「目に青葉山ほととぎすはつ松魚(がつお)」は山口素堂のよく知られた句である。季語を三つも重ねることは通常では有り得ないが、目には、耳には、舌にはと、三つの感覚に訴えた面白さが成功しているのであろう。とにかくこの句によって、「山ほととぎす」という言葉はよく知られることになった。ところがある辞書を検索すると、「ほととぎすの別名」などと解説されていた。それではなぜ「山」なのか、全く説明になっていない。ある辞書には「山にいるほととぎす」とも説明されていた。これではあまりにも当たり前すぎて、拍子抜けである。「山にいる」という説明があるだけまだよいのかもしれないが、なぜ山にいるのかがわからない。「山ほととぎす」とはいったいどのようなほととぎすなのであろうか。山ほととぎすを詠んだ古歌を詠んでみよう。
①あしひきの山霍公鳥汝が鳴けば家なる妹し常に偲はゆ (万葉集 1469)
②家に行きて何を語らむあしひきの山霍公鳥一声も鳴け (万葉集 4203)
③藤波の茂りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥などか来鳴かぬ (万葉集 4210)
『万葉集』には実に153首ものほととぎすの歌が収められている。しかし「山ほととぎす」という言葉を含んでいる歌はわずか数首で、決して多くはない。これらを読み比べてみて、「山」であることに特別な意味を持たせている歌は、せいぜい③くらいである。③では、ほととぎすが人里に来るまでは山にいるという理解があったのではないかという仮説を立てておこう。
『古今集』以後の王朝和歌からも、「山ほととぎす」を拾い出してみよう。
④わが宿の池の藤波咲きにけり山郭公いつか来鳴かむ (古今集 夏 135)
⑤五月待つ山郭公うちはぶき今も鳴かなむ去年のふる声 (古今集 夏 137)
⑥今さらに山へ帰るな郭公声の限りは我が宿に鳴け (古今集 夏 151)
⑦やよや待てやまほととぎす言づてむ我世の中に住みわびぬとよ(古今集 夏 152)
⑧常夏に鳴きても経なんほととぎす繁きみ山になに帰るらん (後撰集 夏 180)
⑨み山出でて夜半には来つる郭公暁かけて声の聞こゆる (拾遺集 夏 101)
⑩み山出でてまだ里なれぬ時鳥旅の空なる音をや鳴くらん (金葉集 夏 104)
⑪誰が里に語らひかねてほととぎす帰る山路のたよりなるらん (詞花集 夏 315)
⑫ほととぎすみ山出づなる初声をいづれの宿のたれか聞くらん (新古今 夏 192)
ほととぎすを詠んだ歌はあまりにも多すぎて、とても全ては拾い出せない。④ではほととぎすは山で鳴くべき時を待っているという理解が前提になっている。⑤も同じことで、「五月の鳥」であるほととぎすは、それまでは山にいる。⑥では、時期が来たら山に帰るものと理解している。⑦では、山に帰るほととぎすに伝言を頼もうとしている。⑧と⑪は⑥と同じである。⑨⑩⑫では、山から里へ下りてきたという。これらの歌から、ほととぎすは山にいて、その時期になると里に下りてくる。そしてまた山に帰って行く、という共通理解があったことが伺えるのである。古人はほととぎすが渡り鳥であることを知らなかった。それで夏も末になる頃には鳴き声が聞かれなくなるが、それを「山に帰る」と理解したのである。このような理解は『万葉集』では定着していないが、王朝和歌には顕著に見られる。ただし「山」であることを特に強調する必要のない場面で「山ほととぎす」という表現をしている歌も数多く、ただ「ほととぎすの別名」となっている場合もかなりあることは申し添えておこう。
私は「山にいるほととぎす」とか「ほととぎすの別名」と解説した国文学者が誰であるか知らないが、学者としては全く信用できないと思っている。この程度のことを一般人が知らないのは当然であるが、国文学者にとっては初歩の初歩の基礎知識である。
①あしひきの山霍公鳥汝が鳴けば家なる妹し常に偲はゆ (万葉集 1469)
②家に行きて何を語らむあしひきの山霍公鳥一声も鳴け (万葉集 4203)
③藤波の茂りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥などか来鳴かぬ (万葉集 4210)
『万葉集』には実に153首ものほととぎすの歌が収められている。しかし「山ほととぎす」という言葉を含んでいる歌はわずか数首で、決して多くはない。これらを読み比べてみて、「山」であることに特別な意味を持たせている歌は、せいぜい③くらいである。③では、ほととぎすが人里に来るまでは山にいるという理解があったのではないかという仮説を立てておこう。
『古今集』以後の王朝和歌からも、「山ほととぎす」を拾い出してみよう。
④わが宿の池の藤波咲きにけり山郭公いつか来鳴かむ (古今集 夏 135)
⑤五月待つ山郭公うちはぶき今も鳴かなむ去年のふる声 (古今集 夏 137)
⑥今さらに山へ帰るな郭公声の限りは我が宿に鳴け (古今集 夏 151)
⑦やよや待てやまほととぎす言づてむ我世の中に住みわびぬとよ(古今集 夏 152)
⑧常夏に鳴きても経なんほととぎす繁きみ山になに帰るらん (後撰集 夏 180)
⑨み山出でて夜半には来つる郭公暁かけて声の聞こゆる (拾遺集 夏 101)
⑩み山出でてまだ里なれぬ時鳥旅の空なる音をや鳴くらん (金葉集 夏 104)
⑪誰が里に語らひかねてほととぎす帰る山路のたよりなるらん (詞花集 夏 315)
⑫ほととぎすみ山出づなる初声をいづれの宿のたれか聞くらん (新古今 夏 192)
ほととぎすを詠んだ歌はあまりにも多すぎて、とても全ては拾い出せない。④ではほととぎすは山で鳴くべき時を待っているという理解が前提になっている。⑤も同じことで、「五月の鳥」であるほととぎすは、それまでは山にいる。⑥では、時期が来たら山に帰るものと理解している。⑦では、山に帰るほととぎすに伝言を頼もうとしている。⑧と⑪は⑥と同じである。⑨⑩⑫では、山から里へ下りてきたという。これらの歌から、ほととぎすは山にいて、その時期になると里に下りてくる。そしてまた山に帰って行く、という共通理解があったことが伺えるのである。古人はほととぎすが渡り鳥であることを知らなかった。それで夏も末になる頃には鳴き声が聞かれなくなるが、それを「山に帰る」と理解したのである。このような理解は『万葉集』では定着していないが、王朝和歌には顕著に見られる。ただし「山」であることを特に強調する必要のない場面で「山ほととぎす」という表現をしている歌も数多く、ただ「ほととぎすの別名」となっている場合もかなりあることは申し添えておこう。
私は「山にいるほととぎす」とか「ほととぎすの別名」と解説した国文学者が誰であるか知らないが、学者としては全く信用できないと思っている。この程度のことを一般人が知らないのは当然であるが、国文学者にとっては初歩の初歩の基礎知識である。
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