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ポーラ・プレンティス『あの本は読まれているか』その5

2020-08-25 01:07:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

(中略)
「こんにちは(ボン・ジョルノ)!」セルジオは大声で呼びかけた。(中略)
「こちらへ!」パステルナークが言った。(中略)
 セルジオは『ドクトル・ジバゴ』がソ連国内で発禁扱いになるかもしれないなどと、予期していなかった。(中略)
「フェルトリネッリはひと足早くイタリア語の翻訳を始めさせることができますから、ソ連での出版に合わせて━━」
「出版はされない」
「ぼくはされると信じています」セルジオが続けた。(中略)
 家のドアがあき、パステルナークが大きな茶色の紙包みを持って現れた。(中略)「これが『ドクトル・ジバゴ』だ」パステルナークが包みをさし出し、セルジオが近づいてそれを受け取ろうとしたものの、彼はその包みを離さなかった。つかのま、ふたりともその包みを持っていたが、やがてパステルナークが両手を離した。「これが世界中で読まれますように」(中略)

 翌日、『ドクトル・ジバゴ』は西ベルリンへ向かった。セルジオはそこで原稿をフェルトリネッリに手渡しし、フェルトリネッリがそれをミラノまで持っていくことになっていた。(中略)

 テンペルホーフ空港で、セルジオはフェルトリネッリの乗った飛行機が着陸し、停止するのを見守った。(中略)セルジオは昼食にレストランへ行かないかと提案したが、フェルトリネッリはかぶりを振った。「いますぐ例のものを見たい」

(中略)
「きっと大ヒット小説になりますね」
「ああ、間違いない。ミラノに戻ったらさっそく最高の翻訳家に見てもらう手はずを整えてある。彼は正直な意見を言うと約束してくれているんだ」
「じつは、まだお伝えしていなかったことがあるんですが」(中略)
「パステルナークは、ソ連がこの小説の出版を許さないだろうと考えています。(中略)」
 フェルトリネッリはそんな懸念を一蹴した。「わたしも同じことを耳にしたよ。だが、いまそのことを考えるのはよそう。それに、わたしがその小説を持っているとソ連が知ったら、彼らは考えを変えるかもしれない」(中略)

第十一章 ミューズ 矯正収容された女 使者
 わたしの乗った列車が駅に着いたのは、モスクワで実りのない四日間をすごし、出版社に『ドクトル・ジバゴ』の出版を働きかけるという、さらに実りのない試みを行なったあとだった。(中略)
「今週は驚くようなことがあったんだ」ボーリャはそう言いながら、わたしのかばんを受け取り、それを肩からかけた。「予期せぬ客がふたりも来た」(中略)
「だれ?」(中略)
「イタリア人とロシア人だ」(中略)
「そのイタリア人はなぜ来たの?」
「彼は『ドクトル・ジバゴ』がほしかったんだ」(中略)
 わたしはモスクワへ行き、ボーリャから住所を聞き出していたセルジオの家の玄関を予告なしにノックした。(中略)
「原稿を返してもらってください」
「それは不可能です、あいにくですが。すでに翻訳作業は始まっています。フェルトリネッリ自身がそう言っていました。この小説を出版せずにおくのは犯罪だと」(中略)

 わたしの手からも離れていた。ボーリャはすでに許可を与えており、それについてわたしに嘘をついたのだ。(中略)

 私は自分にできる最大限のことをした。フェルトリネッリに原稿を返すよう圧力をかけてほしいと、ディアンジェロに懇願したのだ。そして、フェルトリネッリより先に『ドクトル・ジバゴ』を出版してもらえないかと頼むために、会ってくれる編集者には片っ端から会った。(中略)そこで当局の態度をやわらげることができないかと、文化部長ディミトリ・アレクセイエヴィッチ・ポリカルポフと会った。(中略)「『ドクトル・ジバゴ』はなんとしても返却されなければならない」彼は続けた。「出版されることは認められない━━イタリアでも、それ以外のどこであっても。(中略)」
「では、どうすればいいんです?」
「ボリス・レオニドヴィッチに、これからきみに渡す電報に署名するよう説得するんだ」
「どんな内容の電報ですか?」
「フェルトリネッリが所有している原稿は下書きであり、新たな原稿が近々完成するから、下書きのほうは大至急返却してもらいたいと。その電報に二日以内に署名しなければ、彼を逮捕する」(中略)

 実際、わたしはやった。ポリカルポフに言われたとおり、彼に頼んだ。(中略)
「わたしには防御など必要ない」
 わたしは腹が立ってきた。「じゃあ、わたしはどうなるの、ボリス? わたしのことは、だれが守ってくれるの?」(中略)「わたしは一度、送りこまれたのよ、矯正収容所へ。あなたのせいで」(中略)「わたしがあの場所へ入れられたのは、あなたのせいよ。あなたはまた、わたしをあそこへ送り返したいの?」
 ボリスはふたたび黙りこんだ。(中略)
 わたしは自分の寝室へ行き、ポリカルポフの電報を持って戻った。ボーリャはそれを受け取ると、読まずに署名した。

(また明日へ続きます……)

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