二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

■村上春樹の小説・その特徴

2021年08月23日 | 小説(国内)
著作のうち10冊ばかり読んだので、わたしが村上春樹の作品からこれまで受けた印象、その特徴をランダムに、メモ的にまとめておこう♪


・主人公の職業がよくわからない。大半がフリーターのように見え~る。

・登場人物のほとんどは会社(またはそれに準じた組織)などには所属していない。

・成熟した大人の女性は描けない(“女の子”ばかり出てくる)。

・商品名が大量に出てくる。背後に商品経済のいちじるしい進展がある。

・作者が年中外国に出かけてはいるのに、外国人は出てこない。

・ナンセンスなオチ、奇想天外なユーモアを多用する。

・女性は女性であることで、なぜか威張っていることが多い(フェミニズム社会の反映か)。

・ものごとを断定することをしばしば避けている。可能性を残しておく、というか、留保付き(カッコつき)の現実を描くことで、事態があいまいになることを好む。

・無力感に打ちひしがれた男性たち。

・ビールばかり飲んでいるし、台所によく入る。

・経済的に「豊かな社会」を前提にしているため、いたるところコンビニがあるのを当然とみなしている。そういう国と時代の産物だということだ。

・この社会を“現実感”で描くのではなく、ファンタジーとして描こうとしている。したがって不思議な名前の持主が多い。

・回想的場面が頻出する。

・仮想空間を導き入れるのが好き。

・価値の“多様性”への配慮がいちじるしい。

・登場人物はほとんどの場合、欲望を欠落している。欲しいものはすべて外部に、あるいはすぐそこにあるが、ほんとうは何が欲しいのかよくわからない。男性からみた女性も同じ。登場人物に主体性はとぼしく、「なんとなくそうなった」という条件のなかで「やれやれ」と思いながら生きている。

・メタファーを多用している。部分的なものもあるし、物語全体がメタファーであることもある。比喩は巧みだが、その反面少々まわりくどいものが多い。

・小説のほとんどは、作者のオブセッション(妄想)である。エッセイ、旅行記等をのぞくと、小説はいうまでもなくフィクション。いわば壁に描いた餅なので、現実がそこにあるわけではない。あるのは村上さんの“語り”。語りは騙りに通じる。

・ユニークで面白い作品がけっこうあるようだが、すべてが成功しているわけではない。「カンガルー日和」の最後におさめられた「図書館奇譚」などは失敗作、しかもほぼ愚作というレベル。


代表作といわれるような長編小説はまだ読んでいない。したがって、「それ違うんじゃない!?」といわれそうである。
「一人称単数」「猫を棄てる」をふくめ、長編では「1Q84」までは手許にそろったので、読めるようならその半分くらいは読みたいとかんがえている。そうなるかどうかは未知の分野に属するが・・・。
バカバカしくなって、途中で放り出すかもしれない。現代小説は評判になった数冊(西村賢太の作品、村田沙耶香の「コンビニ人間」など)を単発で読んではいるが、基本的には“読めていない”。
19世紀のよく知られた大作家のものや、わが国では永井荷風あたりに代表される近代文学(どこからどこまでが近代文学かというのは議論の余地があるとしても)を好んで読んできた。そういう読者として、村上さんに向かい合おうとしているわけである。

読めたら愉しいだろう。わたしの友人(リアル友)にも、村上春樹のファンと称する人たちが二人ばかりいる(*´∪`*)
さて、これからどういった村上春樹ワールドが開けてくるやら? 
このメモを大幅に、あるいは少々訂正することになるかもしれない。むしろそうなることを望んでいる・・・といっておこう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 物語はそこからはじまる 202... | トップ | トノサマガエルと鉢合わせ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小説(国内)」カテゴリの最新記事