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うたことば歳時記

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蝉の羽衣

2016-07-10 10:03:56 | うたことば歳時記
先週には早くもヒグラシが鳴き初め、一昨日からはニイニイゼミも鳴き始めました。例年ならニイニイゼミの方が早いのですが、気の早いヒグラシが何匹かいたようです。いずれアブラゼミとミンミンゼミが鳴き、秋になるとツクツクホウシも鳴くことでしょう。このあたりにはクマゼミはいないようです。松尾芭蕉は「静かさや」なんて詠んでいますが、まあ聞きようによってはそう思うこともあります。それでもミンミンゼミが「眠眠、ミンミン」とすぐそばで鳴くと、眠れと言われてもそう大きな声を出されては、うるさくて昼寝もできません。

 蝉を詠んだ古歌は決して少ないわけではないのですが、種類名まで詠まれるのは蜩(ひぐらし)で、その他には僅かに法師蝉(つくつくほうし)が散見する程度です。蝉というとまずその特徴的な鳴き声が詠まれそうなものですが、夏の部の歌に最初に登場するのは鳴き声ではなく、「蝉の羽衣」と称するその薄い羽でした。逆に現代人は蝉の羽にはそれ程関心を持たないでしょうね。

 ①鳴く声はまだ聞かねども蝉の羽の薄き衣はたちぞ着てける (拾遺集 夏 79)
 ②一重なる蝉の羽衣夏はなほ薄しといへどあつくぞありける (後拾遺 夏 218)
 ③今朝かふる蝉の羽衣きてみればたもとに夏は立つにぞありける (千載集 夏 137)

 ①は『拾遺和歌集』の夏の部の巻頭歌です。蝉の声はまだ聞こえないけれども、蝉の羽衣のように薄い夏衣を、今日、裁ち縫って着たことです、という意味です。どこにも立夏の日とは詠まれていませんが、夏の最初の歌であり、「たつ」という音が夏が立つことを暗示しています。また古には実際の気温の如何に関わらず、旧暦四月一日が衣更の日とされていました。立夏と四月一日が同じ日とは限りませんが、そのどちらかの日の歌でしょう。

 ②は洒落の歌です。蝉の羽衣は夏衣のように薄い単衣ですが、「薄い」とは言うものの、暑いことです、というわけで、「厚い」と「暑い」をかけているわけです。夏衣はみな一重でした。おそらく麻で織った風通しのよい服だったことでしょう。糸の目が粗ければ、蜩の羽のように透けて見えたことと思います。蚊帳は麻布ですから、蚊帳を思い浮かべるとよいのでしょう。当時はまだ木綿の布はなく、夏には麻布が適していたはずです。ただし麻布は保温性が低いので、寒い季節には向いていませんでした。私も夏には好んで麻布の服を着ます。

 ③も更衣の日の歌でしょう。蝉の羽衣のように透けて見える薄い夏衣を着た涼しさを、「たもとに夏が立つ」と個性的に詠んでいます。「立つ」は①と逆に「裁つ」を響かせ、縫い上がったばかりの衣を着る喜びも表しているわけです。

 しかしいくら風通しのよい麻布の夏衣とは言うものの、真夏はさぞかし暑かったことでしょうね。Tシャツに半ズボンというわけにはいかなかったのですから。それでも我が家には未だにクーラーなる文明の利器はありませんが、周囲に樹木が多いためか、慣れてしまえば何でもありません。また現在ほど夏が暑くなかったのかもしれません。私の小学生時代の夏の絵日記には、暑いと言っても32~34度くらいにしかなっていません。今日の最高気温は31度だそうで、過ごしやすい日になりそうです。


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