二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

残暑きびしき折り(ポエムNO.88)

2012年09月16日 | 俳句・短歌・詩集

生まれてきたからには 死なねばならない。
それが最大の仕事 最後の大仕事である。
だれにとっても。
ある日一人の女性から手紙が届いた。
「二十五年ぶりに お逢いしましょう。もしお嫌でなかったら」
と書いてあった。
「残暑きびしき折り お元気でお過ごしでしょうか」とも。 
あのころは白萩のような清楚な女性だったけれど
いまはどうなんだろう。彼女がぼくと別れたあとしばらくたって
精神病院に入院したことをある人が知らせてくれた。
わずかなあいだだが、生活をともにしたことがあった。入籍などせず
場末のうらぶれた2DKのアパートが ぼくらの“愛の巣”だった。
そのアパートが取り壊され 他の建物が建てられているのを知ってから
すでに十年以上がたっている。

ある晩 父から「死んだら家族葬にしろ」と申し渡された。
そうか・・・そういう時期が迫ってきているのかと 粛然たるおもいで
父の話に耳をすましていた。
カラスの姿も見えぬ きびしい残暑がつづく九月。
女からの手紙には携帯の番号がしるしてあった。
いまさら顔をあわせて どんなことを語りあおうというのか?
そして およそ一週間がたって 見なれぬ着歴があることに
目覚めてすぐに気がついた。

少し考えてから「逢わないほうがいいだろう」とぼくは判断した。
電話は深夜十二時半ころにかかっていた。
お金が必要になったのだろうか?
あるいは重大な病気にかかり 余命数ヶ月・・・とでも宣告されたのだろうか?
友人に相談すると「逢いたいというなら逢えばいいだろう。
それから 対応を決めたって遅くはない」といわれた。
ありがちなことさ 人間を長くやっているんだから と彼は苦笑いの表情でぼくを見つめた。

そして数日後 無言電話があった。
「もしもし どちらさまですか」
と訊ねても 応答がない。
二分ばかりで その電話を切った。
無言電話は 数日おきに 十回ばかりかかってきた。
そうして 残暑のきびしい九月が終るころ 
ぼくは着信の番号をもらった手紙で確認した。
「彼女からの電話」であることを なぜか認めたくなかった。
すると 番号が違っている。

それからさらに三ヶ月ばかりたって
ぼくの自宅に一人の若い女性があらわれた。
それが無言電話の主であることが 話しているうちにわかってきた。
彼女は昔ぼくが暮らしたことがあった女の娘だと名乗った。
「母は昨年八月 猛暑のきびしい日にあの世へ旅立ちました」とつげられた。
「え? 八月に? 九月の間違いじゃないのか!」
ぼくはびっくりして問い返した。
「いいえ 八月の十四日です」と その娘はいった。
「だって・・・ぼくは九月に彼女から手紙をもらっている」
「その手紙とやらを 見せていただけますか」
ぼくはその場で 手紙をさがした。
ところが どうしたわけだろう。こころあたりはすべてさがしたのに手紙が見あたらない。
「母がそんな手紙を出すはずがありません。九月どころか 八月はじめにはもう
ベッドから起きあがれなかったのですから」
ぼくは娘に念のため 年齢を訊いた。
そうして 頭の中で訪ねてきた娘が ぼくの娘である可能性がないことを確かめた。
「なぜ電話をかけてきたの? なぜぼくのことを知ったの?」
ぼくはやや混乱しながら 娘に訊ねた。白いフレアスカートが
白萩を思い出させた。
「母を看病しながら あなたのこと聞きました。もう一度
お逢いしたい人が 一人だけいると
そのとき母はいったのです。それがあなたでした」

娘は顔をのぞき込むようにぼくを見つめた。
(うーむ まさか! 死者からの手紙だったなんて あろうはずはない)
しかし 娘が帰ったあとすっかり考え込んで ぼくはその晩遅くまで寝つかれなかった。
「もし ほんとうにそんな手紙がきていたのなら
逢ってあげればよかったのです。母のこの世への 唯一の未練だったかもしれないと
わたしもおもいます。だからそうしてお訪ねしてみたのです」
「・・・はあ。それで。つまりわたしに逢ってみて どうなんですか」
「普通のおじさんで安心しましたわ。ときどき 母のこと思い出してあげて下さいね。
いま母は わたしやおじさまの記憶の中で生きているだけですもの」

ぼくは ぼくと別れたあとの彼女の生活を娘から訊きだした。
結婚し 娘を一人産んだ。
そして七年目に 夫と死別。五年前に乳ガンを発病。
「いつもなにか考えつめているような母でした。夫を亡くしてからは
わたしを育てることに懸命だったと思います」
「あのう 墓は。**家の墓は どちらに」と訊ねるだけが
そのとき ぼくにできた唯一のことだった。

ぼくはことし 春彼岸に スーパーで買った「盆花」を手にして
その墓処へ出かけていった。
墓はすぐにみつかった。
「**葉子 2011年8月14日 享年59才」
・・・と素っ気なく墓碑に刻み込まれた文字を撫でてから
水桶の水をかけ 花を供えた。
隣には亡夫の名が刻んであった。
「残暑きびしき折り」と書かれた手紙を ぼくはたしかに受け取った。
それとも あれは夢だったのか。
ぼくはいまも 彼女からもらった手紙をさがしつづけている。



※写真はmixiアルバム「幻世(まぼろよ)の景」から。

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