また昨日の続きです。
サリーは旅に出た。彼女は行き先を教えてくれず、わたしが聞くと、「海外よ」とだけ言った。(中略)
サリーは世間話をすることなく、いきなりわたしをハロウィーンパーティーに誘った。そのときまで、わたしたちの付き合いは仕事だけにかぎられていたので、その誘いはわたしにとって不意打ちだった。(中略)
(中略)「ハロウィーン当日に中止になったのは残念だったわ」
「なぜそんなことに」
「だれかが警察に通報したのよ」(中略)
第十三章 ツバメ
彼女は二重スパイではない━━あたしはそう確信した。(中略)
その映画に行ってから数週間のうちに、あたしはイリーナを自分のお気に入りの書店へ連れていき、各書店の長所や短所、自分がそこの経営者だったらどんなふうに改善するかについて語って聞かせた。(中略)
そんなわけで、フランクから新たな頼みごとをされたとき、この仕事はちょうどいい気晴らし、もっと言えば必要な気晴らしだと自分に言い聞かせたのだった。
(中略)次の晩、グランドホテル・コンチネンタルミラノに到着した。(中略)
これこそ、最高のとき、別人になる瞬間だ。(中略)
開始から二十五分後を見はからって、パーティー会場に入った。(中略)イタリア人たちはやり遂げていた。『ドクトル・ジバゴ』は書籍になっていた。(中略)
あたしは本の獲得には成功しており、その本は出かける前にホテルの部屋の小さな金庫に入れた。(中略)
朝になり、アルカセッルァー二錠とルームサービスのあと、金庫から『ドクトル・ジバゴ』を取り出した。それをスーツケースにしまう前に、本を開いてみた。ページをめくっていると、一枚の名刺が落ちた。名前はなく、電話番号もなく〈サラのドライクリーニング店 ワシントンDC NWP通り2010番地〉という住所のみだ。あたしはその場所を知っていた。(中略)
第十四章 スパイ会社員
本のことで友人に会うため、ぼくはロンドンへ向かった。(中略)
キットにとって、そしてこれから二日間、ぼくを呼ぶすべてにとって、ぼくの名前はハリソン・フレデリックスであり、友人たちにとってはハリーだ。(中略)ぼくは若者ならではの感覚で確信した。心の奥底に、自分はロシア人の魂を持っていると。
ぼくは偉大な文豪たちの研究に没頭した。(中略)
ぼくのロンドン出張は、何か一冊の本が目あてではなかった。目的、あの本だった。我々はもう何か月も『ドクトル・ジバゴ』を追い求めていたのだ。(中略)
(中略)
噂では、M16が最初のロシア語版『ドクトル・ジバゴ』を手に入れたのは、フェルトリネッリを乗せた飛行機が、偽の緊急着陸命令でマルタ島に待機させられていたときだという。(中略)
外に出たとたん、雨は土砂降りになった。ずぶ濡れになってホテルへ帰り着き、部屋にはだれからの電話も取り次がないようにとフロントに頼んだ。「だれかから電話があったら、少し時差ボケなので休養が必要なんですと伝えてくれるかな」ぼくはそう言った━━ロシア語版『ドクトル・ジバゴ』は手に入ったも同然だと、CIAに知らせるための暗号なのだ。
第十五章 ツバメ
十二月が訪れると、街は新雪におおわれた。あたしがイタリア版『ドクトル・ジバゴ』を聖パトリック教会の指定された告解室に置いてきたのは、ミラノから戻ったその日で、報告のために仮オフィスへ行ったのはその翌日だった。(中略)
イリーナとあたしはリクレクティング・プールで会う計画を立てた。スケートをして、それからあたしのアパートでいっしょに夕食をとろうと。(中略)
こんなことはやめなければという思いが頭から離れなかった。(中略)そんな思いをあたしが口に出すと、彼女はもう遅いと言った。「もう後戻りできないの」
イリーナは正しかった。それは初めて天然色の映画を観るようだった。世界は一方通行だったが、そのあとすべてが変わったのだ。
(中略)ミラノのあと、あたしから報告を受けたフランクは満足しているらしかったけれど、あまり話を聞いていないようにも見えた。(中略)
「また、きみに頼みたいことがあるんだ」
「なんなりと」
(中略)
大晦日のパーティーが開かれるのは、繁華街にあってワシントンDCで最高級だと言われている、ということは、さほどたいしたことはないフランス料理店〈ザ・コロニー〉だった。とあるパナマ人外交官が主催するこのパーティーは、基本的にオフィスの外でやるオフィスパーティーである。(中略)ただ、あたしは彼らと話をするためにそこにいるわけではない。あたしには別の任務があった。(中略)アンダーソンに踊らないかと聞かれ、あとでねと答えた。あたしは早くも、近づくようにとフランクから依頼されていた相手がダンスフロアの反対側にいるのを見つけていたのだ。(中略)
(今度は明後日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
→FACEBOOK(https://www.facebook.com/profile.php?id=100005952271135)
サリーは旅に出た。彼女は行き先を教えてくれず、わたしが聞くと、「海外よ」とだけ言った。(中略)
サリーは世間話をすることなく、いきなりわたしをハロウィーンパーティーに誘った。そのときまで、わたしたちの付き合いは仕事だけにかぎられていたので、その誘いはわたしにとって不意打ちだった。(中略)
(中略)「ハロウィーン当日に中止になったのは残念だったわ」
「なぜそんなことに」
「だれかが警察に通報したのよ」(中略)
第十三章 ツバメ
彼女は二重スパイではない━━あたしはそう確信した。(中略)
その映画に行ってから数週間のうちに、あたしはイリーナを自分のお気に入りの書店へ連れていき、各書店の長所や短所、自分がそこの経営者だったらどんなふうに改善するかについて語って聞かせた。(中略)
そんなわけで、フランクから新たな頼みごとをされたとき、この仕事はちょうどいい気晴らし、もっと言えば必要な気晴らしだと自分に言い聞かせたのだった。
(中略)次の晩、グランドホテル・コンチネンタルミラノに到着した。(中略)
これこそ、最高のとき、別人になる瞬間だ。(中略)
開始から二十五分後を見はからって、パーティー会場に入った。(中略)イタリア人たちはやり遂げていた。『ドクトル・ジバゴ』は書籍になっていた。(中略)
あたしは本の獲得には成功しており、その本は出かける前にホテルの部屋の小さな金庫に入れた。(中略)
朝になり、アルカセッルァー二錠とルームサービスのあと、金庫から『ドクトル・ジバゴ』を取り出した。それをスーツケースにしまう前に、本を開いてみた。ページをめくっていると、一枚の名刺が落ちた。名前はなく、電話番号もなく〈サラのドライクリーニング店 ワシントンDC NWP通り2010番地〉という住所のみだ。あたしはその場所を知っていた。(中略)
第十四章 スパイ会社員
本のことで友人に会うため、ぼくはロンドンへ向かった。(中略)
キットにとって、そしてこれから二日間、ぼくを呼ぶすべてにとって、ぼくの名前はハリソン・フレデリックスであり、友人たちにとってはハリーだ。(中略)ぼくは若者ならではの感覚で確信した。心の奥底に、自分はロシア人の魂を持っていると。
ぼくは偉大な文豪たちの研究に没頭した。(中略)
ぼくのロンドン出張は、何か一冊の本が目あてではなかった。目的、あの本だった。我々はもう何か月も『ドクトル・ジバゴ』を追い求めていたのだ。(中略)
(中略)
噂では、M16が最初のロシア語版『ドクトル・ジバゴ』を手に入れたのは、フェルトリネッリを乗せた飛行機が、偽の緊急着陸命令でマルタ島に待機させられていたときだという。(中略)
外に出たとたん、雨は土砂降りになった。ずぶ濡れになってホテルへ帰り着き、部屋にはだれからの電話も取り次がないようにとフロントに頼んだ。「だれかから電話があったら、少し時差ボケなので休養が必要なんですと伝えてくれるかな」ぼくはそう言った━━ロシア語版『ドクトル・ジバゴ』は手に入ったも同然だと、CIAに知らせるための暗号なのだ。
第十五章 ツバメ
十二月が訪れると、街は新雪におおわれた。あたしがイタリア版『ドクトル・ジバゴ』を聖パトリック教会の指定された告解室に置いてきたのは、ミラノから戻ったその日で、報告のために仮オフィスへ行ったのはその翌日だった。(中略)
イリーナとあたしはリクレクティング・プールで会う計画を立てた。スケートをして、それからあたしのアパートでいっしょに夕食をとろうと。(中略)
こんなことはやめなければという思いが頭から離れなかった。(中略)そんな思いをあたしが口に出すと、彼女はもう遅いと言った。「もう後戻りできないの」
イリーナは正しかった。それは初めて天然色の映画を観るようだった。世界は一方通行だったが、そのあとすべてが変わったのだ。
(中略)ミラノのあと、あたしから報告を受けたフランクは満足しているらしかったけれど、あまり話を聞いていないようにも見えた。(中略)
「また、きみに頼みたいことがあるんだ」
「なんなりと」
(中略)
大晦日のパーティーが開かれるのは、繁華街にあってワシントンDCで最高級だと言われている、ということは、さほどたいしたことはないフランス料理店〈ザ・コロニー〉だった。とあるパナマ人外交官が主催するこのパーティーは、基本的にオフィスの外でやるオフィスパーティーである。(中略)ただ、あたしは彼らと話をするためにそこにいるわけではない。あたしには別の任務があった。(中略)アンダーソンに踊らないかと聞かれ、あとでねと答えた。あたしは早くも、近づくようにとフランクから依頼されていた相手がダンスフロアの反対側にいるのを見つけていたのだ。(中略)
(今度は明後日へ続きます……)
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