ブレイディみかこの著作を3冊立て続けによみましたが、この『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』では指導者を題材としているため、彼女のお得意の「地べた」視点ではなく、「上から」のアングルで書かれています。
とはいえ、いわゆる「上から目線」といったネガティブな意味ではありません。
目次
- はじめに
- EU離脱とメイ首相~おしゃれ番長はパンチバッグ
- メルケル時代の終焉~EUの「賢母」か「毒親」か
- 「ナショナリズム」アレルギーのとばっちりを受けて~スコットランドのスタージョン首相
- アレクサンドリア・オカシオ=コルテス~どえらい女性議員がやってきたヤア!ヤア!ヤア!
- 極右を率いる女たち~新たなマリーヌ・ル・ペンが続々と現れている理由
- 「インスタ映え政治」の申し子~ニュージーランドのアーダーン首相
- 「サイバー暴行」と女性政治家たち~叩かれても、踏まれても
- サッチャーの亡霊につきまとわれて~メイ首相辞任の裏側
- トランプはなぜ非白人女性議員たちを叩くのか~またそんなコテコテの差別発言を
- 合意なきブレグジットを阻止するのは全女性内閣?
- 育児のための辞任は反フェミニズム的?~スコットランドの女性党首の決断
- 英国女王とジョンソン首相の微妙な関係~宿敵のような、でも実は同族の二人
- 英総選挙を女性問題の視点から見る~止める女性議員たちと、出馬する女性たち
- 若き女性たちが率いる国が誕生~フィンランド政治に何が起きているのか
- スコットランド独立の悲願~二コラ・スタージョンの逆襲
- 日本の右派女性議員をウォッチする~自民党のメルケルになれるのは誰なのか
- コロナ危機で成功した指導者に女性が多い理由
- 「ブラック・ライヴズ・マター」運動を立ち上げた女性たち
- 小池百合子とフェミニズム
- マーガレット・サッチャー再考~彼女はポピュリズムの女王だったのか
- おわりに
「小説幻冬」2018年12月号~2020年11月号に掲載された文章をまとめた本書は、その頃の政治事情を振り返るのにも適しています。
「はじめに」と「おわりに」の日付は2021年2月25日で、その時点で最新のアメリカの政局(初の女性副大統領カマラ・ハリスなど)およびサフラジェット運動の歴史に言及し、今後の「女たちのポリティクス」のあり方について大雑把な提案をしています。特に「おわりに」はエッセイ1本分に相当するような量で、最も彼女の思想性が表れている章です。
特に興味深いと思った指摘:
- フェミニズムの第一世代であるサフラジェットの女性たちには無数の脅迫ハガキが届き、現代の女性政治家たちには無数の脅迫メールやSNS上の誹謗中傷コメントが届く。媒体は違えど脅迫内容はほぼ同じ。女性たちへの誹謗中傷・脅迫は、どうやら肉体的な暴行で得られる快感と同じ中脳辺縁系ドーパミン回路が関係しているらしい。
そのような暴行を受ける可能性のある場所へわざわざ出て行く胆力のある女性は稀だし、出て行っても長期間耐えられずに辞めてしまう。 - 女性政治家たちは男性政治家以上に強いバッシングや逆風に晒されるため、それでも潰されずに頂点を極める場合、男性以上に優秀でなければならない。⇒コロナ危機で成功した指導者に女性が多い理由。
- 左派政党は周縁グループへの差別に反対し、自分たちを倫理的に「上」に置く傾向が強いが、言葉だけで終わっていることが少なくない。その証拠に労働党などの左派政党から女性党首も女性首相も輩出されていない。
- 右翼女性政治家たちが女性からの支持を得られる理由は、女性蔑視・同性愛厳禁のイスラム教徒たちに対して左派がポリティカル・コレクトネスを気にするあまり煮え切らない態度しか取れないから。本来保守的でない女性たちも含めて「反イスラム」で暫定的団結をしている。
本書では著者の思想がかなり左寄りであることが分かる一方で、従来のフェミニズムや左派政党とは違い、もっと広い視野と現実感覚を持っており、いまだに左右の対立軸でしか議論しようとしない輩を批判しているところが共感できるポイントです。
ステレオタイプ的な決めつけが多いのは右派だけに限らず、左派も相当のものです。「パヨクだ!」「ネトウヨだ!」などとやり合ってる人たちはどちらもまともに相手を見ておらず、塹壕の中から敵がいると思われる方向へ手榴弾を投げたり砲弾を撃ったりしているようなもので、その塹壕から出てこない限りはその戦いに終わりはありません。そして、どちらも往々にして実際の問題に向き合っていない印象があります。
フェミニズムにしても、「育児のために仕事を辞める」という選択肢を「反フェミニズム的」と断罪するようでは、ロールモデルの押し付けに過ぎず、個人の意思の尊重と多様性の現代パラダイムにそぐわないイデオロギーです。
著者が指摘するように、女性が政治のトップに立ったからと言って、必ずしも全ての女性が生きやすくなるような政治が行われるわけではありません。
「女性だから」「男性だから」というジェンダー、あるいはその他のマイノリティーに属しているという理由だけで応援・支持するとひどいしっぺ返しを受けることにもなりかねないので、安直な判断を避けてきちんとそれぞれの主張を聞いて考えることが必要だということを改めて考えさせられました。