2アウト満塁!

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長崎 唐人屋敷跡

2013-11-26 | わからん長崎

キリスト教文化が色濃く残る外海地区から一転、聖俗混交の長崎市街へ戻ってきました

* 唐 人 屋 敷 跡 *
元禄2年(1689)に、中国人貿易商たちの居住区として、約20棟の長屋が建設されましたが
天明4年(1784)の大火で関帝堂を残して全焼し、その後 唐人は自前の建築を許されるようになりました


【土神堂】

土神様は福徳正神とも言われ、家や土地の守り神で豊作の神様です

【福建會館】
主要部は和様の造り、外壁煉瓦造の天后堂は架構法なども純正な中国式を基調とし、一部木鼻や欄間は和様
中国系テレビ局の取材のようです 神通力で海難から守ってくれるという伝説の女神・媽祖まそ2体が祀られています

【観音堂】
入口のアーチ型の石門は唐人屋敷時代のものと言われています
本堂には観世音菩薩と関帝を安置  基壇には 合端合せ の技法が見られ、沖縄的な要素もうかがえます

【天后堂】
南京地方の人々が航海安全を祈願し、天后聖母を祀ったのが起源と言われています

【唐人屋敷跡界隈】

館内町は、昔ながらの市場や古い石段が残っており、どこか懐かしい生活感が漂っています


13.10長崎旅行

植田正治のつくりかた

2013-11-23 | ちょっとお出かけ

先週の金曜日、植田正治のつくりかた を東京ステーションギャラリーで観てきました
植田正治は1913年に鳥取県境港市で生まれ、17歳から2000年に亡くなるまで、生涯
写真を撮り続け、今年 生誕100周年を迎えました
植田正治の名を知らない人でも、砂丘に家族が並んだ写真に見覚えはないでしょうか?
スタジオではなく鳥取砂丘を舞台に、被写体をまるでオブジェのように配置した演出写真は
80年代に入るとアートディレクターの子息を介し、ファッションブランド "TAKEOKIKUCHI" の
ファッションカタログ に登場し、一躍注目を浴びました  海外に於いてもその演出写真は
「植田調」として広く知られ、日本語表記そのままに"Ueda-cho"と紹介されています
そして私もまた、植田正治ファンのひとりです
写真はポストカードを撮影

※ 来週の日曜美術館(9:00~10:00)で “写真する”幸せ ~植田正治・UEDA-CHOの秘密~ を放送予定

美術館めぐり・東京ステーションギャラリー


鍋冠山公園から見る長崎の夜景

2013-11-22 | MAGIC HOUR & NIGHT BIRD

昨年、稲佐山 からの夜景を撮りながら、対岸にもいいスポットがあるのでは?と、ふと思い、帰京後調べました
鍋冠山は、グラバー園・大浦天主堂など観光名所の近くなのに、来るのは地元の人ばかりの穴場でした 



鍋冠山は稲佐山より標高が低く街にも近いため、夜景が間近に感じられます

13.10長崎旅行・NIGHT BIRD

角力灘の夕景

2013-11-21 | MAGIC HOUR & NIGHT BIRD

太陽は厚い雲に阻まれて最後まで顔を出しませんでしたが・・
海の向こう約60㎞には五島列島の稜線がうっすらと見えていました
遠藤周作文学館にて


長崎県の九州本土と五島列島の間にある海域を五島灘と言いますが
外海町が在る西彼杵にしそのぎ半島沿岸海域には角力灘すもうなだの別称があります

ド・ロさまそうめん
フランス人宣教師ド・ロ神父が貧しい地域の人々に布教活動のかたわら伝えたそうめんづくりでしたが
戦時中に途絶え、修道院のシスターが覚えていたレシピを頼りに1981年 地元の人たちが復活させました
昔ながらの足踏みで落花生油を引き油に用いたそうめんは、冷麦ほどの太さでモチッとしていました


13.10長崎旅行・MAGIC HOUR・うまいもん

続・長崎外海 隠れキリシタンの里

2013-11-20 | わからん長崎

【大野教会堂】(国指定重要文化財)
海を見下ろす傾斜地に静かに佇む大野教会設立は、身体が衰えた人が出津教会に行くのは難しいことから
明治26年(1893)、この集落のために大野教会が建てられました 神父は常駐せず、出津教会の神父が
定期的に巡回しました
元来この地方には水平に割った石材を、天川あまかわと呼ばれる砂・石灰・ノリ・スサの充填剤を用い積み上げる
伝統工法がありましたが、出津教会主任司祭として赴任したド・ロ神父が、これを元に石材に玄武岩を、
充填剤に赤土を用いる工法を考案しました   これを「ド・ロ壁」といいます
ド・ロ壁は、建築工法の希少性はもちろん、僻地に着任した外国人宣教師が土着の工法を上手く活用した、
つまり西洋と日本の技術が融合した事例としても注目すべきものです

【出津教会】(県指定有形文化財)
さだまさし原作の映画「解夏」のロケ地として有名になった出津しつ教会は、明治15年(1882) ド・ロ神父の設計で
建てられ、明治24年(1891) 一部改造 同42年、祭壇の屋根にある既存の装飾等以外に鐘塔を設けた珍しい
外観の玄関部を増築し、現在の教会の形が整えられました  外壁は煉瓦造り、玄関は石作り、内部は木造、
三廊式の漆喰塗り平天井  瓦葺の屋根は海岸に面した風の強い立地条件を配慮して低くなっています

【黒崎教会】

遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ黒崎教会は明治30年(1897) ド・ロ神父の指導で
敷地が造成され、同32年(1899)から建設計画が進行、大正9年(1920)に完成
信徒が奉仕と犠牲の結晶としてひとつひとつ積み上げた煉瓦造の平屋、桟瓦葺さんかわらぶきの簡素な構成が煉瓦の
美しさを際立たせており、深い奥行を持つ内部はリブ・ヴォールト天井と呼ばれ、ステンドグラスが印象的
付属する鐘楼は隠れキリシタンの帰依を願って設置されました

【旧出津救助院】(国指定重要文化財)
ド・ロ神父が困窮を極める村人達を救うため、私財を投じて設立した明治初期の授産・福祉施設で、後に修道院
へと発展しました  ここでは織物やマカロニ、そうめん製造などの技術を教え、村人たちの自立を促しました


13.10長崎旅行・長崎の教会

長崎外海 隠れキリシタンの里

2013-11-19 | わからん長崎

人 間 が こ ん な に 哀 し い の に
 主 よ
海 が あ ま り に 碧 い の で す
「沈黙の碑」より
隠れキリシタンの里として知られる長崎市外海そとめ地区は遠藤周作の代表作「沈黙」の舞台となった場所です
その外目にある 遠藤周作文学館 は目の前に角力灘すもうなだが広がる美しい景観に包まれた地に佇んでいます

【枯松神社】
慶長19年(1614)に禁教令が出されて以降、キリスト教信者への取り締まりはいっそう厳しさを増しましたが
外海地方の多くの信徒たちは潜伏して信仰を保ち続け、黒崎の潜伏キリシタンたちは枯松の山頂に秘かに
集まって オラショ を伝承してきました
明治時代に入ると この地に神社を建立し、隠れキリシタンを支え続けた宣教師 サン・ジワンを祀りました
神社周辺には、板石を伏せて置くキリシタン墓が残っています
キリシタンをまつった神社は日本全国でも珍しいそうですが、この枯松神社の他に外海地区のすめら大神宮、
長崎市内の淵神社・桑姫大明神、伊豆大島のおたあね大明神が知られています

【トリコロール橋】
四谷河内橋荒川橋新神浦橋
フランス・ヴォスロール村との姉妹都市交流に因んでフランス国旗と同色の青、白、赤の橋です

【大中尾棚田】
平成11年に農水省が認定した「日本の棚田百選」に選ばれ、面積8.8ヘクタ-ル、田んぼの枚数は約450枚
起源は戦国から江戸時代とされ、200年余の長い歳月をかけ、神浦ダム上流から約4.2キロメ-トルにおよぶ
大井手水路の竣工とともに1枚1枚の田んぼを耕してきたといわれています

【大平作業場跡】
出津教会主任司祭として赴任したド・ロ神父は布教に止まらず、地域住民の福祉と生活向上のために様々な
計画を立て、農漁両面に力を注ぎました
大平おおだいら地区は、明治17年(1884)から開墾を行ない小麦、さつまいも、お茶などの農作物を栽培していました
この開拓農地には、当時ド・ロ神父が自費で掘った井戸や農作業小屋が今もその形跡を留めています

【バスチャン屋敷跡】
キリシタン迫害時代に宣教師に代わって外海地方で熱心に布教したといわれる日本人伝道士バスチャンの
隠れ家があったと伝えられている場所  現在の建物は復元ではなく、発見後新たに建てられたものです


13.10長崎旅行・長崎の橋

京都府立植物園と陶板名画の庭

2013-11-13 | はんなり京都

東京は、おとといの木枯らし1号以降 急に真冬の寒さですが・・ 私のブログはまだ真夏の話です
これまで幾度となく訪れている京都なのに京都府立植物園に行ったことがないという話になり
旅行最後の一日を 京都府立植物園京都府立陶板名画の庭 にあてることにしました

【ウリ科の面白い果実】
オカメカボチャ(ウリ科カボチャ属)
名は カボチャの裏面 がオカメに似ているのが由来
梵鐘(ヒョウタン)
ボツボツががもっと多いのは縮緬いぼと言うヒョウタン
ヘビウリ(ウリ科カラスウリ属)
蛇のように伸び150cmにもなる
バターナッツ(ウリ科カボチャ属)
種は下部に集まっている
鹿ケ谷かぼちゃ(ウリ科カボチャ属)
京野菜の一つとして知られている

【熱帯地域の植物】
カカオ の花
チョコレート・ココアの原料となるカカオマスはカカオ豆の胚乳を発酵、乾燥、焙煎、磨砕したものです
ヘリコニア・ロストラタ(バショウ科)
ロブスターの鋏のような苞が魅力的

パウォニア ストリクティフロラ
(アオイ科)
花弁のように見えるのは副萼片
フウリンブッソウゲ(アオイ科)
仏桑華はハイビスカスの和名で
花を風鈴に例えたのが名の由来

【8月3日にオープンしたばかりの高山植物室】

キタダケトリカブト(キンポウゲ科)
ヒダカトリカブト(キンポウゲ科)

エーデルワイス(キク科)

バクシニューム マクロカルポン
(ツツジ科)
デンドロビウム カスバートソニー(ラン科)ベロニカ ルペストリス ’ナナ'(オオバコ科)

外には夏を代表する花ヒマワリが咲いていました

私の好きな果物も実っていました
この花は?こんな果実がなります答はパパイアです

京都府立陶板名画の庭は植物園に隣接しています


京都府立植物園と共に、上段に京都府立陶板名画の庭の施設概要をリンクしています
ここでは娘の好きな鳥獣戯画の一部をアップしましたが、展示作品は以下の通り全8点です
睡蓮・朝モネほぼ原寸
鳥獣人物戯画伝・鳥羽僧正縦横原寸の2倍
最後の審判 ミケランジェロほぼ原寸 1990年当時の状態を再現
最後の晩餐レオナルド・ダ・ヴィンチ  ほぼ原寸
清明上河図伝・張澤端縦横原寸の約2倍
ラ・グランド・ジャット島の日曜日  スーラほぼ原寸大
テラスにてルノアール縦横原寸の2倍
糸杉と星の道ゴッホ縦横原寸の約2倍


昨日は、結婚記念日へのお祝いコメント、<(_ _*)> ありがとうございました


13.08京都旅行・美術館めぐり・京都府立陶板名画の庭

松輪にサバを食べに行く

2013-11-12 | 食べてばっかしやん

昨日11月11日は、日本記念日協会 に登録されている記念日が1年で一番多い日だそうです
その数28件、中でもよく知られているのは「ポッキー&プリッツの日」
新しいのものでは今年登録された「チンアナゴの日」だとか・・
その動きが面白くて、ついつい見入ってしまう チンアナゴ にも記念日が出来てよかったネ

2番目に多いのは「銭湯の日」「転倒予防の日」「ふとんの日」「充実野菜の日」「トマトの日」等々
26件の記念日が登録されている10月10日だそうです

そして、個人的には・・ 11月11日は結婚記念日
今では考えられないことと思いますが・・
海外への個人旅行はパスポートで夫婦と確認できないと同室にしてくれないホテルもあり・・
1ヶ月余前に入籍したので、10月10日ももうひとつの結婚記念日なんです ぞろ目好きやなぁ

松輪漁港
前置きが長くなりましたが、昨日の結婚記念日に何をしたかと言いますと・・
夜景のきれいななレストランでもなければ老舗料亭でもなく、松輪漁港での昼食に出かけました(笑

お目当ては・・ 敬遠していたサバのお刺身を 魚豆根菜やまもと で食べて感動して以来
地元・三浦半島の松輪で食べてみたいと、ずっと思っていた 松輪黄金サバ
最近はマスコミへの露出も増え、休日には品切れになるほど大人気の松輪の黄金サバですが
平日だったので、他のサバでは味わえない爽やかな脂のうま味を堪能することが出来ました

しめサバ(サバとイナダのお刺身、生シラス) 胡麻豆腐 塩辛

とろサバ炙りたて(サバのお刺身、生シラス)

サバ塩焼き
生シラスをご飯に載せて生シラス極小丼(笑デザート・ババロア



・うまいもん・松輪の猫

富士山の真上

2013-11-08 | 富士山

一昨日の夜、瀬戸内から帰ってきました
3年に一度の瀬戸内国際芸術祭も無事に11月4日閉幕しましたが
今年は春・夏・秋の3会期となり、東京・瀬戸内間を4回も往復する羽目に・・
そんなこんなで当然、飛行機に乗る機会も増えたのですが
機上から富士山が見えたのは、たったの2回
しかも、今回は真上を飛んだので一眼レフでは大きなレンズがじゃまで
コンパクトカメラで覗きこむようにして、雄姿とはほど遠い富士山を撮りました
時間的には鈴鹿山脈辺りでしょうか・・ 山上では素晴らしい雲海が見られたことでしょう


またボチボチと更新していきますので、よろしくお願いいたします

・富士山