昼にします。




12:41
若い人たちが自転車で現れました。
右の場面。トイレに行った時、彼らに遭遇しました。
若い男性と、顔を合わせた時ニコッと笑いました。言葉でなく、表情で表したのです。中国人たちでした。






12:56
三井池です。
ナンジャモンジャが満開です。
三井池に、このようなナンジャモンジャの大木が有るとは知りませんでした。
普段、三井池の木を目にしていても、何の木か判りませんでした。こうして春にナンジャモンジャの花が開き、ナンジャモンジャの大きな木が有る事を知りました。




12:57
三井山への登山口です。
誰かが登りに行っているのでしょう。
自転車が停まっています。




12:58
これから龍神橋を渡ります。






13:01
羽島用水の施設です。土中に入った施設で、探す気になって、見ていないと見過ごしてしまいます。
つつじ苑の下を羽島用水が通過しています。




13:06
つつじ苑の下を通過した羽島用水が、ここから地表に現れていましたが、用水路の改修工事で地下に入りました。





13:07
かつては、ここから水が流れ出ていました。
今は流れていなく、水路に草が繫っています。




13:12
如来塚が有った跡地に如来塚の由来が書かれています。
前回、歩いた時に見かけた説明看板が新しくなっています。
既設のものが老朽化したと有ります。



これから歩く、この先。
ふれあい街道②となっています。23年11月17日に歩いた時に撮影しました。




13:16
成清町まで歩いてきました。
住宅街を用水路が貫いています。
ここからも、かつては水が流れ出ていましたが、今は流れていません。




13:23
この辺りも成清町ですが、ここら辺は田畑地帯です。
今までは遊歩道的な道でしたが、シンプルな道に変わってきました。




13:33
Kオジサンの後ろ姿。その3です。
ここも、まだ成清町です。




13:37
この辺り、神置町です。
北側に佐川急便岐阜営業所の建物が見えます。
北側に道路が有り、南側にも道路が有り、サンドイッチ状態です。
その中央に羽島用水が流れていました。
今は地中化されて用水が流れていたとは、想像できない姿になっています。
これまでは、木が植えられたりしていて遊歩道的でしたが、素っ気無いと言うか、魅力に欠ける区間になりました。
先に見えるのが東海北陸自動車道です。
もう間も無く、岐南町に入ります。








14:19
中心の石柱に井表橋と書かれています。
開渠の時は橋が掛けられていまして、橋が有った名残が伺えます。
このような橋の形跡が何箇所も有りました。
「まちをきれいに」のプレートが下げられていて、岐南町に入った事が判ります。




14:21                             14:21
水路へゴミ・汚物等・・・・。のプレートが残っています。
もう、必要がなくなっています。
右は女子中学生が自転車で走り去りました。部活の帰りでしょう。



14:23
水素ステーションが目に留まりました。
大型トラックの車体に移動式水素ステーションと書かれています。
テレビのニュースで、水素ステーションが出来たと報じていました。この場所だったのかと思いました。
この施設が完成したのは、まだ、つい最近の事だと想像します。
確か、曜日を決めて水素をサービスしていたと思いました。
水素で走行する車を普及させるための国の施策なのでしょう。




14:28
用水から水が分流して流れていきます。
長い距離を歩いて来て、用水から直接流れ出ている場面を目にしたのは初めてでした。




14:33
羽島用水で、分流させる施設です。
その施設に、ゴミのポィ捨て禁止の絵が貼られています。
「川をきれいに」。木曽川の水が流れていますと、なっています。
描かれているキャラクターはねぎっちょで、岐南町のゆるキャラです。
徳田ネギをモチーフにしたキャラです。







14:45
葉栗中学校跡へきました。
学校の跡地で公園化されています。
ここにはトイレが有りました。
長距離を歩いて来て、トイレが有り、助かりました。




14:56
前方は国道22号線で、名岐バイパスです。
アンダーパスで下をくぐり、通過します。



14:58
岐南町平成です。
右側に岐南町のエコ・ステーションが有ります。




15:00
ここも岐南町平成地区です。
前方に東海道線が見えます。
右手に小高い、塚のような場所が有り、塚の下に休憩用のあずま屋も有ります。




15:03
岐南町の文化財で門と宮川家が有りました。







15:08
あずま屋。
羽島用水の地図が有りますが、日光で痛み読み難くなっています。




15:10
東海道線の下を通過します。
古い石造りの橋脚ですが、明治の頃のモノでしょうか。




15:11
東海道線を過ぎると笠松町になりました。
左側に笠松競馬場の厩舎が並んでいます。





15:17
競馬場が近いことも有り、馬専用の道が平行しています。



15:30
笠松駅の近くまで着ました。
遊歩道的な道になっておらず、単に道路と言う感じがするだけです。




15:33
電車が停車していますが、笠松駅です。
羽島用水は名鉄の線路の下を通過して西に向かっていきます。




15:36
お疲れ様でした。
笠松駅に到着です。




感想
どれ程の距離を歩いたのか判りませんが、両内野から笠松駅までを歩く事が出来ました。
ピンクの絨毯を広げたようなレンゲ畑。三井池公園ではナンジャモンジャの大きな木を眼にする事ができました。普段、目にする木でも、花の時期でないと、この木がナンジャモンジャの木だとは気が付きませんでした。
このように気づかせてくれたのは、独特の花が咲いていたからです。スミレ三姉妹にも会えました。ネクストバッターのアジサイも目に出来ました。
春を満喫しながら歩けました。
また、水素ステーションが有りましたが、時代の先端を目にする事が出来たのも面白いことです。

前回歩いたのは2011年11月17日でした。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/a05bc17dbe4cce14feaf08884bd6f83b
その時のブログに書きましたが、歩いた後、各務原市農政課に出向き早急なトイレの整備は無理にせよ、トイレまでが何メートルなのか表示するよう対策を頼みましたが、何も変わっていませんでした。
羽島用水の遊歩道化は農業の観点から実施されたものであり、市民がウオーキングで活用する観点に立っていません。
岐南町や笠松町の部分は歩道的な道ですが、各務原市の三井池から東の部分は快適な遊歩道となっています。このような自然に恵まれた市民の財産が有りながら生かされていないことが残念です。

設備が老朽化しています。その反面、樹木が成長して良い状態になってきています。
この遊歩道を「羽島用水グリーンロード」とか「羽島用水緑道」と、市民からネーミングを募れば良かったのです。遊歩道化が完成した時期にテープカットをしたりして、PRがされませんでした。その辺りも農政的な感覚でした。
これからは、このようにウオーキングに最適なコースが有る事を市民に紹介していくと供にキロポストや案内板の設置を進めていく事が必要だと思います。


 








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青春18切符で京都 山科へ  桜の琵琶湖疏水をウオーキング  Part 2

2016-03-31 23:44:52 | ウオーキング

2014年04月08日に、青春18切符を使って大津まで行き、琵琶湖湖岸から山科までを琵琶湖疏水沿いに歩きました。この時、最初の目的地は蹴上まで歩く予定でした。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/ba5d8f8395a58c9e0ecbc5b825ab13f8
あの時、カミさんが足が痛くなったので、途中で歩くのを断念して、山科で打切りとしました。歩いていない部分が残りました。今の時期なら桜が綺麗だろうと思い、出かけました。
18切符を使って桜の琵琶湖疏水沿いを歩く。Part 2です。

山科駅へ

岐阜駅のプラットホームです。7時45分発の米原行きの列車が入ってきました。
岐阜駅の次の駅である西岐阜駅で、下車する人が居て、二人は座る事が出来ました。ラッキーでした。

この列車、大垣駅には7時59分着ですが、着いて14分もの待ち時間が有りました。
次の8時9分着の列車を待っていて、8時13分発でした。
この列車は前の7時47分、大垣着の列車と、この列車の分。
そして後から来る8時9分着分。つまり3本分の乗客が1本の列車にまとめられます。
大垣駅で、増結して4両から6両となりましたが、18切符の時期は西に向かう人で混雑します。


米原駅。2番ホームに着きました。
3番ホームには姫路行きの快速が待っています。
米原ダッシュで、みんな走ります。
6両の列車から12両の列車となりますので、余裕が有りますが、座るために急いでしまいます。

山科駅に着きました。

山科駅の2番ホームに着きました。
ここから下の階へ降ります。



山科駅前はロータリーになっています。
中央のサークルの木は枝垂桜だと思います。
まだ、花は咲いていません。


毘沙門堂へ

山科駅から東に歩き、そして来たに向かいます。
前方はびわこ線と湖西線で、下を通り抜けます。





前方に見える橋は安朱橋です。
琵琶湖疏水に架かっている橋で、後でこの橋へ戻ってきます。




桜とアブラナの競演。
美しさを競っています。
橋の上からカメラマンが撮影しています。




私も同じ方向を撮りました。




この道の突き当りが毘沙門堂です。
両側に住宅が並んでいますが、高級住宅街と言う感じがします。




毘沙門堂に向かって歩きます。
途中の民家で黄色い花の咲く木が有りました。
ミモザの花だと思いましたが、確信は有りませんでした。
自宅に戻って調べたらやはりミモザでした。
このようなミモザを見たのは初めてです。



毘沙門堂の手前まで来ました。
道路の両側に数本、サクラが植っており、花が咲き始めています。





これから毘沙門堂の境内に入ります。




境内の石段。
石段を登って行きます。


毘沙門堂に着きました。

石段を登って行きます。
赤い大きな提灯が下がっています。
ここに、女性4人組が居ました。
カメラのシャッターを押してあげました。



女性4人組です。
感じとしては、物見遊山的な人達では無いように思いました。




本殿です。
ここから、階段を上り、入らせて貰いました。
先に女性二人が住職の説明を受けていまして、一緒に聞きました。
本殿の天井は護摩木を炊くので黒くなっていました。
更に、奥に進みましたが、この先は有料でした。





拝観料を払わずに入ってしまいました。
受付へ戻り、お金を払います。




戴いたパンフレットです。




説明しているご住職です。




霊殿です。
この霊殿の室内に襖絵で、九老之間襖絵が有り、逆遠近法だと説明してくれました。
四角い机が見る角度で変化しました。
龍の天井画の部屋も有りました。




寝殿Ⅰす。
観桜会が開かれるとき、三味線の奏者がズラーと並びます。




お庭です。
この庭には晩翠園と言う名が付いています。




本殿の裏側とお庭です。




入った本殿から外へ出ました。
外から本殿を見上げました。
朱が綺麗です。




咲き始めたソメイヨシノ。



こちらは寝殿の前のシダレザクラです。
まだ、咲き始めたばかりです。



別の角度から、寝殿の前のシダレザクラ。




こちらは寝殿Ⅱです。
入口になっています。



外に出て、廻ってきました。
石垣と塀。綺麗な姿を保っています。
石垣がしっかりしており、城か、砦のようなイメージがします。



勅使門です。




勅使門からシダレザクラを見上げました。




石段を降りていきます。




歩いて来た方向を振り返ると。
勅使門を振り返りました。
白い筒が並んでいます。夜にライトアップされます。




毘沙門堂の前の道を戻ってきました。
途中、気がついたのは瑞光院と言うお寺です。
赤穂浪士の遺髪が埋葬してあると有ります。
ゆっくり歩いたので、このようなお寺が有ることに気が着きました。


琵琶湖疏水

第二トンネルの上流に設置してあった扁額でたどる琵琶湖疏水の地図です。
下流部にあったのですが、トップに持ってきました。

琵琶湖疏水を歩きます。

前方に見えるのが安朱橋です。
さき程、毘沙門堂へ行く前にこの橋の上から写真を撮りました。




これからスタートします。
スタートする前に橋の上で二人で収まりました。
セルフタイマーで映しました。
もう少しでタクシーが入ってしまうところでした。
右の二人。サングラスをしています。中国人です。自撮棒でやっていました。




橋の上から。
これが下流の景色です。
ここから、歩きます。





歩き始めて、直ぐに。
ウェディング姿の中国人を見かけました。
記念写真を撮るのでしょう。
前回も同じように見かけました。





疎水の中を覗き込む男性。
疎水に何か居るのでしょうか。





谷川が疎水とクロスしています。
右が谷川の上流。左が下流です。




浮き輪が完備しています。
万が一の時のためでしょう。




下流に向かって歩きます。



下流に向かって歩きます。
サクラの枝。
まだ、満開にはなっていません。




歩いて来た方向を振り返ると。
ポツポツと咲き始めたサクラが見えます。
カーブが良い形をしています。




歩いて来た方向を振り返ると。
3人のオバアチャン。
こうして3人で出かける事が健康の秘訣かも知れません。



下流に向かって歩きます。
種類が違うのか、右側が日当たりが良いのか。
左側のサクラはポツポツ。右側は満開状態です。



歩いて来た方向を振り返ると。
太い幹のサクラです。
振り返った景色ですが、良い景色でした。




前を歩くカップル。
このカップルは先ほど、毘沙門堂で見かけた人達です。





下流に向かって歩きます。
この頭上のサクラは、他のサクラに比べると、開いているほうでした。



下流に向かって歩きます。
疎水の中。
鯉恋が泳いでいるのが見えました。




このサクラ。
変ったサクラです。
花が俯いています。
ソメイヨシノで無い事は確かです。




歩いて来た方向を振り返ると。
誰も居ない風景でした。



歩いて来た方向を振り返ると。
単独で歩く人。
二人で歩く人が居ました。




下にびわ湖線、湖西線が見えます。
線路が複々線である事が良く判ります。



歩いて来た方向を振り返ると。
二人が歩いていきます。




カーブする線路。
鉄道を撮影するのに最適地です。
待っていても、中々列車は来ませんでした。


前方からウオーキングのグループが歩いてきました。





下流に向かって歩きます。
歩いて来たグループとすれ違います。



歩いて来た方向を振り返ると。
誰も居ない風景でした。



前方に見えるのは第2トンネルです。
ここで、歩ける道は疎水から離れていきます。




下流に向かって歩きます。
前を歩くカミさん。



右は新山科浄水場取水池となっています。




疎水はここから第3トンネルに入ります。
疎水に沿って歩ける道は無くなりました。


国道1号線。

疎水沿いに歩ける道が無くなり、国道1号線に出てきました。




国道1号線の坂を歩きます。




道にスミレが咲いていました。
アスファルトの割れ目です。
恐らく外来種でしょう。




前方に見えるのは蹴上浄水場となっています。
琵琶湖疏水から水を取水して京都市民の水道水を作っているのでしょう。


再び、琵琶湖疏水。

第3トンネルから出てくるところです。
サクラの枝が邪魔して見えません。
右側は導水していくみたいです。
蹴上浄水場はここから取水しているのかも知れません。


インクライン。

インクライン。
台車に船が載っています。
この状態だと船に雨水が溜まってしまうのではと心配してしまいます。



台車に乗った船と説明板です。




インクライン。
花見の人気スボットとです。




インクライン。沢山の人が居ます。




歩いて来て、ここで小休止。
ランチタイムにしました。

水路閣へ。

太い鉄管が2本。
蹴挙げの発電所への導水路でしょう。




流れて来た水がここで、行き先が分かれます。




水路閣の方へ流れる水路です。




水路を歩きます。



歩いて来た方向を振り返ると。
サラサラと言う感じで流れています。

水路閣に来ました。

沢山の人が居ます。




立派なレンガ造りです。




このカップル。
シャッターを押すのを頼んできましたので、撮影してあげました。




水路閣の裏側に来ました。





水路閣の水路の高さが判ります。
棒を横たわせて居ますが、あそこが水路です。





南禅寺へ来ました。

何千時の方丈に来ました。




南禅寺の表に向かって歩きます。




裏側から眺めた三門です。


哲学の道へ。

哲学の道に向かって歩きます。
右は斜面の水路を水が流れていました。
この水も疎水の水です。




哲学の道を歩きます。

この橋の足元から水が流れ出していました。
疎水の水がトンネルから出たところです。
ここで、新島襄・八重の墓へ行ける看板が立っていました。
ダンゴを売っていて、聞いたら20分ほど歩くのだと言っていました。




哲学の道でスケッチ画を売っています。
この日とは何時も、ここで絵を売っています。




哲学の道を歩きます。


京都駅へ

哲学の道から離れ、バス停へ来ました。
東天王町のバス停です。
京都駅へ向かいます。
バス停で、来るバスが何処にいるか表示しています。たまに乗るバスですが、進んでいると思いました。




京都駅行きのバスが来ました。




京都駅へ着きました。
バスの乗車場
沢山の人が列に並んでいます。



16時31分初の長浜行きが入線してきました。

感想
カミさんと琵琶湖疏水を歩きました。
2014年04月08日に歩きましたが、途中で断念しました。今回、歩き残した分を歩き、気が済みました。再度、歩くのならサクラの時期が良いと思っていまして、サクラの時期を選んで歩きました。疎水沿いのサクラは、まだ5分と言ったところでした。それでも、平日で混雑していないコースを歩けたのは良かったです。

疎水沿いを歩きましたが、何人かのウォーカーとすれ違いました。歩くコースとして、人々に知られているのだと思います。
今回歩いたコースは「扁額でたどる琵琶湖疏水」の地図が設けて有りますように、ウオーキングをするのに最適なコースで、お勧めです。

歩いて見て、最後には水路閣まで連れて行く事が出来ました。水路閣はテレビドラマで登場する有名なところです。煉瓦の橋脚部分だけを見せるのでなく、上部の水路部分も見せれました。

















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名鉄のハイキング 食・買・湯 各務原の魅力満載!! 産業・農業祭と各務原温泉 恵みの湯コース

2015-11-07 22:46:15 | ウオーキング

名鉄のハイキングに参加しました。
名鉄各務原線の各務原市役所前駅で下車して三井山を目指します。そして、航空宇宙科学博物館と炉畑遺跡を経由して名電各務原駅までを歩くウオーキング大会です。航空宇宙科学博物館の敷地では産業・農業祭が今年から会場を移して開かれるようになりました。そのウオーキングに参加しました。

各務原市役所前駅(9:45) ― 岐阜基地正門前(10:00)  ― 三井池公園(10:12) ― 

龍神神社(10:15) ― 航空宇宙科学博物館(10:46) ― 産業・農業祭会場(10:48~11:35)

 ― 炉畑遺跡(12:24~12:33) ― 恵みの湯(12:42) (ゴール) ― 名電各務原駅(12:57)

 ― 各務ケ原駅(13:00)

パンフの距離は9.0キロとなっていますが、ゴールの恵みの湯までの距離でして、実質的には10キロは有った距離です。パンフには9キロで2時間10分の時間となっています。急いで歩く必要の無いウオーキングです。休憩時間を除いて2時間半ほどで歩きました。産業・農業祭で買い物が出来ましたし、ラッキーカードでプレゼントが当りました。



名鉄各務原市役所前駅で渡されたパンフ。




名鉄各務原線の各務原市役所前駅です。
電車が駅に着き、ドット乗客が降りました。
ほとんどが名鉄ハイキングの人です。




踏切りを渡り、駅の南側へ来ました。
多くの人が一斉に歩き始めました。




右は岐阜基地の協定グランド。
やっと、人と人の間に隙間が出来ました。
この前までは前後に人が居て、窮屈な思いをしながら歩いていました。




右前方は陸上自衛隊の駐屯地です。
右側はグランドです。




グランドではラグビーの試合をやっていました。




航空自衛隊岐阜基地の正門前です。
この交差点で、右に折れます。




基地の正門から西に向かいます。




前方に三井山が見えてきました。




名鉄ハイキングの支持標が下がっています。
これから三井山の裾野を進みます。




三井山の道。
遊歩道のようなコースです。
木々があり、好い雰囲気のところです。




三井池に下りてきました。
池畔に龍神神社が祀って有ります。




三井池の龍神神社。
お参りしました。




池の辺を歩きます。
桜の木の葉がすっかり落ちています。




平坦なコースで歩き易い道です。
この道は羽島用水を蓋して、できた道です。




好い雰囲気のコースです。




用水を蓋するのに合わせて木を植樹したのでしょう。




歩道の並木。
名鉄ハイキングの指示標が下がっています。




歩道が切通しの道で登り坂になっています。
産業・農業祭に向かう車が数珠繋ぎとなっています。
前方で、駐車場へ入るのに時間が掛かっているようです。
車よりも歩くほうが速いです。




グリーンスタジアムの西側です。
木々が紅葉し始めています。


各務原はホッケーの街


グリーンスタジアムのサブグランド的な場所。
ホッケーのスポーツ少年団なのでしょうか。
子供たちがホッケーに取り組んでいます。



こちらはグリーンスタジアムです。
試合をしているのでしょうか。




左は女子のチームです。
背中にBRAVIAと書かれています。
SONYのチームでした。
http://www.sonyemcs.co.jp/hockey/
右のは男子。




前方の木々が紅葉しています。




航空宇宙博物館の見える所まで歩いてきました。





歩いていて、振り返ります。
右がサブグランド。左がグリーンスタジアムです。




航空宇宙博物館の手前です。
ここが関門となっていて、通過する時にラッキーカードを渡されました。




貰ったラッキーカードです。
1400人目と1401人目です。
カードを貰って、こんな番号は当たらないと思いました。



左が航空宇宙博物館。
前方が産業・農業祭です。




航空宇宙博物館の前に来ました。
今日は入場料が半額となっています。




産業・農業祭の人々。




商工会議所のブース。
ここで、ぜんざいを買いました。




立入禁止ゾーンを設け、ドローンの実演です。




離陸したドローン。




上空へ舞い上がったドローンとドローンから撮影した下の様子です。
ドローンから見た画像です。
下の模様がモニターに写しだされました。




航空宇宙博物館のベンチで昼食です。
お好み焼きにパン。そしてぜんざい。
フルーツはミカンと柿でした。



子供たちの太鼓の演技です。
沢山の人がステージに注目していました。




子供たちがステージから降り、代わって若者たちが登場です。




産業・農業祭の人々。




産業・農業祭と言う事で、農業のPR。
立派なサトイモが展示して有ります。
二日間展示して、8日の13時から販売となります。




ここは花の苗の販売コーナーです。




シクラメン二鉢とカランコエを買って来ました。
ミニシクラメンですが、200円と安いです。
この後も歩くので、お荷物となるのを承知で買いました。




救難飛行艇。
US-1
https://ja.wikipedia.org/wiki/US-1
https://www.youtube.com/watch?v=6rqw_NAgy-E



産業・農業祭の人々。




洋菓子のブースです。
ここで孫へ土産にするブルーインパルスのクッキーを買いました。
食べるのが惜しいような可愛らしいクッキーです。




10トントラックから荷を降ろし、野菜を販売しています。
カミさんは荷物になると言いましたが、私は自分が持って行くと言い、ハクサイを買ってザックに入れ、背負って帰りました。1個が150円と安いです。
この夜は、買ったハクサイでキムチ鍋となりました。




産業・農業祭の人々。
東の方まで歩いてきました。
この辺り、食べ物を販売する店が多く、混雑しています。




産業・農業祭の会場を後にしました。



左が産業・農業祭の会場です。
再び、ゴールを目指して歩き始めました。



右は稲刈りが終わった田です。




ゴール目指して歩きます。
前方に坂が有ります。
各務原台地の南辺です。



ゴール目指して歩きます。
台地。
登った坂を下ります。




ゴール目指して歩きます。
主要地方道江南関線の歩道を北に向かいます。




竹林の横を歩きます。




あと1キロとなっています。
この辺り。ニンジンの特産地です。




ゴール目指して歩きます。
前方の森は炉畑遺跡です。




炉畑遺跡に来ました。




炉畑遺跡。
縄文時代の住居跡が復元されています。




炉畑遺跡。
木々の葉が色付き、桜の葉は落葉しています。




ゴール目指して歩きます。
ゴールが近くなってきました。




ゴールに到着しました。
ラッキーナンバーが表示して有ります。




こちらがゴールです。
恵みの湯の駐車場がゴールと成っていました。
ここでお湯に入って行く人も居ました。




ゴールしてラッキーナンバーのプレゼントを受け取ります。
貰ったカードのナンバーはカミサンが001400で、私は001401です。
下1桁で決まるのでなく、飛び賞的に当たるのだと思い込んで、こんな番号は当たらないと思ったのです。
でも、ラッキーナンバーは下1桁で当りハズレとなる物でした。


恵みの湯から名電各務原の駅に向かいます。
この道はJR各務ケ原駅の駅前道路で、このまま進むと各務ケ原駅にブチ当ります。




名鉄の踏切です。
名電各務原駅が踏み切りの直ぐ近くであり、警報機が鳴り出すと走り出します。
事故防止のため注意を促しています。




こちらが名電各務原駅です。
名鉄のハイキングですが、復路は名鉄に乗車せず、JRに乗ります。




JR各務ケ原駅へ来ました。
名電各務原駅からは5分とかかりません。




JR各務ケ原駅。
普通列車が入線してきました。
13時9分。




普通列車の車内。
この列車は、この駅で7分間停車するとアナウンスが有りました。
出発時間が13時17分となっています。




7分の停車時間。
反対方向から特急列車が来ました。
高山線は単線ですから列車のすれ違いで、普通列車が待たされるのは仕方がありません。




車内でラッキープレゼントを開きました。
カミさんには羊羹とういろうの詰め合わせ。私は入浴剤が当たりました。
下1桁の番号で当たったのですが、得した気分になりました。




もう直ぐ下車する那加駅です。
那加駅ではすれ違う反対方向の列車が待っています。
右はワンマン列車で乗車賃の表示です。
名鉄では、名電各務原駅から新那加までが240円です。JRは各務ケ原駅から那加駅までが190円です。JR高山線は単線で列車本数が少ないですが、料金は安くなっています。


今日は約10キロを歩きました。
先月、歩いた「しまなみ海道」では、追い抜かれるばかりでしたが、今回は追い抜いたり追い抜かれたりしました。競歩大会ではないので、歩く早さは関係有りません。逆に早く歩くようにしますと、周囲の景色が見えなくなります。
ウオーキングを楽しみながら歩くことが出来ました。しかもラッキープレゼントで当り得した気分です。




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第15回 瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチ 第3日 15.10.04 瀬戸田市民会館~尾道駅前広場

2015-10-04 23:16:57 | ウオーキング

今日はスリーデーマーチの3日目。最終日です。瀬戸田の市民会館をスタートして生口橋を渡り、因島フラワーセンターで昼食です。
生口島から因島、向島へと歩きます。橋は生口橋と因島大橋を渡り、最後に渡船で尾道駅前広場に着いてゴールとなります。

瀬戸田市民会館(7:29) ― 5キロポイント(8:37) ― 生口橋 ― 因島ふれあいセンター(9:40)

 ― 万田酵素接待所(10:19)~(10:21)  ― 因島フラワーセンター(11:04)~(11:28)  

― 因島大橋 ― 立花臨海公園接待所(13:16)~(13:25) ― 向島渡船のりば(14:59~15:07)

  ― 駅前渡船のりば(15:13) ― 尾道駅前広場(15:16)



主催者から渡されたコース地図。



しまなみふれあい交流館での朝食です。
今朝の食事も昨日と同じような内容で、食欲の沸くような食事では有りませんでした。
起床は4時15分。朝食は5時15分からでした。私が食堂に行ったのは5時10分でしたが、既に多くの人が食堂に来ていました。瀬戸田市民会館をスタートするのが7時30分でして、交流館を6時15分にバスが出発する事になっていました。




バスの車窓から。
昇る日の出が見えました。
この時の時間は6時18分です。
多々羅大橋。あの橋を渡って瀬戸田のスタート会場に向かいます。



バスの車窓から。
多々羅大橋を渡ります。
この時、朝日が美しく見えました。



瀬戸田市民会館に着きましたら、列が出来ていました。
荷物を預ける人の列です。
列は出来ていても、荷を受ける担当者が来ていません。
この時間。6時53分です。

列に並んでいる人からどうなっているのだ、などと言う声が出ていました。
この会場の担当者は業者と連絡を取っていると言っていました。



遅れてやって来た業者です。
この時の時間。7時7分です。
やっと、受付が始まりました。




私の後ろで列に並んでいた人たち。
7時9分。
7時30分が出発時間です。
列に並んでいた人たちは、気が気でなかったことと思います。

スタート地点で荷物を預け、ゴール地点で荷物を受け取っていました。
第1日と第2日は日通が担当していました。そして、今日はクロネコでした。クロネコが時間を誤ったようです。全ての人の荷物が7時30分までに預けれたようですが、みんなは、イライラさせられました。このような荷物を預かる仕事。しっかりとやって欲しいものです。



スタートを待つ人たち。



出発前に勝どきを上げて、これから歩くゾ!と気勢を上げました。



左はスタートのスタンプを押して貰って出発します。
右は歩き出したところです。
多くの人が一斉に歩き始めます。

運送業者の荷物の不手際が有りましたからか、準備体操も来賓の挨拶も有りませんでした。時間的に遅くなっているので、来賓挨拶などは不要ですが、出発式のセレモニーはしっかりとやるべきだと思いました。




歩き始め。
多くの人が道路に溢れて歩き始めました。




ふれあい交流広場。
ここで、お茶を頂きました。
中学生がボランティアでお手伝いしていました。




歩いて来て、生口橋の見える場所まで来ました。




生口橋です。
あの高さまで登らなくてはなりません。




橋の高さまで登るため、坂を登って行きます。




橋の高さまで上がってきました。
橋の景色が綺麗です。




生口橋を渡っていきます。




生口橋を渡り終えて振り返ります。
前回の時より、樹木が伸びているような気がします。
それに、眺望の良い場所ですが、電線が邪魔しています。




尾道へ向かうロードから外れて海岸べりを歩きます。




万田醗酵接待所が近付いて来ました。




あのアーチをくぐると、万田醗酵の接待所です。




テントが張られている万田醗酵の接待所。




綺麗なおネーサンが「そば」を出してくれました。
カメラを向けたらニコッと笑ってくれました。
万田醗酵の製品にそばが有るのでしょうか。

この辺りのコースは前回通過してコースと異なっていました。
前回も万田醗酵の接待所が有りましたが、別の場所でした。
前回、食べ損なったアイスクリームがここで食べれるかと期待していたのです。




マンゴーなのか。パパイヤなのか。
万田醗酵の敷地内の農園で実がなっていました。



海岸沿いを歩きます。




因島フラワーセンターに到着しました。
テントでは中学生がボランティアでお手伝いしていました。
子供たちを撮影する女性。子供たちのボランティア活動の記録として残そうとしているのでしょう。

ここで、私が入って来た時、「ヤァ」と声をかけてくれた人がいました。
交流館で同室だった、Tさんです。
Tさんはテントの向こう側に居て、私は気がつきませんでしたが、Tさんから声を掛けられた事が嬉しかったです。
2晩、同じ部屋で一緒して、身近な人となりました。




コチラでも中学生がお手伝いしています。
ウォーカーに水を給水していました。




コチラのテントではゴボ天のお接待です。
私は3ケいただきました。




昼食を終え、因島フラワーセンターをスタートします。




沿道で、ミカンが実っているのを見かけました。




コチラはエンドウ。
女性が収穫していました。
この瀬戸内海地方。温暖な気候で野菜作りに適しているのでしょう。




歩いていて、後ろを振り返りました。





歩く途中。
瀬戸内の島が見えました。




因島大橋が見えます。
また、あの高さまで上がらなくてはなりません。



追い抜いて行くウォーカーたち。
右は坂を下って来るサイクリストたち。
前回は外国人のサイクリストを多く見かけましたが、今回は日本人を多く見かけました。日本人のしまなみ海道の良さに着目し始めているのでしょう。




橋の高さまでの坂を登って行きます。




因島大橋。
耐震工事となっていました。




このコースは橋の下の部分を歩きます。
金網に覆われていますので、オリの中に居るようなイメージがします。
オリの中から遠くを眺めました。




左側は左側で、本州方面を眺めたものです。
右は主塔の部分です。




本州側です。




因島大橋を渡り終えました。




渡り終えて、下の道まで降りて来ました。




立花臨海公園に来ました。
コチラも接待所となっているところです。




お茶やスポーツドリンクのお接待。私はすだちジュースをいただきました。
すだちや、すだちジュースを販売しています。
すだちを1袋買いました。何個も入っていて、100円でした。

私の住む地方では、すだちやカボスが店頭に並ぶ事が少ないです。
元々、柑橘類に注目しない地方です。店頭に並ばないから食さない。食べる人が居ないから店先に並ばない。そんな悪循環です。





左は買い求めるウォーカー。
右は足の裏を手当てして貰っているウォーカー。3日目でこれだけ歩いて来て、足の裏が悲鳴を上げていることでしょう。




自宅に戻ってから、カミさんがサンマを焼いてくれ、すだちを添えて食べました。
和製レモン。
良い味でした。




立花臨海公園から歩き出して、因島大橋の全体が見える場所に来ました。




何となく撮ったものです。
左はコスモスが綺麗です。
右は前の人を撮影したものですが、ススキが映っています。




残り、5キロのポストまで来ました。
ここからの残り、1時間ほどでゴールできるでしょう。
この時。13時57分でした。




前を行くご夫婦。
先ほど、因島フラワーセンターに到着した時、「ヤァ」と声を掛けてくれた人です。




残り、3キロほどの所まで歩いてきました。
ウォーカーの間隔が広がっています。




渡船場が近付いてきました。
お疲れ様の意味もあり、この男性から声を掛けてきました。
カレが言ったのは、暑っかって大変だったねと言う言葉でした。





渡船が入って来ました。




ウォーカーたちが乗船かると直ぐに出発です。
歩いて来て座り込むのは判りますが、若い人が座り込んでいます。
私は椅子に掛けたいとは思いませんでした。
まだ、余力が残っていたという事ですね。




フェリーの先頭へ来ました。
直ぐに出発した渡船。
船長が、先ほど入って来たブリッジとは反対側で操船しています。
操舵する船長と乗客の乗り降りを担当する甲板員の二人です。

渡船は入ってきて、向きを変えずに逆方向に向かいました。
この時、思ったのです。
このフェリーは前と後ろ。両方にスクリューが有るのだと。
甲板員に聞きましたら、その通りだと言われました。
操舵室には前側の舵輪と後ろ側の舵輪が有るのでしょう。
それにこの船。
時刻表が無いと思い、この事も甲板員に聞きましたら、そうだと言われました。
ピストン運行をしていました。
こんなことに気がついた事が面白いと思いました。




あのテントとアーチの場所がゴールです。




駅前の戸船場に着岸します。
右は甲板員がトラロープを持っていて、着岸して安全を確認してから下船させていました。
向島から駅前までの乗船時間は5分ほどでした。



渡船の駅前川に着くと、ゴールのアーチが見えました。
ゴールの場所まで着ました。




ゴールしました。
3日間で80キロ歩きました。
我ながら、良く歩いたと思います。
この時。
感激してウルウルとしてしまいました。




路面のキロ表示です。
今日はキロポストタイプのものは見かけませんでした。
今日、歩いたのは30キロですが、始めの内はキロ表示を見かけませんでした。それに19キロから数字が飛んでいるのは、自転車が通過するコースからハズレていたからです。



3日目を完歩しました。
コチラは前回に歩いた時のものです。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/50effc86db3b95eac8ed7406d2a91b88


スリーデーマーチで三日間歩き、3枚の完歩証をいただきました。脊柱狭窄症で、薬を服用してのウオーキングでした。我ながら良く頑張ったと思います。



最後に
三日間の好天。
第1日の出発式で今治市長が第13回の時は三日間、雨が降っていた。第14回は3日目が台風で中止になったと話していました。
今回は三日間とも、好天に恵まれました。前回参加した第12回の時も、三日間晴れていました。ラッキーなことでした。

今治市と尾道市での温度差。

今治会場に飛来したヘリ。来島海峡大橋の上で、記事を送信する記者。
4日に尾道でゴールして、4日付の朝日新聞尾道版の朝刊を貰いました。新聞には前日、40キロを出発して行った記事が社会面と地方面に掲載されていました。
ごく、普通の扱いの記事でした。前回、第12回に参加した時。第1日目が終わって、翌日に伯方SCパークで渡された朝日新聞今治版は特集的な捉え方で、大々的に報じていました。
今回、来島海峡大橋を渡っていて、カメラを持った記者を何人も見かけましたし、出発式の会場にヘリコプターが飛来して来ました。
私は3日付の朝日新聞今治版を見ていませんが、恐らく大きく捉えていた事と思います。こんな、新聞の報道の有り方でも、市によって異なる温度差を感じました。
今日の30キロ。そして合計80キロ。良く歩きました。
今日、3日目を歩いていて、愛媛県と広島県。今は今治と尾道の間の町が合併して、今治市と尾道市が直接、市境を接するようになりました。
尾道は今治ほど幟が立っていないような気がしました。それに瀬戸田の出発ですが、出発式らしい式が行われませんでした。荷物業者の不手際から時間が無く、実施でき無かったのかも、知れませんが、両市の間にスリーデーマーチに取り組む温度差のようなものを感じました。


橋のたもとに説明プレートが設けて有りました。
撮影した時は気が付きませんでしたが、「自転車道の無料化」は以下のスポンサーのご協力を頂いています。と有りました。
伊予銀行と愛媛信用金庫の文字が大きく扱っています。スポンサーとしての出資金額が多いのでしょうか。
料金所にこの事を掲示して、スポンサーがあって、無料となっている事を知らせないといけないと思います。
タマタマ、こんなプレートを見かけました。
これらは四国のスポンサーです。広島側はどうなっているのだろう。尾道に入って、このようなのを見かけなかったので、恐らく、広島県側には設置していないと思います。このような所にも温度差を感じます。

酷かった食事。
今回もしまなみふれあい交流館で2泊しました。
したの画像は、その時の夕食と朝食です。前回、泊まった時の印象が残っているので、美味しい夕食が食べれると期待していましたが、アテが外れました。想像していたのと異なって詐欺に有ったような気分です。
今回の食事

10月2日の夕食です。


10月3日の朝食です。


10月3日の朝食です。


10月4日の夕食です。

第15回の食事は交流館の食堂での食事でしたが、美味しくありませんでした。品数的にも貧弱な内容で酷い食事でした。このような食事の内容なら、しまなみふれあい交流館に泊まらなければ、良かったと思います。

前回の食事。
第12回に宿泊したときのものを紹介します。

2012年10月5日の夕食です。
カレイの唐揚げとお刺身が付いています。


左は2012年10月7日の朝食で、お弁当が並んでいる状態です。
右は2012年10月6日の朝食です。お茶のペットボトルが添えて有ります。
2日間とも、同じようなお弁当でした。


2012年10月6日の夕食です。
鶏の唐揚げ。それに牛肉の陶板焼が付いています。

10月5日と6日。
あの時。二晩とも、バスで多々羅しまなみ公園の中のレストランへ案内してくれたのです。こうして見比べてみると、差が有り過ぎます。このような対応を受け、残念に思いました。



尾道散策

尾道市の第1ホテルです。
今日、ゴールして自宅に戻るのでなく、ここのホテルを予約していました。
ホテルに荷を預け、これから尾道の街の散策に出かけます。




ホテルから東へ歩いて来て、尾道駅に来ました。
駅の向こう側に尾道城が見えます。




東に歩き、アーケード街の手前。
林芙美子のブロンズ像が有りました。




アーケードの本町通り商店街。




通りの入口近くに芙美子記念館があります。




館内に入らせてもらいました。
入らせてと断って入館しましたが、閉館時間が迫っていて、嫌な顔をされました。
この時の時間は16時56分となっていました。
時間が迫っていまして、仕方無いかも知れません。



人通りの少ない本町通り商店街。




尾道商業会議所です。
今は別の場所に移転したのでしょうか。
その後の重厚な建物が博物館的な役を務めています。




館内へ入らせて貰いました。
歴史的な資料が展示して有ります。




DVDを写して尾道の港の歴史や船に関する工業を紹介していました。




レトロな銭湯が有りました。
今は廃業しているのでしょう。
この前の部分だけでしたら、映画の撮影が出来そうです。




チョット、素敵で気になった店です。
帆布を使ったバッグが見えました。
いいな~と思いました。




渡し場通りを南へ歩きました。
椅子とパラソルが有り、休憩所となっています。




係留されている船。
奥に見えるのは尾道大橋と新尾道大橋です。




コチラは尾道渡船です。
尾道には、尾道渡船と福本渡船。駅前渡船と3箇所の渡船が有ります。
先ほど歩いて来て乗船したのは、駅前渡船です。


渡船乗り場の横の看板。
日本一短い船旅と書かれています。
料金が100円だという事が判りました。




おのみち海辺の美術館として防波堤の壁面に陶製の絵が掲示してあります。




ベンチが設けられていて、憩いの場所です。




タイルの壁面の絵はこのような状態になっています。




タイルにはめ込まれた絵。




海岸べりを歩きます。
素敵な雰囲気の道です。




夕食を取るため、ラーメン屋さんに入ります。
尾道に来て、尾道ラーメンを食べてみたかったのです。

尾道らーめん ベッチャー
尾道市東御所町4-11
0848-23-2583




店内に著名人のサインが掲示して有ります。




注文したのはラーメンと唐揚げのセットです。
先にビールと唐揚げを持ってきてもらいました。
良く歩きました。そのご褒美です。
ラーメンはラーメンと言うよりも知友かそば的な味です。
サバ節かねアゴ出汁か。魚介系のあっさりした味で美味しかったです。




店を出て駅前広場まで歩いてきました。
ここがゴールだった場所です。
テントが片付けられ、元の状態になっています。




海に向かって、デッキのようになっています。




駅前、正面を見る。




デッキを振り返ります。
ベンチがあり、そしてパラソルも。
良い雰囲気の場所です。



スリーデーマーチのウオーキングを終え、尾道の街をブラつき、そして尾道ラーメンを食する事が出来ました。食べてみたいと思っていた尾道ラーメンを食する事が出来ました。
ウオーキングを終えてから、尾道の町を散策しました。限られた時間での散策でした。尾道におのみち映画資料館やおのみち歴史博物館が有ります。又、沢山の寺々が有り、寺めぐりも良いでしょう。
尾道は、また機会を作って訪れたい街でした。


明日は呉に向かいます。










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第15回 瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチ 第2日 15.10.03 伯方SCパーク~瀬戸田市民会館

2015-10-03 23:07:38 | ウオーキング

今日はスリーデーマーチの2日目です。第2日目は伯方島の伯方SCパークをスタートして大三島、生口島の島々を歩き、瀬戸田市民会館へゴールする20キロの区間を歩きます。しまなみ海道の橋としては、大三島橋と多々羅大橋を渡ります。
前回は入館しなかった平山郁夫美術館で鑑賞してからゴールに入ろうと思っていました。

伯方SCパーク(9:31) ― 大三島橋 ― 鼻栗瀬戸接待所(10:19)~(10:23) ― 

多々羅しまなみ公園(11:28)~(12:07) ― 多々羅大橋 ― サンセットビーチ(13:35)~(13:40)

 ― 平山郁夫美術館  ― 瀬戸田市民会館(15:17)   


主催者から渡されたコース地図。
伯方SCパークをスタートして北に向かい、生口島の瀬戸田市民会館へゴールします。

しまなみふれあい交流館

しまなみふれあい交流館での日の出。
日の出は6時18分でした。



小学校を改装してオープンした、しまなみふれあい交流館です。
廊下。
そして教室。
私の部屋は向島と言う部屋でした。
メンバーは9人でした。



部屋の内部です。
3段のベッドが9台有りました。9人ですので、全ての人が最下段で寝れた訳です。
誰かが言っていました。「ここは音楽室やったんやー」と。なるほど。正面の黒板の左側は五線譜となっています。
子供たちの合宿で使ったりする3段ベッドですが、大人が使用するなら2段の方が良いと思いました。



朝の食事です。
3年前の朝食はコンビ二弁当のようなものでした。
お握りに味噌汁ですが、牛乳やバナナを添えるとか、一工夫が欲しいです。
ふりかけでも混ぜて有ったのですが、お握りの味が薄く、決して美味しいといえるものでは有りませんでした。海苔も倹約して有りました。



しまなみふれあい交流館を出発します。
大時計は6時10分を指していますが、この時は7時39分です。
交流館の下の道路が集合場所で8時に出発となっていました。

伯方SCパークへ

バスの車窓から。
正面に多々羅大橋が見えます。
今日はあの橋を渡って瀬渡田に向かいます。



バスの車窓から。
これからバスが渡る橋は大三島橋です。
この橋を今日、渡ります。

いよいよ、スタートです

伯方SCパークに着きました。
ここで出発式があります。



伯方SCパークの中に有る、道の駅マリンオアシスはかた。
まだ、出発式には時間が有りましたので店内を覗きました。



マリンオアシスはかたの店先で売られていたミカン。
昨日の接待所のミカンは美味しかったので、買って行こうと思っていました。
ザックが重くなるのを承知で、1袋180円のミカンを買いました。
帰宅してから食べてみて、甘酸っぱくおいしい味でした。
ポリ袋の中に10個ほど入っていまして、この味でこの値段なら、安かったと思います。




伯方SCパークでの出発式。
来賓が挨拶しています。
その後に、タオル体操が有りました。



出発式を終えて、いよいよ、一斉にスタートです。
左側は出発で、スタートのスタンプを押して貰っています。
右は愛媛県のイメージアップキャラクターみきゃんがお見送りです。




コチラはしまなみ造船です。
巨大な船が建造されています。




スタートしたばかりですので、凄い人の列が続きます。



後ろを振り返ると。
後ろからも人の列が続いていました。



これから大三島橋を渡りますが、橋の有る位置が高い処ですので、どうしても坂道を登らなくてはなりません。



大三島橋に上がって来ました。
右側にこれから向かう多々羅大橋が見えました。
みんなの目が一斉にその方向に向かい、カメラを構えます。



大三島橋を歩きます。



橋の上から見える左方向。
潮の流れが左から右に流れています。



話しかけて来た女性。
地図を広げて潮の流れを確認していました。



大三島橋。
後ろを振り返ると沢山の人が歩くのが見えました。



大三島橋の案内図。
橋のたもとに設置して有りました。



鼻栗瀬戸接待所に着きました。
伯方SCパークを出発してから、さ程時間が経って無く、沢山の人が集中します。
接待所のお接待を受けようとする人で列が出来ます。
歩いて来て、アッ接待所だ。と言う事でフラフラと接待所に行こうとします。
長蛇の列となった、列に並ぶ人からは、入ろうとする人に横から入るなと、大きな声が飛び交っていました。



この橋は先ほど渡ってきた大三島橋です。



橋のたもとに説明プレートが設けて有りました。
撮影した時は気が付きませんでしたが、「自転車道の無料化」は以下のスポンサーのご協力を頂いています。と有りました。
伊予銀行と愛媛信用金庫の文字が大きく扱っています。スポンサーとしての出資金額が多いのでしょうか。
料金所にこの事を掲示して、スポンサーがあって、無料となっている事を知らせないといけないと思います。
プレートに1979年5月に供用を開始した本四連絡橋の最初の橋と記されています。ライトグレーに決定し、この橋の塗装がパイロット的な役割を果したと有ります。しまなみ海道がイッキにできたのでなく、徐々に整備を進めて行ったのだと思います。
橋への理解を深める事が出来ました。
急いで歩いていては、このような事は判りません。
カメラに収めてきて、知る事が出来て良かった思いました。

これらは四国のスポンサーです。広島側はどうなっているのだろう。
この道路。本州四国連絡高速道路株式会社のモノです。
http://www.jb-honshi.co.jp/use/zihodo.html
料金所に、これらのスポンサーのお陰で無料で通行できる旨を表示しても良いのではないかと思います。
自転車がこれらのスポンサーのお陰で無料となっているのだが、歩行者の料金はどのように、なっているのだろうと思います。



坂道を下ってきました。



坂を下ってきて、視界が広がると多々羅大橋が前面に見えました。



釣りをやっている青年。
何が釣れるの?と言葉を交わしました。
彼は「イカ」が釣れると応えてくれました。



この場所の近く。
鼻栗瀬戸と表示してあり、幅が300メートルとなっています。
川の急流のように潮が右から左へ流れています。



曳き船と台船が通過して行きます。台船に船のパーツが乗っています。
急流に向かう船。
エンジンをフルスロットルにしているのだろう。
そんな感じがしました。



多々羅大橋。
直ぐそこまで、来ました。



コチラの画像。
多々羅しまなみ公園まで来た時の画像です。
ここまで来ると、コースの半分を歩いたことになります。


多々羅しまなみ公園の接待所です。
ここでミカンやお茶を貰いました。



多々羅しまなみ公園の中の売店で、ファーストフードを売っていました。
ビールとじゃこ天をいただきます。
そして、あらかじめ、注文して有ったおにぎりを受け取りました。



昼食を終え、再び歩き始めました。
12:08。



454ポイントを通過します。
まだ、あの高さまで上がっていかなければなりません。



多々羅大橋の裏側。
裏側はこのようになっていました。



いよいよ、多々羅大橋を渡ります。



多々羅大橋を渡り始めました。




前方の主塔。
凄い大きさです。
人と比べれば、その大きさが判ります。




橋の上から。
曳き船に引かれて行く船のパーツ。
さっきは鼻栗瀬戸で同様に曳き船が引くのを見ました。
造船業界。
お互いの工場で補完し合っているのでしょうか。

それにしても、橋の上からの景色。
好い風景でした。
こんな、風情を味わえるのも、天気が良かったからです。



主塔の下で拍子木を叩く女性。
多々羅鳴き龍と表示して有ります。
主塔の間で音が反響します。



県境です。
多々羅大橋を渡り、広島県に入りました。



多々羅大橋の料金所。
そしてカーブしていく歩行者自転車道。



多々羅大橋。
あの橋を渡ってきました。



橋から少し離れても、橋、全体が画像に収まりません。
煌く海面。
好い景色です。



ゴールまで5キロの表示。
5キロなら、残りは1時間ほどです。



逆方向から歩いて来た人たち。
40キロを歩く人たちです。
見落としていなければ、この人たちがトップです。
13:17。
尾道を8時に出発して来た人たちです。
残りは4キロそこそこ。
2時過ぎにはゴールするでしょう。


サンセットビーチの接待所に着きます。
ここで、トイレ休憩。
そして、水分補給でお茶を頂きました。
ここでは、自転車の貸し出しをしていました。
貸自転車で走るグループが居ました。



再び歩き始めました。
海岸沿いの道。
椰子のようなシュロの木の並木が続きます。
反対方向から人が来ました。



コチラも、反対方向からの歩いて来た人たちです。
ペアルックのファッションです。
ご夫婦なのでしょう。



前方で女性が漁師と何か、言葉を交わしていました。



今日の漁はどうだったの?と、でも聞いていたのでしょうか。
声は聞こえませんでしたが、こんな、画像のような状態でした。
この女性。
大三島橋の上で潮流がどうとかで、声を掛けてきたオバちゃんです。



前方に耕三寺が見えてきました。



ゴールが近くなり、瀬戸田のしおまち商店街の中の道を歩きます。
途中で見かけた露店です。
干したタコを売っていました。
1袋が200円。安いと思い、買ってきました。
薄く、荷物にならないのも土産にするには良い点です。




帰宅してから、カミさんにタコ飯を作ってもらいました。



前方の黄色いアーチ。
アソコがゴールです。
でも、平山郁夫美術館に寄りたいので、前を通過します。

平山郁夫美術館へ

平山郁夫美術館へ来ました。
3年前の時は、入館しませんでした。
清里の平山郁夫シルクロード美術館に行った事が有ります。
それで、本家本元の平山郁夫美術館に入りたいと思っていました。
美術館入口の門と美術館の正面入口です。



こちらが受付。
ここで入場券を買い求めます。




館内。
この先は撮影が禁止となっています。
両側に立っているのは地元の人たちの絵手紙作品でした。
左側の壁の地図。
平山が歩いたシルクロードの地図が表現して有りました。
それに、ここは平山の美術館です。平山の経歴を紹介していました。



今日から始まった企画展です。
上の入場券の山の図のような大きな屏風絵が展示して有りました。
荒涼とした山々。
そしてラクダの隊商が進む図で迫力が有りました。
平山と高田好胤の手の平のサインが押して有りました。



コチラはミュージアムショップで買った絵ハガキです。
昨日、通過した来島海峡大橋です。

ゴールへ

黄色いアーチを潜り、ゴールに入ります。




ゴールに入って。
ゴールの両側には、ミス尾道がいました。
ゴールのスタンプを押してもらうのですが、どちらの人に押して貰って良いのやらと迷いました。。


しまなみふれあい交流館へ

バスの車窓から。
バスが多々羅大橋を通過します。
橋の上を歩く反対方向からのウォーカーたち。
16時02分です。
後、30分もすればゴールできるでしょう。
先頭がゴールしたのと、この人たちがゴールしたのでは、どれ程時間差が有ったのだろう。


しまなみふれあい交流館

しまなみふれあい交流館に着いてから、バスで多々羅温泉しまなみ湯へ連れて行ってくれた。ふれあい交流館にお風呂が有るのだが、多人数は入れないので、バスでしまなみの湯に行った訳です。帰りはコンビ二に寄り、お酒を買ってくる事が出来ました。

食堂に集まった人たち。今回の宿泊者は59名だと教えてくれた。
そして、今夜の夕食です。
それにしても、前回泊まった時の記憶が残っているので、この内容の夕食は酷かった。パンフには夕食の内容が変わるとは書いてなかったので、前回と同じような食事だろうと期待していたのだが、裏切られたようで、詐欺に遭遇したような気分でス。
折角、しまなみ海道を踏破した充実感も、この事柄で打ち砕かれてしまいました。
アルコールが入っていて、みなさん饒舌になっています。あの頃のユースホステルでは禁酒でした。でも、50年前のユースホステルのような雰囲気でした。知らない同士でも和気藹々と話が出来たのは結構なことでした。何れも中年以上の人ばかりでした。年代が近い世代だから話が有ったのかも知れない。
9人の同室となった人たちと言葉を交わす事が出来ました。このような点は良かった点です。


今日のコースで見かけたロードサインと、道標です。
歩いて行くと、段々、数値が減っていきます。



第2日目は20キロのコースでしたが、無事に完歩する事が出来ました。
周囲の景色を眺めたり、大三島橋の知識を得る事が出来ました。早足で通過していたなら、目に出来なかったことです。知る事が出来て良かったです。
下のURLは第12回の時のものです。
瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチ 第2日 12.10.06 伯方SCパーク~瀬戸田市民会館
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/852dadb8ccef9a83499ec583a4169022

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第15回 瀬戸内しまなみ海道 スリーデーマーチ 第1日 15.10.02  今治城~伯方SCパーク

2015-10-02 23:03:29 | ウオーキング

愛媛県の今治から広島県の尾道までの瀬戸内海の島々に橋が掛けられて結ばれた道が「しまなみ海道」と呼ばれています。3日間、色々のコースを選択して歩くスリーデーマーチが開催されました。スリーデーマーチで、3日間ウオーキングする中で、30キロ、20キロ、30キロと歩くコースを選び、歩いてきました。
今日、第1日は今治城から伯方SCパークまでて、途中には来島海峡大橋と伯方・大島大橋を渡りました。第1日目と言う事でスタートの前に出発式が有りまして、今治市長の挨拶やタオルを使った体操がありました。日本各地からウォーカーが集まっています。
歩行上の注意点や来賓の紹介が長々と有ります。それに各地のマーチングのPRが続きます。もう、いい加減に出発させてヨ~と行った感じがしました。

今日は第1日です。勇壮な太鼓の音に送られて今治城を出発し、伯方SCパークまでの30キロを歩きました。途中には来島海峡大橋と伯方・大島大橋を渡りました。
来島海峡大橋は3つの長大橋で構成しています。眼下に渦潮が見え、海を渡っているのだという感じがしました。

今治城吹揚広場(8:38) ― 大浜接待所(9:48) ― サンライズ糸山(10:13)~(10:16)
 ― 糸山接待所(10:21)~(10:24) ― 来島海峡大橋  ― 
よしうみいきいき館(11:48)~(12:12) ―  よしうみバラ公園接待所(13:26)~(13:31)
― 宮窪観光案内所(14:56)~(14:59) ― 伯方・大島大橋  ― 伯方SCパーク(16:13)  


主催者から渡された第15回のコース地図です。
今治城をスタートして来島海峡大橋を渡り、道の駅である、マリンオアシスはかたまで歩きました。



出発式の会場が今治城の城内です。
今治城に向かいますが、その途中、両側に幟が立てて有ります。
両側で朝日新聞の関係者が資料を配布しています。



城内。吹揚広場での出発式です。
全国各地から訪れたウォーカーたち。
長々と続く出発式に、チョッピリとうんざり顔でした。ステージの上には全日本の元監督。岡田さんが居ました。
市長の話しに寄ると、第13回は3日間、雨だったそうです。第14回は3日目に台風が襲来して中止となったと言っていました。



今治市で生まれたキャラクターのゆるキャラ。バリィ。愛媛県のイメージアップキャラクターみきゃんがお見送りです。
一斉に歩き出しました。


放送各社が取材に訪れています。



城内をスタートします。
勇壮な太鼓に送られて歩き始めました。



スタートしたばかりです。
長蛇の列となっています。
途切れているのは、信号でストップしたためです。



沿道での声援。
魚屋の女将さんやタバコ屋のご主人がウォーカーたちを見送ってくれます。



大相撲の今治場所が10月21日に今治市体育館で開かれます。
丁度、通りかかった時に旗を揚げていました。
この旗が揚がると相撲の一行が来るという気分が高まることでしょう。
http://imabaribasho.jp/



峠と呼ぶにはオーバーな場所です。
坂道を登り、そして坂を下ります。
すると、前方に来島海峡大橋が見えてきました。


大浜接待所へ来ました。



大浜接待所。
お茶やスポーツドリンク。お水のお接待が有りました。
飴と蜂蜜漬けのレモンを一切れ戴きました。

テントの反対側は漁港となっています。
昨日、この辺りが車窓から見えました。


坂道を登っていきます。
右側には、あいえす造船工場が有ります。



来島海峡大橋の取り付け道路が見えます。
あの高い場所まで上がっていかなければ成りません。
手前の建物がサンライズ糸山です。



来島海峡大橋が眺望できる所まで来ました。



サンライズ糸山に到着です。
右側は、これから自転車を借りようとしている外国人家族です。
ここで、トイレ休憩を取りました。



サンライズ糸山の館内に入りました。
前面の窓に来島海峡大橋が見えます。

サンライズ糸山。
http://www.sunrise-itoyama.jp/
四国側のサイクリングターミナルで、宿泊が出来る施設です。



窓から見える来島海峡大橋。
大型旅客船が通過できるように橋が高い場所に架橋されています。                                                                                                                                                                                                                        



糸山接待所に到着です。
沢山の人が列を作りました。
テントの接待所への列がUの字に並びましたが、横から入いる人が居て、大きな声で怒鳴られていました。



ミカンに飴。飲料水のお接待です。
極早生ミカン。
まだ、緑色が残っていますが、甘くなっていました。



ループ状の道となっていて、坂を登っていきます。
あの、上の道のまで登らなくてはなりません。



ループ状の道から、先ほどの糸山接待所が見えます。




コチラは造船所です。
今治造船が見下ろせます。



ループ状の道。
反対方向から自転車が走ってきます。



やっと、橋の高さまで上がって来ました。



橋の上から。
フェリーが島の港に寄港し、そして、次の目的地に向かいました。



橋の上から。
流れは左から右に流れています。
大きな川の流れのように潮流が見えます。



上の画像に映っている船です。
白波を立てながら高速で航行していました。
橋の上から。
刻々と代わる風景です。




最初に渡り始めたのが、第三大橋で、第二、第一と渡っていきました。
3つの橋で4キロを越えます。



橋の上から。
エメラルドグリーンの海水。
砂浜が透けて見え、そして、深くなっていくのが判ります。



料金所を通過します。
自転車と歩行者は無料です。



橋の途中に有った、橋の案内板。
来島海峡大橋の構造を解説して居ます。
ここは8Pですが、案内板に 1A 2P 3P 4A 5Pと表示しています。Pはポールなのか、AやPはどういう意味なのでしょう。
巨大な来島海峡大橋。
関西と九州を結ぶ大型船はこの橋の下を通過します。



橋のタワーの横を通過する時は、道が曲がっています。



サンライズ糸山で見かけた外国人家族。
日陰で水分補給中でした。
カメラを向けると、応じてくれました。



橋を渡り終えて。
あの長大な橋を歩いて渡ってきました。



写真を撮っていましたら、テレビカメラで映されました。
残念ながら、この日はテレビを見る機会が無かったので、どのようになったのか、判りません。



先ほどの外国人家族です。
抜きつ抜かれつと言ったトコでしょうか。



橋の下に見える建物が道の駅 よしうみいきいき館です。
漁船が係留して有ります。
その左側のテントがチェックポイントです。



ここが今日のチェックポイントです。
チェックポイントのスタンプを貰い、そしてお握りを受け取りました。



道の駅 よしうみいきいき館から見える来島海峡大橋です。





昼食を取ってから、再び歩き始めました。
道沿いの海。
水がとても綺麗です。
水底の砂が見えます。



後ろから追いかけてきた人たち。
アッサリ抜かれました。
この人たち。グループでは無いのです。兵庫の男性。京都の女性二人。そして奈良から来た男性。
まるで、初対面ではないように話をしていました。
関西人同士のノリの良さでしょうか。
こう言うのも、ウオーキングの楽しさです。
何処から来たのか。背中のゼッケンで判りました。



振り返ると、渡って来た橋が見えます。



道の左側。
白い波が立ち、急流となっています。
海岸近くの緩やかな場所では小魚が群れていました。



あの建造中の赤い船の方に向かって行きます。



ロードサイン。
ここを右折します。
ここの向こう側にはよしうみバラ公園が有ります。



よしうみバラ公園の接待所。
電柱が邪魔している状態で撮影してしまいました。
ここでも、水分補給をしました。



宮窪サイクリングターミナルです。
ここも接待所です。
左側に有るウオータークーラーで、お茶を戴きました。
男性が持つプラスチックの容器。
プチトマトが入っていましたが、とても甘かったです。糖度何度と言う位の甘さでした。




いよいよ、コールが近づいてきました。
ゴールまで5キロとなっています。
ゴールが近いと言っても、これからが辛い所です。



順調に歩いています。
間も無く、伯方・大島大橋の下となります。
あの橋の高さ。
あの高さまで登っていかなければなりません。
橋の下をくぐりぬけて湾曲したスロープを上がっていきます。


伯方・大島大橋を見ながら橋の取り付け道路を登っていきます。



橋の位置の高さまで上がってきました。
ここが、伯方・大島大橋の料金所です。



橋を渡り始めました。



橋の上を歩いていますが、後ろから来る人に追い抜かれます。



潮の流れが激しくなっています。
右の島が大三島ですが、その奥の尖った山が見えるのは何処でしょうか。



道の駅 マリンオアシスはかたが見え出しました。
伯方SCパークが今日のゴールです。



マリンオアシスはかたの隣のしまなみ造船も見えます。




伯方橋と大島大橋の境に設けて有った案内板。




女性3人組にも抜かされました。




コチラは自転車用の案内板です。



ゴールの伯方SCパークに着きました。
到着して、認定のスタンプを押して貰い、完歩証を受け取りました。
ここから、今夜、宿泊する今治市しまなみ交流館へ向かいます。
しまなみふれあい交流館へは送迎のバスで向かいますが、バスが出る16時45分には、まだ、少し時間が有ります。



伯方SCパークからの景色。
あの橋が伯方橋と大島大橋です。



この店。
ファーストフードと貼られています。
軽食とソフトクレームの店です。夏ですとカキ氷を売るかも知れません。
この店でソフトクリームを買いました。



伯方の塩を使った、塩ソフトです。
Sサイズにしておきました。



ここ、伯方SCパークから各地の宿泊場所に向かってバスが出ています。
しまなみふれあい交流館行きのバスに乗車しました。


しまなみふれあい交流館に到着して、食堂での夕食です。
食堂の隣の調理室でカレーを作っていました。

しまなみ交流館は、かつて小学校だった建物を改造して、宿泊できる施設にしたものです。
ここは巻小学校でしたが、児童数の減少から廃校となったのでしょう。
教室が宿泊できるように改造して有りました。
http://www.city.imabari.ehime.jp/shakyou/kominkan/shima001.html


左は今夜宿泊している人たちです。
右は提供されたカレーです。



コチラのオバアちゃん。
今治で同じホテルに泊まっていた人です。
朝、ホテルを一緒に出ました。背中のゼッケンには東京となっています。
下の左はウオーキング中、彼女と抜きつ抜かれつした時のものです。同世代の人の中では健脚な人だと思います。
食堂で彼女を見かけ、今朝、一緒に今治城に向かったのだと話し、写真を撮らせて貰いましたら、笑顔を返してくれました。女性に年齢を聞くのは失礼だと思い、お年を聞きませんでしたが、お一人でここまでやって来る。凄いスーパーオバアちゃんだと思います。


左はポールタイプのキロ表示です。
右は路面に表示して有るキロ表示です。
ポストやロードサインを見落としたかも知れませんが、段々数字が減少して行き、尾道が近付いている事が判りました。




今日は第1日目で30キロのコースを歩きました。体調に不安を抱え、途中でリタイヤも有りかの心境で参加しました。でも、結果的には30キロを完歩する事が出来ました。前回の伯方SCパークへの到着が(15:22)で、今回は(16:13)でした。今回、出発時間が遅かったことも有りますが、40分ほど遅くなっての到着でした。マア、体調の事も有りますし、完歩出来ただけでも、良しとしました。

一つ。不満があります。
しまなみふれあい交流館での食事の事です。3年前に泊まった時の夕食は、バスで多々羅しまなみ公園の中のレストランへ出かけ、豪華な夕食でした。それが、今回はカレーとなっていました。余りにも、差が有り過ぎます。期待していた夕食がこのような形の食事に変わり、裏切られた気分です。
参考のために3年前の私のブログのURLを貼ります。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/34ce256fac4edc78efc4b97e73ac7e95

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第15回 瀬戸内しまなみ海道 スリーデーマーチ 第0日 15.10.01 今治へ

2015-10-01 23:59:02 | ウオーキング

はじめに。
この所、全然山へ行けていません。各務原歩こう会の9月例会は雨のため中止となりました。
8月の中旬頃から腰の辺りに変調をきたすようになりました。鈍痛の様な、痺れる様な感触が有りました。そんな訳で、9月は百々が峰の展望台に登った程度の行動しか取れませんでした。医者に行って診察を受けましたら脊柱狭窄症の診断を受けました。スリーデーマーチを6月に申し込みしていました。途中でリタイヤするかも知れないという気持ちを引きづりながらも、参加してきました。

瀬戸内しまなみ海道 スリーデーマーチとは。
瀬戸内海の愛媛県と広島県の間に島々が列となって並んでいます。その島々を結ぶ大きな橋が掛けられ「しまなみ海道」と呼ばれています。海道と言う字を使っているように海を渡る道です。今治をスタートして尾道へゴールする。歩くスリーデーマーチが有ります。コースは30キロ、20キロ、30キロと3日間掛けて踏破するコースや2日間、40キロづつ歩き80キロ歩くなど色々のコースが有ります。私は、3日間で80キロ歩くコースを選びました。

今治へ。
参加するのに、別に急ぐ必要は無いので、岐阜から福山までを快速と普通列車を乗り継いで行き、福山から今治までは、高速バスに乗車してしまなみ海道を通り抜けました。バスが走る道路と歩く道は異なりますが、3日間で歩く距離を1時間ほどのバスの乗車時間で、北から南へ走り抜けました。 

那加駅(07:32) → 岐阜駅(07:42--07:45)  → 米原駅(08:47--08:49) → 

姫路駅(11:16--11:35) → 相生駅(11:53--12:25) → 岡山駅(13:37--13:50)

 → 福山駅(14:49)       福山駅前BT(15:05)  → 今治桟橋BT(16:34)



大垣駅辺りを走行している列車内です。
18切符が使えたシーズンが過ぎていて、落ち着いた車内です。




明石駅辺りまで来ました。
何処の国の船でしょうか。
沖に大型の客船が見えました。



相生駅で乗り換えです。
姫路を過ぎて西へ来ると列車の本数がグッと少なくなります。
山陽本線の特徴的な黄色の車体です。
相生駅で折り返しとなりますが、既に行き先表示が岡山になっています。




普通列車を乗り継いで、福山駅に着きました。
福山駅の表に出ました。




福山からはバスに乗車します。
駅前にバスの案内所があり、ここで乗車券を買います。




バスセンターで買った乗車券です。
自動券売機で乗車券を買ったのですが、紙幣の入れ方が判らなくて、係員に応援を頼みました。




バス停では列を作って、並んでいます。
停まっているバスはローズ何とかと言う広島行きの高速バスです。




広島行きが出発した後に今治行きが入ってきます。
ボディーに「しまなみハイウエイバス」と書かれています。




バスの車内。
定刻の15時05分にスタートしました。
バスに乗っていたのは20名ほどの人数でした。




国道2号線です。
福山駅前の道を直進して来たバスは、ここで右折しました。
松永道路から西瀬戸尾道ICで、しまなみ海道に入りました。




しまなみ海道に入りました。





新尾道大橋に差し掛かります。
眼下に尾道水道が見下ろせます。




左手に尾道大橋が並行しています。
この橋は新尾道大橋が完成する前に出来ていた橋なのでしょう。




しまなみ海道の料金所です。
ETCですり抜けました。




因島大橋を通過します。




橋の上から小島が見えます。




多々羅大橋に差し掛かりました。
石碑に平山郁夫の名が読めます。




前方に多々羅大橋が見えます。
間も無く、あの橋を渡ります。




多々羅大橋を渡って来ました。
3日の昼食場所となる多々羅しまなみ公園は、あの場所です。




大三島橋を通過します。
大三島橋は大きなアーチが特徴です。




伯方・大島大橋を通過します。




来島海峡大橋に差し掛かりました。
フェンスの向こうに見える建物が、よしうみいきいき館です。
明日はここで昼食となります。




来島海峡大橋の上から今治方面が見えます。




バスの前方に来島海峡大橋が見えます。
来島海峡大橋が後ろへ去っていきます。




灯台の有るしまが見えますが、島の名は判りません。
渦潮で白く波立っているのが見えます。




来島海峡大橋の上から。
左前方にサンライズ糸山が見えます。



サンライズ糸山の横に来ました。
フェンスが邪魔です。
明日、ここで休憩します。
サンライズ糸山はレンタサイクルの基地の役割を務めています。
http://www.sunrise-itoyama.jp/




来島海峡大橋を渡って来ました。




造船所や漁港が見えます。
明日は、ここの横を歩きます。




ロードサイン。
しまなみ海道から降りて、一般道を走ります。




今治駅前まで来ました。
多くの人がここで下車しました。
バスの終点は今治桟橋です。宿泊する所が終点の今治桟橋近くです。引き続き乗り続けます。




県道14号線で桟橋方面に向かいます。
この先。桟橋で下車しました。
下車した時、撮影を怠りました。




バスを降りてから宿へ向かいます。
途中に寄った店。
魚貞蒲鉾店です。
ここで「じゃこ天」を買いました。プレートをコチラ向きにして撮影すればよかったと後から思いました。
この辺り。何軒か蒲鉾の店を見かけました。



今治の銀座通りです。
明日はここの道を歩きます。
それにしても、ひっそりとしています。



宿泊したホテル今治菊水です。
この写真は翌日の朝に撮影しました。


高速バスには1時間半ほど乗っていました。列車には7時間余り乗っていました。列車が好きですので、これだけ長時間、乗っていても苦になりません。
いよいよ、明日から3日間。ウオーキングがスタートします。

福山駅から今治桟橋までの時間が約1時間半でした。純粋に「しまなみ海道」を走行したのは1時間に満たない時間です。アッと言う間にしまなみ海道を駆け抜けました。それだけの距離を3日間かけて歩きます。

3年前にしまなみ海道を訪れた時は、普通列車で来て、岡山から瀬戸大橋を渡り予讃線で今治まで来ました。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/e4f5ef630866f390c66a3edd731ee687





 


 

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歴史街道を歩く会 4月例会  熊川宿 明通寺 若狭一宮 そして丹後街道

2015-04-25 23:56:05 | ウオーキング

「歴史街道を歩く会」の4月例会に参加しました。4月例会は年度が替わり、福井県方面に出掛けると言うモノです。小浜市の鯖街道や丹後街道を歩きました。
バスで現地に向かい、線であったり点であったりしますが、美味しい所だけ食べると言った形です。最初に歩いたのは鯖街道の熊川宿です。そして明通寺。神宮寺から若狭彦神社、若狭姫神社へ。その後は小浜市役所の前から鯖街道の起点いづみ町を通り、三丁町を経由して小浜公園まで歩きました。

熊川宿 =====  明通寺  =====  神宮寺 ・・・・・  若狭彦神社 ・・・・・  若狭姫神社

  =====  小浜市役所 ・・・・・  いづみ町 ・・・・・  鯖街道資料館 ・・・・・   濱参道 

・・・・・  八幡神社前 ・・・・・  街並み保存資料館 ・・・・・  常高寺前 ・・・・・  蓬嶋楼  ・・・・・

庚申堂 ・・・・・  三丁町 ・・・・・  小浜公園

後半に歩いたコースは小浜西組と言う伝建群です。時間の制約が有り、常高寺へは寄ることが出来ませんでした。また、街並みと食の館は開館していませんでしたし、少し離れた場所の山川登美子記念館も訪ねることができませんでした。


何時もの日の丸の小型バス。
拾ってくれる場所にやって来ました。


熊川宿

熊川宿の掲示板の地図です。
右の下ノ町(シモンチョ)から中ノ町(ナカンチョ)、そして上ノ町(カミンチョ)へ歩きました。




西口公園駐車場へバスが停まりました。
ここから道の駅「若狭熊川宿」に向かって歩きます。




2年ほど前に熊川宿へ来た事が有ります。
その時は、今ほど綺麗に舗装がしてありませんでした。




店に入りました。
店主との会話。
その土地の人と触れ合えるのも、ウオーキングの楽しみです。




有名人が訪れています。
その時のサインでしょう。
店内に色紙が掲げて有ります。



松木神社です。
ブロンズ像は松木庄左衛門が重税の軽減を嘆願したときのものです。
横の説明板には、この行為に寄り磔の刑となったと書かれています。




宿場の中をゆっくりと歩きます。




いにしえのの様子を残す店。
何を販売しているのでしょうか、店内を覗き込んでいます。




熊川宿の説明板。
若狭街道は別名、鯖街道と呼ばれ若狭と京を結ぶ街道です。




道の脇に水路があり、綺麗な水が音を立てて流れています。




地元の人との触合い。
舗装がされた時は、もっと赤く、ケバケバしい色をしていたと話してくれました。
時間が経ち、落ち着いた色になってきました。




熊川番所の説明板。





役人が通行人を吟味したのでしょう。
番所と言っても、関所的な役割をしたのでしようか。




道の駅「若狭熊川宿」に着きました。
ここでバスが待機しています。
こう言うように、バスがゴールで待っているというのは助かります。


明通寺 

次に向かったのが明通寺です。




急な石段を登り、本堂に向かいます。




これから本堂に上がります。



三重の塔から見下ろした本道。
桧皮葺の工事が済み、綺麗な屋根となりました。
本堂内で住職から説明が有りましたが、屋根の葺き替えに2億円あまりの費用を要したとのことです。国費の補助が有ったが1割は自己負担をしなければならなかったと話していました。


 神宮寺

次に向かったのが神宮寺です。




ここ神宮寺でランチタイムを取り、寺の拝観は、自由拝観となりました。
自由拝観でしたが、時間の制約が有り、寺域には入りませんでした。




ここから若狭彦神社に向かいます。


若狭彦神社へ

若狭彦神社の前まで歩いてきました。




若狭彦神社に来ました。
無人で、管理が行き届いておらず、ご用の有る方は若狭姫神社へと書かれていました。



若狭姫神社へ

若狭姫神社へ向かいます。
道の横にトイレが設置して有ります。
綺麗なトイレでしたが、ウォーカー用に設けられたモノでしょうか。綺麗なトイレでした。
この近くで、若狭東高校の横を通過しました。
若狭東高校は福井県の中ではラグビーの強豪校です。歩いていて話題になりました。




若狭姫神社に到着しました。




本殿の横に千年杉が聳えています。


鯖街道起点へ

バスから小浜市役所の横で降り、歩き始めました。
この先が「いづみ町」で、鯖街道の起点です。
横の店では焼サバが店先で売られています。




路面に鯖街道の起点と表示して有ります。




こちらは別の魚屋。
アマダイが店先に並んでいます。100グラム350円の値が付いていますが、1匹にすると幾ら位の値段になるのでしょう。アマダイはグジと呼ばれる高級魚ですので高くても、しかたないでしょうか。



店先の横にサイン色紙が貼り出されています。
ここ小浜がNHKの朝の連ドラ、「ちりとてちん」の舞台となりました。
真ん中が貫地谷しほり。その上は和久井映見です。




整備された濱参道です。

小浜西組を歩く

小浜の街の西が西組です。




歩いていて、ガラスケースに入った箸が目に留まりました。
箸作りは小浜の重要な地場産業です。
誰かが言っていましたが、箸の製造で小浜が8割ほどを占めていると話していました。




これから丹後街道に沿って歩いていきます。
そのコースを確認しています。





八幡神社の参道です。
角に街道の指標が設けて有ります。




街並み保存資料館に寄りました。




こちらは常高寺。
石段の上にフェンスが設けて有りますが、そこは小浜線の線路でして先には進めません。
寺に向かうには左のトンネルを潜ります。



古い町並みの中を歩きます。




明治から昭和にかけて営まれていた蓬嶋楼(ホウトウロウ)。
中から三味線の音が聞こえた時代を想像します。




民家の横で咲いていたオダマキ。




庚申堂。
赤い身代わり申が吊るされています。




古い町並み。
家々の入口には身代わり申が吊るされています。




三丁町を歩いてきました。




ゴール。
小浜公園まで歩いてきました。




海辺。
この横は海水浴場となるところです。


行楽日和の好天に恵まれ小浜の街中を歩くことが出来ました。
小浜西組は古い町でレトロなテーマパーク的な雰囲気が残っています。伝建群に指定され、点々では有りますが、家屋が整備されつつあります。
時間的な制約が有り、今回は駆け足的に歩きました。訪ねる事ができませんでした場所を再度訪れたいと思いました。


おまけ

小浜港の突堤へ海釣りに出かけた事が有ります。その帰りに若狭小浜お魚センターに寄った事が有ります。
小浜漁港で水揚げされた魚が市場でせり売りされ、ここのお魚センターに並びます。お魚センターの横は市場で、その横が漁港です。遠洋の魚は別ですが、地魚は獲れたてのものが並びます。しかも、魚が安価です。好い魚は昼過ぎには売れてしまいます。
いづみ町の魚も好いですが、お魚センターに寄るのも好いでしょう。

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