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うたことば歳時記

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懐旧の花橘

2015-06-03 21:43:46 | うたことば歳時記
 橘は夏の古歌にしばしば詠まれる代表的な景物ですが、現在の何に当たるのか特定することは難しそうです。こここそ自生地であると宣伝しているところもあるのですが、それが古代の橘につながるという確証はありません。おらが町の観光資源としてと言う気持ちはわかるのですが、えてしてこのような自前の宣伝には、気を付ける必要があります。

 古歌で見る限りは「花橘」という表記ばかりで、実を食用にすることは極めて稀であったようです。特定の品種がわからなくとも、それ程問題ではありません。ここでは白い5便の香りの良い花が咲く柑橘類と広く理解しておけば十分でしょう。

 現代人が花橘の香りを嗅げば、例外無しに馥郁とした芳香に誰もがうっとりすることでしょう。しかし残念ながら、それ以上でもそれ以下でもなさそうです。一方古人は花橘の香りには、「懐旧」という特別の情趣を感じ取っていました。要するに昔が懐かしいという心が自ずと湧いてきたというのです。そのような心を起こさせる橘の花を、とりあえず「懐旧の花橘」と名付けておきましょう。

 「懐旧の花橘」という古人の共通理解は、ある逸話に拠るところが大きいのです。『伊勢物語』の六十段には、次のような話があります。

 むかし、をとこ有りけり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどの家刀自まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。このをとこ、宇佐の使にていきけるに、ある国の祗承(しぞう)の官人の妻(め)にてなむ あるとききて、「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、かはらけとりて出したりけるに、肴(さかな)なりける橘をとりて、五月まつ花橘の香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
といひけるにぞ思ひ出でて、尼になりて、山に入りてぞありける。

 現代訳はおよそ以下の如くです。ある宮仕えの男が仕事に忙しく、ついつい妻を大切にしませんでした。それで妻は別の男について行ってしまいました。この宮仕えの男がある時、勅使として宇佐八幡宮に出張した時、接待役の男の妻がかつての自分の妻であったことに気が付いたのです。そして酒の肴の橘を手にとってこの歌を詠みました。すると勅使がかつての夫であったことに気付いた元の妻は、後悔して尼になったというのです。

 現代人の感覚からすれば、妻をほったらかしにした夫の責任であるということになるのでしょうが、そういう議論はここでは止めておきましょう。とにかく、花橘の香りは、昔の恋人の袖に焚き込められた懐かしい香りでったのです。この歌は『古今和歌集』(夏 139)にも載せられているため、「花橘の香は昔の人の懐かしい香り」という理解が、歌を詠むほどの人にとっては共通理解となったのでした。

 こうなると、この歌を本歌として踏まえた歌が次々に詠まれるようになります。

 ①夏の夜に恋しき人の香をとめば花橘ぞしるべなりける(後撰集 夏 188)  
 ②誰が袖に思ひよそへて郭公花橘の枝に鳴くらん (拾遺集 夏 112)
 ③昔をば花橘のなかすりせば何につけてか思ひいでまし (後拾遺 夏 214)
 ④宿近く花橘は掘り植ゑじ昔を偲ぶつまとなりけり (詞花集 夏 70)
 ⑤我宿の花橘に吹く風を誰が里よりとなれ眺むらむ (千載集 夏 174)
 ⑥をりしもあれ花橘のかをるかな昔を見つる夢の枕に (千載集 夏 175)  
 ⑦かへり来ぬ昔をいまと思ひねの夢の枕ににほふ橘 (新古今 夏 240)  
 ⑧郭公はなたちばなの香をとめてなくは昔の人やこひしき(新古今 夏 244)
 ⑨橘のにほふあたりのうたたねは夢も昔の袖の香ぞする (新古今 夏 245)
 ⑩かをる香によそふるよりは郭公きかばやおなじ声やしたると(和泉式部日記)
 ⑪あらざらんのちしのべとや袖の香を花橘に留めおきけん(新古今 哀 844)

 丁寧に探せばまだまだたくさんあることでしょう。現代短歌なら手垢の付いた趣向であると切り捨ててしまうのでしょうが、古歌の世界では本歌取りは「パクリ」ではありませんでしたから、似たような歌がたくさん詠まれたのです。

 ②⑧⑩は花橘と郭公(ほととぎす)がセットで詠まれている点で注目されます。古人は、ほととぎすは花橘と同じように懐旧の念を起こさせる鳥であると理解していましたから、両者の相乗効果で懐旧の心が強調されているのです。

 ③④⑥⑦あたりになると、懐かしいのは昔の恋人とは限られていません。⑪は前書によれば、愛児に先立たれた親が花橘の香りが漂ってきたので詠んだ歌ということです。⑪では故人を懐かしく思い起こすというように、同じ「懐旧」でも少々変化していることがわかります。

 このように花橘の香に昔を偲ぶという情趣は、例歌はきわめて少ないのですが『万葉集』まで遡ることができます。

 ⑫風に散る花橘を袖に受けて君が御跡を偲びつるかも(万葉集 1966)

 花橘を見るとなぜそのような心が湧いてきたのでしょうか。私は、それは橘の永遠性に因ると考えています。柑橘類は落葉せず、花が咲く頃にはまだ前年以来の黄金色の実が成っています。つまり葉も花も実も途切れることがない、目出度い植物なのです。

 以上のような「懐旧の花橘」という理解は、現在ではすでに失われていしまっています。しかし偶然ですが、童謡『みかんの花咲く丘』にその痕跡があります。この歌は、昭和21年8月25日、NHKのラジオ番組『空の劇場』で東京の本局と静岡県伊東市立西国民学校を結ぶラジオの「二元放送」で発表されたもので、12歳の川田正子が歌って大ヒットとなりました。


   「みかんの花咲く丘」    加藤省吾作詞・海沼実作曲

  1、みかんの花が 咲いている 思い出の道 丘の道
    はるかに見える 青い海 お船がとおく 霞んでる

  2、黒い煙を はきながら お船はどこへ 行くのでしょう
    波に揺られて 島のかげ 汽笛がぼうと 鳴りました

  3、何時か来た丘 母さんと 一緒に眺めた あの島よ
    今日もひとりで 見ていると やさしい母さん 思われる

 注目したいのは3番の「やさしい母さん 思われる」の部分です。「母さん」は既に故人であるかどうかは判断できませんが、自分が幼い頃の母を懐かしく思い起こしているのです。作詞者は自分の体験を重ねて、わずか30分で書き上げたということですから、「懐旧の花橘」のことを意図していたかどうかはわかりません。しかし偶然かもしれませんが、結果としては「懐旧の花橘」になっているのです。童謡ですから、昔の恋人を思い出すのではなく、母を思い起こすのが自然でしょう。

 歌というものは、原作者はそういうつもりではなかったと思っても、作者の手を離れ、歌う人の体験も重ねられて、色々に解釈されるものです。「懐旧の花橘」を短歌に詠む現代人は極めて稀でしょうが、この童謡を知っている人は現代でも多いはずです。是非とも古典的な理解を重ねて味わいつつ歌ってみて下さい。





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