2アウト満塁!

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七尾の青柏祭

2013-06-30 | 金沢・能登

石川県能登地方の中心都市・七尾市に伝わる青柏祭せいはくさいの曳山行事(国指定 重要無形民俗文化財)は
天元4年(981)に時の国主源順みなもとのしたごうが能登の国祭りと定めたのが始まりと伝わる伝統ある祭りです

「でか山」と呼ばれる巨大な山車には舞台飾りをし、一本の若松を立てて神々の降臨を仰ぎ
業務の発展や諸々の悪疫の退散を祈り、併せて豊かな日々の暮らしを祈念するのだそうです

七尾市内の「魚町」「鍛冶町」「府中町」がそれぞれ山車を担当し勇壮さを競い合います

中でも見どころは、狭い町角で巨大な曳山を方向転換させる「辻廻し」
大梃に若い衆が鈴なりに乗って、木遣に合わせ「エンヤー」「エンヤー」と気合をかけて前輪を持ち上げ、
地車をはめ込み一気に方向転換をし進むのです

百聞は一見にしかず・・ ちょっと長いですが、七尾市観光協会の動画をご覧になるとよく分かります

青柏祭「でか山」



舞台飾りのでか山 若松があるのが分かりますね

御祓みそぎ川畔に三つの町のでか山が揃う
大梃に若い衆が鈴なりに乗って、木遣に合わせ「エンヤー、エンヤー」と気合をかけて前輪を持ち上げる
前輪が持ち上がったら、地車をはめ込み
一気に方向転換をします
梃子てこと呼ばれる木のシャベル?のようなもので、でか山の前輪の進行方向を少しずつ修正する梃子衆と梃子
法被姿が鯔背いなせだねぇ
5月3日 宵山
飾り付けをした鍛冶町の曳山が清祓いをした後 午後9時頃、鍛冶町の辻を曳き出し大地主おおとこぬし神社へ向かいます

5月4日 朝山・本山
午前0時、府中町では氏神の印鑰いんにゃく神社で清祓いが行われ、午前1時を過ぎると神社前から曳き出される
あまりの曳き手の多さに、曳行速度は速まり、スリル満点となるのも見所のひとつと言われる
大地主神社に到着するのは午前7時頃
本山の魚町見附曳き出しは午前8時頃で、正午に大地主神社に到着し、3台の曳山が揃う
大地主神社で青柏祭奉弊の儀式が行われ、午後1時頃からそれぞれの町に曳き帰り、夜見世をする

5月5日 裏山
3台の曳山が食祭市場の臨港道路に揃ったあと、市内中央を流れる御祓川畔に再び揃うのは午後2時頃
夕刻それぞれの山町に戻り、三日間にわたる祭りは終了
以上 青柏祭スタッフの方のHPより
5日の午後10時半頃、鍛冶町のでか山が大地主神社に帰ってきました
独特の拍子で唄われる石川県指定の無形文化財「七尾まだら」の合唱で青柏祭は幕を閉じます

七尾ではK子さんのお母様、叔母様にたいへんお世話になりました ありがとうございました
また、方向転換の撮影に夢中になって、曳山の全体像がほとんど無かったため
トップ2枚と梃子の写真は、同行のT-KFさんからお借りしました ありがとうございます


金沢、能登旅行・NIGHT BIRD

もう寒くないのにねぇ

2013-06-09 | (=・ェ・=)(=^・^=)


七尾の青柏祭をアップ予定でしたが・・
この時季は梅の収穫と共に6キロ分の梅酒、ラッキョウ3キロ、シソジュース作りに追われ
その上、鉢植えの植え替え等で、独自の七面倒くさい写真整理がまだ終わらずにいます
さららも圭太も、なかなか寝ない私を待ちくたびれて、仲良く先に眠っています


総持寺祖院、他

2013-06-07 | 金沢・能登

曹洞宗二大本山 (永平寺と総持寺)について
曹洞宗の開祖・道元、二世・懐奘えじょう のあと、文永4年(1267)からおよそ50年に亘り永平寺の住持をめぐり
兄弟弟子の間で相論 (永平寺三代相論) が起こり、三世・義介ぎかいは永平寺を出て加賀大乗寺を開山
その後、義介の門弟・瑩山けいざんが元亨元年(1321)、能登に総持寺を開きました
義介の系譜からは瑩山、峨山(がざん(総持寺二世)を輩出して大発展しましたが、一方の永平寺は中世を通じて
衰退したままとなり、15世紀はじめころからは能登総持寺を拠点に全国的発展を遂げた瑩山・峨山の門派、
その他の門派が永平寺の運営を支援するようになりました
永平寺、総持寺両寺とも「綸旨りんじ(朝臣が天皇の意を受けて発給する書状)」を受けての 出世道場 であることを
認め合うことによって曹洞宗に二大本山が存在する所以となりました
以上・・ 実家の菩提寺は永平寺の末寺ですが、曹洞宗がなぜ二大本山なのか知らなかったので調べました

ここ 総持寺祖院 は正しくは諸嶽山總持寺と言い 明治31年、七堂伽藍の大部分を焼失したのを機に
布教伝道の中心を神奈川県横浜市鶴見に移し総持寺祖院と呼ばれるようになりました
経蔵
石川県指定有形文化財
山門(国の登録有形文化財)と
僧堂(石川県指定有形文化財)
平成5年(1993)に起きた能登沖地震では総持寺祖院も大きな被害を受け、未だに修復途中でした
山門はそれほど大きな被害はなかったようですが山門から続く回廊は壁が落ちたままです
鳴き砂の浜・琴ヶ浜 輪島市指定天然記念物だそうですが、残念ながら砂が鳴く音は分かりませんでした
義経の舟隠し
源義経が、頼朝の追手や嵐から逃れるため、48隻の舟を隠したといわれる入江
さて、いよいよ今回の旅行の一番の目的である青柏祭を観に七尾市にやって来ました
青柏祭せいはくさいと言えば「でか山」と呼ばれる大きな山車ですが、駅前ではよさこいを踊っていたり
七尾出身の長谷川等伯をモデルにした とうはくん もいました
青柏祭は次回掲載の予定です

金沢、能登旅行


花火に乾杯!撮影は完敗!

2013-06-02 | MAGIC HOUR & NIGHT BIRD

昨夜は逗子海岸の花火大会でした
昨年はピントリングを回して撮る花火に終始しましたので
今年はスタンダード撮影で・・ と、思ったのですが
花火の高さはまちまち、シャッターのタイミングが悪かったりと
思うようには撮れませんでした
今回は、次回のための自身の「備忘録」としてアップします



・Zushi・NIGHT BIRD・花火

能登の里山里海

2013-06-01 | 金沢・能登

奥能登塩田村

「塩田」に海水を何度も撒き、太陽と風で水分を蒸発させ、塩が付着した砂に海水を注ぎ塩分濃度の高い水を作り
釜で炊いて水分を蒸発させて塩を作る手間暇かけた製塩法を揚げ浜式製塩と言い、400年以上の歴史があります
36リットル入る「かえ桶」で原料の海水を汲んで
塩田の真ん中に置かれた大きな桶に集めます
大きな桶に溜めた海水を小さな桶で塩田にまんべん
なく撒き、海水が乾いたら「たれ舟」に砂を集めます
砂を集めた場所に沼井ぬいと呼ばれる箱を組み立て
かき集めた砂を入れ海水を注いで塩分濃度の高い
かん水を作って、この釜に移し、炊きます
先ず薪で6時間ほど炊きあげ、ゴミや不純物を
取り除き、次に藁で17時間じっくりと炊きあげます

塩田から海岸に下りて海水を掬って舐めてみると、この海水自体がスッキリとした旨みがありました

塩ソフトを食べてみました
なかなかイケます
お土産はもちろん
奥能登揚げ浜塩!
能登半島から50キロ沖合の
舳倉島へぐらじま の宝の塩と味比べ

白米千枚田しろよね        

海に沈む太陽が田んぼを染め上げる美しい夕景などでよく知られる棚田です
平成11年には「日本の棚田百選」に選ばれ、同13年には国の文化財名勝に指定されました



【日本海に沈む夕陽】




世界農業遺産「能登の里山里海」


金沢、能登旅行・MAGIC HOUR