雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

いまだ知らざる造化の妙②―アケビコノハの幼虫

2011-08-31 21:53:51 | 日々写す

カメラ手に遊ぶ野山で出会ひけりいまだ知らざる造化の妙に


                  7月18日 アケビコノハ(通草木葉蛾)の幼虫、山中湖芙蓉台にて

                                 *


1か月半ほど前に、山中湖芙蓉台でススキの葉っぱに想像を絶する奇妙ないきものらしきものがへばりついているのに気づき、夢中でシャッターを切った。
体長2センチほどで、全身こげ茶色。
巨大でユーモラスな目玉らしきものが二つ、こちらを向いている。
その正体がやっと判明した。
アケビコノハ(通草木葉蛾)という蛾の幼虫だった。
いやあ、これは恐れ入谷の鬼子母神。
こんな奇妙奇天烈で、愛敬のある形をしたいきものがいたなんて。

成虫の蛾はどんな形をしているのかと調べて、またまたビックリした。
ほとんど枯葉そのもの!
こちらにもぜひ一度遭遇してみたいものである。

幼虫も成虫もこのアケビコノハの姿は、気の遠くなるような進化の長い歴史でしか生み出しえない、それこそ自然の芸術だろう。
グロしか生まない放射能による突然変異の出現を、ますます恐れる。

  いまだ知らざる造化の妙①―スカシシリアゲモドキ


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097:毎(髭彦)

2011-08-30 19:49:44 | 題詠blog2011

人絶えし吾がふるさとに深まらむ日毎夜毎に核の支配は


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110830 日々歌ふ

2011-08-30 13:23:30 | 日々歌ふ

人絶えし吾がふるさとに深まらむ日毎夜毎に核の支配は

                 *

政権よ回れよ回れ想ひ出は君には一生民には一日

                                     *

山中湖は快晴とまでは行かず、富士山もほとんど姿を見せてくれなかったが、ほどほどの天候にも恵まれ、天才・上原ひろみのますます進化した底知れぬパワーとリズムに溢れた演奏を、湖畔の野外ステージで堪能してきた。
翌日は、一人で大平山に登り、ツルフジバカマの咲き乱れる山道をゆっくり往復し、花々やキアゲハ、アサギマダラなどの写真を撮って楽しんだ。
山荘のテレビが地デジに対応していないので、ニュースも見ていなかった。
帰ってみると、茶番も茶番の民主党代表選挙で、増税・大連立論者の野田某が小沢の傀儡となった原発推進論者の海江田某を決選投票で逆転し、次の首相になることが決まっていた。
震災復興と脱原発を求める国民の声とはおよそ無縁の、民主党内部での醜悪な権力闘争・数合わせの惨憺たる結果である。
当人たちにとっては一生の大事を決める歴史的な日だったかもしれないが、僕たち国民にとってはほとんど無意味で、将来記憶に残ることなどまずありえない一日の出来事であった。
栗木京子さんの不朽の名作<観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生>とは、およそ正反対の限りなく空しい世界である。


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上原ひろみを聴きに山中湖に行ってきます

2011-08-27 23:27:13 | Weblog

大好きな天才ジャズ・ピアニスト上原ひろみを聴きに(SPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER 2011、山中湖・交流プラザきらら)、明日の早朝から吾妹と友人Kさんの3人で山中湖に行ってきます。
帰りは明後日月曜の夜になります。

051203 日々歌う
―<上原ひろみのライブ「SPIRAL TOUR」(05/12/02)を聴きて詠める>
悪趣味なステラボールの会場を沸かせに沸かす上原ひろみは
稀人の弾けるピアノの強烈な踊るがごときタッチとリズム
時をりに笑みを浮かべつ瞑目し没我の様で上原ひろみは
ドラムスとピアノの競ひ語らひの際立つうまさ目と目を合はせ
一転し上原ひろみのソロ弾けば心の襞は静かに満ちて
女性をも日本人をも超へ行きし二十六歳上原ひろみ


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高原の知るも知らぬも咲く花に―フシグロセンノウ

2011-08-27 22:36:39 | 日々写す

高原の知るも知らぬも咲く花に傷も癒さるフクシマゆゑの


                   8月7日 フシグロセンノウ(節黒仙翁)、美ヶ原に至る山路にて


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高原の知るも知らぬも咲く花に―シャジクソウ

2011-08-27 22:28:27 | 日々写す

高原の知るも知らぬも咲く花に傷も癒さるフクシマゆゑの


                       8月7日 シャジクソウ(車軸草)、美ヶ原・思ひ出の丘にて


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110827 日々歌ふ

2011-08-27 22:03:40 | 日々歌ふ

高原の知るも知らぬも咲く花に傷も癒さるフクシマゆゑの


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高原の知るも知らぬも咲く花に―ハクサンフウロ2

2011-08-27 22:00:15 | 日々写す

高原の知るも知らぬも咲く花に傷も癒さるフクシマゆゑの


                            8月7日 ハクサンフウロ(白山風露)、美ヶ原・思ひ出の丘にて


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高原の知るも知らぬも咲く花に―ハクサンフウロ1

2011-08-27 21:53:31 | 日々写す

高原の知るも知らぬも咲く花に傷も癒さるフクシマゆゑの


      8月7日 ハクサンフウロ(白山風露)、美ヶ原・思ひ出の丘にて

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広河隆一『福島 原発と人びと』(岩波新書)と吾がふるさと「夜の森」

2011-08-26 17:53:43 | Weblog



8/19刊行の広河隆一『福島 原発と人びと』(岩波新書)を読んだ。
チェルノブイリを知悉した著者による、フクシマの胸に迫る渾身のルポである。
ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思う。
その中に、吾が生まれ故郷の「夜の森」について次のような記述があり、故郷の占める位置と名称の意義を再確認できて、なお感慨深いものがあった。

「浜通りの歴史は古い。奥羽三関の一つ、勿来関が古代から存在するとの説もある。この浜通りは北と南で領有権が争われ、北の相馬氏は現在の相馬市から大熊町まで、南の岩城氏はいわき市から富岡町までを支配し、その境には「夜ノ森」が位置する。」(p.42)

「夜の森」は、戦後すぐの町村合併以来、「富岡町夜の森」となっているが、僕が生まれた頃はまだ「上岡村夜の森」だった。
現在の南相馬市小高区出身の曽祖父・半谷清寿が、明治時代半ば、未だ中世以来の境界地として残されていた「夜の森」の広大な暗い森と原野の未開の地を買い求め、「朝日ケ原」と名づけて開拓を始めた。
が、結局、地名はその「朝日ケ原」とはならずに元来の「夜の森」に落ち着いたものであろう。
これだけは、曽祖父の思いが通らずによかったと僕も思う。

しかし、その「夜の森」がふたたびまた無人の地と化してしまった。
ただし、今度は核汚染によるゴーストタウンとしてである。
何ということか。


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