読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

本好き必読!無茶苦茶だけど愛すべき読書ヤンキーたちの活躍が痛快な、ビブリオギャグ漫画の快作『どくヤン!』

2020-06-13 15:52:00 | 「本」についての本


『どくヤン!』(1巻)
左近洋一郎・原作、カミムラ晋作・漫画、講談社(モーニングKC)、2020年


ふだんは漫画をあまり読まず、ましてヤンキーものの漫画にはほとんど関心すらないというわたしを夢中にさせてくれたのが、この『どくヤン!』であります。
他校のヤンキーすら恐れおののく、筋金入りのヤンキーの巣窟である私立毘武輪凰(ビブリオ)高校。その生徒は全員が筋金入りのヤンキーであるとともに、本をこよなく愛する「読書ヤンキー」=どくヤンでもあった。そんなビブ高にひょんなことから転入してきた平凡な男子高校生・野辺は、好きなジャンルの本を偏愛する一癖も二癖もあるクラスメイトたちに戸惑い、翻弄される毎日を送ることに・・・。
本作は、見た目も行動もヤンキーそのものでありながら、異常なまでの読書好きという〝どくヤン〟たちが大いに暴れ回るという、痛快極まりないビブリオギャグ漫画の快作です。

ヤンキーと読書という異質すぎる要素が、奇跡の融合を遂げている(?)本作。読み始めるとのっけから大笑いさせられっぱなしで、もう顔の筋肉はすっかりフニャフニャに緩みきってしまいました。
まず、舞台となるビブ高の設定からしてもうムチャクチャ面白いのです。「本を読みさえすれば、どんな生徒も存在を許される」というビブ高の教育理念は「読書上等」。その時間割はすべて「読書」で占められていて、ヤンキーたちに夏目漱石の『こころ』を暗唱させたり、組体操しながら本を読ませたりしているのです。で、その創設者である理事長の名前は「鬼積読独覇」(笑)。
校内で横行する不良行為もまた本がらみです。カツアゲの対象はお金ではなく本という〝ブッカツ〟=ブックカツアゲも愉快ですが、シンナーではなく本を袋に入れて、そのインクや紙のにおいを嗅ぐという〝本パン〟=本アンパンというのは、もうツボにハマりすぎて大笑いさせられました。わたしもけっこう、本のインクや紙のにおいを愛でるクチだったりするもので・・・。

主人公である野辺のクラスメイトとなる、それぞれの好きなジャンルの本を偏愛する〝どくヤン〟連中の人物造形もいちいち傑作です。なかでも、野辺と最初に親しくなる私小説ヤンキー(私小説作家の生きざまに傾倒するあまり、自分も病弱になってるというのが笑えます)がこよなく愛する作家として、上林暁の名前が出てきたのには大いにウケました。妻と自らを襲った病魔と闘いながら、味のある作品を紡ぎ続けていた昭和の私小説作家、上林暁の名前を今どきの人で知っているのはどのくらいいるんだ、という感じで。あと、さまざまな名作絵本のアイコンを配した学ランを着ている〝絵本ヤンキー〟も最高に笑えました。
一癖や二癖どころか三癖も四癖もありそうな、無茶苦茶かつ破天荒な〝どくヤン〟の面々ですが、それでいてなんだか愛すべきところがあり、それぞれの好きなジャンルの本に寄せる偏愛ぶりには好感すら覚えます。この面々となら心ゆくまで本の話ができそうな気もいたします。・・・ヘタなことを口走ろうものなら、殴られたり蹴り入れられたりされそうだけど。

なんだかんだいってもくだらないだけのマンガだろ、とケーベツのマナコを向ける「正統派」読書人もおられるかもしれませんが、ゆめゆめ侮ることなかれ。本作に登場する書物の幅広さはなかなかのものです。夏目漱石や太宰治などの、いわゆる名作系の作品はもちろんのこと、SFやミステリー、時代小説、絵本、ビジネス書、官能小説、さらにはライトノベルといった多彩な書物が画面に書き込まれていたり、内容の一節が引用されたりしています。
中でも興味を惹かれたのは、国立国会図書館に納めるために作られたという、無作為な文字の羅列だけで綴られた書物『亞書』(あしょ)についての言及でした(この「亞書」の活かし方がまた面白い)。この奇妙な書物のことは本作で初めて知ったので、けっこう勉強になりました。
そして各回の最後には、ごていねいにも登場したすべての書物のリストとともに、取り上げた書物について作者が語るコラムまで載せられているというのも、実にニクいのであります。
ちなみに、第1巻のオビに推薦のことばを寄せておられるのは、破滅型の私小説で知られる小説家の西村賢太さん。西村さんの作品『小銭をかぞえる』も、本作の中でしっかり言及されております。

作家や本にまつわるエピソードや小ネタもまた、作中の至るところに織り込まれていて、その用いかたもまた絶妙。ハードボイルド小説から、『三国志』や『水滸伝』などの歴史的題材に舵を切った北方謙三さんの〝名言〟も、まことに効果的なカタチで(笑)使われております。また、本屋に入るとなぜか便意をもよおしてしまうという「青木まりこ現象」(椎名誠さんが編集長をつとめていた頃の『本の雑誌』に、この現象を報告した読者の方のお名前をとってこう呼ばれました)もセリフの中に出てきたりしていて、ちょっとオドロキでした。
このように、本作に盛り込まれた本とその周辺についての情報量は実に多く、それらの活かしかたも実に巧みであるあたりに、作者サイドの本に対する識見と愛着が感じられます。それゆえに、本作は至るところで本好きの琴線を思いっきりくすぐってくれるのです。

『どくヤン!』は現在も連載が続けられていて、今後の展開が大いに楽しみであります。また、単行本第2巻が今月(6月)の下旬に発売される予定とのことですので、出たらさっそく買って読まなければ、と思います。
・・・そうそう。『どくヤン!』を読んでたら、なんだか久しぶりに上林暁の短篇集が読みたくなってきたなあ。手元にある2冊を読み直してみるとするかな。





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