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うちなー→えぞ日記 (もとすけのつぶやき)

奈良県出身、沖縄での学生生活を経て、北海道ライフを堪能する、
とある研究者の日常のよしなしごとの紹介。

10月の思い出

2012年10月31日 23時59分50秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
皆様、こんばんは。
10月もあっという間に終わりました・・。
9月のブログ更新が1回のみだったので、さすがに申し訳ないなぁと思いつつ、研究報告会やら研究データの整理やらで毎日残業だったため、10月も全く更新出来ないまま終了と相成ってしまいました。ふぅ。。

大学構内の木々の葉たちも色付き、めっきり寒くなってきました。例年だとそろそろ初雪の頃ですが、今年はまだ札幌市内では降る気配がありません。いっそのこと早く降ってほしいような、しかし雪が降り始めると一気に年末になってしまう焦りの気持ちが入り混じる、今日この頃です。

さてさて、本当はタイムリーに更新したかった話題なのですが、10月のニュースといえば、京都大学の山中伸弥教授が今年のノーベル医学生理学賞に選ばれましたね!
私の研究でも細胞を扱っているので、iPS細胞研究は比較的身近な分野の研究に当たります。以前に参加した、蛍光顕微鏡のワークショップでも、京大でiPS細胞研究に携わっている研究者の方と一緒の班になった経験があります。そんなわけで、今回の山中教授のノーベル医学生理学賞の受賞は私としても非常に喜ばしいニュースだったのです。が、話はこれだけでは終わりません。実は、私は山中教授とちょっとした接点があるのです。

まだiPS細胞の論文が出る以前の2004年8月、当時高校三年生だった私は、山中教授の講義を至近距離で受けていたのです。
山中教授は現在京都大学に在籍されていますが、京大に着任したのは2004年10月であり、それ以前は奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大と記します)に在籍されていました(正確には京大着任以降も2007年まで奈良先端大客員教授を兼任)。
奈良先端大といえば、私の出身地にある大学であり、北大と並んで我が大学院進学先候補の一つでもありました。その奈良先端大では、2006年まで毎年夏休みに近県の高校生向けの生命科学研究体験会「高校生バイオサマースクール」を行っていました。私は高校時代、理研部生物班の部長をしており、当時の担任兼部活顧問の先生から勧められ、バイオサマースクールに参加しました。
参加者の大半は、近県の有名進学校の1・2年生で、そんな中に私(ちなみにうちの高校は体育会系)が乗り込んでいったのですが、学年が一番上だったこともあり、取材に来ていた新聞社の人にインタビューを受けたり(後で記事に載りました)、最終日のグループ発表会で発表者になったり、修了証授与の際に代表で受け取ったりとやたら目立ってしまった思い出があります。

閑話休題、このバイオサマースクール、3日間の日程で行われ、施設見学や、研究室での実習、そして教授陣の講義を受けるという、盛りだくさんな内容でした。その初日の講義を担当されたのが、当時奈良先端大教授であられた、山中伸弥先生だったのです。


当時の新聞記事です。(2004年8月10日付、読売新聞奈良県版)
あの山中教授と私の名前が同じ記事に掲載されてる・・!

ちなみに、上の新聞記事でも書かれているように、件の山中教授の講義内容は、当時夢の万能細胞として研究されていたES(胚性幹)細胞についての倫理的課題についてのものでした。冒頭の背景紹介のところで、スーパーマン役を務めた俳優クリストファー・リーヴ氏の脊髄損傷の話を例に、万能細胞があれば再びスーパーマンとして彼を復活させられるかもしれないとES細胞の可能性に触れた後、しかし、ES細胞は胚という生命の元を使う技術であり、今後一般に普及するためには倫理的問題を克服する必要があると語っていました。受講生は高校生ですから、ほとんど前提知識は無いものの、山中教授の巧みなプレゼンによって、非常によく理解することができたものです。

このバイオサマースクールも、私の生命科学系に進路を固めた一つのきっかけになりました。あれからまだ僅か8年、山中教授がノーベル賞を受賞し、私もまた生命科学研究の最前線にいるとは、なんだか不思議な感じです。いつか、私もノーベル賞に手が届くような研究者に成ることを目指し、今の研究に精進しようと思います。

9月の思い出 その1 「生物物理若手の会 夏の学校」

2012年09月30日 01時44分57秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
まことに長らくご無沙汰しておりました。
お久しぶりです。もとすけです。
ブログの方が8月末で更新を滞っていたため、ご心配になった方々もいたかもしれません。いたかな?きっといたはず。いや、いたと信じたい。・・・と、変なテンションなのはここ数日の慌しき研究生活で徹夜っぽいことを繰り返したためです。お気遣いなく。
私はいたって健康です。

さて、もはや10月です。が、9月のブログをまったく書かないまま10月のことを書くのはさすがに気が引けます。何しろ、9月はイベントが立て続けにありましたから・・。ブログネタには本来困らなかったのですが、8月の帰省中にマイPCを頭突きでクラッシュさせてしまい、9月中旬までネットが繋がらなかったこともあって、更新を滞らせてしまったのでした。

では、そういうわけで9月の補完その1です。

8月31日から9月3日までの4日間にわたって、支笏湖ユースホステルにて「第52回生物物理若手の会夏の学校」が開催されました。私の友人が今年度の実行委員長(校長)を務めることになったため、私も昨秋から開催準備を手伝ってきて、ポスター製作や予稿集編集などの諸業務を担当しました(自称事務局長)。ポスターについては7月の記事参照です。
特に予稿集の編集は大変で、今年は色々と新しい企画を取り入れた影響で例年の1.5倍の90ページもの本格的冊子となり、印刷発注期限の8月20日ギリギリまで編集作業に追われました。よくぞ無事に完成したものです。
で、なんとか事前準備もこなして8月31日の開催当日を迎えました。開催期間中も、私は講師の送迎係やカメラマン、メインシンポジウム講師のオーガナイザーなどで忙しく駆け回りました。


初日の様子がこちら。オープニングセッションの講師は、なんとあの茂木健一郎先生でした。


写真撮影OKとのことだったので、パチリ。ちなみに、茂木先生は私が新千歳空港まで車で出迎えに上がりました。空港から支笏湖までの40分ほどの道中、同席した校長とともに色々とお話をさせていただきました。直前までイタリア出張で、講演当日夜の便で今度は四国に飛ぶという、超強行スケジュールの中でお越しいただき、大変興味深い講演を拝聴できて本当に有り難かったです。実は茂木先生は昔に生物物理若手の会夏の学校の校長もされていて、生物物理とは縁の深い方なのです。この強行スケジュールでのご講演も、先生の生物物理への熱意ゆえですね・・


2日目、3日目の昼間はメインシンポジウムと分科会で講演が続きました。上でも書きましたが、私はメインシンポジウム講師の某先生のオーガナイザーを担当しており、当日も講演の補助や空港への見送りなどをさせていただきました。間違いなく、今回の夏学運営の仕事をしていなければ、接点を持てないような方でしたから、非常に有意義な体験になりました。(夏学終了後、お礼のメールを送ったところ、感謝の言葉を頂け、本当にホッとしました)

また、毎晩ポスター発表(上の写真)を兼ねた自由討論・懇親会の時間が設けられており、特に最終日などは午前6時まで各研究紹介ポスター前での議論が続いていました。これだけ長時間、同じ意志を持った同士が語り合う場所はなかなかありませんよね・・
私も、他大学で似た手法を用いて細胞内分子動態を研究されている方と議論し、我々の手法に共通する課題や、解決法について語り合い、将来的には共同研究したいですねぇといった話をしました。とても楽しいひとときでした。

具体的な夏学の講演などは、実行スタッフの個人ブログで挙げるのはちょいと厳しいので、学会誌などでのオフィシャルな報告に譲ることにします。もし興味がありましたら、生物物理学会の会誌などで夏学のレポートが近日公開されるようですので、どうぞご覧ください。ウェブ上で公開されれば、リンクを貼るつもりです。


さて、9月3日に夏学は最終日を迎え、昼過ぎに閉会式を行いました。その後はレクリエーションタイムで、ユースホステル近くに登山口がある、紋別岳(標高約860m)に登ったり、


ユーコン川・・もとい、千歳川でカヌーを漕いだりして日没まで遊びまわりました。

かくして、無事に夏の学校を終えることができました。
実行スタッフは僅か7名で、とても忙しい日々でしたが、お蔭様で参加者・講師合わせて70人も参加してくださり、熱いアカデミックな議論を楽しむことができました。

夏休み帰省終了。

2012年08月26日 22時04分01秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
先日帰省の記事を(中途半端に)投稿したばかりですが、早くも本日札幌に戻りました。
例年は2週間程度お休みをもらうのですが、今年は生物物理夏の学校の準備や研究スケジュールなどが立て込んでいて、1週間の帰省と相成りました。でも、帰省の間には葛城山にサンダル履きで登ったり、趣味の寺社巡り、再開発ウォッチも行ない、さらに2日間実家で何もせずにだらだら過ごすという贅沢な時間を過ごせたので、まずまず満足しました。実家のご飯も食べれたし・・。

今日は往路と同じくPeach利用で、MM107便(A320-200:JA804P)で約2時間のフライトで関空から千歳に飛んできました。本当は、帰省日程に余裕があれば帰路は新日本海フェリーの新造船で帰ってこようと思っていたのですが、費用とスケジュールの都合で帰りも飛行機利用となりました。

春休みに乗ったルートですし、同じ側の窓側席だったので、あまり景色に期待はしていなかったのですが、今日は思いのほか面白い風景が見られました。
主な写真については後ほど「空から日本を見てみよう」シリーズで投稿するつもりですが、軽く今日の機窓風景をご紹介します。


関空を15時40分頃に離陸。南向きに離陸した後、右側にターンし、ベルトサインが消えた直後に撮った写真がこちらです。
ベルトサインが消えるタイミングがもう少し早ければ、雲のかかってない状態で撮影できたのですが、まあ致し方ありません。
この写真には、現在建設中のLCC専用の第2旅客ターミナルの屋根が写っています。かなり簡易な構造の建物ですが、一応既存の第1旅客ターミナルビルの意匠も取り込み、関空らしさを表現できていると思います。10月28日に供用開始予定です(往路のPeach機内でも関空着陸後に宣伝していました)。


近畿から新潟付近までは、非常に発達した積乱雲もちらほら見かけましたが、東北の北部に差し掛かると、秋の雲に変わってきました。気候の違いを思いながら窓からの景色を眺めていたのですが、ふと気が付くと、雲の上に丸い虹が見えているではないですか・・!久々に飛行機から見る、「ブロッケン現象」でした。山形付近から、青森上空までずっと見えていましたが、気付いた人は殆どいなかったようです。勿体無い・・


新千歳には17時35分に到着。雲が管制塔のてっぺんよりも低く垂れ込めていて、着陸時はなかなか地面が見えなくてそわそわしました。ともあれ無事に北海道に戻ってこれました。
さて、明日は我が研究室の講座旅行でルスツに行く予定です。その後は夏の学校と研究でかなり多忙な日々が続くことになりそうです・・。



空から日本を見てみよう! 2012夏の帰省編その1「函館」

2012年08月22日 01時25分06秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
皆様こんにちは。
私、今週は束の間の休暇を三重の実家で過ごしています。

19日日曜日のピーチで札幌から飛んできたのですが、その際のフライトでは全国的な晴天のおかげで素晴らしい眺めを楽しめました。

まずは新千歳離陸から15分ほどが経ったころに見えた、函館市街の様子です。砂州に出来た街であることがよく分かる一枚ですね。

ホタルノヒカリ

2012年08月13日 01時08分16秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
もう1ヶ月近く前になりますが、7月17日の夜に、札幌市内の名所にホタルを撮りにいってきました。


Facebook友達の蛍撮影ツアーに便乗して、札幌市街地の南側に位置する、西岡水源地で撮影してきました。
西岡水源地は非常に広大な公園で、昔水源地として使われた溜池を囲んで遊歩道、キャンプ場、湿原上の木道などが整備されています。
一歩公園に立ち入ると、市街地に隣接しているとは思えないほど真っ暗で、しかも水が豊富にあるのでホタル観賞にもってこいの場所なのです。
というわけで、ツアー参加者の3人で、真夜中の公園内を三脚引っ提げて撮りまわってきました。
その結果が冒頭の写真です。
たまたま、カメラの前で旋回してくれたもので、面白い軌跡が撮れました。


その他、こんな写真や、


こんな写真も撮れました。

ホタルは公園に入ってすぐの川沿いに多く見かけましたが、もっと良い場所を探して、3時間ほどかけて、公園内を歩きまわりました。


とんがり屋根の給水塔の向こうには、広大な貯水池が広がっています。実際はもっと暗く、殆ど足元も見えないほどでしたが、さすがにデジカメはよく写りますな・・。


公園の奥の方には、壊れかけた木道などもあって、なかなかスリリングでした。写真の中央の草の上に、ちょこんとホタルの光が見えています。
後から知ったことですが、この公園、かなり有名な心霊スポットだとか・・。一人だったら、絶対にこんな奥まで入りませんよ・・。

ケータイのライトだけを頼りに、なんとか公園入口まで無事に帰ってきたのですが、結局は入口近くの川沿いが一番よくホタルが見えました。


公園から帰ろうと、車に乗り込む直前にこんな動物を発見・・!
痩せた犬かと一瞬思いましたが、・・キツネですね。

とりあえず初めてのホタル撮影には成功したものの、やはりもっと明るいレンズが欲しいなと思った今日この頃でした。

あら、涼やか・・

2012年08月10日 07時55分46秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
残暑お見舞い申し上げます。
もう立秋を過ぎてしまいましたが、今年は研究と生物物理夏の学校の準備でなかなか帰省の日取りが決まらずやきもきしているもとすけです。
来週の中ごろまでには帰省したいと思っています。

さて、節電の夏、暑さを和らげるのに扇風機が大活躍しております。
上の写真は以前研究室のメンバーでドライブした際に、サロベツ原野の道路脇で見た光景です。これだけの扇風機があればさぞかし涼しいかも・・?

ありがとう!50万PV

2012年08月04日 18時46分41秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
こんにちは。
一昨日、8月2日付けで、当ブログの閲覧回数が50万回を突破いたしました!


10万PVから5万PVごとにこの閲覧回数報告を続けてまいりましたが、開設から6年、10万PV突破から3年間で50万PVという一つの大きな節目に辿りつくことができ、嬉しい限りです。

さて、いつものようにこれまでの経過を記しておきます。

09年 9月12日:100,000回 記事リンク
 ↓
10年 3月24日:150,000回 記事リンク
 ↓
10年 8月 9日:200,000回 記事リンク
 ↓
11年 3月22日:250,000回 記事リンク
 ↓
11年 8月15日:300,000回 記事リンク
 ↓
11年11月16日:350,000回 記事リンク
 ↓
12年 2月14日:400,000回 記事リンク
 ↓
12年 4月29日:450,000回 記事リンク
 ↓
12年 8月 2日:500,000回

となっております。
ここのところ、更新が滞りがちだった影響がやはり出て、少し閲覧回数の伸びが弱まってしまいました・・。
しかし、ブログを見にきてくださる方々のおかげで50万PVという区切りを迎えたのですから、今後はもう少し更新頻度を上げていけるように努めます。

都市人口と比較すると、栃木県宇都宮市、千葉県松戸市、大阪府東大阪市、兵庫県西宮市、岡山県倉敷市、愛媛県松山市が人口50万人前後の都市となっております。意外な都市が並んだ印象です。政令指定都市周辺のそこそこの大都市が並んでいる印象です。日本の市町村人口では上位26位まで上がってきました。(ちなみに人口10万人規模で上位250位、人口25万人で上位100位に相当します)

仙台なう。

2012年07月30日 23時26分47秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
ご無沙汰しております。

昨日から、私は仙台の奥山に位置する、作並温泉に来ています。
私が携わっている科研費研究の合同班会議が当地で昨日から明後日までの4日間行われており、私も研究室の准教授と先輩と一緒に参加しているのです。
科研費の会議なので、基本的に朝から晩まで班員の研究報告を聞いているのですが、結構興味深い内容のものが多くて予想以上に面白いです。
しかも場所はかなり高級な温泉旅館!様々な種類の風呂に入れるし、ご飯も美味しいしで満喫しております。

昨日は朝9時50分新千歳発のANA722便(A320型、JA8392)で一路仙台空港まで飛んできました。所要1時間でしたが、水平飛行時間は殆どなく、離陸したと思ったらすぐ着陸態勢に入ったような感じでした。
冒頭の写真は離陸後すぐの写真で、遠くに襟裳岬が見えていました。


午前11時、ほぼ定刻に仙台空港に到着しました。
着陸態勢に入った後、仙台空港上空を一度通過してから右に急旋回して着陸したのですが、その際に海岸線に沿った津波の痕跡が至る所に見受けられました。田んぼの色が違ったり、防風林が所々歯抜けになっていたりして、かなり内陸まで津波が遡上していて、改めて驚きました。
この仙台空港にも3mの津波が押し寄せ、1階部分が水没して一時孤立したのですが、直後から復旧作業が始まり、地震発生1ヶ月後の4月13日には民間航空便が再開されています。今では、空港内で殆ど津波の痕跡は見られませんでした。


空港のロビーには巨大な七夕飾りが飾られていました。ちょうど、来週末に仙台の七夕祭りが迫っているのです。多分、今回は残念ながら本物は見られないと思います・・。


仙台空港から、空港アクセス鉄道と仙山線を乗り継いで作並へ。この仙山線は半世紀以上前に日本の交流電化の列車試験に使われた場所だそうで、駅ホームに「日本交流電化発祥の地」の碑が建っていました。


そして昨日(初日)の夕ご飯。物凄く豪華でした。食前酒までついてきて、メインはしゃぶしゃぶと陶板焼、刺身や郷土料理まで入ってお腹いっぱいになりました。

科研費会議は残り1日半あります。明日は昼から地元のニッカウヰスキーの工場見学(これも会議日程に入ってます)、明後日は会議終了後、夜の飛行機までの間に仙台市内観光をしようと思います。
いやぁ、温泉は良いなぁ。

【告知】 第52回 生物物理若手の会 夏の学校 【参加者募集中】

2012年07月21日 03時28分58秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
皆さま、今週もあっと言う間に一週間が過ぎてしまった今日この頃、華の週末如何お過ごしでしょうか。。(もはや定型句ですな・・)

さてさて、ここのところ研究に加えて私が情熱を注いでいるものについて、本日は紹介しましょう。
それは、第52回 生物物理若手の会 夏の学校 in 北海道です!

説明しよう!生物物理若手の会夏の学校とは、
(生物物理研究の)様々なバックグラウンドを持つ若手研究者たちが交流を深めるゼミ形式の合宿です。夏の学校は、生物物理の分野をリードする著名な講師を招いたシンポジウムと、若手研究者自身によるポスター・口頭発表、自由参加の毎晩中続く懇親会から成ります。懇親会は、通常の学会に比べて非常に長いので、興味がある方と思う存分議論することが出来るでしょう。また、あなたの研究に非常に興味を持ってくださる方にめぐり合えるかもしれません。
さあ、新しい出会いをしてみませんか?

というイベントなのだ!(以上、夏の学校公式HPより抜粋)

で、ですね、私がこのイベントをこのブログで紹介するのは、ずばり私がこの夏の学校の実行委員を努めているからでございます。校長(主催者)の柴崎は私の友人で、同じ研究室の同僚でもあります。去年の秋に実行委員会を立ち上げる際に、友人代表みたいな感じで私も手伝うことになったわけです。
最初は本当に“お手伝い”程度のつもりだったのですが、気付けば予稿集・SNS管理などを任され、結構重要な役職を担当することになっていました。SNS管理は、ツイッターやUstreamなどでの情報配信業務、予稿集はその名の通り、参加者に配る予稿集を製作する役職です。その他にも、校長が思い悩んだときには友人としてそっとフォローしたりなどもしてきました・・。
さらに、実は私もう一つ重要な役割を担当しておりまして、それがこの記事の冒頭にデカデカと掲げてあります、告知ポスターの製作なのでした。この夏の学校の参加登録は今月11日より公式HPにて開始されたのですが、それに合わせてポスターを作り、全国の生物物理関連の主要大学や研究室に配布して掲示してもらい、告知するというわけです。
ポスターのデザイン自体は先週の頭に完成し、あとは印刷するだけ・・と思っていたのですが、印刷に結構時間がかかり、大学生協に依頼して1週間が経った今週木曜日にA2サイズのポスター200部が仕上がりました。
木曜の夕方から早速全国への発送作業に取り掛かり、ポリ袋で梱包し、掲示願いの文章を挟み込み、宛名シールを貼り、昨夜には大学事務室宛てと講師の研究室宛ての全ての準備が出来上がりました。部数としては170部分に相当します。以前の実行委員会から引き継いだ宛先リストがかなりややこしくなっていたので、一から作り直したりしたので、ちょっと大変でしたが、他の実行委員や研究室メンバーの協力を経て無事に仕上がりました。その後、札幌中央郵便局にポスターを運び込み、定形外郵便で発送しました。
ポスター製作担当としては、やっと肩の荷が下りたところです。
送り先は北は北海道から南は沖縄までで、全国の大学の掲示板に私が作ったポスターが飾られると思うとゾクゾクします。

もし、どこかの大学でこのポスターを見かけたら、「あ、もとすけが作ったポスターだ」と、少し足を止めてくれたら嬉しいです。もちろん、このポスターを見て夏の学校に興味が湧いたならば、是非是非公式ホームページをご覧いただき、参加までしていただければウルトラハッピーです。
今年の夏の学校は、講師にかなり有名な方をお迎えしており、テーマも興味深いものだと自負しております。実行委員の一人として、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

参加登録は現在のところ、8月20日までの予定です。

北の動物たち(3) きつねー!

2012年06月30日 15時26分37秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
長らくご無沙汰しておりました。もとすけです。
今月は特に忙しかったこともあり、いつの間にか6月一度も更新せずに終わろうとしていました・・。しかし、当ブログは2005年6月以来、ひと月に一度は必ず記事を更新しており、せっかくの連続性をここで途絶えさせるわけにはいきません。よって、簡単ながら、今日は久しぶりに記事を投稿することにします!

今日は久しぶりの動物ネタです。

当ブログでは、過去2回ほど北海道の動物ネタの記事を書いたと思います。
過去記事↓
北の動物たち(1) カモメ
北の動物たち(2) タンチョウ 湿原の神

今回は、先日某所の駐車場で遭遇したキタキツネを紹介します。


先週末、研究室の後輩と一緒に某湖畔の某超高級ホテルの喫茶店でケーキセットを食べた帰り、駐車場でキツネに出遭いました。
人間慣れしているのか、そばに近寄っても逃げる気配がなく、かなり近くで写真を撮ることができました。


まずは正面から・・


ちょっと動き始めたところ。欠伸でしょうか、口を開けています。


イケメンな斜め前からの写真。


キツネのイケメン顔のアップ。これまで何度かキツネは見ていますが、こいつは特にイケメンな気がしました。


しばらく歩くと、疲れたのか駐車場の真ん中で寝そべってしまいました。猫なみの肝の据わり方でした・・。


太平洋フェリー「きそ」

2012年05月28日 01時04分29秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常

先日の金環日食見物旅行で苫小牧から仙台まで乗船した太平洋フェリー「きそ」。日本で1、2を争う豪華フェリーの同船について、今回は紹介します。


苫小牧フェリーターミナル
太平洋フェリーは、苫小牧から仙台を経由して名古屋までの1330kmを、約40時間かけて結んでいます。今回は苫小牧から仙台までの560km、15時間の区間乗船でした。苫小牧港は太平洋フェリー以外に商船三井フェリー(~茨城・大洗)やシルバーフェリー(~青森・八戸)も発着しており、さらに少し離れた苫小牧東港から新日本海フェリーの敦賀、新潟方面の船も発着する、北海道の海の玄関と言える一大フェリーターミナルです。


苫小牧フェリーターミナル停泊中の「きそ」
太平洋フェリーはターミナルビル正面の一等地に停泊していました。


ライバル?新日本海フェリーのフリートとの比較
太平洋フェリー「きそ」(2005年就航)と「いしかり」(2011年就航)はほぼ同型で、全長199.9m、全幅27m、1万5800総トンのサイズがあり、太平洋側を航行する各社のフェリーの中では最大級です。客室3層+乗員区画1層の計4層に及ぶ大きなハウスが特徴的です。この大きなハウスの中に、後述の数々の豪華設備が配されています。
一方、新日本海フェリーのフリートは冬の日本海を安全に航行するため、他社よりも大きく速い船を就航させています。苫小牧東~敦賀航路に就く「すずらん」(1996年就航)は、全長199.9m、全幅25m、1万7345総トンとほぼ「きそ」と同サイズですが、エンジンの最大出力は倍の6万4000馬力もあり、約30ノットの高速航行で僅か20時間程で敦賀まで着いてしまいます。他のフェリー会社と比べると、こちらも豪華な船内設備を誇りますが、太平洋フェリーと比べると目的地までの乗船時間が短いからか、「きそ」や「いしかり」よりもコンパクトに纏まっています。
ちなみに間もなく、今年6月にはさらに一回り大きな新造船「すずらん」が同航路に就航します。


エントランスロビー
左舷の乗船口から「きそ」の船内に入ると、そこは5階(客室フロア1層目)のエントランスロビーです。今回私が利用したB寝台部屋はこの階の最後尾にありました。また、この階には大浴場、ショップ、ゲームコーナー、キッズルーム、カラオケルームなどの施設があります。


案内所に隣接して、かなりの広さのショップが設けられています。食料品や日用品、北海道、東北、東海の各就航地土産が揃っており、さすがに日本一の豪華フェリーといえる品揃えでした。


案内所の右舷側にはキッズルーム。客層はご高齢のツアー客の方が大半だったので、お孫さん向けなのかな・・?


今回私が利用したB寝台部屋。一般的な2段ベッドと異なり、1段目と2段目が互い違いに並んでいて、気兼ねなく寝台に入れます。今回は早めに乗船したからか、窓際の寝台を指定されたので個室感覚で気楽に過ごせました。
ちなみに、新日本海フェリーの新造船でも同じ形式の寝台部屋が設置されます。


再びエントランスロビーに戻り、階段の吹き抜けを見上げてみました。3層吹き抜けで、何やら光るオブジェが正面に設置されています。


1階上に上った6階から吹き抜けを望むと、フェリーの船内とは思えない贅沢な空間配置に驚きます。ちょっとした商業施設並みの広さですよ・・


6階ロビーです。向かって左が右舷側、右が左舷側です(ややこしい・・)。正面がシアターラウンジで、右奥に進むと展望通路を経由してレストランに辿り着きます。


右舷側後方にあるOAコーナー。コンセント完備で、電気泥棒と言われる心配なく、堂々とパソコン作業が出来ます。


左舷には喫茶コーナーのマーメイドクラブがあります。航海中にはピアノ演奏も行われ、ここでティータイムを優雅に過ごせます。


マーメイドクラブ・カウンター席。マーメイドクラブではアルコールや軽食も取り扱っており、レストランのバイキング以外のものを食べたいときに重宝します。


展望通路「プロムナード」。マーメイドクラブからレストランまでの通路なのですが、窓に沿って立派な椅子とテーブルが置かれていて、居心地の良い雰囲気でした。新日本海フェリーにも展望通路は設置されていますが、こちらの方が内装は凝っていますね・・。


レストラン「タヒチ」。苫小牧出航は19時でしたが、レストランは18時からオープンしており、私も乗船後すぐにディナーを食べに入りました。これまた某瀬戸内海のフェリーのレストランとは世界観の異なる、とてもお洒落な雰囲気の内装で、美味しくご飯を食べられました。


この船では、レストランは朝昼晩全てバイキング形式となっています。好きなものを好きなだけ食べられる反面、意外におかずのバリエーションが少なかったりするので、これは一長一短ですね。日本一豪華なフェリーではありますが、食事については船室の等級差はなく、コースディナーなどの設定はありません。


6階の中央に位置するシアターラウンジ「サザンクロス」。他のフェリーでは考えられない、非常に豪華な施設です。新日本海フェリーなどでも、バブル期に就航した船では舞台完備のラウンジが設けられていましたが、今の船ではシアタールームとして簡素化されています。


舞台側から見た様子。客席数も多く、雰囲気はまさに豪華客船のそれです。


ラウンジショー
今回は20時からショーが行われました。中国の伝統楽器、"揚琴"とピアノのセッションで、島唄や蘇州夜曲、朧月夜などの名曲をたっぷり1時間にわたって楽しめました。


ショー終了後に撮影した揚琴のアップ。計165本もの弦が張られていて、とても演奏が難しそうです。演奏者は、中国・上海出身の金亜軍氏でした。軽妙なトークと美しい演奏で素晴らしい夕べを過ごしました。

金亜軍 揚琴 鏡音リン「炉心融解」

ちなみに、この演奏者の金亜軍氏、こんな演奏もこなしてしまうそうで、凄いですね。
民族楽器でボーカロイド曲を弾くとは・・。


22時からは同じ場所で映画上映。新日本海フェリーだと、昼間の上映で少々勿体無い(せっかくの景色が見られないので)気もしますが、こちらではレイトショーの気分で映画を観られます。この日のタイトルは「マイティ・ソー」でした。北欧神話の神(別次元に住む宇宙人?)が現代アメリカにやってきて、なんだか分からないけど大活躍する、いかにもアメリカンテイストな内容で面白かったです。


船内にはスタッフ紹介の掲示もありました。客船では見かけますが、フェリーではかなり珍しい取り組みですね。この辺にも、日本一豪華なフェリーの心意気が感じられます。


太平洋フェリー「きそ」と「いしかり」では、トリスのキャラクターなどを手がけた柳原良平氏が名誉船長を務めており、柳原氏の絵画が船内各所に飾られています。こちらは七福神の宝船を模した絵ですね。


太平洋フェリーも、昨年の震災で仙台港施設に大きな被害を受けましたが、早くから復興のための足として運航を再開し、貢献してきました。
船内の所々に、東北を支援する掲示がなされており、エントランスロビーの椅子にもさりげなく"がんばっぺ東北"というメッセージボードを持ったプーさんが置かれていました。

私は大の新日本海フェリー好きであり、今回初めて太平洋フェリーを利用しましたが、さすがは日本一豪華なフェリーといわれるだけはあるなと感動しました。様々な施設のおかげで、船内で暇を持て余すことがまったくありませんでした。今回は苫小牧から仙台までの区間乗船でしたが、いずれは名古屋までフルで乗船してみたいと思います。

【週末旅行】松島と金環日食観覧の旅(2012/05/19-21)

2012年05月23日 12時54分23秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
先週土曜日の昼、私は一人思い悩んでいました。

「東京に金環日食を見にいくかどうか・・」

実は、去年ぐらいから5月21日に東京に行くことは計画していました。札幌では今回の金環日食は部分日食しか見られませんし、次回日本で金環日食が見られるのは18年後のこと・・。天体現象好きの私としては、この機を逃してはきっと後悔すると思っていました。
しかし、5月21日朝の東京の天気予報は曇り・・。果たしてお金を出して東京に行き、ちゃんと金環日食が見られなかったら勿体ない。
だけど、もし東京に行かずに天候が回復し、金環がテレビニュースででも報道されたら、そのときはきっと歯軋りするに違いない・・。
かなり悩んだ結果、やらずに後悔するよりはやって後悔した方がマシだと決心し、土曜日の夕方に札幌を飛び出しました。


16時6分発の特急すずらん6号で一路苫小牧へ。


苫小牧駅から路線バスで苫小牧フェリーターミナルに向かい、太平洋フェリー「きそ」に乗船しました。
今回の旅では、少しでも出費を抑えるのと、一応日食が見えなかったときの保険として東京以外の観光をしておこうと思い、仙台行きのフェリーを利用しました。
ちなみに、この太平洋フェリーは非常に豪華なフェリーとしてフェリーマニアの間で有名で、「きそ」も2005年から2010年まで連続で「クルーズシップ・オブ・ザ・イヤー」のフェリー部門1位を受賞していました。(2011年は同社の新造船「いしかり」が1位で、「きそ」は2位となっています)


15時間の船旅の後、5月20日の午前10時に仙台港に上陸。
この辺も去年の震災で津波被害を受けており、港から近くのJR仙石線多賀城駅まで歩いたのですが、かなり復旧は進んでいたものの、やはり所々に津波の痕跡(折れた木々や1階部分が壊れた工場)が見受けられました。


多賀城駅から11時20分発の仙石線高城町行き快速で東に向かいました。たまたまですが、石ノ森章太郎作品のキャラクターが描かれた特別塗装列車「マンガッタンライナー」編成でした。


松島海岸駅で下車。
高校時代から一度来てみたいと思っていた、松島を徒歩で観光しました。
幸いなことに、松島海岸は松島の島々が天然の防波堤の役割を果たしたそうで、比較的津波被害が少なく、早くから観光が再開されています。今回も、日曜日ということで多くの人が観光に来ていました。


2時間ほど松島に滞在し、13時39分発の東北本線仙台行き普通列車で仙台へ・・。


仙台駅で途中下車し、少し駅前を散策しました。ここいらでお腹も減ってきたので牛タンでも食べようかと思ったのですが、すぐに乗り継ぎの時間が来てしまい、断念・・。


東北本線在来線列車で1時間半ほど南下。のどかな農村風景が車窓を流れ、心穏やかな気持ちでした。


福島駅で途中下車。ここでも少し駅前を散策しました。遅めの昼ご飯にソースカツ丼を駅の名店街の食堂でいただき、腹ごしらえも完了。


福島からは東北新幹線やまびこを使ってワープしたりしながら、計5時間ほどかけて東京駅に出ました。


東京駅で研究室の元同僚(今年3月に修了)と合流し、秋葉原や神田で晩御飯を食べたり、電気屋で日食撮影用フィルターを買ったり、ゲームセンターで遊んだりして楽しい時間を過ごしました。


5月20日の宿は神田駅前のネットカフェ。結構設備も充実していて、快適でした。


5月21日午前4時半にネカフェを出て、早朝の羽田空港へ・・。


第二旅客ターミナルビルの展望デッキから金環日食を観察しました。最初は雨がぱらつく悪天候でしたが、日食が始まった頃から雲に隙間が出来始め、金環も無事に確認できました。とてもラッキー・・!


日食は午前9時頃に終わったのですが、その後すぐさまエア・ドゥの次便(ADO019便、B767-300ER、JA01HD)にチェックイン(スカイメイト利用)し、10時15分に東京を離れ、帰途に就きました。
午前11時45分には新千歳に到着し、JRで札幌に出て、そのまま研究室に出勤しました。
土曜日の出発から僅か45時間ほどの短い間に、なかなかのジャーニーが出来ました。