雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

髭彦閑話52「ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』を読み始めて」

2011-09-13 00:00:52 | 髭彦閑話



9月8日、待望の書の翻訳が出版された。
ナオミ・クライン著、幾島幸子・村上由見子訳『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』上・下(岩波書店)である。
1970年生まれだというカナダの気鋭のジャーナリストであるナオミ・クライン(Naomi Klein)の、原題:The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism(2007)の翻訳である。

まだ上巻を読み終えようとしているところだが、グローバリゼーションという名で世界中で現在進行している、市場原理主義=新自由主義的な荒々しい「改革」が、実は僕たちの想像をはるかに超えたある明確なイデオロギーと手法によって貫かれ、結ばれて来たことが、詳細な事実によって示され、驚かされる。
その本質的に反革命的=反民衆的なイデオロギーの創始者であり教祖であったのは、ノーベル経済学賞を受賞した「シカゴ学派」の総帥、ミルトン・フリードマンである。
フリードマンのゆるぎない「科学的」信念は、資本主義市場に対する政府の関与は国防と治安維持だけが正当で、あとの一切の関与は資本主義を腐敗させる害毒にほかならないという、驚くべき時代錯誤の狂信であった。
にも拘らずこの狂信とそれに基づく「改革」は、1970年代から、民主化と民衆本意の経済改革を求めて立ち上がり始めた民衆に対抗する多くの「発展途上」国(チリから中国、イラクまで)の独裁者や、いっさいの公共領域や国境を超えて莫大な利益を生み出す新たな「フロンティア」求めて止まないアメリカを先頭とする先進国の多国籍企業にとっては、極めて現実的な支配と利益を生み出すものとして熱狂的に歓迎され系統的に実行されるようになったのだ。

その狂信的イデオロギーに基づく経済政策の基本は、①民営化、②規制撤廃、③社会支出の削減の三位一体「改革」である。
要するに、自国の公共財産を内外の巨大企業に二束三文で売り渡し、生活物資の価格規制から自国産業の保護のための規制まですべての規制を撤廃して市場に任せ、フリードマンによって社会主義的だとみなされた公共教育・社会保障などへの社会支出を徹底的に削減せよ、というのだ。
そうすれば、欲望に基づき人びとが行動しながら市場の力によって自ずと本来の純粋な資本主義が実現されるというのである。

しかし、誰が考えてもこんな反民衆的な「改革」を民衆が支持するわけはない。そこで必要とされたのが、一時的に民衆が集団的に己を失って正常な判断ができなくなるような「ショック」状態だった。
その最初は、1973年の<9.11>、すなわち選挙を通じて平和的合法的に成立したチリの社会主義的アジエンデ政権を、アメリカが全面的な支持をして転覆したクーデター以後、ピノチェトの軍事独裁政権が行った民衆の大量逮捕・誘拐・虐殺・拷問による「ショック」である。
チリのクーデター計画に深く関与していたフリードマンは、シカゴ大学で狂信をたたきこんだ弟子の「シカゴ・ボーイズ」たちをあらかじめ送り込み、この「ショック」を好機として彼らの三位一体「改革」をピノチェトに実行させるのに成功したのである。
以来、ハイパーインフレにあえいだ中南米をはじめ、フリードマン自身と各国や世界銀行・IMFなどの中枢に登用された「シカゴ・ボーイズ」とその亜流たちが、「連帯」が政権をとったポーランドやソ連崩壊後のロシア、アパルトヘイトを脱却した南アフリカ、そして天安門事件を鎮圧して「社会主義」市場経済を掲げる中国などで、さまざまな惨事による民衆の「ショック」状態に乗じて、その三位一体「改革」を荒々しく押し広めてきたのだ。

下巻では、さらにその後に起きたスマトラ大津波やイラク戦争などの惨事に乗じて展開された事例が分析されるようだが、残念ながら日本の小泉「改革」の分析はない。
しかし、本書の鋭利で俯瞰的な現実分析を読めば、日本の多くの民衆が「郵政民営化」のみを掲げた「小泉劇場」のあの三文芝居にコロリとだまされてしまったのは、バブル崩壊と長期の不況で未来への展望を見失っていた大きな「ショック」のなせる業であったことが、容易に理解できるだろう。
その「ショック」に乗じ小泉の下で反民衆的な日本的三位一体「改革」の青写真を描いたのは、竹中平蔵である。竹中は、シカゴ大学ではなくハーバードで学び、しきりにジェフリー・サックスとのつながりを誇っている。本書によれば、ジェフリー・サックスはまさにボリビアとポーランドで竹中と同じ役割を若くしてさらに劇的に演じ、時代の寵児となったことがわる。竹中は、このジェフリー・サックスなどを介して、「シカゴ・ボーイズ」の亜流となったのであろうと、初めて納得できた。
そして、なによりも3.11原発大震災の巨大な「ショック」が東北を中心に日本の民衆を覆っている現在、「復興」ビジネスをバネにしたいっそうの新自由主義的「改革」をねらう内外の多国籍企業の動向に、極めて厳重な警戒が必要なことを本書は教えてくれる。

その意味で、本書は言葉の真の意味での「警世の書」である。
本来ならもっと早く、現代史家や国際経済学・政治学の研究者、練達の国際ジャーナリストなどによって書かれるべき本であったろう。
それが弱冠30代後半の女性ジャーナリストによって、初めて書かれたのだ。
ナオミ・クラインの名は、この一冊だけをもっても21世紀初頭に生きる世界中の民衆に、深い敬意と感謝の念を持って長く記憶されることになるに違いない。
そして、この2年、文字通り心血を注いで本書の翻訳に当たってきた吾妹(=つれあい)の幾島幸子と、年来の友人である村上由見子さんにも、深い敬意を表する。

本書が、民衆の幸福と平和を願う多くの人びとに読まれることを心から期待したい。


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6 コメント

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Unknown (佐平次)
2011-09-14 09:20:58
ぜひ読もうと思います。
世田谷図書館にはなかったのですが。
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佐平次さん、こんにちは (髭彦)
2011-09-14 12:19:40
佐平次さんの書評・紹介をぜひ早く読ませていただきたいものです。
ただし出たばかりですから、区立図書館に入るまでにはまだ時間がかかりますね、きっと。
でも、よろしく願いします。
返信する
ぜひ読みたいと思います。 (空をみながら)
2011-09-17 23:04:13
はじめて、お邪魔します。すばらしそうな本のご紹介有難うございます。ぜひ、読みたいと思いました。
経済の動きの変なことには、損保代理店を永年やってきた者として、実感しています。手数料の引き下げ方が、理不尽なのです。顧客第一といいながら、それは本気とは思えません。原因の一端の謎がとけそうです。
返信する
<空をみながら>さん、ようこそ (髭彦)
2011-09-18 12:03:27
ブログ検索で多分<空をみながら>さんのだろうと思われるブログを見つけ、今拝見して来ました。
ナオミ・クラインが暴き出したフリードマンと「シカゴ学派」「シカゴ・ボーイズ」とその亜流たちの狂信と、それを利用し実行している多国籍企業と政治家・軍人たちの行動の実態は、<空をみながら>さんのまじめな問題意識に十分すぎるほど応えてくれるのではないでしょうか。
ぜひお読みいただければと思います。
ありがとうございました。
返信する
待ちに待った (Orwell)
2011-09-18 16:57:39
待ちに待った。

こんな記事を何年も前に書いた。日本はどんどん破壊された。
やっと出版された、反撃開始の指南書となる。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/shock-doctrin-1.html
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Orwellさん、ようこそ (髭彦)
2011-09-18 22:57:27
もっと早く翻訳されていればよかったのでしょうが、結果的には今回のタイミングもまた絶妙だったのかもしれません。
そのためにも、正確であるだけでなく日本語としてまっとうで読みやすい翻訳が求められていたと思いますが、いかがでしょうか。
本書を読めば読むほど、僕たちが相手にしている連中の恐ろしさが迫ってきます。
しかし、彼らの力は金力と権力以外に何もありません。道義も文化も自然も歴史も、本質的には何もありません。ただ、あるのはひたすら金(かね)と権力です。
その愚かさが彼らの根本的な弱さでしょう。
ナオミ・クラインはそのことをグローバルな規模で徹底的に暴いてくれました。
さしずめ、小泉は日本版レーガン・サッチャーだったのでしょうし、石原・橋下などは国政をにぎればまちがいなく日本版ピノチェトとして暴虐に振舞うことでしょう。
そういうことすべてを、本書は世界的規模で進行している事実を実に俯瞰的に実証する中で教えてくれます。
ぜひ多くの人に読まれることを願います。
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