『ベスト珍書 このヘンな本がすごい!』
ハマザキカク著、中央公論新社(中公新書ラクレ)、2014年
1年に数万もの新刊書が刊行され続けている日本の出版業界。それら膨大な新刊書の中には、「こんなテーマをわざわざ本にまでしちゃったのかー」とか「一体どんなヒトが読むのかね、こういう本」などと首をひねらされたり、時にはボーゼンとさせられたりするような「ヘン」な物件、すなわち「珍書」も少なからずあったりいたします。
社会評論社という、名前からしてかなり硬派なイメージの出版社の編集者であるハマザキカクさんは、会社のイメージにはそぐわない(?)ユニークで意表を突く「珍書」の数々を生み出しておられる「珍書プロデューサー」。さらには、続々と刊行される膨大な新刊書を毎日チェックしては、キラリと光る面白そうな珍書をすくい上げ、ツイッターでの珍書速報や『本の雑誌』の連載などで紹介し続けておられる「珍書ソムリエ」でもあります。
まさしく「珍書の鉄人」といってもいいハマザキさんが、主に2000年以降に刊行された珍書の中から選りすぐった最強の珍書100冊を紹介したのが、本書『ベスト珍書』であります。
わたくしも、ハマザキさんによるツイッターの珍書速報や、『本の雑誌』の連載をチェックするのを楽しみにしている一人。それだけに、本書の刊行はものすごく待ち遠しいものがありました。
本書で取り上げられている選りすぐりの極上珍書ラインナップ、そのほんの一部を•••。
路上にぶちまけられた吐瀉物、すなわちゲ◯の写真集。さまざまな動物のう◯こを写真で網羅した児童向けの教育書。前年に執り行われた代表的な葬儀を、葬儀のデータとともにオールカラーで紹介した葬儀社向けの資料集。日本と世界各地に残る手押しポンプと、手押しポンプに関するグッズを集めまくった本。「逆立ちしても読める」ような日本語のロゴを集めた本。広げると全長8メートルにも及ぶ蛇腹式の本。植物標本に使われた古新聞から、埋れていた近代沖縄の歴史を浮かび上がらせた本。ヘンテコなケガの症例とその治療法をイラスト付きで詳述した本。戦後日本における「女装」を徹底的に研究した一冊、などなどなどなど。
読んでいて、「うわ~、こんな本があったのか!」という笑いとオドロキが連続で、大いに好奇心を刺激してくれる怪&快著でした。一応書店づとめの身であるわたくしなのですが、本書で取り上げられていた本のうち、知っていたのはわずか3冊のみ。あらためて、本の世界にはまだまだ未踏の分野があるということを痛感させられることになりました。
中には、まっとうに人生を送っておられるカタギの人たちが拒否反応を起こしそうな内容の物件もいくつか散見されたのですが、そういうちょっと近寄りがたいような世界をノゾキ見ることができるのもまた、本書の楽しみの一つだったりいたします。
本書で紹介されていた本の中で、特に読んでみたい気をそそられたのが、警察関連の本を専門に出版している立花書房から出ている『誰にでもできる職務質問 職質道を極める』(相良真一郎・神戸明編著)。書名、副題からしてなんだか味わい深いこの本、職質テクニックのコツにも興味が湧くのですが、本文の中に漏れに漏れているという、著者であるベテラン警察官の本音がやたら可笑しいのです。たとえば、こんな具合。
「慣れてくると、暴力団員を発見すると、『宝箱』に見えてしまいます。(中略)何が出てくるか、『蓋を開けてのお楽しみ』といった感じなのです。ましてや覚せい剤使用の症状の出ている顔をして歩いていれば、発見した瞬間、自分の身体が引きつけられてしまいます。『獲物を見つけたライオンの気持ちって、こんな感じだろうな。』と思うのです。」
生真面目に書かれているはずの実務書の中にチラリと垣間見える書き手の本音。それがまた、特定の業界向けに出版された専門書を読む楽しみ、かもしれませんな。ちなみに、『誰にでもできる職務質問』は警察官以外には購入不可。うう、かなり残念•••。
また、全く関係ないようなテーマを強引に一冊にした『写真と童話で訪れる 高尿酸血症と奇岩・奇石』(槇野博史著、メディカルレビュー社)という、書名からして強引感あふれる物件も、その強引さを確かめるために読んでみたい気になりました。しかもこれ、同じようなコンセプトの書目によるシリーズものになっているんだとか。うう、気になるのお。
日本語と音が似ている英語やラテン語を集めては、それらとの関連性を大マジメに論じているという、ちょっとヘンテコな「民間語源論」の珍書も2冊取り上げられております。清水義範さんのパスティーシュ短篇に「英語語源日本語説」なる珍説を唱える人物が書いた本の序文ばかりで構成された「序文」という、これまた珍作があって(ちくま文庫の『インパクトの瞬間 清水義範パスティーシュ100 二の巻』に収録)、こちらのほうは無論フィクションなのですが、それと似たようなことを実際に本に著しているヒトがいる、ということに、ミョーな感銘を受けたりいたしました。
めくるめく極上珍書ラインナップもさることながら、「珍コラム」という、声に出して読むといささか気恥ずかしいような(笑)タイトルのコラム10本も必読であります。珍書に強い出版社や書店、珍書ウォッチャーの紹介のほか、新刊の情報収集や図書館利用テクニックなどといったあたりは、珍書愛好家ならずとも役に立つアドバイスが詰まっていると思います。
図書館といえば、ハマザキさんが本書で紹介した珍書、ことに人目を憚るような画像が満載な本を図書館で閲覧した際のエピソードの一つ一つがまたやたら可笑しいのであります。そのあたりもどうぞお読み逃しなきよう。
本書を通読すると、世の中には実に多種多様な興味や関心、そして好奇心というものが存在していて、それにしっかり応えようという書き手や出版社があることがよくわかり、興趣の尽きないものがあります。そのことはわたくしにとって、ある種感動的ですらありました。
ちょっとヘンテコで変わっていても個性的な、多種多様な本が出ているということは、すごく豊かで楽しいことだと思うのです。実際に読むことはないとしても、それらの珍書から自分の知らない多種多様な興味関心の存在を知ることは、けっして無意味なことではないように、わたくしには思えます。
本好きや珍書愛好家はもちろんのことですが、ベストセラーや売れっ子作家の新刊くらいしか「本」との接点がないような方々も、本書から多種多様な「本」の面白さの一端を感じていただけたらと思います。
【関連オススメ本】
『世界珍本読本 キテレツ洋書ブックガイド』
どどいつ文庫著、社会評論社、2012年
ハマザキカクさんが編集者として手がけた、もう一つの珍書本がこちら。個人で妙ちきりんな洋書を輸入して販売している「どどいつ文庫」(HPはこちら。→ http://dobunko.jp/index.html )により選りすぐられた海外の珍書200冊をピックアップ。「野外に放置されたショッピングカート写真集」や「鉄条網完全図解カタログ」「ソ連共産党幹部たちが議事中の退屈しのぎに描いた似顔絵落書き集」「来日観光客の性風俗見物写真集」「悪趣味料理レシピ集」などなど、これまた常人の想像を超えるような物件が独特すぎる奔放な文体により紹介されていて、こちらも大いに楽しめます。
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