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高校生に読ませたい歴史的名著 『伊曽保物語』

2020-07-16 14:26:21 | 私の授業
最近の子供達は、イソップ物語などすっかり読まなくなってしまいました。教訓的な話は嫌われるのかもしれません。しかし長く読み継がれてきたということは、それなりの理由があるからで、一度は読んでおきたいものです。江戸時代にも読まれていたなんて、一寸意外かもしれませんね。

伊曽保物語
原文
京と田舎の鼠の事
 ある時、都の鼠、片田舎に下り侍りける。田舎の鼠ども、これをいつきかしづく事かぎりなし。これによつて田舎の鼠を召し具して上洛す。しかもその住所は、都の有徳者の蔵にてなん有りける。故に、食物足つて乏しき事なし。都の鼠申しけるは、「上方には、かくなんいみじき事のみおはすれば、いやしき田舎に住み習ひて、何にかはし給ふべき」など、語り慰む所に、家主、蔵に用の事ありて、俄に戸を開く。京の鼠は、もとより案内者なれば、穴に逃げ入ぬ。田舎の鼠は、もとより無案内なれば、慌て騒げども隠れ所もなく、からうじて命ばかり、助かりける。その後、田舎の鼠、参会して、この由を語るやう、「御辺(ごへん)は、『都にいみじき事のみある』と宣(のたま)へども、たゞ今の気遣ひ、一夜白髪といひ伝ふるべく候。田舎にては、事足らはぬことも侍れども、かゝる気遣ひなし」となん、申しける。 その如く、賤しき者は、上つ方の人に伴ふ事なかれ。もし、強ゐてこれを伴ふ時は、いたづがはしき事のみにあらず、たちまち禍ひ出で来るべし。
「貧を楽しむ者は、万事かへつて満足す」と見えたり。かるがゆへに、ことわざに云く、「貧楽」とこそ、いひ侍りき。

現代訳
 ある時、都に住む鼠が片田舎に行くことがありました。田舎の鼠達は大切にもてなしました。これに喜んだ都の鼠は、田舎の鼠を都に連れて行きました。都の鼠が住んでいるのは大金持ちの蔵なのです。そのため食べるものは有り余る程あり、飢えることがありません。そこで都の鼠が「京の都には、このように良いことばかり。みすぼらしい田舎に長年住まなくてもよいのに」と言ってからかっていたところ、家の主が蔵に用事があって、急に扉を開いたのです。都の鼠は前から慣れていましたから、いつもの穴に逃げ込んでしまいました。しかし田舎の鼠はわけがわからずあわてて逃げ回り、かろうじて命ばかりは助かりました。
 騒ぎが収まってから、田舎の鼠は都の鼠に言いました。「あなたは『都には良いことばかり』とおっしゃいましたが、余りにもぞっとして、一晩で白髪になるかと思いましたよ。田舎なら不自由することはあっても、これ程恐ろしいことはりません」とね。
 貧しい田舎者は都の人と一緒にならない方がよいものですよ。無理をすれば苦労するだけでなく、たちまち災難にあうことになりますから。身の丈を知れば、貧しくても何事にも満足できるものです。諺にも「貧を楽しむ」と言うではありませんか。

解説
 『伊曽保物語』は1593年(文禄2)、イエズス会宣教師が日本語習得のため、九州の天草でローマ字により印刷された『イソップ物語』の飜訳を最初として、江戸時代の17世紀中頃までに、仮名草子(仮名による読み物)として数種類の版が重ねられて普及しました。明治維新になると文明開化の風潮により、改めて西洋文明として受け容れられ、教科書や子供用の読み物となりました。
 天草版の『伊曽保物語』には70の話が収められています。例えば、「犬が肉を含んだ事」「獅子と鼠の事」「孔雀と烏の事」「鳩と蟻の事」「蝉と蟻の事」(現在では「蟻ときりぎりす」)などは現在でもよく知られています。また仮名草子の『伊曽保物語』にも「犬と肉の事」「かはつが主君を望む事」「蟻と蝉の事」「鳩と蟻の事」「鼠と猫の事」などが収められています。童謡「もしもし亀よ亀さんよ」のもとになった「兎と亀」も、もとはと言えばイソップ寓話の一つです。
 ここに引用した「京と田舎の鼠の事」は仮名草子に収められていて、現在では「都会の鼠と田舎の鼠」という題になっています。原作では、田舎の鼠が都会の鼠を食事に招き、畑で麦やトウモロコシや大根を食べたのですが、都会の鼠が町に来ればもっと美味しいものをたらふく食べられると、田舎の鼠を招待するという設定になっています。まあ多少の改変はありますが、粗筋はほぼ原作に添ったものになっています。
 身分制度のあった江戸時代ならば、身分に応じた生活をせよということを教える寓話として理解されたことでしょう。身分制度のない現代ならば、自然の豊かな田舎暮らしの方が楽しいという理解されることでしょう。時代の価値観により物語の解釈も異なることがあるというよい例かもしれません。

テキスト
○『伊曾保物語―天草本』 岩波文庫
○『万治絵入本 伊曽保物語』 岩波文庫
○『イソップ寓話集』 岩波文庫




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