071001
フィヨルドに長き影さす満月のムンク好みて描けるごとに
冬長きノルゲに生きて夏の夜に八十路の女は手袋編みぬ
(女=ひと)
071002
ジャガイモの収穫待ちて青々と葉の繁りをりノルゲの夏に
071004
ひと過ごす短き夏を湧き消ゆる白雲の下フィヨルドの辺で
*
鳴く虫の数多にあらむ杜の端の吾が耳聾す蝉声のごと
カラタチの実にしぞあらむ街の端に見ゆれど知らず花の咲けるを
夏猛き今年にあれば十月に入りてなほ咲く彼岸の花の
071006
黄に浮かぶのどかな円きカラタチの実をば守れる棘の鋭く
071008
―<山中湖にて>
赤き実を数多実らせ名も知らぬ山の木々告ぐ秋来にけりと
やむなしの思ひもあれど翅刻む文字のあはれよアサギマダラよ
071009
夕さりてやうやう影を見せ給ふ富士は富士なりおぼろにあれど
背を低め秋野をゆけば星のごと小さき花のそちこちに咲く
071010
初秋の富士の裾野に季節狂ふ向日葵あまた咲き初めにけり
(初秋=はつあき、季節=とき)
071011
ケーナ吹くペルーの民の二人ゐて上野の山にコンドル飛びぬ
071012
夕空を仰げば高く覆ひける羊の雲の群なすごとに
071013
―<「世界的建築家」の急逝を聞きて>
瀬をはやみ何にせかるる黒川の涸れてはすゑにあはぬとぞおもふ
*
嘴で渦をつくりつ小魚をねらふコサギの眼荒ぶる
暮れなづむ空の黄金に染まりゆき鴉の憩ふ群を離れて
071014
久々に二日続けて六キロを走れば思ふ人生の秋を
(人生=ひとよ)
071015
けふもまた三日つづけて六キロの秋の六十路をひた走りけり
六十の坂を過ぎなほ鍛錬をまじめに為せば足腰応ふ
071017
冷え来る秋の六十路を走りなばわが老躯より汗の滴る
071018
木洩れ陽に浮かぶ奇怪な大蜘蛛のわが脳内に入りて蠢く
071019
先駆けて赤く染まりぬ一枝の櫨のハゼなる燃ゆるがごとく
071020
吾を抜き若き女性の軽々と走りさりゆく秋の夕べに
赤き実の想ひを超えてたわわなる去年に見初めしピラカンサスは
(去年=こぞ)
071021
うつすらと紅さす薔薇の七重八重匂へる花に誰を想はむ
鮮血のしたたたる色に薔薇咲けば彼方に浮かぶビルの霞みて
071027
原爆の廃墟に休むアオサギを仰ぎて想ふ人世の愚をば
斜め射す夕陽に染まり原爆の廃墟の美しく見ゆる悲しも
(美しく=はしく)
鶴となり天駆けゆかむ秋空にサダコは立ちぬ高く手を挙げ
071028
川原にてドームを撮れば被爆者の語りかけくるその日のことを
奢る果て滅びし者ら宮島の海に建てたる朱の鳥居よ
(朱の=あけの)
宮島の潮ひく海にコサギ来ぬ鳥居の影の朱を踏みつつ
(朱=あけ)
071029
<阿佐ヶ谷ジャズストリート2007 土井啓輔・谷川賢作デュオ 於:みや野>
尺八とピアノのデュオの火花散る嵐の夜の小暗き部屋に
071030
喧騒の清水寺の一角に黒き金具の朱の色に映ゆ
071031
無縁なる世界にあれどベンガラの色なつかしき一力茶屋の
(一力=いちりき)
071101
白砂に十五の岩のただ浮かび生れし宇宙のしんと静もる
(生れし=あれし)
金閣を産みし男の倣岸な内面今に木像伝ふ
銀閣と呼ばるる寺に金閣の虚飾のかけらなきぞ床しき
071102
ユリノキの形親しき葉を染むる黄の色教ふ秋の深きを
071103
一日行く甲斐路の空の晴れ渡り紅葉も人もあまた溢るる
071104
ひとつづつちひさき珠に雅なる紫にほふ晩秋の陽に
(晩秋=おそあき)
血のごとき櫨の紅葉を心待つ人生の秋の深まりゆけば
(人生=ひとよ)
*
秋深みものみな覆ふ霧立ちぬいざ生きめやも見沼の里に
*
密室で大連立を謀る果て党首辞めむと小沢ザワザワ
071106
赤々と一茎のバラ秋の陽に光りて咲くを忘れがたかり
071107
山陰の暗き紅葉を惜しみ見ぬ照る陽に燃ゆる朱を想ひて
(山陰=やまかげ、朱=あけ)
071108
木洩れ陽のわづかに照らす櫨の葉の綾なす影ぞかなしかりける
071109
主なき蜘蛛の巣揺るる虹色に生きんがための戦終はりて
陽射しなき暗き木の間に吾ぞ知る大蜘蛛浮かび餌喰らひしを
071110
桜枝のしだるる先に浮かぶ葉のいのちの際を彩りあらむ
071111
フラッシュに暗き木陰で珠光るあまた小さきムラサキシキブの
吉保が夢の跡なる庭園に錦繍ゆらぐ池面を見るも
*
コサギ舞ふ吾の写真に<羽衣>の舞台を見しと姉の言ひ来る
071112
一枝の朱の葉なれど季節めぐる定めを色にこめてぞ深き
(季節=とき)
071113
どこまでも空晴れ渡りユリノキの黄葉を仰ぐ幸せのある
(黄葉=もみぢ)
071115
メキシコの空もかくやか丈高く木立ダリアの乱れ咲きゐて
もみじ葉の赤く混じりて野牡丹の紫深くいまだ咲きけり
071116
秋の陽の芭蕉のあをき葉脈を浮かべ照らしぬ独り仰げば
071119
長瀞の闇を彩る紅葉の狭間に高く月の浮かびて
071120
秩父路の民家に光る干し柿のあまたに想ふ幼き日々を
071121
急峻な山間を背に一体の地蔵の座して秋ぞ深まる
(山間=やまあひ)
071122
猛禽もかくやの眼純白の冬毛まとひてコサギのなせる
071124
―<山中湖にて>
惜しげなく一糸まとはぬ裸身をば見するがごとき富士を仰ぎぬ
ジグザグの人跡残し富士山の頂しろく雪を冠りつ
071125
稜線の彼方に富士の霞み立ち秋陽に光る雲の迫りぬ
頂で出会ひし人の山路をばマウンテンバイクで登り来つ
富士を背に吾妹の立つをわれ撮れば風吹く尾根に秋陽注ぎぬ
忍野なる俗化はげしき八海の喧騒こえて富士は暮れゆく
(忍野=おしの)
071126
山中の湖を覆ひし朝霧の晴れゆく様に寒さ忘るる
(湖=うみ)
吊るされしトウモロコシの懐かしき色合ひ浮かぶ人の頭上に
071127
朝霧の晴れゆく湖にワカサギの釣り舟浮かぶ色鮮やかに
(湖=うみ)
071128
削りゆく武甲の山にセメントの工場上ぐる煙たなびき
071129
晩秋の山路下れば名も知らぬ可憐に赤き実の浮かび見ゆ
071130
柿の実のたわわにみのる秩父路の空は青かり雲は白かり
赤き実の燃ゆるがごとく秩父路を照らして待てりいのちつなぐを
071201
鬱蒼と繁る木立の奥深く山茶花しろくほの浮かびけり
捨てがたき色にぞ浮かぶ一枝の紅葉光りぬ冬の陽ざしに
071202
ナンキンの名をば冠りしハゼの葉の色づき浮かぶ日の本の地に
山茶花の花弁のごとき大輪の異国の椿白く咲けるも
この星の行く末思ふ冬さりてハゼの紅葉のかくも赤きに
071204
傾きし夕陽に映えて金色にゆるる池面をカルガモのゆく
陽に向ひ銀杏の大樹の崖の端を黄に染めゆける葉群かなしも
071205
目覚むれば父逝きたりと母伝ふ われ六歳の今朝にしありき
071206
欅散るレンガの路に朝光のものみな照らす影の長かり
(朝光=あさかげ)
*
黄に染まる銀杏の大樹に背を向けてひた思ひけりロダンの<人>は
プレートに笑ふ子どもら教師らのカレー市民の悲劇知らずば
071207
訪ふごとに数の勝りてユリカモメ冬を告げをり不忍池に
071208
彼我の民彼我の大地を血に染めし戦を想ふ愚か愚かと
*
ひときはに鮮やかなりし駅前の桜紅葉のつひに散りける
色紙で束ぬる香のくゆりゆく人のはかなき願ひをのせて
071209
陽に浮かぶ銀杏黄葉の重なりて枝垂れつ描く斑模様を
(黄葉=もみぢ)
071210
虫棲みてふくらむといふイスの木の実をば手に取りヒヨンと吹かばや
071211
餌を求め巨鯉の上ぐる口元のぬめりに満ちて恐きものあり
071213
散り落ちるケヤキ葉濡らしひさびさの夜来の雨の地に溜まりける
街灯を覆ひし笠の銀に光りてをりぬ雨の朝に
(銀=しろがね、朝=あした)
071214
兄貴風吹かすを好むひと逝きてはや十一年の経ちにけるかも
石垣の海に遊びつ兄逝きぬ母を追ふごと五十路半ばで
兄貴風吹くこと絶えし年月をわれ生き老ひて六十路旅ゆく
*
木枯らしに落ち葉の舞へば物影の朝日に濃きぞただにうれしき
071215
彼方なる高層ビルの沈みゆく天空遥か飛行機雲見ゆ
071216
寝につく前のひととき鴉らの姿やすらぐ高き梢に
(寝に=いねに)
071217
暮れ方の光る池面に羽づくろふ鴨の描きぬゆるる枝影
071218
何の木の隠れてゐるや戯れる案山子のごとに冬囲ひ立つ
山茶花の樹影ゆらめき板壁に木洩るる冬の陽ざしぬくもる
木登りに代はる遊具に少年の登るを見ればわれもうれしき
人気なき閉園間際の庭園に池面を染むる夕雲を見つ
071219
暮れなづむ空に浮かびて三角の影美しき冬囲ひ立つ
半月を仰げば白く輝きぬ大樹の幹の黒き狭間に
夜更けてぞ窓辺に低く半月の黄も鮮やかに浮かびをりける
071220
不忍の池面を赤く蓮の葉の枯れてぞなほも埋め尽くしける
イイギリのたわわな実り蒼天にあふれ浮かびて冬を彩る
キャンパスの銀杏黄葉の辛ふじて残る一本撮る人ありて
(一本=ひともと)
かつてなき建物見ゆるキャンパスにわれ立ち想ふ変はらぬ我を
夕陽浴び太き幹をば黄に染めて身もだふごとの百日紅見ゆ
071221
葉脈も虫喰ふ跡もかなしかり柏紅葉の夕陽に映えて
071222
残り陽に暗き朱色の照り映えて老鴉の名持つ豆柿なりぬ
071223
夕月の白くかかればユリノキの枯れ花かなし高き梢に
071224
吹き荒るる風に残り葉さらはれし欅の幹を朝陽染めゐつ
071225
ねがはくは桑港入り江に朝死なんその天地に陽の昇るころ
(天地=あめつち)
071228
押しつまる暮れの一夜を四万峡に訪へば癒さる古き湯宿に
(一夜=ひとよ、四万=しま)
071229
古きよき和室の意匠そこここに残して床し四万の湯宿は
清流を渡る廊下に点る灯に来し方想ふ古き湯宿の
鮮やかな欄干の朱も趣きをいやましにけり古き湯宿の
奥四万の湖は光りて薄雪の峰みね映し静もりにけり
(湖=うみ)
人工の湖辺に冬の厳しくも住む人あらむダムを見張りて
薄雪の水晶山に登らむと路をたどれば熊の出づると
赤々と古きポストの塗られ立つ小泉政治の墓標のごとに
*
走りなば股間の節の痛むゆゑやむなく変ふる超速歩行に
0712030
四万谷に隠るる歌碑の凡庸な歌をば記す茂吉の詠むと
沁み出づる温泉ゆゑか石組みのすきまに生へし冬のさ緑
(生へし=おへし)
巧まざるアートかなしも山肌を無残に削り雪降る跡の
暮坂の峠に立ちて寂しさの終てなむ国を牧水見しか
*
時ならぬ風雨の晴れて陽のさせば冬の夕べの空は青かり
冬陽さす染井の墓地の桜樹の苔むす幹はあをく光れり
071231
行く年の夕べのあなた雪の舞ふ富士の浮かびて赤く陽に燃ゆ