消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

 野崎日記(204) 新しい世界秩序(21)パックス・サイノ・アメリカーナの予兆(3)

2009-08-07 15:34:15 | 野崎日記(新しい世界秩序)


2 凄まじい中国の米国債購入

 中国による相次ぎ米国牽制の発言にもかかわらず、中国の外貨準備の激増ぶりは異常としか表現しようがない。1985年から07年までの変化を示そう。

 1985~89年の外貨準備はわずか33億ドル、対GDP比0.9%であった。1990~94年には250億ドルに激増、対GDP比は5.0%になった。1995年736億ドル(対GDP比10.1%)、以下時系列的に記述する。括弧内は対GDP比。

 1996年1050億ドル(12.3%)、97年1399億ドル(14.7%)、98年1450億ドル(14.3%)、99年1547億ドル(14.3%)、2000年1656億ドル(13.8%)、01年2122億ドル(16.0%)、02年2864億ドル(19.7%)、03年4033億ドル(24.6%)、04年6099億ドル(31.6%)、05年8189億ドル(36.6%)、06年1兆663億ドル(40.1%)、07年1兆5282億ドル(46.6%)。

 見られるように、中国政府は、02年から年間2000億ドル超規模で外貨準備を積み増してきた。06年には、5000億ドル以上も一挙に増やしたのである。激増という表現よりも異常な増加といった方がいいほどである。

 外貨準備額の対GDP比で07年には46.6%という数値をどう受けとればいいのか。年間所得のほぼ半分の外貨準備額というのは、とてつもない大きさである。
 ただし、公表されている外貨準備額は実態よりもはるかに小さい。たとえば、8年第1・四半期の数値。この期の公表増加額は、1540億ドルも巨額であった。しかし、実際にはその2倍近い激増であった。計算して見せてくれたのは、マイケル・ペティスである。以下、同氏の叙述を下書きにしてオバマ政権成立前の中国政府の行動を説明する。

 08年1月の外貨準備増加額は616億ドルであった。2月は573億ドル、3月は350億ドルであった。端数を加味して合計すれば、第1・四半期の増加額は、1540億ドルになる。

 ちなみに、この期間の貿易黒字は、1月195億ドル、2月86億ドル、3月136億ドル、計416億ドルであった。黒字額を上回る米国債購入であった。

 しかし、流入した直接投資は、1月110億ドル、2月69億ドル、3月95億ドル、計274億ドルであった。

  PBOCの外貨準備のうち、30%は米ドル以外の通貨であったと推定されている。ドルの減価に対応すべく、比較的価値が減価していないドル以外の通貨を積み増したように思われる。1月100億ドル、2月100億ドル、3月180億ドル、計380億ドルの非ドル通貨が積み増しされた。つまり、少なくとも、オバマ政権が成立する前は、中国政府は外貨準備の多様化を最大の目標にしていた。そして、オバマ政権成立後、中国政府は積極的にドルを買い支える政策に転換した気配がある。

 PBOCの外貨準備のポートフォリオについては、ほとんどは外国債で運用されていると思われる。第1・四半期で年利1%の利子収入があると推定されるので、年利4%になる。とすれば、08年の第1・四半期で160億ドルの収入があったと推測される。
 この段階では、中国政府は、積み上がる外貨準備の数値を様々な方法で圧縮しようとしていた。その一つは預金準備率の引き上げを傘下の銀行に命令し、預金準備額に相当するドルを買わし、PBOC自体の保有ドルを減らそうとしたことである。

 08年1月、PBOCは、傘下の銀行の預金準備率を0.5%引き上げた。ここで預金準備というのは、傘下銀行に強制して、一定の人民元(RMB)をPBOCに預託させる額をいう。同年3月にもさらに0.5%引き上げた。しかし、人民元そのものをPBOCに預託させたのではない。預託されるはずの人民元でPBOCが保有しているドルを買わせ、そのドルをPBOCに預託させたのである。その額は、1月では220億ドル、3月では240億ドルであった。

 この操作によって、傘下銀行の人民元資産が減り、ドル資産が増えることを意味する。傘下銀行の保有するドル資産は端数を加味して450億ドル程度であった。

 PBOC側から見れば、ドル資産が450億ドル減少したことになる。これで、PBOCの外貨準備を小さくすることができる。公表外貨準備増加額が1540億ドルとなっているが、実際には1990億ドルであったことになる。

 じつはまだある。PBOCは、CIC(4)に外貨準備の一部を移している。年次計画で2000億ドルをCICに移転して、主としてM&A業務をさせるためである。それは、PBOCの外貨準備額を減らす意図も併せて持つものであった。08年3月に最後の950億ドルが移転された。これを勘案すれば、 08年3月の外貨準備増加額は1540億ドルでも、1990億ドルでもなく、それよりもはるかに多い2940億ドルであったことになる
(Pettis, Michael,
"Latest PBOC Reserve Numbers Leave Many Unanswered Questions," April 14, 2008.
http://seekingalpha.com/article//72216-latest-pboc-reserve-numbers-leave-many-unanswered-
qustions.html)。


 3 各国の米国債保有状況


 米国債の購入地図はこの数年間で大きく塗り替えられた。中国の躍進はいうまでもないが、米国の運命共同体である英国の後退、オフショアの金融機関の存在感の増大、意外なことに米国の忠実な僕(しもべ)であるはずの日本が麻生首相訪米前までは米国債購入を減らしていた、また急速に台頭してきた新興国、とくにブラジルが重要な購買者としてのし上がってきたのである。

 各国別で09年2月時点での米国債保有上位5か国・地域は以下の通りである。括弧内は、前年同期比である(資料は、Major Foreign Holders of US Treasury Securities ,
http://www.treas.gov/tic/mfh.txt)。

 1位は、いうまでもなく中国で7442億ドル(前年同期比52.8%増)。

 2位は日本で6619億ドル(+13.5%)。じつは日本は05年から06年に減少させたのであるが、08年中に少し買い増した。しかし、それでも絶対額において05年水準に戻っていない。

 3位にカリブ諸島に登録されている金融機関。金融機関が購入者として急浮上した。1891億ドルという額は、対前年比82.0%という激増ぶりである。このオフショア的金融が急浮上したことにはかなり複雑な意味がありそうである。

 4位は石油輸出国で 1817億ドル (+24.4%)。個別の国の名前を出さずに石油主出国といて一括されている理由は、政治的な意味がある。中東の複雑な政治状況の下で、特定の国の突出を公表すたくないという米政府の思惑を示すものである。オイル・ショックのときのキッシンジャー外交の産物である。膨大なオイルダラーで米国債を大量に買ってくれることになっらサウジアラビアの名前を出したくなかったからであると思われる。

 そして5位ブラジルの1308億ドル (-10.8%)。その他が1兆2543億ドル (+24.3%)。

 合計3兆1620億ドル (+28.0%)である。全体として、対前年比28%も増えたという数値だけを見るかぎり、通常いわれているようなドル忌避はないと受けとってしまいかねない。しかし、そうではない。少数の国が、強い政治的な思惑から買い増していることと、オフショア市場を利用した巨大な投資集団による急激な米国債購入の増加が、ドル忌避はないとの印象を与えているだけのことである。中国、カリブ、ブラジルがドル崩壊を食い止めている3つの勢力である(09年3月にはロシアが急浮上して、ブラジルを抜くことになる)。08年9月に、日本が中国に首位の座を譲って以来、わずか半年で、米国債の保有額で、823億ドル(約8兆円)の大差がついたのである
http://blogs.yahoo.co.jp/yada7215/51439197.html)。