二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「ブラームス カラー版作曲家の生涯」 三宅幸夫著(新潮文庫)

2010年07月04日 | 音楽(クラシック関連)
アルバムに添付されたライナー・ノーツや、名曲名盤ガイドでは満足できない人のための、
ブラームス入門書として最適の一冊。

『貧民窟の一角に生まれたブラームスが、シューマンの熱烈な賛辞によって一躍有名となり、ドイツ音楽の巨匠として名声を得るまでの64年の生涯。ワーグナー派との対立抗争、作品の生成過程、シューマン夫人クララをはじめとする多くの女性たちとの交渉など、さまざまな角度からブラームスの人間と芸術を描く。若杉弘、堀米ゆず子、K・ライスターら9人の音楽家のコラムを収録』(本書裏表紙)

なにがきっかけでブラームスにはまったのか、われながらはっきりしないのだが、
この1週間あまり、耳をかたむける音楽の80%がブラームス。
4つの交響曲は、いまから20年あまり昔に、飽きるほど聴いたはず。
しかし、またくり返し聴いていて、そのどれもが、心に食い込んでくるようなディテールの音楽的豊麗さに満たされていることに強い印象をうけている。

ブラームスに浸ったあとで、たとえばショパンなどを聴くと、まるで歌謡曲のように思える。重厚長大なものは、21世紀初頭のいまでは、時代遅れもはなはだしいといえるだろう。しかし、重厚長大なだけなら、ブルックナーやマーラーがいる。
ブラームスの才能は、じつはもっと多彩で、変化にとんでいる。
1曲しか書かなかったヴァイオリン協奏曲や、2曲あるピアノ協奏曲は、どれも傑作。
渋みの奥にかくされたフレーバーな感触は、聴くほどに、こころの奥底にしみ通ってくるようだ。

収録されたコラムの冒頭で、クラリネット奏者・カール・ライスターは、つぎのように述べている。
『ブラームスは、その音楽を理解するために、長い時の流れを必要とする作曲家であると思います。彼の音楽が表現している内容は、自分の人生を通して体験しなければ理解できないような要素を多く含んでいるからです。ブラームスは音楽史のうえではロマン派の時代の作曲家ですが、彼の音楽はその時代の流れの中で把えることのできない、まったく別なキャラクターをもっています』

誤解をおそれずにいえば、ブラームスは、中高年者になって、はじめてその真の魅力がわかるような音楽を残したように思える。しかし、甘美な抒情的メロディーがまったくないわけではないし、重たく暗い色調の音楽ばかりを書いたわけでもない。
彼の4曲のシンフォニーは、そのどれもが、クラシックコンサートのプログラムのメインに据えてもいいような規模と完成度と魅力を誇っている。
1番を聴いたあとでは「やっぱり1番がいい。これが最高だ」と感じるし、3番をそのあとで聴くと「いや、こっちの方が上だ。ブラームスのエロイカ交響曲といわれるだけのことはある」となってしまう。つまり、いつもあとから聴いたものの方が、すばらしいと錯覚してしまう。それだけ、粒ぞろいだということだろう。

本書のおしまいに作品年表が付されている。
これをみるまで、わたしは彼がこれほどたくさんの歌曲を作曲しているとは、想像もできなかった。わが国ではあまり親しまれてはいないようだが、ドイツ、オーストリアではどうなのだろう。
最近になって聴くようになった弦楽六重奏曲1番、2番や、チェロ・ソナタの2曲は、ややくすんだ気むずかしい表情のうらに、人なつこい微笑をたたえている。少年のような、ピュアで傷つきやすいこころのゆらめきがかくれている。たとえば、3番のシンフォニーのあの有名な第3楽章が、こらえようとしてこらえきれなかった、ブラームスの愛の告白であるように・・・。

類書と比較し、本書はたいへん読みやすいし、写真や図版が豊富。
このシリーズでは、モーツァルト、ベートーヴェンも読んでいるが、これほどおもしろくはなかった。本書のおかげで、ブラームスに公私にわたって多大な影響をあたえたクララ・シューマンとの関係が、はじめてよく理解できた。9つのコラムも、それぞれに出色の出来映え。安価だし小型だから、どこへでも持って歩ける。
さーて、つぎはどの一曲を聴こうか・・・。




評価:★★★★

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