雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

日々歌ふ0812(35首)

2009-12-14 14:43:42 | 日々歌ふ2008

081201
 白無垢の鷺の静かに浮かびゐぬ午後の光に人世拒みて
 晩秋の陽のやさしくて民憩ふ御苑とふ名の都心の庭園に
 (庭園=には)
081202 
 真青なる空に銀杏の色深き葉群の光り人世照らしぬ
081203
 ユリノキの巨木連なり天空に紅葉なほ燃ゆ残り火のごと
081204
 あたたかき陽ざしにうかぶ朱の色のうれしき冬の初めなりけり
081205
 ―<三十六歳で逝きし父の五十八回目の命日に>
 父よりも二十八歳年上になりて迎へる父の命日
 寒き日の寒き朝に父逝けばわれら泣きたり炬燵に入りて
 何悔やみなにをば願ひ父逝きし戦終はりてわづか五年で
 亡き父がわが子の世代といつしかになりつる時をわれら生きたり
 亡き父の祖父母の世代となるほどにせめて生きむかわれらしぶとく
                 *
 欅にも実の生ることをヒヨドリの教へくれけり冬の朝に
081206
 ―<加藤周一の死を悼みて>
 恐れゐしこの日来たりて天空ゆつひに墜ちたり知の巨星の
 時空をもジャンルも超えてものごとを巨人の深く解き飽かざりき
 若き日に『日本文学史序説』を読みて知りたり巨人の知をば
 肉声を聴きしは一度のみなれどその書を求め学びきたりぬ
 ぽつかりと知の天空に穴あくを誰ぞ埋めむ巨人亡き後
 ミネルヴァの梟のごと夕陽に飛び立つ人の永久に立たざる
 (夕陽=せきやう)
081207
 三℃まで冷え込む朝の幸ならむ紅葉の光る朱に染まりて
081208 日々歌ふ
 ―<67回目の日米開戦の日に>
 誰ぞ知る何ゆゑ互ひに殺しあふ戦なせしや今となりては
 海を越え数百万を殺しあふ理由など民にあるはずもなく
 (理由=わけ)
 ヒロシマを真珠湾をば忘るるな日米互ひに立場入れ替へ
                 *
 赤に黄にもみぢ彩る蒼空の異界を仰ぐ首も折れよと
081209
 赤に黄にもみぢ盛りしめくるめく異界に遊び現し世忘る
 (現し世=うつしよ)
081210
 見上ぐれば虚空に紅く人型のもみぢ踊りて季の移ろふ
 (季=とき)
081211
 都路に銀杏の散る葉還るべき寸土のなきぞあはれなりける
081212
 杜奥に陽ざしとぼしくもみぢ葉の紅はるか黄にとどまるも
081213
 残されし黄葉光るを惜しみけり欅、銀杏の高き梢に
 (黄葉=もみぢ)
081214
 降る雨の冷たくあれど散り落ちし紅葉を洗ふ悼むがごとに
081215
 降らば降れ晴れなば晴れよ天地の よろこび生きむ草木のごとに
 (天地=あめつち)
081216
 生徒らのレポート読みて半徹夜なしける吾の業の深きよ
081217
 木洩れ陽のわづかにさせば杜奥に名残りの紅葉光り誘ふ
 冬枯れの辛夷の枝は人知れず花芽にあふれ空を覆ひぬ
081218
 冬の陽の沈む束の間ひと知るや鉄路を染めて空の燃ゆるを
081221
 大陸の楓の紅く列島に掉尾をかざるもみぢの季の
081223
 葉の落ちしユリノキ仰ぎ行く年を想ふころとはなりにけるかも


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日々歌ふ0811(70首)

2008-12-05 18:14:55 | 日々歌ふ2008

081103
 わが魂を茜に染めて秋の陽の秩父の嶺に昇らむとす
 うす雲をつかの間染めて昇りくる朝陽を待てり山の牧場で
 濃く淡く山並み見ゆる秩父にぞ朝の雲もいとしかりける
 朝霧にひとつの街の沈みゐる暮らしのありぬ武甲とともに
 心にも朝陽を待ちて白霧のながるる襞のあまたあるらむ
 (襞=ひだ)
 なにゆゑにわれら惹かるる秋の陽にまぶしく光る赤き葉群に
081104
 風立てば葉群色づく白樺ゆ高原の陽の黄金ふるふる
081105
 秩父野にダリアの赤く咲き乱る少女ら群れてさざめくごとに
 秩父路に柿の巨木は秋描き空の青かり雲の白かり
081106
 浅黒き肌持つ人をリーダーに選びしときのアメリカに来ぬ
 米国のトップに立つ日リンカーンの言葉引く人その言うやよし
 オバマ言ふ武力や富にアメリカの真の強さをわれら求めずと
 ルールなきグローバリズムと投機をば果たして<change>オバマのなすや
 アフガンに増派をなすと言ふ人の知るや知らずや躓きの石を
081107
 緒方拳、筑紫哲也とつづく死にわが年齢思ふ六十路半ばの
 (年齢=とし)
081108 
 飲桐の赤房高く浮かびゐる木の間にあをき秋の空かも
 (飲桐=イヒギリ)
 不忍の池畔に月の高くして晩秋告ぐる冬鳥の影
081109
 ブラウンの管を通じて馴染みたる人と出会ひてしばし戸惑ふ
 無名なるしあはせ思ふ人びとの視線気にせず暮らし営み
 教へ子のあまたにあれば<先生!>と思はぬ場所でふいに呼ばるる
 ロンドンで釜山でふいに<先生!>と呼ばれし際のわが顔想ふ
 (際=きは)
081111
 ―<「舘野泉ピアノリサイタル2008~彼のための音楽を彼が弾くVol,2~」(11/10:紀尾井ホール)を聴きて>
 自らに捧げられしの曲のみを一夜弾きける舘野泉は
 楽の音は舘野泉の左手ゆ酌めど尽きせず湧き出でにけり
 古希過ぎて舘野泉のめざしゆく左手でこそ弾きうる世界を
 アンコール終はりし後に沸き起こるハッピイバースデイの歌声
081112
 陽射しなき日々をうとめば眼裏に櫨のまぶしき紅葉浮かびぬ
 (櫨=はぜ)
081113 
 青空に飢えてゐたれば朝の陽に吾も色づく欅のごとに
081114
 空おほひ黄葉あふるるユリノキの大樹を仰ぐ秋のしあはせ
 (黄葉=もみぢ)
 どどどんと満月浮かぶ大きさに意表つかれて憂きこと忘る
081115
 はるかなるメヒコの空を仰ぐごと木立ダリアの高く咲きける
 名にし負ふ歌に詠まれしサネカヅラ人こそ知らねその実赤きを
081116
 ―<現役航空幕僚長の侵略美化の言動を知って>
 人にあれ国にしあれど何を恥じなにを誇るか真価問はるる
 外つ国で殺戮なしたる歴史をも誇る輩が<空軍>にぎりき
 田母神の一人にあらず上層に巣食ひてをらむ国家フェチらの
 田母神とワイン飲みつつ鳩山も核を肯ふ議論なせりと
 (鳩山=鳩山由紀夫)
 麻生とて小沢にしても胸底で拒みてをらむ<村山談話>を
 琳派あり刺身文化のある国をわれ愛すれど<侵略>を恥ず
                  *
 ミゾユウのフシュウ漂ふボンボンに代はる男もオザワザワザワ
                  *
 蒼空に色づき初めし銀杏樹の巨木映えゐぬ人生の秋に
 (人生=ひとよ)
081117
 春に見し薄くれなゐの花思ふ空に光りて花梨実れば
                 *
 カルパッチョ、アクアパッツァにソイ二尾を仕立てて食めば夕餉はなやぐ
 つややかな歯ごたへありぬソイといふ北海道に獲れし魚は
081118
 若さゆゑ見れど見えざるものありき櫨の紅葉の空に映ゆるも
081119
 青き葉の朽ちゆくさまをわれら愛で紅葉もみぢといふにあらずや
081120
 一輪の山茶花のみに当たる陽に惑ふこころのわが裡にあり
 秋の陽の池面に映すベンガラと白の校舎に往時を偲ぶ
081122
 散り際のいのち燃やして青空を櫨の葉群の朱に染めゆく
 杜陰の昏き池面に鮮やかな秋色照りて時のゆらめく
081123
 鮮やかに青空覆ふ黄葉の榎と知れば胸の高まる
 抜けゆける空の青さに隣国ゆ渡りし櫨の紅葉目に染む
081124
 もみぢ葉にまざるちひさき実を知りて見れど見えざるものらを想ふ
 無機質の造形にさへ時として見れど見えざる美のひそみゐりける
 春先の花とばかりに思ひゐしホトケノザ見ゆ冬のまぢかに
 アメリカゆ渡りし花のひめやかに咲くもかなしき雑花なれど
 (雑花=あらばな)
 赤き花ゆれゐる先に年古りし墓碑にまどろむ菩薩おはしぬ
081125
 無花果の熟すを待ちて木を仰ぐ日々のありたり戦世の後
081127
 あと一年あと半年と定年を指折り待ちて四月となりぬ
 (四月=よつき)
 十年の四度めぐりていつしかにわれ老ひたれど生徒ら若く
 本当に来年やめてしまふかとわれに問ひ来る子らぞ愛しき
 暴力と怒号をせめて職場から一掃せむとわれたたかひき
 よろこびは子らの伸びゆくその様を日々年々に寄りそひ見しか
 かなしみは伸びゆくちから見失ひこころ閉ざせし子らの増えしか
 乏しかるわが能力で為しうるを為して終らむ教師の業を
                 *
 公園の銀杏、欅の落ち葉ふみ走る六十路に雨のそぼ降る
081128
 降らば降れ冷たき雨よ欅樹の葉群を濡らし彩深め
 (葉群=はむら、彩=いろどり)
081130
 ―<Re-trickのライブを再び聴きて:11月29日(土)【お茶の水NARU】>
 底知れぬ音の世界をひた走る若きトリオに一夜酔ひ痴る
 (一夜=ひとよ)
 軽々と超絶技巧をこなしつつ若きトリオは音楽奏づ
 パワフルな音とリズムとかけあひに若きトリオの音楽あふる
 音楽を楽しみつつも限界に挑むトリオのひたむきさよし
 緩急も間合ひも自在に弾きこなす若きトリオの行く末想ふ


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日々歌ふ0810(63首、詩1編)

2008-11-03 11:49:00 | 日々歌ふ2008

081003
 初秋の尾瀬は夜明けて朝もやのつかの間浮かび木道光る
 (初秋=はつあき)
081004 
 朝の陽に霜のとけゆき靄となり色づく原に立ち昇りけり
                     *
 ―<Re-trickのライブを聴きて>
 疾走しリズムにあふれ鳴り響く若きトリオのジャズに魅せらる
081005
 草影を残して霜のとけゆける木道行きぬ尾瀬の朝に
 尾瀬の野に隠れひそみし池あれば色づき浮かぶヒツジグサの葉
081007
 尾瀬の野に花の終りの季告げて赤く色づきワレモコウ咲く
 (季=とき)
 見はるかす草の黄葉の尾瀬に立つ至仏の嶺の姿なつかし
 (黄葉=もみじ)
081008
 尾瀬原にひときは赤く実の光り鳥目人目をナナカマド呼ぶ
 色づける尾瀬の原野を木道のうねり走りて燧に至る
 (原野=はらの、燧=ひうち)
081009
 ススキ穂の光る向かうにハイカーの何を語らむ尾瀬のあれこれ
081010
 満を持し尾瀬の木々らも秋色をまとひ初めゐつ草原追ひて
 尾瀬の野に秋去ることの早ければエゾリンドウの花ぞ恋しき
 透き通る色の深きよ赤き実の光を浴びつ尾瀬にゆれをる
081011
 蔦の葉の色づき光る山道を友と登りて尾瀬と別れぬ
081012
 友の死を悼み集ひて蘇る時の彼方ゆ若き記憶の
 激動の季節を生きし吾らにも四十年の時の過ぎける
 暴力の連鎖の渕に追ひ込まれ惑へど吾は石投げざりき
 スターリン、毛沢東の影覆ふ新旧党派に空しさ覚えき
 暴力も党派も共にわれ憎み学窓離れ教師となりぬ
 生徒らとともに育ちて教職の終はるを待てば想ひ満ち足る
                   *
 鳩待の峠めざして山道を登れば朴の黄葉輝く
 (黄葉=もみぢ)
081015
 秋一日野尻に遊び黒姫と妙高望み友と親しむ
 (一日=ひとひ)
 池の面は朝に蒼く静もりて黒姫浮かべ秋を映しぬ
 (面=も、朝=あした)
 木立抜け水辺に向かひ独りゆく吾妹の影のかなしかりけり
 朝の陽に池面光れば群れ生ゆる蒲の色づき秋を告げをり
 朝光の野尻の森に洩れ来り友の車に葉影ゆらしぬ
 (朝光=あさかげ)
 カラマツの高き梢を見上ぐればあをき美空ゆ光あふるる
 宙吊りの車降りれば妙高の木々色づきて天空に映ゆ
081016
 妙高の嶺を仰げば雲湧きてゲレンデ囲む木々の色づく
 山の端の低き葉群を朱に染めしアートに見ほれ時を忘るる
081017 
 ―<内堀弘『ボン書店の幻』(ちくま文庫)を贈られて>
 担任を初めて持ちし生徒らの五十路半ばとなりにけるかも
 髪長く額秀でし少年の古書店主となり知る人ぞ知る
 <ボン>といふ書房つくりて三十路にも達せず逝きし詩人ありけり
 鮮烈な詩本づくりに燃えつきし若者ありて<鳥羽茂>といふ
 (鳥羽茂=とば・いかし)
 専らに詩歌の古書を商ひつ教へ子追ひぬ<鳥羽茂>をば
 教へ子の書きし好著に忘らるる詩人の生涯甦りけり
 遺児さへも知らぬ生涯ほり起こし教へ子書きぬ詩人の紙碑を
081018
 妙高の色づく木々に擁かれつはるかに見やる霞む山並み
 (擁かれ=いだかれ)
 高原の思はぬ場所に青あをと山葵繁りて光る葉群の
081019
 ―<一夕を地元・本駒込なる蕎麦店「玉江」に遊びて>
 蕎麦酒を一日一組もてなして心も身をも酔はす店あり
 (一日=ひとひ)
 切れ、艶もひそかな甘み喉ごしも蕎麦とはかくもうまきものとは
 遠くよりはるばる来る蕎麦通の友らも酔ひてこころ満たしぬ
                      *
 ノスリ舞ふ大空の下タンポポの花野に遊ぶ友飼ふ犬の
 遅咲きの野薊ならむ高原の風にゆられつ秋を惜しめり
 暮れなづむ野尻の湖を妙高の見守るごとに浮かび霞みぬ
 (湖=うみ)
081020
 人気なき池の光りて黒姫に夕雲ながれ一日暮れゆく
 (一日=ひとひ)
 黒姫は陰となれども妙高の夕陽に映えてほの紅く見ゆ
081021
 暮れ方の野尻の森のカラマツに絡まる赤き蔦の紅葉よ
081022
 逝く日まで直立二足を保たむと六十路半ばの大地を駆ける
 六十路来て一日おきに十キロを走り能ふと思はざりけり
 (能ふ=あたふ)
 避けがたきものにしあれど衰への速度、形に挑み生きむか
                 *                
 妙高の空の青かり白樺のきらめく黄葉忘れがたかり
 (黄葉=もみぢ)
081023 詩:「途中下車」
 勤め帰りに
 池袋で途中下車した。
 目指すは
 東武の<デパ地下>である。

 しばらく前に改装されて
 ずいぶん明るくきれいになった。
 それでも
 新しいうまそうなパン売り場も何も素通りして
 いつものように奥の魚売り場に直行する。

 仕事で忙しい家人から職場に
 帰りに何か刺身を買ってきて欲しいという
 メールが入ったのだ。

 牛スジと大根の煮込みを用意してあるので
 量はそうたくさん要らないけれど
 という注文である。

 今日はいいマグロが入ってるよ!
 魚売り場に近づくと
 威勢のいい店員の掛け声が聞えてくる。

 いいねえ
 この感じ。
 つい足取りが速くなる。

 どれどれ。
 おお メバチマグロか。
 なるほどいい色をしてるな。
 ねっとりと脂も乗ってるし。

 家人の顔が浮かぶ。
 ぼくがめったにマグロを買って来ないと
 ときどき文句を言う家人の顔だ。

 それというのも
 五月ごろから十月ごろにかけて
 うっかりすると
 ぼくがカツオばかりを買って帰るから。

 ともかく
 ぼくはカツオが好きなのだ。
 初ガツオから戻りガツオまで
 たぶん
 毎日食べても飽きないだろう。

 時間があれば
 それこそ丸ごと一匹を出刃で捌いて
 タタキを盛大につくりたい。

 でも
 たいていはサクで買う。
 皮つきがあればタタキに
 なければ普通の刺身に…
 とも限らない。

 皮なしでも
 タタキ風にしたり
 中華風にしたり
 色々だ。

 しばしば
 茗荷に大葉
 小ネギにカイワレなどを
 千に微塵に切っては
 ふんだんに散らす。

 ニンニクをすりおろし
 ポン酢に入れて
 そのタレをかけ回す。

 器も盛りつけも
 大いに工夫する。
 さもないと
 家人の機嫌をそこねる。

 じゃあ今日は
 このメバチマグロにするか。
 家人もよろこぶしね
 と
 一瞬ぐらつく。

 待てよ。
 マグロにするにしても
 ともかくはひととおり見てから。
 それからでも遅くはないだろう。

 おおカツオだ。
 さすが戻りガツオ
 脂が乗ってる!
 いいねえ。
 おっ
 皮つきもある!

 だけど
 カツオはこの前食べたばかりだ。
 チラリチラリと
 家人の顔が浮かぶ。
 まずいよなあ
 やっぱり。

 うーんアジか。
 サンマねえ。
 おっサワラも。
 めずらしい。
 おおイナダも。
 いいねえ!
 天然だって。
 イシガレイ
 これも天然。
 うまそう!

 さて
 どうするか。
 行きつ戻りつ考える。
 考える。

 なんとかかんとか
 やっとの思いで
 候補を絞った。

 マグロ
 カツオ
 イナダ
 イシガレイ。

 どれもこれも捨てがたい…。

 マグロかカツオか…。
 家人を取るかぼくを取るか…。
 むずかしい。

 天然のイナダとイシガレイ。
 量もぴったりだし
 やっぱりこれにしておくか。
 しかたがない。

         *

 アフリカの大地を思わせる
 好みの大皿に
 カイワレと大葉をたっぷり敷いて
 ぼくが盛りつけた
 赤身のイナダ
 白身のイシガレイ。

 その日のぼくたちの遅い晩餐は
 かくして平和であった。

 あと5か月。
 定年になれば
 もう途中下車はない。
081025 
 紫のちひさき珠のひめやかに光る秋にぞ株価堕ちゆく
 森陰にモビールのごと枯れ枝を蜘蛛糸とらえ飾りをりけり
081026
 人の世の魑魅魍魎をばその網にとらえてくれぬかお女郎蜘蛛よ
081029
 人知れず羊のごとに雲群れて蒼空高く秋を食みをり
081030
 ―<ノルウェイのピアニスト・アンスネスのリサイタル(東京オペラシティ・10/27)を聴きて >
 まぎれなき巨匠となりぬアンスネス未だ不惑に達せざりしも
 衒ひなき超絶技巧で深き音ふかきリズムをアンスネス弾く
 終りなきシューベルトのソナタをも終るをいつか惜しみ聴きたり
 息のみてドビュッシーの目くるめく音楽に酔ふただひたすらに
 通俗のかけらなければ月光の曲ふかぶかとこころ満たしぬ
 熱狂に応へて弾きしアンコール 掉尾をかざるスカルラッティ
                  *
 わがためにあらざることと知りながら秋の実熟れて赤きに魅かる
 さきがけて一枝赤く夕光にハゼの浮かぶを独りよろこぶ
 (夕光=ゆうかげ)


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日々歌ふ0809(47首、詩1編)

2008-09-30 23:38:53 | 日々歌ふ2008

080901
 気がつけば虫の音のみに静もりて蝉は死に絶えカラスは眠る
                    *
 安倍を追ひ福田も不意に辞めにける一寸先の茶番知らざり
080903
 晩夏にハゼの小枝の紅葉して池面に早き季を浮かべぬ
 (晩夏=おそなつ、季=とき)
080904
 時としてヒト食ふ吾に食へぬものありやなしやと鳩見て思ふ
080905
 黄昏に彼岸の花のかたちしておぼろに浮かぶ黄の花のあり
 いつしかに黄葉の混じるユリノキの枝葉ゆれをり西日に浮かび
 (黄葉=もみぢ)
080906
 窓枠のひとつに至る隅々にもと子・ライトの夢の宿りて
080907 
 ―<NHK新日曜美術館「母と娘 咲き誇るいのち 丸木スマ・大道あや」を観て>
 スマとあや母娘の実に画家となる齢七十、六十過ぎと
 (スマ=丸木スマ、あや=大道あや、母娘=ははこ、齢=よはひ)
 六十年七十年の人生が画家となる道準備せしとは
 六十年半ばに至る人生の何をかわれに準備なしくれむ
                    *
 ―<大学時代の恩師・教育学者O先生より電話のありて>
 早朝に電話の鳴れば受話器より卆寿を越えし恩師の声する
 妻亡くし卆寿を越えてひとり生き恩師のなほも学を究めぬ
 戦への<抗体>つくる道すじを余命のかぎり恩師模索す
 一年か二年かそれはわからぬと恩師は言ひつ未来語りぬ
 恩師言ふセブンイレブンあればこそ卆寿を越ゆるくらしの成ると
 ふたたびの出会ひあればと願ひつつ受話器を置きて恩師を想ふ
                    *
 山道の暗き葉陰に橙の花の一輪隠れ咲きをり
080908
 秋雲の浮かぶ空にぞなほ夏の白雲湧きて季に抗ふ
(季=とき)
080909
 カラス群れついばみをりし赤き実の近づき見れば辛夷の生りて
080910
 辛うじて入り陽のさせば岩礁の黒ぐろ浮かぶ光る川面に
080911
 ―<9・11と<対テロ戦争>の犠牲者を共に悼みて>
 隣国の美国とよべる国ありて醜き戦いまもなしをり
 毒をもて毒を制するその毒の幾十万の民毒しけむ
                    *
 白しらと夕月昇り仕事なき雷除けの針と戯る
 眠るごと緋鯉の独り憩ふ背を桜の落ち葉流れゆきけり
080912
 黒門の切り取る空は青くして御堂の屋根は緑なりけり
080914
 つかの間の矛盾を走り地下鉄の夕陽浴びつつ闇に消えゆく
 入り陽射し水面にゆれる絵模様をマチス・ピカソもかくやと描く
080915
  「戸籍」

 27歳で結婚するまで
 本籍は生まれた福島でもなく
 6歳から住んだ東京でもなかった。

 1950年
 福島の田舎から一家で上京した6歳の年の暮れに
 父は36歳の短い生涯を閉じた。
 その父の本籍が九州の壱岐島にあった。
 それが僕たちの本籍でもあったのだ。

 何かの折に戸籍謄本などが必要になると
 僕の家では返信用の封筒を入れて
 遠い壱岐の町役場に手紙を出さなければならなかった。

 度重なるうちに
 幼い僕もいつしか自分の本籍を憶えた。

 ナガサキケン
 イキグン
 ゴーノウラマチ
 ホンムラショク
 ニジューハチバンチ

 そして
 漢字でも書けるようになった。

 長崎県
 壱岐郡
 郷ノ浦町
 本村触
 28番地

 実は
 死んだ父も本籍のある壱岐には一度しか行ったことがなかった。
 併合前に壱岐から渡った商人夫婦の長男として
 父は朝鮮半島南端のコフン(高興)という町で生まれたのだ。

 その父の父
 つまり僕の祖父は
 中耳炎をこじらせて父と同じように30代の若さで死んだ。
 主を失った一家は朝鮮から引き揚げたが
 神戸にいた親類を頼って壱岐には戻らなかった。

 すぐ下の弟と母を亡くし
 僕の父は一番下の弟と二人で東京の大学に学び
 数学の大学教師となった。
 そして知り合った
 福島生まれの母と結婚した。

 戦争が始まり
 2度目の国内応召の最中に結核を発症し
 間もない終戦とともに
 一家の疎開先であった母の故郷の福島に帰って来た。

 それから5年
 やっと生き永らえた末に
 上京したばかりの東京で36歳で死んだのだ。

 親戚や先祖の墓がある壱岐に
 結局父は結婚後一度も行くことができなかった。
 そして
 壱岐の本籍だけが僕たちに残された。

 ナガサキケン
 イキグン
 ゴーノウラマチ
 ホンムラショク
 ニジューハチバンチ

 六十路の半ばを迎えた今も
 口からごく自然に出てくるその響きは
 懐かしくて
 少し悲しい。

 父が死んだ後
 残された家族の間で時おり
 <本村触>の<触>とはなんだと話題にはなったが
 母も知らなかった。
 たぶん
 <字>のようなものだろうとみんなが勝手に思った。

 その疑問が解けたのは
 僕が40歳にもなったころだった。
 司馬遼太郎の『街道を行く』シリーズの
 壱岐篇を読んだのだ。

 まずは
 司馬に壱岐の歴史風俗を案内した古老の
 Mという名字に驚かされた。
 まさしくそれは
 わが家の名字と同じだったからだ。
 どこにもある名字ではない。
 血縁にまちがいなかった。

 さらに驚かされたのは
 司馬が<触>を<フレ>と呼び
 その由来を聞いたことへのM古老の答えであった。
 <触>というのは
 松浦藩のいわば植民地だった壱岐で
 支配の<お触れ>を肉声で伝えることが可能な行政単位だったというのだ。

 <触>は<ショク>ではなく
 <フレ>だった。
 ならば<本村触>も
 本当は<モトムラフレ>だったのだろう…。

 が
 父が僕に残した本籍は
 やっぱり<モトムラフレ>にはならなかった。
 <ホンムラショク>と
 僕の脳髄にはそう刷り込まれて
 もはや変わりようがなかったのだ。

 死ぬまでに
 一度は壱岐を訪ねたい。

 ナガサキケン
 イキグン
 ゴーノウラマチ
 ホンムラショク
 ニジューハチバンチ

 36歳の父を連れて
 僕が目指す本籍は
 そこにしか
 ない。
080916
 ほの暗き樹陰に赤く一輪のさきがけ咲きぬ彼岸の花の
080917
 ふと見れば川面に繁る桜枝に星ゴイ隠れ静かに憩ふ
                    *
 老朽の具合見むとて舟となりわが身を明日はドックに入れむ
080918
 妖しさや毒々しさのかけらなく薄黄に咲きぬ彼岸の花の
 星ゴイに遭ひて日ならず成鳥のゴイサギ待ちぬわれ行く先に
080919
 夕光のあふれる中をヒョウモンの蜜吸ふ花の名をば知らずも
 (夕光=ゆうかげ)
080921
 咲き群れる血潮の色も狂ほしき花に惑はむ死者を想ひて
080922
 千年のはるか昔も都路に実を結びけむムラサキシキブの
080924
 赤々と異形の花の咲き満ちて此岸を染めぬ彼岸のごとに
 (此岸=しがん)
 赤白の彼岸の花の絡まりて咲けば此岸の異界となりぬ
080925
 品悪き太郎の口はひんまがり性根腐れど総理となりぬ
 晋三に続き康夫も投げ出せばタライ回りて太郎のつかむ
080926
 身じろぎもせずにひたすら潅木にアゲハ憩ひぬ季のめぐりて
 (季=とき)
080928
 畑埋めし鶏頭の色やはらかくわが胸内に染みわたりけり
 青光る翅を休めて北限に南の蝶の生終へんとす           
 緑濃き葉群にまじる緋の色の強きに惹かれ歩みとどめぬ
                    *
 日教組をぶつこはすため学テをば行ひけると大臣のたまふ
 (大臣=おとど)
 お粗末な独断をもて信念と思ひ込みたる四日大臣
 馬鹿山のまちがひならむ独断と信念の別知らぬ大臣は
 (大臣=おとど)
080929
 黄もうすく気品にみちて咲く花のオクラと知りて二年経ちぬ
 (二年=ふたとせ)
080930
 赤々と異形の花を眼裏になほ咲き残し九月去りゆく


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日々歌ふ0808(90首)

2008-09-04 18:04:22 | 日々歌ふ2008

080801
 啄木と賢治をらざるこの国の歴史わびしきただ思ふだに
                *
 アゲハ舞ひ蜜吸ふ姿網に代へカメラで追へど時を忘るる
 夏咲きの躑躅のあるを知りもせであはれみ寄れば花の咲き満つ
 八月の声聞くときのさびしさも今年限りか 六つ以来の
080802
 花愛づる深き想ひを歌はむと思へば惑ふサルスベリの名
 残り咲く蓮の花に朝露のわづかに光る午後の陽浴びて
 (蓮=はちす)
                *
 自らをデラシネと言ひ半生をカナダで生くる友の来りぬ
 キラキラと目を輝かせもの語る面影いまも友は保てり
 本を書くゾウリムシとて伴侶呼ぶ友の著作をわれ愛読す
 チェンバレン、ハーンの通説覆す友の評伝知る人ぞ知る
 この次はモントリオールを訪ねむと定年待ちてわれは約せり
080803 
 列島の町村さびれ吹きやまぬ伊吹颪で何が安心
 (颪=おろし)
                *
 ―<2008年8月3日放送NHK「新日曜美術館」シリーズ・創作の現場ドキュメント(2)鬼才・石山修武「建築にみる夢」を見て>
 知らなんだああ知らなんだ文字通り鬼才も鬼才石山修武を
 (修武=おさむ)
 プラトンも惹かれしならむ花咲きぬ丈高くして白く清楚に
080804
 青冴えの花の跡こそ不思議なれ睡蓮咲きて真紅なりける
 真昼間に陽ざしの洩れて遅咲きの蓮の花のくれなゐ光る
 (蓮=はちす)
080805
 宙仰ぐ蓮の花托の青あをとすべてを終へてひとり逝くべく
 (宙=そら)
 塩辛と思ひ撮れども似て非なるトンボの写り腰空きといふ
 胡麻食めどその花知らぬわが暮らし貧しからずや哀しからずや
080806
 ―<ヒロシマの日に>
 原爆を落とすことなく落とされず戦を止むる道ぞありたる
 双方に民のいのちを軽んずる非情のあればヒロシマ生れき
 (生れき=あれき)
 ヒロシマの主犯共犯その責を未だ認めず同盟結ぶ
                *
 ―<定年後三百坪の農園を育む大学時代の友人を見沼に訪ねて>
 見沼なる川のほとりに農園を友育みぬ定年過ぎて
 胡麻食めどその花知らぬわが暮らし貧しからずや哀しからずや
 瓜の生る野菜の蔓の美しく日々に伸びゆく花芽吹き出で
 ゴマ、オクラ、キュウリにトマト、ナス、ゴーヤ いづれの花も静楚なりけり
 友呉れし野菜を背負ひ帰りなばゲリラ雷雨のすでに去りたり
 色と香の市販のものにまさりける友のつくりし紫蘇も茗荷も
 友つくるナスを揚げ食み驚きぬほのかに甘く舌にとろけて
080807 
 むくむくと白雲湧きて今まさに安田講堂襲はれむとす
 生ひ茂る木々の向かうにぽつかりと人びと憩ふ池面浮かびて
 夏空と木々の緑を見下ろしつ池畔に立てばアリス想はる
 緑なす池面に浮かぶ久々のコサギの遠き姿なつかし
 照り浮かぶ泰山木の一葉にいのちのすべて籠められをらむ
080808
 むらさきの気品に満ちた野牡丹に面影浮かぶ 原節子ああ
080809
 ―<ナガサキの日に。8月7日放送・NHKスペシャル「解かれた封印〜米軍カメラマンが見たNAGASAKI〜」を見て>
 祖国をば愛するゆゑに原爆の投下許さぬ米人をりき
 命ぜられNAGASAKI写すO'Donnellのカメラ宿しぬ人間のこころを
 (O'Donnell=オダネル、人間=ひと)
 封印を解きて被爆の実相をO'Donnell示せり八九年に
 反米の烙印押され妻去れどO'Donnell糾す原爆投下を
 妻去れど息子受け継ぐO'Donnellの原爆糾すその真情を
 逝きし日の去年八月九日と知りて涙すO'Donnell悼み
                *
 焼きつくす劫火の記憶うすれゆき祈る炎の風にゆれをり
080810
 ひときはに紅き身なれど翅破れ憩ふ蜻蛉の夏を去りゆく
080812 
 人気なきワンダーランドの謎に満ち古河邸は静もりてをり
 (人気=ひとけ)
                *
 ざつと来てざつと去りゆく夕立の降りて日本の夏にぞあらむ
080813
 吹く風にむらさきゆるるデュランタの花客となりてセセリもわれも
 (花客=かかく)
080814
 つかのまを無垢に咲き散る花せめて咲かせつづけむまな裏ふかく
 台湾に白百合咲くを高砂と名づけし歴史われら忘るる
080815
 何事と深夜零時に蝉鳴きて日付変はりぬ終戦の日に
 酷熱の陽射しの洩れて赤き実のたわわに光るいのちうれしも
 百日紅よろこび咲ける炎熱のきびしき日にぞ戦終はりぬ
                *
 ―<「対決―巨匠たちの日本美術」(東京国立博物館・平成館)を観て>
 のつけから運慶快慶ならび立ち魂をうばひて展示はじまる
 光悦と等伯まさる長次郎永徳下し美の対決に
 赤楽の光悦茶碗ひときはにかたち色あひわが魂うばふ
 宗達に光琳ならび風神と雷神描くこれぞ至福か
 円空と木喰彫りし御仏を衆庶のなでて黒光りす
 芦雪とふ不敵大胆きはまるる応挙を凌ぐ画家を知りたり
080819
 あらはるる富士を仰げばたちまちに雲居わきたち姿消しゆく
 束の間に姿あらはし消えゆける富士を惜しみぬ夏の終はりに
 藪草に隠れて咲くや檜扇の花ぞ愛しき身をかがめ見む
 (檜扇=ヒアフギ)
080820
 高原のみどりに映えて露草のあをき花弁の愛しかりけり
 (愛し=いとし)
 高原の空広ければ山百合の色香に惑ふ人生の秋に
 (人生=ひとよ)
080823
 湿原の池面に映る天空のつかのま晴れてヒツジグサ咲く
 紫の深き色して湿原にサワギキョウ咲き秋の近づく
 湿原に赤きリュックのふたつ揺れ燧に向ふ夫婦去りゆく
 (燧=ひうち、夫婦=めをと)
 かれんなる花火のごときはな咲きて尾瀬ふく風にゆれをりにけり
 雲切れし天空たかく悠々と尾瀬にノスリの舞ふをうらやむ
 好物と知らずに花を写しなばアサギマダラの風に舞ひ飛ぶ
080824
 至仏より尾瀬の彼方に見はるかす燧の嶺のわれら招きぬ
 (燧=ひうち)
 登りゆく嶺を仰げば青深き天の広がり雲のたなびく
 (天=そら)
080826
 霧けぶる燧の峰の山裾に白樺立ちてひとをいざなふ
 山肌の夏草分けて数輪のハクサンフウロ風にゆれをり
 花の名をウメバチソウと山慣れし一会の女に教へもらひぬ
 (女=ひと)
080827
 名も知らぬ花の露おび湿原に盛りをすぎて咲くを愛(かな)しむ
 黄に咲けるつぼみの赤き花ありて下山の疲れ癒しくれたり
                *
 盆に咲く花ひめやかに咲き濡るる 誰名づけけむキツネノカミソリと
 ミソハギの見渡すかぎり咲き乱れこころ染まりぬうすむらさきに
 友つくる朝摘み野菜の数々を背負ひて帰るしあはせ重き
080828
 ―<「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)の死を悼みて>
 侵略に加はる国の民として狂気の屠る若者ひとり
                *
 父子のみの家庭と他人に思はれし娘をさなき日々の遠かり
 (他人=ひと)
 六十路来て赤トンボにも色形さまざまあるを知るぞうれしき
 雨降らば水たまりにも現はれて泳ぎにけりなアメンボウ ああ
080829
 浮かびくる同床異夢といふことのアブとヒョウモン並び憩へば
 久びさの夏の陽ざしをヒョウモンもよろこび憩ふわれと同じく
 鶏頭も牛後もひとの人生に関はりなきをつくづく思ふ
 狩らば狩れアゲハ群れ飛ぶ聖域も虫取り網をカメラに代へて
 去りゆける夏の日惜しみ人気なき植物園に独り遊びぬ
 底紅にほのかな黄みも美しき綿花咲くを初めて見しも
080831
 名を知ればたちまち出逢ふものならむヒルガオに似し可憐なる花
 ことごとく天気予報をコケにして空青あをと夏雲湧きぬ


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日々歌ふ0807(60首)

2008-07-31 23:57:10 | 日々歌ふ2008

080701
 夕光に愛の成就を待つごとくアガパンサスのつぼみ光りぬ
 (夕光=ゆうかげ)
 全身を口と化すごと餌を求めツバメの子らの夏を呼びけり
080703
 ギボウシのうつむく花に身をかがめこころを寄する日のあらふとは
 妖しくもノウゼンカズラ浮かび咲く季のめぐりに不意を衝かるる
 (季=とき)
080706
 ひとを恋ひ愛することの想はるるアガパンサスの花咲くころは
 軒の端にデュランタ咲きし家ありてわれをいざなふ路地奥ふかく
080707
 ―<時計草(Passion Flower)の花を初めて見て>
 UFOと見まがふ花にキリストの受難を見しやザビエルなども
080709
 人の世の腐臭をはらひカンナ咲く黄もあざやかに夏の陽浴びて
080710
 ビル影の谷間に仰ぐニコライの御堂の青く典雅なりける
 カンカンと警報鳴ればガウガウと電車過ぎ行く街のありたり
 ―<道の端に咲く花の崑崙花と知りて>
 はるかなる崑崙山に降り積むる雪の白きを道の端に知る
080711
 沐浴を終へしばかりか裸身に水したたりて未草咲く
 (裸身=はだかみ、未草=ひつじぐさ)
 そこかしこアガパンサスの咲き満てど人世に深き闇の迫りて
080712
 睦まじき異国の父娘過ぎ行くを見送り写すわれ許されよ
 (父娘=おやこ)
 むらさきの露草みれば想はるる母の好みし花のあれこれ
080713 
 地味に見え実はおしゃれなカルガモの朱きブーツを短く履きて
080714
 締め切りの前夜徹する悪癖のわれを自称す<ギリギリス>とて
080716
 ムグンファとムクゲと言ふを海隔て未だ知らざる互ひの民の
080717
 ―<南米原産のアメリカデイゴの雑種・サンゴシトウに寄す>
 腕をあげ天を仰ぎて咲く花の異形に想ふ流されし血を
 見上ぐればイロハモミジの一枝の赤く染まりぬ梅雨も明けざるに
 ―<リー・チーシアン監督作品『1978年、冬。』を観て>
 文革の終る世界の片隅で切なき恋の生れて死にゆく
 (生れて=あれて)
080719
 うつむきて桔梗の咲けど屈せざる気品の匂ふうすむらさきに
 日々これが最後と過ぎて明日からはつひに最後の夏休みなる
080720
 花も咲き実も生るものと知りてなほ蒟蒻の実と信じがたかり
080721
 南国を遠く離れて咲く花のひときは赤き色のかなしき
 ウイキョウの黄の花浮かぶ情景のはるかに遠き太田胃散に
 たかが猫されど猫なれ面ざしの深きに打たる一会の猫に
080722
 四、五階のビル壁すべて埋めつくし花朝顔の猛く咲きゐつ
 ファーブルと奥本教授の夢詰まる虫の館の千駄木にあり
 (奥本教授=奥本大三郎埼玉大教授。『ファーブル昆虫記』全10巻の単独訳をめざす仏文学者)
080725
 逝く友を悼み登れば山頂の前期高齢われらを招く
 登り来てふりかへり見る山並みの彼方に覗く蓼科の峰
 名は体と爆裂火口のすさまじき跡をば残す硫黄の峰は
 山頂に立てば息のむ横岳よ赤岳、阿弥陀よ!迫る峰々
 いつの日か縦走せむとて横岳に連なる高き赤岳見惚る
 山路来て不意に明かるく陽のさせばひときは明かくコオニユリ咲く
080726 
 夏山の涼しき風の露結びうすむらさきの風露とならむ
 虫愛づるうすむらさきのはかなげな花を名づけて風露といふは
 腰かがめ眼凝らせば白蝶の翅のやぶれて蜜を吸ひをり
 飲んでよし冷やしてよしの湧き水に山小屋の夏なほすずしかり
 明けぬれば天空高く白月の下弦に浮かぶ山の朝に
 山中の立て札記す<テン、オコジョ、カモシカその他先住民以外>立入禁止と
080727
 陽のささぬ山路のそでの木のうろに苔の光りてわれを誘ふ
 若駒の面を連ねてコマクサの健気に咲ける砂礫岩地に
 (面=おも)
 白絹を織りなすごとに滝川の巌を激る水音とほく
 (激る=はしる)
 君見しや白滝を背に青あをと桂葉枝垂れゆれゐるさまを
080728 
 木曽路なる川のほとりに咲くといふあをむらさきの淡き花知る
 暮れなづむ山あひに咲く苧環の思ひを秘めてうつむくごとに
 (苧環=をだまき)
 スカンポの群れ咲く崖に爆裂の記憶とどめて硫黄が岳は
080729 
 火の山の石の狭間ゆつややかな葉をしげらせて黄花の咲くも
 木洩れ陽のときをり照らす深山路に浮かぶ若葉の色ぞかなしき
                  *
 不忍の池埋めつくすハスの端に睡蓮ひとつ青冴えに咲く
 池の端に青冴えふかき一輪の睡蓮咲きて浄土の生るる
080730 
 空も焼け水面も焼けてなほ人のいのちくらしの焼かれざらむを
                 *
 蓮池の花のつぼみに塩辛の蜻蛉とまりて世はこともなし
 塩辛と麦藁蜻蛉の関係を知らずに生きて六十路かな
 砂浴びを邪魔されたとて近頃は雀もキレるわれを睨みて
 野点する人なき夏の池の端に緋色も深き傘の目に染む
 (野点=のだて)
080731
 十キロを日々走らむと現役の最後の夏は汗のしたたる
 去りがたく振りかへり見し庭園に夕光戻り緑あふるる
 (夕光=ゆうかげ)
 鮮やかな色むらさきに咲く花のつぼみのどこか桃の実に似て


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日々歌ふ0806(38首)

2008-07-03 17:35:30 | 日々歌ふ2008

080601
 新暦の五月雨やみて旧暦の五月晴れにぞ空晴れ渡る
 めざむれば空青あをとどこまでも晴れわたりゐて けふゆ六月
                 *
 ふりそぼつ雨に静もる杜の辺の木々草花とひとり語らふ
080602
 渦あまた消えつ浮かびつきらめきて水面に雨の雫降るふる
080603
 ひと厭ふ梅雨をば待ちて庭苔のなまめく色にその身染めゆく
080606
 降る雨にうつむく花のあざらけく黄の色も濃くキンシバイ咲く
080607
 この世なる花にしあれど紫陽花の妖しき色の変化に惑ふ
 (変化=へんげ)
080608
 雑草にあら草ゆゑの美もあればこころして見むドクダミ咲くを
 誰呼びしかくも清楚に白き花咲かせる草をドクダミなどと
080611
 翅白き蝶の舞ふごと紫陽花のくれなゐ帯びて夕陽に咲けり
080612
 咲き匂ふ黄金の百合の誘ひに人も惑はむ虫のごとくに
080613
 陽に透けて葉脈描く紋様のあをき世界にときは止まりぬ
080614
 裏庭に実生の枇杷のたわわにぞ生るをよろこぶ暮らしもありき
080615
 道の端にカルメン立ちて踊るごとくれなゐ深きサルビアの咲く
 黄の花の似て非なりしをやうやうに知るもかなしくうれしくもあり
 紅ふかき柘榴の花を塀越しに独り見上ぐるときを惜しまむ
 菖蒲田に紫満ちて不覚にもこの世の憂さをひととき忘る
080616
 楚々としてむらさきに咲く雑草の花に重なる面影遠く
 (雑草=あらぐさ)
080617
 夕さればくれなゐ薄き花影の異界に立ちて風にゆれをり
 鳴く声のツピツピツピと涼やかに響けば消ゆる一日の愁ひ
 (一日=ひとひ)
                 *
 いま一度霧につつまれ金門の橋を吾妹と渡る日の来よ
080621
 さみどりの世界に浮かぶくれなゐのちひさき花を誰ぞ惜しまむ
080622
 さみどりの芝野の濡れて誘へば小暗き庭の小道に惑ふ
 降りしきる雨に静もり庭陰の紫陽花のみが色の華やぐ
080623
 捨石とされたる島に戦ひの止みし日なるを子らは知らずも
 沛然と驟雨の来り走りさる大樹に宿るわれを残して
080625
 紫陽花に競ふことなくひつそりと牡丹臭木の咲き初めにけり
 ―<市ヶ谷の堀端にて>
 堀水にボアソナードの夢のごと影の映りて風にゆれをり
080626
 累々と花の死体が横たはる世界がありて雨にぬれつつ
 鉄砲の醜名も知らず水平に白百合咲きて虫を待ちをり
 (醜名=しこな)
 わがためにアガパンサスを育みし吾妹の想ひ花に宿りて
080627
 七重八重乱れみだれて色ふかくヤブカンゾウの庭の端に咲く
080628
 紫陽花に競ふことなくひと知れず牡丹臭木の咲き満ちにけり
080629
 ―<ヒメヒオウギズイセンに寄す>
 雑草に埋もるるごとく花咲きて緋の色ふかくわれを待ちをり
 (雑草=あらぐさ)
                  *
 ―<【大江憲一展】東京柳橋・ルーサイトギャラリーのオープニング・パーティーに参加して>
 かつてなき切れと形をあはせ持つ醤油差しをばつくりし人よ
 多治見なる三十路の人のおそるべき才を益子でわれら知りたる
 半磁土の器の映えて浅草の川のほとりの瀟洒な家に
080630
 ―<「森山大道展」(東京都写真美術館)に寄す>
 強烈なアレ、ブレ、ボケの写真にぞ化石とならむ光と時間の



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日々歌ふ0805(55首)

2008-05-31 21:50:37 | 日々歌ふ2008


080501
 萌え咲けるあらたないのち装ひて桜の花のちりにけるかも
 紅を帯びかれんに咲けるさくらをば豆と呼ばむか富士とよばむか
 宙に浮くオブジェ光りて銀の天球映すこの世を吾を
 (宙=そら、銀=しろがね)
 暮れ方の花のいろこそ妖しけれ赤紫にツツジ咲き満ち
 狂ほしきことにもあらむ新緑に池面を染めて木々の盛るは
080503
 六十路ゆく旅のけはしき憲法のいのち守らむ戦憎めば
                   *
 色のなほ深まりけりな雨にぬれオホムラサキの花は咲き満つ
080504
 北欧のふるさと偲び友建てし住ひ溶けこむ笠間の丘に
 橙のいろ際立ちてツツジ咲く笠間の里に芽吹きあふるる
080505
 魂奪ふ出会ひのあればまた訪ひぬ笠間、益子を器もとめて
 ひと目にてわれらが魂を焼きしめぬ佐藤和美の陶土なす皿は
 (陶土=つち)
 精妙な白磁・黒磁の魂うばふ大江憲一岐阜より来る
                 *
 山あひに棚田光りて農民の機械あやつり早苗植えゆく
 蜂吸へば蜜甘からむ芥子菜の黄に咲く花も菜の花と知る
 黄の花をふりさけ見れば笠間なる低き山にぞ湧きし雲かも
080506 
 めざむればガガガガガガと蛙鳴き笠間の朝に緑あふるる
 ホーフケキョ、ケキョケキョケキョとウグイスの青鳴き聞けばほほのゆるみぬ
080508
 ホウの葉を空に仰げば青あをとしわの染みゆく脳にあれよ
 (脳=なづき)
 吹く風に若葉そよげば木洩れ陽のゆらめくごとに緑照らしぬ
                 *
 丈高く繁る山ウド切りさきて食めばほろほろあをき味しぬ
080509
 百合の木のわれ待つ花ぞ葉隠れて恥らふごとに咲き初めにける
080510
 光琳の花にさきがけ紫のいろ深々とアヤメ咲きけり
080511
 一片の通達をもて教員の挙手、採決を石原都政禁じ来れり
 現役の校長ひとり行政に職場の自由守り抗ふ
 意にそまぬ意見を述ぶる権利をば認めぬかぎり人心乱る
 異論をば異端とみなし流しける血潮を思へ左右を問はず
 中国に北朝鮮にさ迷はむ亡霊いまだスターリンとふ
                  *
 紅白に芍薬咲けば繚乱と辺りはなやぐ独りわれゐて
 (紅白=べにしろ)
 マリアの名冠るアザミの凛としてあをき棘もち咲き立ちにけり
 忍冬の花なほ朱に鮮らけきはつなつ近きみどり背にして
080512
 ほの暗き池面に映る新緑を黄に染め照らしアヤメ咲きゐぬ
080513 
 光琳の群れ咲く花を偲ぶれどいま一茎のカキツバタ愛づ
 (一茎=ひとくき)
080515
 母逝きし命日となり犬養の事件忘るる五・一五に
                 *
 朱に紅にバラの色濃くわが胸に咲く日々かつてありしを思ふ
 (紅に=あかに)
 鬱蒼と繁る木の間に青あをとモミジ光りぬ木洩れ陽照らし
080516
 一輪の宙を仰ぎて陽に祈る水面に白く睡蓮咲きて
 (宙=そら)
080517
 朴の木の梢に白く咲く花の盛りのすでに過ぎしを惜しむ
 水の辺に緑の萌えて一輪の紫匂ふ花菖蒲咲く
080518
 猛き名の花にしあれど静もりて葉群に浮かび山法師咲く
 (葉群=はむら)
 暮れ方に紫つよき花群の色妖しくもわれに迫りき
 (花群=はなむら)
 草かげの岩を褥に野良猫の眠る眠りのつらくもあらむ
 (褥=しとね)
080519
 種運ぶうすくれなゐの羽浮かべ青葉モミジのはなやぎにけり
080520 
 陽に浮かぶ銀杏の若葉あをめるをひとりしみじみ仰ぐ幸知る
080522 
 虫捕りて花を守らむナデシコのくれなゐかなし萌ゆる緑に
 茫々と夢見るごとにシモツケの花咲き初めて風にゆれをり
080523 
 杜ふかくキリン模様に樹皮脱ぎて花梨の木々は夏を待ちゐぬ
 黄も深きセンダイハギに勝るとも劣らず咲きぬ花紫に
080525
 雨にぬれわが魂うばふそれとなき木々草々の緑深めて
080527
 深山にはかく秘めやかにアジサイの八重にぞ咲かむむらさき薄く
 ケガ癒えし脚を使ひてひさびさに走れば大地われにやさしく
080529 
 人影の途絶へし庭園に紫陽花の色の深きよそぼ降る雨に
 (庭園=にわ)
080530
 ほの暗き木の間隠れの池の端にサツキの紅くみどり彩る
080531
 降る雨にしとどに濡れし巨樹の根に小笹のいのち青く目に染む
 木製のベンチの美しく雨にぬれ静かに憩ふ訪ふひともなく
 (美しく=はしく)
 降りやまぬ雨を恵みに青光る苔むす根をばわれは知りたる


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日々歌ふ0804(66首)

2008-05-01 14:13:55 | 日々歌ふ2008


080401
 ただ単にメールといひて通じあふ世界に吾らいつしか生きる
 うま酒を飲めば浮かびぬ好ましき先生の名も緑川とぞ
 栃若の全盛のころ平幕に名寄岩とふ力士をりたり
 (名寄岩=なよろいは)
 何ゆゑに<金行>でなく<銀行>とわれらはいふか誰ぞ知るらむ
 たはむれに陽子さんとか量子さんとミクロな世界をつぶやいてみる
 (陽子=ようこ、量子=りょうこ)

080402 日々歌ふ
 晴れわたる朝にあれば満開の余韻求めて枝垂桜訪ふ
 墓地の端に誰ぞ植ゑしか菜の花の桜と春を競ひ咲けるも
 発祥の地にしぞあれば咲き匂ふ染井吉野のみごとなりけむ
                   *
 ジャンプして空中高くどこまでも跳びゆく夢を絶えて見ざりき
 天下り横滑りして税金を貪る者ら恥を知らずや
 目配せをひそかな合図に恋人と仲間をまきて逃げしことある
 日本語は小学生を学生と呼ばずになぜか児童と呼べる
 胸厚くLサイズをば買ひ着ればセーター、シャツの袖丈長し

080403
 長谷川や五十嵐などの名字をば誰しも読めど理由(わけ)は知らざる
 包丁を研ぎてトマトを切る幸の小さくあれど幸の幸なる
 その顔も声もありあり浮かびしにいつしか逝きぬ名古屋章の
 よくぞまあ付けもつけたり球児とは阪神エース藤川投手に
 のど弱き吾にしあればゴロゴロとうがひをなして授業欠かさず

080404
 人知れず古刹の墓地の片隅に深き色してスミレ咲きけり
 墓すらも無縁と化して片隅にいのちを終へむあはれ人世の
 済州島の山肌染めて咲くといふツツジの色に吾も染まらむ
 (済州=チェジュ)
 日韓のツツジの色の近けれど人のこころのいまだ遠かり
                 *
 恵那山をいつか仰がむ馬籠なる峠に立ちて半蔵想ひ
 澄み切つた歌声聴きて人言はむ誰も知らざる天使の声と
 大君の御世をば千代に八千代にと吾は歌はず時代錯誤を
 名ばかりの管理職をば餌にして給料減らす企業のあふれ
 メダルをば争ふ蔭ではびこらむカネとクスリとナショナリズムと
 胸底の渇きに衝かれ人びとの癒しを求め荒野さまよふ
 六歳で亡くした父の生ひ立ちを時に求めてこころ疼きぬ
 公園の土の踵にやさしくて疲れも軽く何周走れど
 <沈黙>と<処女の泉>の衝撃をありあり想ふベルイマン逝き
 しっぽをばかつて動かす筋肉の今もわれらに残ると知りぬ

080405
 薄淡きミツバツツジの紫の花の気品にひと想ひけり

080407 
 われひとり富士を惜しめば夕雲に入り陽隠れつなほ照らし呉る

080408
 朝の陽を独り背にして富士写すわが影の野に黒く伸びゆく

080409
 富士は不二富士に勝りし山なきと見したび誰か思はざりける

080410
 富士の野に遅き春告げ萌黄にぞ朽ち葉を分けてフキノトウ咲く
 花冷えの雨を恵みに青々と葉群となりて木々の繁れる

080411
 雨去れば梢も高くユリノキの空に青める芽吹くいのちに

080412
 ユリノキの若葉の芽吹く季来るをかくも待ちけむわが心根の
 (季=とき)

080413
 目を奪ふ模様も粋な鳩の啼くデデーポォポォ知りたる声で
                   *
 複雑なことがら描き限りなく茨木のり子のことばやさしき
 ジョギングを習ひとなせばいつしかに吾から去りぬ不定愁訴の
 地下鉄(チハッチョル)とつぶやきみればなつかしき吾妹と訪ひしソウルの街の
 勇気ある女を知れば<勇>の字の<マ>はさて置き気になる<男>
 さりげなくただおやすみとささやきていつか眠らむ永久の眠りを

080414
 魂奪ふ朱の色深く花咲きて緑を背にぞ風にゆれゐる

080415
 身動きもできぬラッシュの電車から横向くままに押し出だされき
 降りむとし電車とホームの狭間にぞ腿まで落ちぬわが片脚の
 幸ひに骨に異常のなけれども鍛へし腿の筋の挫傷す
 (筋=きん)
 痛む脚かばひ歩けば人びとの流れ早きにひとり遅るる
 脚痛めバリアフリーの身に沁むる日ごろ気づかぬ段差も高く

080416
 一重よし八重はなほよし山吹の花咲くころになりにけるかも

080419
 晴れやらぬ小暗き胸を彩のあかく浸しぬツツジの花の
                *
 米軍の侵略助け空自なす輸送のつひに違憲とさるる

080420
 ほろ苦き思ひ出沈む池の面にかつて見ざりしさ緑浮かぶ

080421
 夕陽あび白く浮かべよハナミズキ花にあらざる花を咲かせて

080422
 あかあかとけふの夕陽に照り映えてツツジの花のいのち盛りぬ

080426
 青あをと芽吹くこころを持つ生徒らと春の箱根に集ひ過ごしぬ
 (生徒=こ)
 身とこころ解き放たむと春の野に知るも知らぬも生徒ら集ふ
 やはらかに木々草々の芽吹くごと子らのあをめる姿まぶしも
 理不尽にこころ傷つき涙する子らに寄り添へわれら教師の
 夜を徹し語り合ひけむ生徒らの眠りを乗せてバスは疾りぬ
                   *
 われ好むヘンリー・ムーアを高原の芽吹きのなかに観るぞうれしき

080427
 池の端にバッグの置かれ緑なす水面に影の赤くゆれをり

080429
 はつこひの胸のうずきの色思ふ 薄くれなゐにハナミズキ咲き


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日々歌ふ0803(110首)

2008-04-02 15:18:34 | 日々歌ふ2008


080303
 冬去るを惜しみ咲けるや杜奥を椿の花の赤く穿ちて
 会津行き列車に乗ればたちまちに窓辺霞みぬ白き吹雪に
080304
 名物の小づゆ肴に飛露喜のむ雪のちらつく会津の宵に
080305 
 そこここに古き商家の落ち着きて今を生きをり会津の街は
                   * 
 二列目の真正面から聴けばなほ東京クヮルテットの深し楽の音
 かく深き音楽なると知らざれば<アメリカ>といふ弦楽曲の
 四曲のアンコールをばなほ深く奏で尽くせり東京クヮルテットの
                   *
 おはようかおはようございますかもぐもぐかオス!かオハ!かは無視をせざれば
080306
 青き空白き雲よと仰ぎ見る山手線のガード下から
 この国に野口英世の物語知らぬ人なき時代ありける
080307
 道の辺の色やはらかに咲き初めし菜の花に知る春来りしを
 冬はもう終ったよーと口々に辺りに知らせスイセンの咲く
080308
 啓蟄にミミズ出るを待ちかねてツグミ降り立ち土を啄ばむ
 (出る=いづる)
 野良なれど茂みの蔭に眼閉じ自足するごと猫の憩へり
 堀端の切り立つ垣の石伝ふ野良ぞ雄々しき山猫のごと
                 *
 次世代を育む吾の業思ふたかが教師のされど教師の
 理由(わけ)はただ金、金、金の浅ましき動機隠せり<規制緩和>の
080309
 信仰を持たぬ身なれどかく願ふわが生涯の地の塩たりしを
 ―<村山槐多に>
 尿放つ裸僧描きし鮮烈な燃え立つ赤をひとは忘れじ
 (尿=しと)
                  *
 背を低め近づき見れば雑花の枯葉を割りてとりどりに咲く
 (雑花=あらばな)
 白梅の一枝しだれ咲く花の風にゆらめく春とはなりぬ
 木洩れ日に浮かぶ椿の大輪の白き気品に辺り静もる
080310
 春浅き弥生十日を地獄夜に変へて襲ひぬルメイの劫火は
                  *
 あふれ咲く寒の桜の蜜求めメジロの来ればヒヨドリの追ふ
080311
 矢の如くナパーム弾の降る空をカラスの群も狂ひ飛びしか
080312
 望遠に写るカラスの邪気のなき丸き眼に映りし吾は
 毎朝の連続ドラマ見ることにわれもならむや定年後には
 黒塀と白壁美しき街並みの痕跡まれな列島に住む
 (美=は)
080314
 生きをらば白寿迎ふる亡き母の肌白からぬ面もなつかし
 (面=おも)
                 *
 暮れ方の堀端高く一瞬の疾風となりてユリカモメ翔ぶ
 (疾風=はやて)
080315
 大人への歩みふみ出す生徒らの面のかがやけ十五の春に
 黄の色に枝垂れあふるる花の名のミモザといふをいつぞ知りける
080316
 国守るために民をば冷酷に犠牲となさむ戦といふは
 守るのは民にはあらず国家なり軍人かつてかく公言す
 決戦のためには民をひき殺し戦車駆れよと司馬は聞きたる
 (司馬=司馬遼太郎)
                  *
 うつすらと紅を隠してやはらかに辛夷の花の白く咲き初む
080317
 木洩れ日の照らす朽ち葉にいのち終へ椿の赤く横たはりけり
080319
 サンシュユの黄に咲きければ祖母唄ふひえつき節の思ひ起こさる
 すれちがふ母子の交はす楽しげな会話しばらく耳に谺す
 (谺=こだま)
 茶と黒に豹紋まとふ西国の蝶飛ぶ春のかなしからずや
 数分もダイヤくるはばいら立ちのつのるわれらのどこか狂ひぬ
080320
 周五郎、周平亡くも江戸びとを優三郎のよりそひ描く
 (優三郎=乙川優三郎)
 ちちははの眠るいわきに近づけば泉といふ名の駅のありけり
 わが民のアジアにありてアジアをば脱け出むことをかつて夢見ぬ
 いつしかに年収わづか二百万この国びとの二十%が
 地頭(じあたま)は言ひ得て妙か納得す 生徒を評し同僚使ふ
 百円で売らるる本の片隅に歌集・句集のあまた並びぬ
 ―<川島豆腐店とその主を思ひて>
 唐津なる豆腐料理の名店で吾妹と食みし朝餉忘れじ
 鳩食す習ひのなきをいぶかしむ中国人の生徒をりけり
 幼子の細き指もて手縫ひ強ふサッカーボールの酷(むご)き歴史は
 空前の利益むさぼりなほ低き賃金求む強欲企業の
 四十字三十行の設定で用紙節約図りはすれど
 ひとたびは岸辺目に見む北上の泣けとごとくに柳青める
 こんこんとあられの降りてしんしんと雪の降りつむ冬ぞありける
                   *
 久々の長雨やみて紫陽花のさらなる芽吹き見むぞ待たるる
080321
 池の端に孤鷺の立ちて餌をねらふ江戸世の庭の時を止めつつ
080322
 家持てと貧しき民に夢煽るあげくにゆらぐ基軸通貨の
 赤黒き色にて傷を塗りこめし消毒薬を子らは知らずも
 訃報をばトホウと読みて若者ら供物をいかに読みつつあらむ
 五十路より転ばぬ先に選びしは杖の代はりのデイパックなる
 湯気白き露天の風呂に降る雪を仰ぎつ身をばひたす幸あり
080323
 思ふまま春をよろこび枝垂れ咲く花を仰ぎてわれもよろこぶ
 点々と辛夷の花の青空に高く咲き初む白くまぶしく
080324
 身じろぎも為すあたはざる船酔ひに悶え渡りき釜山・対馬を
 タートルにVネックをば重ね着て冬を過ごせり背広厭へば
 手拭の茶色に染まる温泉を有馬のほかにわれは知らざる
 ホール名の王子に惑ひ北区なるホクトピアをば訪ねしひとも
 粘々の腐臭漂ふ納豆をとことんかきまぜ喰らふ幸せ
080325
 一本にあふれ枝垂るる極みなきいのちよ花よ薄くれなゐの
 (一本=ひともと)
080326
 人も樹もなべて焼かれし大川の岸辺に花のほころびにけり
                   *
 存在の重さ軽さに耐えがたき日々もありなむ無にいたるまで
 鱗削ぎ鰓に出刃をばぐいと入れタタキにせむと鰹さばきぬ
 誰ひとり宝くじにぞ当たる人われは知らねど世にはゐるらし
 今ならば鈴木・佐藤はコンビニと喩へしならむ馬糞に代へて
080327
 モーツァルト残す楽譜に修正の痕ひとつだになきぞかなしき
 だうしたら設楽と書きシタラとぞ読めるものかとときに疑ふ
 (設楽=せつらく)
                  *
 空晴れてさくら満ち咲き人つどひ子らは駆けゆくけふを信じて
 桜咲く華やぎ遠く静もりてハクモクレンの白く咲きけり
080328
 黄の花の辺りを照らし丈高く大陸生まれのシナミズキ咲く
 ひつそりとハナダイコンの紫に一茎咲ける気品にあふれ
080329
 朽ち葉分けスミレの花の群れ咲くはひとり静かに見るべかりけり
 陽に浮かぶ木瓜の花枝のゆらゆらとたゆたふ風に吾も吹かれつ
 (花枝=はなえ)
 葉脈をあをく透かせて萌え出でし若葉の光る名も知らぬ樹に
                  *
 美しきひまはり畑の映るたび悲しみ募る映画のありき
 荒川の河川敷にて大凧を娘と揚げし日々の遠かり
 <起立、礼、着席!>となほ教室に軍隊式の号令ひびく
 見るところ二十余年は吾が行く手余命のあれど確率なれば
 蹴散らして熊襲、隼人や土蜘蛛の名をば強ひけむ驕る大和の
 受け売りも休むに似たるも独善も避けたきものと考へ来れど
 コンビニの比にはあらずやキヨスクのつり銭渡す早き手わざは
 改憲の笛を吹けども日ならずに器知れたり前の総理の
 (前の=さきの)
 愚かにも洗濯物の乾燥を電気に頼る暮らし広がる
 悩むのも<心>にあらず<脳>なりと生徒ら知りて<脳む>と書くや
 関西でパジャマを着す習慣の減りしと聞きて震災想ふ
 わが髪も白く淋しくなりゆかば禿げなばはげよ帽子が流行る
 いつからかごはん茶碗を持たぬ身に吾ぞなりつる酒に親しみ
 雪降れど太郎次郎の名の無くば降りつむ屋根も空しかるらむ
080330
 川面をば覆ひつくして枝垂れ咲く桜に酔へど壁の醜き
 一輪のシャガの密かに咲き初めて木洩れる陽にぞ浮かび見ゆるも
0803331
 一本の枝垂れ桜の咲き満てば万余の民に一日あふるる
 (一本=ひともと、一日=ひとひ)
                  *
いつからか<@>や<.>やらナニゲに語る六十路のわれも
(@=アットマーク、.=ドット)
日韓の軋轢ほぐす人としてその名忘れじ 浅川保(たもつ)
(保=たもつ)
スリッパをスッパリなどと覚えつつ幼子たちは日々育ちゆく
吹き出でし欅の新芽の可憐なる産湯のごとに雨に洗はれ
目眩めく恋の記憶の胸底にいくつ眠るや永久の眠りを
ひとりごと言ふ代はりにぞ歌詠まむ一年後に職を退きなば
(一年=ひととせ、退き=ひき)
切らば切れ小口微塵に白髪にと葱は静かに目をば瞑りぬ
吾いちど踊る阿呆に見る阿呆その陶酔を知りて死なばや
わが母の大きく息を吸ひこみてそれを最後に呼吸止めたり
生徒らをエンマ帳に載せ来る吾らもいづれ鬼籍に入らむ
(入らむ=いらむ)



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