読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『ベストセラー全史【現代篇】』 戦後のベストセラーをめぐる、光と陰の知られざるドラマを活写した出版文化叙事詩

2019-08-14 14:29:25 | 「本」についての本

『ベストセラー全史【現代篇】』
澤村修治著、筑摩書房(筑摩選書)、2019年


時代の中から生み出され、時代をつくる原動力ともなったベストセラー書籍。文芸書から人文書、実用書、写真集やタレント本など、さまざまなジャンルにまたがるベストセラー書を網羅的に取り上げながら、出版文化と社会のありようを通史のかたちで読み解いていくのが『ベストセラー全史』です。
明治から昭和戦中期までを対象とした【近代篇】と、昭和戦後期から平成の終わりまでを扱う【現代篇】との2冊からなりますが、【現代篇】のほうが一足先に出されたので、そちらのほうから閲読いたしました(【近代篇】も追ってご紹介するつもりです)。500ページ近い大部の本ですが、客観的でテンポの良い記述の中に、それぞれのベストセラー書が生み出されてヒットに至るまでの過程を物語る豊富なエピソードが盛り込まれており、興味深さで一気に読むことができ、また大いに勉強にもなりました。

敗戦後まもない頃に出版され、戦後初のベストセラーとなった『日米会話手帳』。その仕掛け人である誠文堂新光社の小川菊松は、相当数の進駐軍がやって来ることを見越した上で、それを迎える日本人に必要とされる英会話テキストのニーズをいち早く掴むと、猛スピードでその製作を進めます。
一夜で日本語の例文を作り、それを東大の大学院生に3日で英訳させ、出来上がった原稿を印刷所に持ち込んでこれまた3日ほどで組み上げて印刷にかかる・・・という〈拙速主義〉(小川自身のことば)には驚かされますが、そうして世に出た『日米会話手帳』が、刊行からわずか3ヶ月半で360万部も売れたという事実にも、驚きを禁じ得ません。

『ベストセラー全史』には小川を筆頭に、ベストセラーの仕掛け人となった、才覚とたくましさに溢れる出版人たちが多数登場します。1954年に光文社の新書判シリーズ「カッパ・ブックス」を立ち上げ、続々とヒットを放った神吉(かんき)晴夫もその一人です。
出版物を作る上で神吉がとった方法論が「創作出版」。「自分で企画を立てて、適切な著者を発見し、原稿の完成まで、著者と苦労をともにする。そして宣伝によって、できた本の読者人口を開発してゆく」という「創作出版」は、著者まかせの受け身の姿勢を排し、ヒット作を意識的に生み出していく方法論でした。
そこで重視されたことの一つが、タイトルへのこだわりです。一例を挙げれば、1963年にベストセラーとなった占部都美(うらべくによし)著の『危ない会社』。著者は当初『経営革命』というタイトルを主張したものの、編集サイドは「タイトルは内容の説明ではな」くて、読者に買いたい気持を生じさせるためにある、と『危ない会社』で押し切ったのだとか。結果、発売直後から人気を得て四十数万もの部数を獲得することになったのです。
そんな神吉の方法論は、やがて光文社からさまざまな版元へと広がっていくことになります。『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(江本孟紀著、1982年)を生み出したKKベストセラーズ。『頭のいい銀行利用法』(野末陳平著、1977年)や『天中殺入門』を世に送った青春出版社。『ノストラダムスの大予言』(五島勉著、1974年)が大ヒットした祥伝社・・・。一方の光文社も、これまたユニークなタイトルの『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉著、2005年)が近年のミリオンセラーになっていて、神吉の手法やスピリットがその後の光文社にも引き継がれていることを『ベストセラー全史』は示唆します。神吉の方法論は、戦後におけるベストセラーのあり方、そして出版界を大きく変えたということがよくわかりました。

戦後のベストセラーにおける大きな潮流となったのが、テレビで広く認知されている人びとの著作や、テレビで人気を集めた企画の書籍化が大ヒットする「テレセラー」現象。その代表が、1980年に刊行され、初版20万部が刊行日の午前中に書店店頭から「消えた」という伝説を残す歴史的ベストセラーとなった、山口百恵の自叙伝『蒼い時』(集英社)です。そのベストセラー化の理由について『ベストセラー全史』は、超アイドルの本、引退直前という絶妙なタイミングにとどまらず、父親との確執などを赤裸々に綴った本の内容そのものの魅力があったことを指摘します。
売れっ子アイドルとなった山口百恵には、本を書かないかとの依頼は多数あったものの、「名前だけ貸してくれればいい。こちらのゴーストライターがまとめるから」というものばかりで、全部断っていたといいます。しかし、出版プロデューサーの残間里江子は、あくまで百恵自身で書くよう勧めたことで心が動き、百恵自ら筆を執ったのだとか。だからこそ「なぜこの本を書かねばならなかったか」がはっきり伝わってくるような迫真のものとなり、多くの読者を引き寄せたのだ、と。
『蒼い時』の存在自体はよく知っていたものの、実際に読んだことがなかったわたしは、恥ずかしながら百恵さん本人ではなく、プロデュースした残間さんがまとめたものとばかり思い込んでおりました。『ベストセラー全史』で出版の経緯を初めて知り、なんだか無性に『蒼い時』が読みたくなってまいりました。
ちなみに『蒼い時』は、初刊から40年近く経った現在でも、集英社文庫で版を重ねております。一過性のベストセラーにとどまらず、いまも息長く読み継がれているロングセラーでもあるわけで、すごい本なんだなあと改めて思うばかりです。

『ベストセラー全史』には他にも、思わず「そうだったのか〜」という声が漏れるようなエピソードが、挙げていけばキリがないくらいに散りばめられています。
代表作『天と地と』が大河ドラマ化されてベストセラーになるも、「文学が、テレビの力を借りなければ読まれないなんて、いやなことだ」と、著者の海音寺潮五郎が引退を宣言した話。短歌集としては異例の歴史的ヒットとなった俵万智『サラダ記念日』は、当初角川書店で企画が持ち上がったものの、俳人でもあった角川春樹が「売れるはずもない」とにべもない対応をとって流れた話。長い不遇時代を経て、メガヒット作『世界の中心で、愛をさけぶ』を生み出した著者・片山恭一と、文芸部門を立ち上げたばかりの版元・小学館の地道な取り組みがもたらした成功物語。中高生がメインだと思っていた「ケータイ小説」の女性読者の3割近くが30歳から55歳までで、読者全体の4分の1は男性だったというデータ・・・。
誰もがよく知るベストセラーの陰に隠れた、知られざる事実とドラマの数々。そのひとつひとつが、興味をかき立ててやみませんでした。

通史として客観的な記述に徹している『ベストセラー全史』ですが、中央公論社(中央公論新社)の編集者として長く業界に関わってきた著者、澤村さんならではの視点がところどころに光っていて、それもまた面白いところでした。
石油ショックなどによる社会不安を背景に、『日本沈没』(小松左京著、光文社、1973年)や『ノストラダムスの大予言』がベストセラーになったことについて澤村さんは、崩壊や危機、破滅といったネガティブなイメージに惹かれる一方で、将来は明るいといったニュアンスの本には興味を向けないという「日本人読者の不思議さ」を指摘していて、思わず頷かされてしまいました。ネガティブな話題がしきりに持て囃されるような傾向は、いまも至るところで感じさせられたりいたしますので。
また、ビジネス系の翻訳書ヒット作『金持ち父さん 貧乏父さん』(ロバート・キヨサキほか、2001年)を刊行したことで、自社出版物に独自のこだわりを持ち、それがブランドイメージとなっていた版元の筑摩書房が毀誉褒貶に晒された、ということについては、「商業出版としての宿命と、ブランド力維持という宿命の二律背反だが、ただ、二律背反を背負えるというのは、出版人として不幸なことではないはずである」とコメントしていて、これにも頷かされるものがありました。慈善事業ではない商業出版である以上、ただただ綺麗ごとだけ言っていては成り立たないということは、いまとなってはよく理解できますから(などと言いつつ、刊行当時は「ええ〜っ、筑摩ともあろう版元がこんなのを出すなんて」と思ったことも、また事実だったりするのですが・・・)。

21世紀となって以降、出版界は毎年のように売り上げが減少し続け、かつてのようにミリオンセラーを出すことも難しい構造的苦境に陥ることになりますが、その中で顕著となっているのが、メディアが取り上げテレビなどで話題になった「ごく一部だけが突出して売れ、他は不振」という、書籍界の二極化現象です。メディアで持て囃されているベストセラー書の華やかさが多くの人の目につく一方で、膨大な数の書物がその存在すら知られることなく、いつしか消えていく・・・そんな状況があることも、また厳然たる事実です。
澤村さんはこう述べます。

「ベストセラー史は千客万来の物語であり、それを捉える道筋は繁華な街路を行くがごとしである。賑やかさの歴史が印象づけられる。ただこれでは片翼飛行的になる。人びとの暮らしも祭事ばかりではないように、出版のいとなみも、「祭り」から一夜明けると「淡々とした日常」が続き、また、祭りのフィナーレに類比されうる成功譚(ベストセラー)の足下には、暗鬱な敗残例がいくつも横たわる。さらにいえば、肝心の成功譚にしても、時間差で見れば盛者必衰の無常が流れているのである。実はそれこそ真の「ベストセラー史」というべきなのだ。」

おそらくこれからも、出版界における二極化現象は続いていくことでしょう。その中にあって、ベストセラーの華やかさだけに目を奪われずに、その陰に隠れた「淡々とした日常」や「盛者必衰の無常」にも、しっかりと目を向けていかなければ・・・。書店に勤める人間の端くれとして、そして本の世界を愛する人間の一人として、そのことを強く思わずにはいられません。

戦後のベストセラーをめぐる知られざるドラマとダイナミズム、そしてその光と陰を余さず活写した出版文化の叙事詩『ベストセラー全史【現代篇】』。読み応え満点の一冊でした。

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